第肆話 【2】 椿の必勝法
結局、1階に湯口先輩は居ませんでした。
下っ端のお坊さん達も、何故か皆寝転げていて、隠れる必要も無かったんじゃないでしょうか。
「ふぅ……ようやく睡眠薬が効いたようですね」
玄葉さんが一服盛っていました。それならそうと言って欲しかったです。無駄に緊張しちゃいましたよ。
「しかし、あの4人には効いていないでしょうし、慎重に行くのは変わらないですよ」
「分かりました」
それもそうですね……確かにあの4人だけは、普通の人と同じ感覚でいていたら駄目。痛い目に合いますからね。
それで今僕達は、2階に続く階段を探しています。
奥の院はもちろん1階だろうけど、可能な限り先輩を探してみて、先に救出をしたいのです。
無理だと分かれば、直ぐに引き返すという条件付きですけどね。
「さて、この先が2階への階段なんですが……また厄介な2人が見張りで居ますね。
その前に、1つ確認したいです。
「あの……何で精鋭の人達が、こんなにも残っているんですか?」
「全員出たとは言っていないですよ。流石に敵も馬鹿じゃないです。ある程度の戦力は残していますよ」
相手の2人に聞こえないように会話する僕達だけど、良く見たら相手は何かしようとしています。何だろう。
今回は筋肉ムキムキでは無かったから、それは良かったんだけれど、上半身裸は変わらず、代わりに背中から左右4本ずつ、計8本の腕が付いていて、腕が10本になってました。
玄葉さんが言うには、眼鏡をかけているのが天力で、かけてないのが才力だそうです。
「玄葉さん、あれも妖具ですか?」
「えぇ、そうです。しかし戦闘能力は無く、他の妖具と組み合わせて使うのが一般的だと聞きましたが……何をしているのでしょうか?」
玄葉さんが不思議がるのも分かります。だって、吹き抜けになっている階段の前で、2人は暇そうにしていて、欠伸をした後で話始めると、いきなりジャンケンを始めたからです。
「良し、勝った。俺からだ」
「ふん、今回は負けないからな」
「どうかな……? いくぞ……あっち向いてホイ!!」
あっ、暇つぶしに『あっち向いてホイ』をやっているだけでした。玄葉さん、何脱力しているんですか? 正直、このあっち向いてホイは意味が無い気がしますよ。
だって、お互い合計10本もの腕で、色んな方向を指差していますからね。
その前にこれ、絶対ジャンケンに勝った方が勝ちでしょう。方向は上下左右。こんなの絶対に当たるよ。
「おっ! お前、北西を向いたな?」
「違う! 良く見ろ、少し北だろ! 北北西だ!」
「いや、北西だ!」
16方位でやってはりました!!
思わず舞妓さんが使う様な言葉が出ちゃったよ。声も出そうになったから、必死で口を押さえたけれど、逆に脱力しちゃいました。
身体ごと動いていたから、何だか変だなとは思ったんだけどね。まさか、そんな超高難度な事をしているなんて……。
それ、逆に10本あっても勝てないでしょう。というか、終わるのかな……。
「あっち向いてホイ!」
「あっち向いてホイ!」
「あっち向いてホイ!」
案の定、終わりません。どうしよう、これ。
「つ、椿ちゃん。ごめん、私目がグルグルしてきた……」
「ちょっと、わら子ちゃん? しっかりして」
確かに、10本もの腕が一斉に動いて、様々な方向を向いたりしているから、ずっと見ていたら目がおかしくなっちゃいますよ。
「くっ……仕方ないです。私の盾で、殴打してきま――」
すると、その2人がいきなり手を止め、こっちを振り向き叫んできました。
「「ん? その柱の陰に居るのは誰だ?!」」
えっ? バレた?! 何で。
「その尻尾……誰だ?! そこに居るのは!」
尻尾……? えっ、僕の尻尾が見えているの? さっきの兄弟が見えていなかったから、この人達も見えていないと思って、つい……。
「つ~ば~き~さ~ま~?」
「あぁぁぁ……ごめんなさい~!」
玄葉さんが怒ってる~でも、これは完全に僕のせいです。ごめんなさい。
「はぁ……仕方ないです。このままずっと見ていてもしょうがないですからね」
そう言うと、観念した玄葉さんを先頭に、僕達は陰から姿を現し、相手の元に向かって行く。
「んん? おい、その2人は捕まえたはずじゃ……」
「あぁ、そういう事か。玄葉、お前はスパイだったのか」
「そういう事です、才力さん。さて、出来たらそこから退いて欲しいのですが……」
「ふん、それは無理だな。私達もここを守らないと、あとで酷い目に合うからな」
眼鏡をかけた天力が、玄葉さんに向かって言いました。やっぱり、説得は無理そうですね。それならもう、戦闘しかないです。
そして、僕が巾着袋に手をかけた瞬間、それを才力が止めてきました。
「おっと、待ちな。俺達はあまり戦闘向きじゃない。そこで、どうだ? さっきのを見ていたのなら、俺達と『16方位であっち向いてホイ』で勝負をしないか?」
「何ですって? あんな高難度なものを……?」
「あっ、分かりました。それでも良いですよ」
「椿様?!」
「玄葉さん、大丈夫です。ちょっと必勝法を見つけたので」
驚く玄葉さんの前で、僕は自信満々で腰に手をあてます。
ただ、僕のその態度が、相手の2人にはちょっと気に食わなかったようですね。怒っていますよ。
それなら丁度良いです。怒りは冷静な判断が出来なくなって、咄嗟の反応が鈍くなるからね。
「舐められたものだな……良いだろう。その必勝法とやらを見せてみろ!」
「良いですよ。その代わり、勝ったらちゃんと通してね?」
「勿論だ」
眼鏡をかけているので、やるのは天力のようですね。どっちでも良いけどね。
「椿様……大丈夫なのでしょうか?」
「う~ん……椿ちゃんは昔から、ジャンケンは強かったし……あっ!!」
どうやら、わら子ちゃんは気付いたみたいですね。
そうです。昔、君と『あっち向いてホイ』をして、僕は同じ手段で君に勝ったけれど、その後君に駄々をこねられたので、封印していた手です。
「あっ、そうだ。その前に、ジャンケンもその10本の手でやるんじゃ……」
「安心しろ、私はそんな卑怯な事はしない」
それなら良かったです。ジャンケンの方は、何とかなりますから。洞察力さえあれば、だいたい何を出すかなんて分かりますからね。そうなると、もう僕の勝ちですから。
「「ジャ~ンケン、ポン!」」
「んっ? くそ、私の負けか」
当然ですよ。既に手が若干開いていたので、グーはあり得なかったです。それならチョキを出しておけば、ほぼ負けは無いけれど、そこで相手が手を広げて来なかったので、もうチョキで確定です。
「はい、あっち向いて――ホイっ!!」
「ぐはぁ?!」
そして僕は、そのまま真っ直ぐ人差し指を突き出して、相手を吹き飛ばしました。
いや、それにしても飛びすぎです。階段は避けたけれど、後ろの壁に思い切り激突して、大きな穴が空いちゃったよ。白狐さんの力を解放したら駄目だったかな? あの4人にバレてないよね……。
「なっ!? 天力?! き、貴様! ルールを――」
「何がですか? 僕は相手の後ろの方角を指したんですよ? ルールは破ってませんよ?」
「ぬっ……ぐぅ、しかし」
「それに、殴ったら駄目とは言われてないし」
「がっ……き、貴様」
何だか不良少女の言い訳みたいになっているけれど、相手は言い返せない。というか、今のを見て力じゃ勝てないと思ったんでしょうね。
「椿ちゃん……確か私の時は『上下左右前後だ!』って言ったよね?」
「あ、あはは……」
懐かしいよね。僕がそう言ったら、わら子ちゃんは不機嫌になって駄々をこねて、不幸のオンパレードでしたからね。
「では、約束通り通してくれますか? それとも、戦いますか?」
玄葉さん、それちょっと脅しが入っていますよ。相手が膝をガクガクさせているよ。それでも、相手はどちらを取ろうか悩んでいるようです。
このまま僕達を通したら、その後にキツい罰が待っているのかな。だからって戦っても……。
「ち、ちくしょう!! こうなりゃヤケだぁ!! がふっ!!」
玄葉さんの盾で挟まれてお終いです。
大量の腕に、錫杖や色んな道具を握らせていたけれど、使う前に倒せば問題無かったですね。
「やれやれ……ですがここから先は、こんなに簡単では無いですからね。良いですか?」
「はい……」
玄葉さんの言葉で、僕は再び気を引き締め直し、階段の先を眺めます。この先に、先輩が捕らえられているはずなんですから。
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