第漆話 【1】 状況は変わらない
華陽を追い詰めた僕達だけど、相手の恐ろしい程の怒気に、その場にいる全員腰がひけちゃっています。
数で押せるなんて、そんな馬鹿な考えをしていた自分が情け無いです。
『ちっ……流石に伝説の九尾だけあって、迫力が違うな。白狐、震えているんじゃないのか?』
『ふん、お主も震えておるだろうが』
あの白狐さん黒狐さんでも震えているなんて、よっぽどです。つまり、僕なんてもう……。
『しかし椿よ、先程まで我々の前に居たよな?』
「ご、ごごごめんなさい。これは流石に恐いです」
白狐さんの陰に隠れ、尻尾は垂れ下がって足の間です。華陽の狙いが僕である以上、僕が華陽と対峙したら駄目でした……。
その時――
「妖異顕現、尾槍破砕!」
『うぉ!』
『いかん! 先程影のドームを破った術か?!』
華陽が尻尾を槍の様に鋭くさせ、9本の尾を全て僕達に向け、凄い勢いで突き刺してきました。
それは白狐さん黒狐さんでも防げないようで、白狐さんが僕を担いで回避をしたけれど……。
『駄目だ! 白狐、そっちへ向かったぞ! 椿を渡せ!』
『ちぃ!! 仕方ない! ちゃんと受け止めるのだぞ!』
先端は槍みたいになっているのに、下の方は自由に動かせるなんて、本当に槍になった尻尾なんですね。
そして……僕はボールか何かですか?! 白狐さんが黒狐さんに向けて僕を投げ、それを黒狐さんが見事にキャッチしましたよ。あっ、勿論お姫様抱っこです。これはもう慣れました。
『ちっ! やはりこっちに来たか! 白狐、パスだ!』
「あわわわ!!」
ポンポン投げないでよ! その間に、華陽の尻尾で捕獲されたらどうするんですか。
「あ~もう……! とっととその子を渡しなさい! ん?」
「させません!!」
「おっと……!! あ~ら、人妖の4つ子達ね。邪魔よ」
助かりました……龍花さんが、相手に向かって青竜刀で斬りつけ、意識を逸らしてくれました。
そして龍花さんの後ろには、玄葉さんと虎羽さん、そして朱雀さんが立っていて、それぞれの武器を構えて華陽を睨み付けていました。
「白狐さんに黒狐さん! 今の内に、椿ちゃんと一緒にこっちに!」
『ん? そうか! すまん、座敷わらし。少し幸運の気を頼らせて貰う』
そっか。いくら貧乏神の力で相殺されていても、わら子ちゃんの近くなら、幸運の気で安全という訳なんですね。
でも、華陽の近くに居る貧乏神が、凄く気持ち悪い笑みを浮かべているんだけど……あれは大丈夫なのでしょうか。
『よし。相手が諦めていない以上、ここに長居は無用だ! センターの者共に任せるとして、翁! 座敷わらしと共に椿を――って、何?!』
「えっ? おじいちゃん?!」
嫌な予感というのは、的中するものです。
わら子ちゃんの幸運の気が消えている事に、今頃僕は気付いたんだけど、もう遅かったです。
なんとおじいちゃん達が、玄空と閃空に一瞬にしてやられていたのです。
「あ……あぁ、なんで……なんでなの?! 龍花さん! 虎羽さん! 玄葉さん! 朱雀さん!!」
そして、自分の力が効いていない事に驚いたわら子ちゃんが、4人の方を見たけれど、その瞬間青ざめて叫び始めました。
「あっ……そ、そんな……」
「がはっ……この2人、なんでこんな……」
まさか、そっちまで? 龍花さんと虎羽さんが苦しそうな声を出して、その場に倒れてしまいました。
いつの間にか4人の前に立ち塞がっていた、峰空と栄空が、4人の攻撃を全て弾き、そして峰空の円盤の様な武器で、次々と斬りつけられていたのです。
「ぬ……ぐぅ……何じゃ此奴等!! 人間か?! 仙風『
「ふん、まだ死んでいなかったか。ぬん!」
「ぐぉっ!!」
「おじいちゃん!!」
「いかん、これは……白狐……黒狐……逃げ、よ」
嘘……嘘でしょう? 今の、おじいちゃんの本気の術ですよ? それを気合1つで消し飛ばして、更に気の塊の様なもので、おじいちゃんを押しつぶした……。
『椿、落ち着け! 他の者も、まだ生きている!』
駄目、その近くには……。
「大丈夫よ、椿。私達は急いで動いて、座敷わらしの近くに居たから」
『うむ、助かったぞ美亜よ』
あっ、よ、良かった。後ろに居たよ。気付かなかった……。
「もう、椿ちゃんったら……でもこれ、逃げた方が良いよね?」
ようやくここにきて、カナちゃんまでちょっと青ざめた顔をしています。だから来たら駄目だったのに……。
「椿。これ、状況変わっていないどころか……」
「そ、そっすね。悪化しているような……」
雪ちゃん楓ちゃんの言うとおりです。
おじいちゃん達の増援が来たのに、状況は良くなるどころか、何故か悪化しています。
でもそれは、あの4人の異常な強さのせいです。
しかも戦力を分散し、増援に来てくれた皆を一瞬で倒してしまい、そして龍花さん達すらをも一瞬で倒してしまったのです。もうこの時点で、人間では無いです。
あの4人はやっぱり、妖怪だったんだ。でも、妖気は殆ど無いんだよ。なんの妖怪なの……。
「化け物が……俺は、こんな奴等の言う事をずっと……」
「先輩! 今は嘆くよりも、この状況を何とかする方を優先して下さい!」
確かにショックになるのは分かりますけど、今はそれどころじゃないんです。
そして僕は、白狐さんの腕から降りると、直ぐにわら子ちゃんの元に向かう。だって、わら子ちゃんがさっきからおかしいんです。
自分の力が効いていないという事に、湯口先輩と同じようにショックを受けている様です。
「わら子ちゃん、大丈夫?! とにかくこのままじゃ、皆が殺されちゃう! わら子ちゃんが貧乏神を――」
「無理……無理だよ」
「へっ?」
気弱なわら子ちゃんに戻っている……? こんな時にそんな気弱になられても……いったいどうしたの。
「私には、無理。あれ……あいつは、貧乏神じゃないの」
「えっ? それじゃあ、いったいなんなのですか?」
確かに貧乏神にしては、不幸の力が強すぎますね。それじゃあ、いったいあの妖怪はなに……。
「祟り神……」
「なっ?!」
「ちょっと待って! 祟り神って、操れるものなの?!」
カナちゃんに、僕が言いたい事を言われちゃいました。
それよりも祟り神なんて、下手したら華陽とかまで祟られるんじゃ……。
「それを従えているのよ……華陽は。無理無理……ごめん、椿ちゃん。私、力になれてなかったんだよ」
いや、まだ。まだ何か方法が……。
『くそっ……華陽!』
『それ以上近づくな!』
すると、2人が突然叫び出し、目の前に殺気を放ち始めた。まさか……。
「退きなさいよ」
『ぐあっ!』
『うわっ!!』
「白狐さん、黒狐さん!!」
華陽が、僕達の目の前にやって来て、2人を吹き飛ばしました。
そんな、白狐さん黒狐さんまで?!
黒狐さんなんて、急いで妖術を発動する前に、華陽の尻尾で吹き飛ばされたし、白狐さんは攻撃しようとした瞬間に、影に掴まれて凄い勢いで投げられてしまいました。
「ふふ、1つ訂正してあげる。祟り神って、何も災厄ばかりもたらすものじゃないのよ。信仰次第では、恩恵を受けたりするのよ。まぁ、御霊信仰ってものだけどね」
「くっ……そうか。レイちゃんが来ていないのは、あなたの周りに纏わり付いている、怨霊に……」
「あら? 霊狐がいたの? ふふ、それは残念。怨念の気にやられて、今頃ダウンしているでしょうね~」
最悪です……確かにこの状況。もう、どうにも……また、あの僕を出さないと。そうしないと、僕の後ろの5人は守れない。
【その前に替わりなさい、椿。私が、全部解決してあげるわ】
すると、また妲己さんが同じ事を言ってきました。
だけど、その全部解決するという言葉に、一瞬ひかれちゃいました。だけど……だけどまだ、嫌な予感がするんです。
「駄目です……! 華陽の狙いは、妲己さんなんです! だから、これだけは譲ら――あぅ!!」
言いきる前に僕は、華陽に思い切り尻尾で叩かれ、その場から飛ばされてしまいました。
「あ~面倒くさいわね。良いわ、あんたの大切なそこの5人、今から1人ずつ殺してあげる。1回断るごとに、1人ね」
「なっ……あ、ま、待って!」
そして華陽は、ゆっくりとカナちゃん達5人に近付き、槍になった尻尾を向けた。
カナちゃん構えないで、勝てないから!! 逃げてよ。
「さっ、妲己と替わりなさい」
「うっ……っ、くぅ」
「はい、ひと~り――えっ?」
【あんたねぇ……今の、断って無いでしょうが】
あ、危なかったです……まさか制限時間が、ほんの一瞬だなんて思わなかったです。
でも、カナちゃんに向けて放たれた槍が、その額に当たる前に、僕は妲己さんと替わり、そして妲己さんが同じ様にして、僕の尻尾を槍みたいに変化させると、それを受け止めました。そのおかげで、カナちゃんは無事です。
だけど、ちょっと待って下さい。やっぱり、替わるんじゃなかった。華陽が、崩れた笑顔を見せています。
これって、何かまだ策があるって事なんじゃないんですか?! やってしまったかも。でも、これ以上の策が……僕達には無い。
「あはっ! だっ・きぃ~やっ~~と、出て来たわねぇぇ~」
【ふん! 誰かさんが意地はってくれたからね!】
僕のせいじゃないでしょう。
『というか、妲己さん約束して! 絶対に捕まらないで!!』
【誰に言ってんのよ? そんな事、分かっているわよ!】
それなら良いんだけど。この拭い去れない不安は、何なんだろう……。
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