第陸話 【2】 援軍到着
華陽は一旦封じました。
それがいつまでもつかは分からないけれど、今の内に、皆を助けます。
そして僕は、御剱を取り出して構え、状況を確認すると、真っ先に先輩の元に向かいます。
移動に左足だけしか使えないけれど、白狐さんと黒狐さんの力を併用できるこの状態なら! 片足だけでも勢いをつけて跳べば、それで何とかなります。
「なる程。怪我をしているとは言え、そこまで動くとは。そんなに我が息子が大事か?」
「うるさい、です! 先輩は、あなたの息子じゃない!!」
そう言って、僕は御剱を相手に向けて振り下ろす。
右足の痛みなんて、あっても既に気にならない。それだけ、脳から何か変な物質が出ているのかも知れない。でも、それならそれで好都合ですよ。
「ぬっ……ぐぅ!!」
玄空は僕の御剱を、手に持っていた錫杖で受け止めたけれど、僕はそのまま力を込めていきます。
「やぁっ!!」
「ぐぉっ?!」
火事場の馬鹿力って、こういう事なのかな? 左足だけの踏み込みだから、絶対威力は落ちているはずなのに、そのまま玄空を床に叩きつける事が出来ました。しかも、床に穴が空いちゃいました。
流石にこれは玄空も予想外だったようで、倒れ伏したまま起き上がってきません。
気絶した? そんな訳無いですね。でも、今の内です。
「あ~もう。右足骨折しているのに、何でそんなに動けるのよ!」
「そんなの、気合だけです!! 妖異顕現、
「へっ? 嘘? ぎゃぅ!!」
ついでに、自分自身の妖術を吸収して溜めていました。
そのままそれを放ち、峰空を吹き飛ばします。加減なんかしていたら防がれそうだったし、そもそもこの人達は人間じゃない可能性も出て来ました。だからもう、容赦はしませんよ。
その後、湯口先輩を縛り付けている縄を切り、先輩を助け出すと、次は玄葉さんの方を確認します。
「すまん、助かった……というか、お前足!」
「分かっています。でも、まだ終わっていません! それに先輩だって、どこかの骨にヒビ入ってるでしょう?」
「ちっ、分かってたか……」
だって、さっきから顔色おかしいですからね。そして、助け出した後にそうやって胸を押さえてたら、肋をやったんだって分かりますよ。
だけど、それだけの力で殴られたんですね。やっぱり、玄空はもう、先輩の父親なんかじゃないですよ。
「とにかく、玄葉さん!! 栄空の隙を作ります!」
「はい? 隙を作るって言いながら、そんなに大声を上げるなんて、あなた馬鹿です……かぁっ?!」
はい、大声を上げて僕に気をひかせる事が、隙を作る事です。その後、玄葉さんが玄武の盾で思い切り相手を叩きつけ、気絶させました。
いったい、馬鹿はどっちでしょうか……こんなにも見事に引っかかるなんて。それだけ、歓喜に打ち震えていたのかな。
「椿様!」
「椿ちゃん! 大丈夫?!」
そして2人は、座り込んだ僕の元に駆け寄って来ました。やっぱり、無理に動いたら駄目でしたね。流石にもう、激痛に耐えられないです。
それに、玄葉さんもわら子ちゃんも、凄い真剣な表情で僕を心配して来るので、ちょっと申し訳ない気持ちになっちゃいます。
「椿様、動かさないで下さい!」
すると、玄葉さんは自分のスカートの裾を破り、戦いでめくれた木の板を使って、簡易的な添え木を作り、僕の折れた右足をしっかりと固定してきました。
「いっ!!!! たぁぁあい!!」
「我慢して下さい、椿様! 骨折は、しっかりとキツく固定するのが大事ですから」
そうは言っても痛いですよ!! 暴れだしたくなります。
「お前、それで動き回ってただろうが……無茶しやがって」
それは、あれです。自分が何とかしなきゃって思ってたからですよ。
「さっ、これで大丈夫です。あとは私達に任せて下さい」
「へっ?」
何の事を言っているのか分からないけれど、玄葉さんがそう言った瞬間、僕達の居る部屋の壁がいきなり吹き飛び、大きな穴が空きました。
それと同時に、色んな声も飛び込んで来ます。
「玄葉! 椿様と座敷様は大丈夫ですか?!」
「えぇ、龍花。何とか……しかし、少し遅いですよ。私の目印の盾が、見えなかったのですか?」
そう、おじいちゃん達の援軍が、やっと到着したのです。
「すみません。何故かここに近づくにつれ、不幸な事ばかり起こってしまって、時間がかかってしまいました」
あっ、それは多分、貧乏神の仕業ですね。
でも、わら子ちゃんと力の相殺が起こっているから、不幸な事なんて……。
『椿!』
『椿よ、無事か!!』
「いっ!! たぁ……白狐さん黒狐さん、僕怪我しているんです」
すると、その空いた穴から真っ先に、白狐さん黒狐さんが飛び込んで来ました。直ぐに僕を抱き締めて来たけれど、もうちょっと僕の状態を見て欲しかったです。
それだけ心配をかけたんだから、当然なんだけどね。
『むっ?! 椿よ、足が……待て、直ぐに治してやる!』
玄葉さん、添え木する必要は無かったんじゃないんですか?
あっ! わざとらしく口笛吹かないで!! 僕を罰する為に、わざとあんな事をしたの?! 自分のスカート破ってまで? 徹底したお仕置きでしたね……。
「椿ちゃん、大丈夫?!」
「椿、無事?」
「姉さん~! 助けに来たっす!」
「えっ? カナちゃんに雪ちゃんに、楓ちゃんまで来ちゃったの?! 駄目だよ、ここは危ないって!!」
その援軍の中に、意外な3人まで居たから、思わず僕は声を上げてしまいました。ここは本当に危ないんだから、おじいちゃんの家で待っていて欲しかったです。
「しょうが無いでしょ? この3人が行くって聞かなかったんだから。とりあえず、戦える妖怪達で来たから、よっぽど危ない事になったら、翁が退かせるわよ」
「美亜ちゃん。そうは言うけれど、嫌な予感がするんです……」
何だか良く分からないけれど、言い知れない不安が、僕の中に渦巻いているんです。
何か……何かを見落としているような。そんな気がするんです。
「それだけ、お前さんは皆に愛されとる。皆が、お前さんを助けようとしとるんじゃ」
そんな時、天狗の姿をしたおじいちゃんが、僕の傍にやって来てそう言います。
分かっています。だからこそ僕は、皆に危険な目にあって欲しく無いんです。怖いんです、誰かを失うのが……。
人の命の終わりを見て、僕は少し『死』への恐怖を、誰かを失う事の恐怖が、芽生えている気がする。
『よし、治ったぞ。椿、立てるか?』
そして、僕の足に光を当て、骨折を治していた白狐さんがそう言ってきた。それから僕は、右足をゆっくりと地面に付け、いつも通り体重をかけてみます。
「うん、痛くない。大丈夫です」
『やれやれ、無茶をしおってからに。あと少し動いていて、骨折があれより酷くなっていたら、治すのに丸1日はかかっていたぞ』
それはごめんなさい。無茶でも何でも、あの時は僕が動かないと、最悪の事態になっていたかも知れなかったんです。
だからね、思い切り僕の頭を撫でないでくれませんか? 良く頑張ったなって感じの笑顔でさ……。
それに、黒狐さんも同じ様にして頭を撫でないで! 恥ずかしいですから。
それなのに、僕は嬉しいから尻尾振っちゃってます。
「椿ちゃん、可愛い~」
カナちゃんはいつも通りですよ。君は、恐怖が無いんですか? 皆が居るから……なのかな。
『それにしても玄葉よ。一杯食わされたわ。スパイをしとったとはな』
『本当だな。俺達まで騙す程の演技力とは……』
「申し訳ありません。リアリティの追求の為に、秘密にしておりました」
そして、僕の頭を撫でながら、2人が玄葉さんに向かってそう言います。その後、玄葉さんだけじゃなく、他の3人も膝を折っていて、皆に謝っていました。
そこまでしなくても良いのにね。それに多分、その作戦はおじいちゃんが言ったんでしょ。
「まぁ、待て。その指示を出したのは、儂じゃ。そう4人を責めるな」
やっぱりそうでした。
そしておじいちゃんが、白狐さん黒狐さんを止めてきました。でも、2人は怒っている感じでは無いです。寧ろ、感謝している感じかな。
『いや、翁。それに関しては気にしていない。我々の実力不足なのと、信じる心が足りんかったせいだ。稲荷失格じゃな』
『それより、こうも上手く敵の本拠地に入れ、そして総大将に会えるとは思わなかったな。命の危険を顧みず、敵のスパイをしてくれて、礼しか言えないぞ。助かった、玄葉』
「はっ、ありがとうございます」
玄葉さんがかしこまっちゃっていますよ。
騙した事で、引け目に感じているからなのかな? そんな事で、白狐さん黒狐さんが何かする訳ないでしょう。
「妖異顕現、
すると、玄葉さんの言葉の後に、突然大きな音が響き渡り、華陽を捕らえていた影のドームが、中からの鋭い槍によって壊され、そして怒りに満ちた華陽が姿を現しました。
「やっってくれたわね~自分の妖術を、ここまで利用されるなんて。ほんっと、あったまくるわ~」
これ、華陽は完全に怒り心頭していますね。
でも、僕は右足の骨折が治ったし、おじいちゃん達の援軍も来ました。どっちが有利なのかは、もう分かっているはず。
そして僕達は、一斉に華陽を睨みつけます。今度こそ、逃がさないですよ。
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