第漆話 【2】 妖魔人誕生
「あは、あはは!! 妲己、妲己~!! やっとぉ……やぁっと会えたわね!!」
【あ~もう、うるさいわよ!!】
華陽のテンションがおかしくなっちゃっていますよ……。
もう顔なんて、気持ち悪いくらいに歪んで、それなのに笑顔で……そして槍になった尻尾を、僕を使っている妲己さんに向けて、凄い勢いで突いて来ています。
そして他の4人は、傍観なのか眺めているだけ。
違う。何かを狙っている……。
「妲己さん! 4人に気を付けて!」
【分かってるわよ!! でもね、椿。9本対1本じゃ、キツいのよね~】
「僕が悪いと? それじゃあ、何で替われって言ったのですか?!」
霊体になった僕は、妲己さんの後ろから文句を言うけれど、それでも妲己さんは、器用にその1本だけで、相手の9本の槍を捌き、そして回避して、隙あらば攻撃していますよ。
「くっ、このっ! だっきぃぃい!!」
もしかして、戦闘経験は妲己さんの方が上なのかな。
【見て分かったかしら? 要は、何事も使いようって事。あんたは考え無しにバンバン使っちゃうから、直ぐにスタミナ切れ起こすのよ!】
「うぐ……」
言い返せません。まさにその通りですからね……。
そして、2人とも殺気に満ちすぎています。これ下手したら、妲己さんは華陽を殺そうとしている? 捕まえようとしているんじゃない! 殺そうとしている。
「待って、妲己さん!」
【殺すなって言うの? おっと! あのね……甘い考えは捨てなさい! 向こうも殺す気……いや、それ以上の事をする気よ! それを止めるには、捕まえるだけじゃ駄目なのよ!】
そう言いながらも妲己さんは、敵の攻撃を右に支わし左に交わし、そして隙間から槍になった尻尾を伸ばし、攻撃をしています。
甘い、甘いよ……僕は。確かに甘い。
だけど、妖怪だろうと人だろうと、命ある者を殺すのだけは、それだけは駄目なんです。
「妲己さん! 吹き飛ばされた白狐さんと黒狐さんが、もう近くまで戻って来ているから、協力して捕まえて!」
【はぁ……】
あれ? 妲己さんに思い切りため息をつかれたんだけど。あれ? 殺気に満ちたままなんだけど。
待って下さい、その後に相手の急所目掛けて攻撃している!! 僕の提案を聞き入れてくれなかったです。
「妲己~あの時もこうやって、裏切ってくれたわよね。でも、今回は違うわ。あんたに邪魔されて、私の計画が遅延したけれど、もう誰にも邪魔なんかさせないし、されないわよ!」
【ふん! 今度こそ、ぶっ殺してやるわ!!】
そして僕を無視して、戦いを続行し――えっ? 待って下さい。玄空の持っているあれって……。
あの大きな赤いひょうたんって、どこかで……確か小さい頃に読んだ物語で――あっ、そうだ! 西遊記に出てきた、金角銀角が持っていた『
「妲己さん! 妲己さん!! 聞いて下さい! 玄空が、紅葫蘆を持っています! 妲己さんを、僕から吸い取る気ですよ!」
だけど妲己さんは、目の前の華陽を殺そうと夢中で、僕の言葉を聞いていません!
更に最悪なのが、4人から大量の妖気が溢れ出している事。どうなっているの? もう事態が急変し過ぎて、僕じゃどうにも出来ないです。
『椿! 無事か?! ん? 妲己に替わっているのか?』
『しかし……これは。おい、この状況は不味いぞ!』
そんな時に、白狐さんと黒狐さんが戻って来てくれました。そして即座に状況を把握し、4人を睨み付けています。
「ぐっ……白狐、黒狐。あの4人を止めよ……不味いぞ、この妖気は……こいつ等は……」
あっ、おじいちゃんも気が付いたけど、ダメージが酷いのか、身体が動かない様です。
「ふん、まだ生きているか。こうなれば、その身ごと完全に――ぬっ!?」
「させるかぁ!!」
――って、湯口先輩~!? カッコいい所を見せようとしているのですか? それは危険過ぎるって! しかも、手に持った錫杖で殴り付けても、ビクともしていませんよ。
「この……馬鹿息子が。親に手を挙げる不良になってしまったのか?」
「はっ! どっちかと言うと、俺の方が虐待受けているんだがな――がはっ!!」
「虐待では無い。父の愛だ」
「先輩!!」
吐くまで思い切りお腹を殴って、何が父の愛ですか。
その前に、このままじゃまた先輩が捕まっちゃう! 本当に無謀過ぎるよ、先輩は。
「ふん、まぁ良い。ここからだ、ようやくなのだ。良く見ておけ――」
『靖!』
何だか、玄空の様子がおかしいです。
それが分かったのか、黒狐さんが慌てて先輩の元へと向かうと、そのまま先輩を担ぎ上げ、その場から脱しました。
「妲己さん! お願いだから、僕の話を聞いて!!」
「あはっ、妲己~!!」
【華陽~!!】
駄目です、聞いていません。
そして、槍になった尻尾の速度が徐々に上がっていって、もう僕の目では捉えきれないです。
「はぁ!!」
【くっ! がぁっ……! なっ?! 1本、影に隠していたなんて!】
攻撃が速過ぎたせいで、1本減っていたのも気付けなかったようです。妲己さんの後ろから伸びて来た尻尾に、脇腹を突き刺されていました。
痛いです……霊体の僕にも痛みがくるって、どういう事ですか? 身体とリンクしているのかな? そんな事は良いです! 今なら、妲己さんに声が届くかも。
「妲己さん、痛い。それと、僕の話を聞いて!」
【ごめん。でもね、うるさいのよ、さっきから!】
「聞いてて無視ですか?! でも、4人が強力な妖具を――」
【気付いているわよ! そんな事は! でもね、今の私には限界がある。タイムリミットがあるのよ! それまでに仕留めないと!】
あっ……妲己さんが焦っていたのは、そういう事でしたか。
確かに、妖魔を取り込んで力を蓄えていたとはいえ、その力が無くなれば、妲己さんは消えてしまうかも知れない。
「あはは~妲己~必死ねぇ。遥か昔に、私達がまだ1つだった時、その時に生みだした妖魔を取り込んで、それで力を付けるなんて。本当~必死過ぎて、笑っちゃうわよ。私はその間に、新しい妖魔を作っていたのにね」
【なに? いったい何を――ぐっ?!】
「うっ?!」
華陽が尻尾を引き抜いたから、また痛みが。それと、血が……。
ちょっと妲己さん、何とかして下さい。痛いどころか、クラクラしてきそう。
「気付いていないの? それとも覚えていない? 見た事が無い妖魔がいたはずよ。あなたでも、ちゃんと対応出来なかった妖魔が……」
妲己さんが対応出来なかった? えっと……えっ? それって、僕達が旅行に行った時に現れた、赤えゐに寄生していたやつかな。
【……それが何よ?】
妲己さんもそれに気付いたらしく、出血している脇腹を押さえながら、華陽に聞いています。
確かに、妲己さんは妖魔の事を色々知っている。
自分で生みだしたと言っていたけれど、それは元々1つだった時ですか。
それにも驚いたけれど、華陽の言葉にもびっくりです。あの寄生する妖魔は、華陽が生みだしていたなんて。
でも、色々妖魔の事を知っている妲己さんですら、対応が出来なかった。慌てていた。
それは妲己さんが、あの妖魔の事を知らなかったからなんですね。知っていたら、寄生する場所の目安くらい分かるよね。今更でした……。
「あはは、椿ちゃんの反応。もしかして妲己~? 知ったかぶりしてたぁ?」
【うるっさいわね。だから、それが何よって言ってちるのよ!】
あの、妲己さん。そんなに叫んだら血が……ピューピュー噴き出してるってば。それ、僕の身体ですよ。
「分かんない? 寄生する妖魔。それってさぁ、寄生するのは妖怪だけかしらねぇ」
【へっ? えっ……ま、まさか華陽。あんた……】
華陽の言葉の後、妲己さんの顔が一気に真っ青になっていっています。血が足りなくなってきたの? いや、違います。あの4人を見ている。
今はその4人に向かって、白狐さんと黒狐さんが睨み付けているけれど、それを見た妲己さんが叫びました。
【白狐!! 黒狐!! その4人から離れなさい!!】
「うふふ、あははは!! きゃははは!! もうおそ~い!! さぁ、4人とも! 解禁よ!! その姿を見せて上げなさい!」
そして華陽が叫んだ後、4人は奇声を発しながら雄叫びを上げ、その身体を変異させていきます。
「うぉぉおお! ようやく……ようやくだぞぉ!! さぁ、さぁさぁさぁ! 滅せよ、滅せよ!」
「あははは!! これこれ!! ようやくだよ! 我慢したよ、僕! だからご褒美に、めちゃくちゃにしちゃっていいよねぇ!!」
「きゃははは!! きっんもち良い~!! 嬉しい!! これで……これで私は、もっともっと長生き出来る! 美しくなれる!! 耐えに耐えた、耐え抜いた……こいつを制御出来れば、私はもっとぉぉお!!」
「おぉぉお!! 私達は選ばれた!! 選ばれたのだ!! 悪しき妖怪どもを滅せよと! あの悲劇を2度と起こらせない為に! 私はその為に、この身をぉぉおお!!」
その状況に、僕もようやく分かりました。あの4人は妖怪じゃないです。溢れ出るこの妖気は、妖怪のものじゃないです。
「あ、あぁぁ……」
【最悪、何て事……】
寄生する妖魔……それを人間に寄生させれば――
「人語を理解する妖魔。『
黒い身体に赤い目。そして、白い幾何学的な模様が身体に入り、もう4人は人じゃなくなっていました。
玄空は更に厳つく、太い角が1本額の真ん中に生えていて、身体も筋骨隆々に。
閃空は小さいけれど、肩や肘からトゲの様なものが沢山生えている。
峰空は、姿が余り変わっていない様に見えるけれど、露出したお腹の辺りに口みたいなものが見える。
栄空も、体付きは大きく変わってはいないけれど、良く見たら顔が2つあるよ。これが1番気持ち悪いかも知れません。
『おい、靖! 靖、どうした?!』
「はぁ、はぁ……がっ、か、身体が……う、あ、熱い」
そしてそれと同時に、先輩の様子もおかしいです。額を押さえ、凄く苦しそうにしています。
まさか……。
「先、輩……待って。嘘でしょう? その溢れている妖気は……」
駄目、駄目です先輩。耐えて下さい!! まさか、まさか先輩にも……。
「ふっふっふっ……芽吹いたか。私がプレゼントした、寄生する妖魔の幼体。我が力が膨れあがった為、一気に成長した様だな」
「駄目、駄目!! 先輩!!」
「うわぁぁあ!!!!」
『うぉっ?! や、靖……!』
あぁ……嘘だ。嘘だって言って。夢だ……こんなの、悪い夢に決まっています。
「あ、あぁぁ……!! つ、ば、き……」
「嫌だぁぁあ!! せんぱ~い!!!!」
手を伸ばしても、何とかしようと考えても、頭がパニックで真っ白で、何も……何も思い付かない、叫ぶしか無い。
そして先輩も、みるみるその姿を変えていき、他の4人と同様の姿になってしまい、髪が伸び、鋭い牙が生えた『妖魔人』になってしまいました。
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