第参話 【2】 愛のクロスカウンター

 人外の力でねじ伏せようとしても、それが無理だとは思いませんでしたよ。

 いくらなんでも、あの2人は人間。妖術の前ではと思ったけれど……あり得ない事に、巨大なハンマーは弾かれてしまいました。


「くっ……それならもう、これしか!」


 そして僕は、わら子ちゃんが隠し持っていてくれた巾着袋から、御剱を取り出し、それに神妖の力を少し注ぎます。


「ほぉ、また奇っ怪な手品を」


「手品手品とうるさいですよ。これ見てもまだ――」


 いきなり僕の髪の色が変化したら、普通は手品とかいう発想には――


「兄者。しかしあの武器、何か光っていませんか?」


「ふむ。蛍光塗料か何かか?」


 ここまでの現実主義の人達は初めてです。


 そうなったら、これを詳しく説明しても信じないでしょうね。だから……。


「ほっ!」


「うごっ?!」


 僕は一気に距離を詰めて、御剱でお兄さんの方を叩いてみます。


「ぬっ……なんていう堅さ。だが効かん! くらえ『筋肉圧縮マッスル・プレス』!!」


「おっと!! というかその技、ハグと一緒じゃないですか?!」


 これも効かないと予想していたので、軽くその場から飛び退いて、相手の攻撃を回避した後、敵の技に文句を言ってみます。

 だって、ハグしてるんだもん。プレスって……筋肉で僕を圧縮しようとしたのは分かるけれど、抱き付いて来たのは一緒ですよ。


 すると、相手が怒って反論してきました。


「むぅ。この違いが分からんか! ハグは、弟の戦力との合体技だ! そしてこのプレスは、単体技だ!」


「違いが微妙過ぎるよ!」


「えぇい! 黙れ!」


 そして怒った闘力は、僕に向かって真っ直ぐとパンチを打って来ました。

 多分この人達は、今まで小手先での戦いをして来なかったと思う。ただ、力任せに。だから、それが防がれたとしても、それしかして来ないはずです。


「むっ? 何だ?」


「玄葉さん、ありがとうございます」


 相手のパンチは完全に、玄葉さんの見えない盾で防がれています。しかもこの盾、相手に防がれたと気付かせない特性まであって、かなり高性能です。


「そして、お腹がガラ空きですよ。神刀御剱、神威斬かむいざん!」


 そう言うと、僕は相手のお腹目掛けて、御剱を振り払いました。


「ぐぉっ!!」


「兄者!!」


「ぐぅ……中々だな……」


 それでも倒れないですか。

 一応斬れたりはしないけれど、威力はその名の通り、人間に耐えられるはずでは無いんだけど……どうやら、力の調整を弱くし過ぎました。


 その原因は、人を殺してしまった時のトラウマが、まだ僕に残っているからです。

 そんな事じゃ、この先の任務や依頼をこなせない。何とかしてトラウマを克服しないと。


「兄者。こうなったら乱打で、相手に隙を作らせない様にするしか」


「むっ、そうだな。相手に時間を与えるから、あの様な技を出される。もう運動も十分だしな、終わらせるか」


「椿様。どうやら、相手が一気に勝負を決めるつもりです」


 嘘でしょう……こっちはまだ、気持ちを切り替えようとしている所なのに。そんな事されたら追い詰められて、あの筋肉で……うぅ、想像したら寒気が。


「さぁ……覚悟せよ!」


「これで終わりだ!!」


 そしてその兄弟は、僕達に迫りながら、次々と連続でパンチを繰り出してきます。まるで千手観音の様で、手が何本もある様に見える。


 しかも、それが2人……マッチョで暑苦しいのが迫って来ます。


「「うぉぉぉおおお!!」」


 更に満面の笑みを浮かべながら。絵面は最高に気持ち悪いです。


「だ、駄目です! あれを避けながらは無理です!」


 無理したら避けられるだろうけれど、多分あの爽やか過ぎる笑顔のせいで、竦んでしまいそうです。


「くっ……でしたら。増え凌げ! 玄武の盾! 『百葉樹ひゃくようじゅ』!」


 すると、玄葉さんの玄武の盾が一気にその数を増やし、まるで木の様にして、僕達の前に張り巡らされていきます。何ですか、これ。凄い……。


「我が玄武の盾の鉄壁の布陣。これを破った者は、皆無です」


 玄葉さん、凄い自信です。

 それでもその兄弟は、速度を落とすこと無く向かって来ています。

 必ず破れると。相手もそんな自信満々な目をしていて、満面の笑顔のままです。 


「ふははは!! ならば我々が、その第1号になってやる!」


「兄者! この場合、私は2号ですね!」


 それはどうでも良いですよ。

 でも、この大量の盾は凄いです。まるで大木が壁になっている様で、この牢屋の狭い廊下を埋め尽くしていますよ。しかも、分厚い。


 だけど次の瞬間、その盾に物凄い衝撃が走りました。


 遂に兄弟がその盾に向かって、何発も何発も無数のパンチを打ち込み始めたのです。


「「うぉぉぉおおお!!」」


 多分これ、普通のコンクリートとかなら、とっくに壊されていますよね。

 玄葉さんの盾の内側で、相手の攻撃を見ながら、僕はそう思っちゃいました。でも、大丈夫なんでしょうか? 本当に凄い衝撃ですよ。


「やれやれ、一発目で気付くものを。脳筋、というやつですか? この百葉樹は、ただ防ぐだけでは無いです。攻撃を防ぐと同時に、その衝撃を相手に弾き返しているのです」


 えっ? あっ、本当だ。良く見たら、相手の打ったパンチの衝撃が、そのまま兄弟に向かっています。それをもろに浴びているのに、一切気付かないのですか? 感覚が鈍いのかな……。


「ぬっ……むぅ……これは――」


 だけど遂に、そのパンチを打つ速度が落ちてきました。ついでに、もう笑顔でもないですね。効いているみたい。


「疲れたな」


「そうですね、兄者。流石は自慢するだけある。しかし、筋肉が良い疲労を起こしていますね」


「うむ。だがこのままでは、翌日には筋肉痛になる。良し、急いでケアをするぞ!」


 えっ、疲れただけですか?! 他の痛みは?!

 だけど、驚く僕を放って、兄弟は壁の横に置いてあった鞄から、何かを取り出してきました。


「ふっ、やはり筋肉痛対策には、即効性のあるスプレー式だ!」


「いや兄者よ、シップだろ!」


 あれ? こん所で意見が分かれましたよ? でも、確か筋肉痛って……。


 いや、これは面白いから、このまま兄弟がどうするかを見て、隙が出来たら逃げましょう。玄葉さんもそのつもりですしね。


「貴様……戦力。馬鹿か? シップは筋肉痛が起こってからだ! というかそんなもの、筋肉痛以外でも使えるようになっているから、効果が分散するだろう! 分かってないな!」


「分かってないのはそちらだ! 万能性のあるシップの方が、効率が良いのだ!」


 えっと……とりあえず確認の為に、自分の巾着袋から妖怪用のスマートフォンを取り出して、筋肉痛について色々と調べてみたら、どっちも間違っていましたね。


「つ、椿ちゃん……」


「わら子ちゃん、このまま見ておきましょう」


 シップだスプレーだで、激しい喧嘩が始まりましたよ。殴り合いにもなっているしね。


「何で分からんのだ! ぐぁ! この、脳筋が!!」


「がふっ! それは、こちらの台詞だ! 兄者!!」


 顔面殴ったり、お腹殴ったりしてる。しかも超パワー同士だから、当然かなりのダメージがありますね。もしかして、このまま……。


「スプレーだぁぁあ!!」


「シップだぁぁあ!!」


「「がはっ?!」」


 そして遂に、同時に打ったパンチがお互いの顔面にヒットし、兄弟はゆっくりと崩れ落ちていきました。


 結局、僕達が手を出さずに、相手は勝手にノックダウンしてしまいました。何だか釈然としませんね……だから、ちゃんととどめを刺してあげます。


「は~い、ここで発表で~す。筋肉痛のハッキリとした原因は、分かってないみたいです! シップとかスプレーを使っても良いけれど、別に治す訳じゃないんだって。痛みを取るだけだもんね~2人とも、間違っているよ」


「「なっ?! ば、馬鹿な……!」」


 はい、僕の言葉にショックを受けて、2人とも気絶しました。

 これで確定だけど、多分この2人は、例のお札を使って、これだけの筋肉を手に入れたんでしょうね。

 本当のアスリートやボディビルダーの人なら、こんな間違いはしないよね。


「ふぅ……全く。強さは力だけでは無い。それが分かってなかったようですね」


 そう言いながら、玄葉さんは目の前に展開していた盾を片づけ、そして兄弟を適当な縄で縛り付けました。 


 それでも、だいぶ苦戦しましたけどね……。

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