第伍話 【1】 奈田姫の正体

「誰も居なかった……」


 2階をものの数十分で確認し終わった僕達は、そのまま1階へと戻って来ました。まさか、2階に誰も居ないとは思わなかったです。


「そうなると、あとは奥の院に……奈田姫の所に、全員居ると言う事ですね。これはもう、最悪ですね」


 玄葉さんがため息をつきながらそう言うけれど、1番ため息をつきたいのは僕だったりします。これはつまり、湯口先輩の救出は不可能……という事になりますよね。


 だけど確かに、玄葉さんの言う事も分かります。無茶をして、殺されたりなんかしたら最悪ですからね。

 だってあの4人は、それだけ容赦ない殺気を放っていたからね。本当に、白狐さん黒狐さんも殺しそうな勢いでしたよ。


 だから、無茶だけはしない。それだけは、頭に入れておかないと……。


「さて、奥の院はこの廊下の奥。庭を突っ切った先にあります。ですが……」


「その庭にも、誰か居ると考えた方が良いんですね」


 僕のその言葉に、玄葉さんはゆっくり頷きます。

 それもそうですよね。1番攻められたく無い場所には、それなりの警備をするはずです。ということは、4人の内の誰かが――


「居ませんよ? 玄葉さん」


「馬鹿な?!」


 庭に出た瞬間、夕焼けに照らされた風景が目に飛び込んできて、そして誰も居ない事に驚愕しました。


 とりあえず玄葉さん、落ち着いて下さい。


 そして僕達は、庭を突っ切る様にしながら、本堂と奥の院を繋ぐ、木で出来た屋根付きの廊下を歩いて行く。


「あり得ない……あり得ないです。こんな重要な所に、守りが無いなんて……それなのに、階段には見張り? 意味が分からない」


 ブツブツと呟く玄葉さんを後ろに連れて。


「玄葉さんが壊れた……」


「わら子ちゃん。きっと、玄葉さんの今までの戦略の中には無かった事で、頭が混乱しているんだと思います」


 わら子ちゃんの幸運の気があるので、僕達が先頭でも良いけれど、それも限界がありますよ。

 だから、玄葉さんには出来るだけ早く戻って貰って、先頭を歩いて欲しいです。先頭ってさ、何があるか分からないから、常に警戒しなくちゃいけない。そういう緊張感があります。


 だから僕達は、慎重に進んで行きます。


 そして、目の前にある建物が近づいて来るにしたがって、僕の鼓動は早くなり、踏み出す足も震えていく。もちろん、手なんて手汗で気持ち悪いし、ここまで緊張したのは初めてじゃないかな。


「椿様、すみません。私が先頭を行きます」


 そんな良いところで、玄葉さんが復活してくれました。た、助かった……このままじゃ、僕の心臓がもたなかったです。


 それにしても……この建物も、寺院の中にあるにしては、とても立派な造りをしていますね。質素ながらにも、蓮の花の様な装飾があって、広さもそこそこあって、まるで道場みたいな広さです。


 そして、入り口は1つ……僕達の目の前にあるだけみたいです。


「良いですか? 先ずは、私が確認をします。逃げるか逃げないかは、手で合図をしますので、必ずそれに従って下さい」


 玄葉さんはそう言うと、入り口までゆっくりと近づき、そっと扉に耳を当て、中の音や声を確認しています。ついでに、僕も一緒に聞き耳をたてますけどね。


「ちょっ、椿様?」


「いや、僕の方が耳が良いので」


 その言葉に、玄葉さんはため息をついていますが、その場から離れろとは言わなかったので、遠慮無く一緒に聞き耳を立てておきます。


「さて、考え直したか?」


「ぐっ……誰が――ぐはっ!」


 そんな僕の耳に入ったのは、苦しそうにしている声と、鞭の様なもので叩かれる音。

 この2つの声は……先輩と、その父玄空のもの。つまり先輩が、今ここで拷問を受けている?

 それを知った僕は、無意識で身を乗り出し、そのまま突撃しそうになっていました。


「うっ……」


 ただそこで、玄葉さんが僕の前に腕を伸ばしてきました。


 分かってる、分かっています。無策で飛び込んでも捕まるだけです。だからここは、押さえないといけない――のは分かります。でも……だけど。


「まだ分からんか? 人ならざる者は、人の害にしかならん。有益な事をしようとはしない! それは、悪だ。滅すべき存在。害虫と同じ!」


 ここまで害だ害だって、いったい玄空に何が……ってその前に、玄空も含め例の4人は、人間なのかどうかすら怪しいんでした。


「あぁ、そうかい。本当にそればっかりだな……口を開けば直ぐそれだ。昔からな。でもな、それが俺は怖かっただけだ。だが、今は違う。あいつの為に動きたい……親の言う事よりも、好きになった女子を信じているんだよ! 恋は盲目って言うだろう!?」


 先輩……そんな恥ずかしい事を、大声でよく言えますね。しかも残念ながら、その本人に聞かれています。

 好きな女子って言うけれど、先輩は男の僕も知っている訳だからね……ちょっと複雑ですよ。僕としては、先輩はただの――


「椿ちゃん、顔真っ赤」


「ちょっ……だって、あんな事言われたら、誰だって顔が赤くなりますよ」


 とにかく、今はそれどころじゃないです。何とかして、先輩を助ける方法を考えないと……。


「ふふ、靖君~こうやってお仕置きするのは、久しぶりねぇ」


「ぐっ!! 黙れ、化け物ババア。俺がガキの頃から、一切変わらない姿しやがって。お前、何歳なんだ」


 えっ……そんなに前から姿が変わっていないのですか?

 やっぱりこの4人……怪しい。本当に人間なんですか? だけど妖怪だとしたら、何で同じ妖怪を滅しようとしているんでしょう。


 おかしいです……妖怪でも無いのかな。


「これは……この場に、4人とも集まっていますね。足音が4つあります。椿様、分かりますよね?」


「くっ……」


 それなら、僕が僕じゃなくなってでも。


【止めときなさい、椿】


 いきなりでびっくりしました。やっと起きたんですか、妲己さん。


【ふわぁ~全く……寝過ぎるもんじゃないわね。私が止めなきゃ、あんた今、神妖の力を全開にする気だったんでしょ?】


「で、でも……」


【止めときなさい。今回ばかりは、玄葉の言う事の方が正しいわよ。あんたのあの状態は、私も危ないんだからね!】


 でもそれなら、諦めるしか無いっていうの? まだ……まだ何か、方法があるはず。

 だけど今度は、玄葉さんが僕の肩に手を置き、そして力を込めてきます。お、怒ってる……。


「椿様……」


「うっ……」


 だけど次の瞬間、僕達の耳に、4人とは違うもう1人の声が聞こえて来た。

 でもその声は、玄葉さんとわら子ちゃんは知らないけれど、僕は知っている声だった。


「あはは~恋は盲目ね~言うわね、靖先輩。でもその相手って、まさか椿ちゃんじゃないよね?」


「えっ? なっ……んで……この声」


 僕の声が裏返ってしまいました。でも、それだけの衝撃だったんだよ。だって……こんな所に居るなんて、誰も予想していなかったんです。


「お前は……!? 何でこんな所に。亜里砂……だったか?」


「あら。私の事、知ってるの?」


「急に学校に来なくなった奴だからな。だが何で、そのお前がここにいる?」


 声だけしか聞こえないけれど、間違い無い。先輩だってそう言っている。4人と一緒に居る人物は――


 亜里砂ちゃんです。


 だけど、本当に何でこんな所に……。


「馬鹿息子が、口を慎め。この方こそ、我々を導く存在。奈田姫様だ」


「なっ?!」


 ――僕だけが、開いた口が塞がりません。


 まさか……まさか亜里砂ちゃんが、亜理砂ちゃんが奈田姫?! 滅幻宗のトップ?! そうなると……滅幻宗は妖狐の手によって……。


 でもその時、僕の中の妲己さんが、怒りの混じった声を発してきました。


【亜里砂……いや、華陽! こんな所に……! 椿、突入するわよ!!】


「落ち着いて下さい……妲己さん。呪われたあの家の時とは違いますよ。相手に仲間が居る。何より、先輩が人質になっています。こっちが不利です」


 そして何より、これで確信したけれど、あの4人は人間では無いです。本人達が気付いていないのか、それとも騙しているのか。どっちか分からないけれど、もうこれは最悪です。


 亜里砂ちゃん……いや、華陽は九尾です。滅幻宗のトップが妖怪という事は、こいつらの目的は、ただの妖怪退治じゃないです。


【華陽……!!】


 そして妲己さんは、正気を失っています。

 僕の体を勝手に使われる前に、ここから退散するしかないです。もちろん、先輩を置いて逃げないよ。このままでは多勢に無勢なので、おじいちゃん達の増援が来るまで、どこかに隠れておくのです。


 今焦って突入しても駄目です。それが良く分かりました。


「玄葉さん、一旦ここから離れます。亜里砂ちゃ……いや、相手があの華陽なんです。先輩を助けるのは、現時点では無理です」


「華陽ですって? くっ……それは確かに、不可能ですね。分かりました。増援が来るまで、どこかで……」


 僕達は、相手に聞こえない様にしながら、細心の注意を払って話していました。何より僕は、美亜ちゃんの屋敷で似たような状況になり、失敗していますからね。


 だから今度は、早めにここから離れようとしたんです。したんですよ……。


「さ~て、と。色々とお話しをしたいけれど~そ・れ・は、外に居る子達も呼んでからだよね~」


「はっ?! まさか……!?」


「玄葉さん! 喋るより前に逃げる、です!!」


 でも、僕は動けなくなっていました。そしてそれは、玄葉さんとわら子ちゃんも同じでした。


「えっ? つ、椿ちゃん。な……何これ? か、影が……」


 しまった! 華陽も僕と同じように、影の妖術が使えたんだった。


「きゃわっ?!」


「くっ!! 不覚!」


「うわあぁぁ!」


 そして僕達は、いきなり開け放たれた扉の中へと、一瞬で引っ張られてしまい、そのまま床を転がり、部屋の真ん中へと連れ込まれてしまいました。


「あはは~久しぶりだね~つ・ば・き、ちゃん!」


 そのまま仰向けになって寝転がってしまった僕の頭の先では、段差のある低い壇上から、嬉しそうにしながら僕を見る亜里砂ちゃん……いや、華陽の姿がありました。

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