第参話 【1】 圧倒的な筋肉差
目の前の筋肉まみれの人達に圧倒され、僕達は戸惑いを隠せません。この人達、脳も筋肉で出来ているんじゃないでしょうか。
「おぉ、兄者! 見事な三角筋!」
「ふふ、まだだ。まだ足りん!」
うぅ……普通の筋肉量じゃないのに、まだ求めるんですか。本当にとんでもない人達です。
僕達を放ったらかして、兄弟でお互いの筋肉を褒め合っています。いい加減しつこいので、何とかしたいんだけど……この人達には影の妖術も効かなかったし、神術も効かなかった。浄化の風以外も使えたら……。
「そうだ、戦力よ。筋肉量を増やすには、筋肉を酷使すれば良い。それには……」
「運動が1番、なるほど。戦闘もまた然り」
あっ……こっち見た。そしてやる気満々の目をしています。
でもね、筋肉を増やすには、酷使するだけじゃ駄目な気もしますけど、まぁ良いです。向こうがそう思ってやってて、実際そうなっているなら、何か他にもやっているんでしょうね。
「という訳だ。玄葉、貴様はスパイという事で良いな?」
「はぁ……何とか逃げられる方法を考えていましたが、無理そうですね。申し訳ありません、椿様。私の不手際で、無駄に体力を浪費さる事に……」
「いえ、これは仕方無いと思います」
ジリジリとこちらに近寄ってくる兄弟を見て、玄葉さんは盛大にため息を突きました。
本当は戦いたく無いんですね。僕も一緒です。見ているだけで暑苦しいですからね……。
「……戦闘になったら、私は何も……補助くらいしか出来ないよ」
「わら子ちゃん、それで十分ですよ。下がってて」
とにかく、玄葉さんを中心にして、僕の妖術で陽動を――
「さぁ、お前にも」
「我等が筋肉愛を!!」
――って、いつの間に両サイドに?! 動きが早いです。
「「
「うぎゃぁぁあ!!」
その兄弟が両サイドから、腕を広げて僕に向かって来て、力強く抱き付こうとして来ました!
咄嗟に上に跳んで避けたけど、物凄い悪寒がして、思いっきり叫び声を上げちゃいました。
「はぁ、はぁ……こ、こわい」
そしてそのまま、兄弟達でガッシリと抱き合って、ピクリとも動きません。いや、お互いの腕をスリスリしてる。ま、まさか……。
「おぉ、戦力。何という筋肉。しかし、少し細いな。肉が足りん」
「兄者も素晴らしい。しかし、少し太い。肉を取り過ぎだ」
そう言いながら、お互いの筋肉を触り合っています。
「ひぃぃい!! オカマだ、ニューハーフだぁ!」
「椿様、違います。これはゲイと言うものです!」
「むっ? 何を言うか! 我等はそんなものではない!」
「そうだ! 筋肉を愛して止まないだけだ!」
僕達の言葉に、兄弟が物凄く怒っています。
すいません……確かに、ボディビルダーの人達に悪いですよね。だけどこの兄弟は、その人達以上なんですよ。
「女性もそうだ。ヒョロヒョロよりも、筋肉のある男性に惹かれるもの! 個として強いという証明だからだ!」
確かに、一理あるけれど……物事は何でも、やり過ぎたら駄目なんですよね。
「う~ん、僕はもうちょっと細い方が……はっ?! いや、違います! 僕の好みはどうでも良いんです!」
つい口が滑っちゃった!!
そして弟の戦力の方が、笑顔でお兄さんの肩を叩いています。だから、そういう意味じゃないんですけど。
「いや、あの……細いって、そっちの弟さんみたいなのじゃなくて、その……細マッチョと言うか、そっちの方が――」
「あぁ、白狐さん黒狐さんみたいな?」
「そうそう……じゃなくて!!」
わら子ちゃん、ちょっとお口にチャックしておいて下さい。
だけど、僕の反応を見た兄弟は、何故か血管が浮き出る程に怒りを露わにしています。
「細マッチョ……? あんな……あんなもの。見てくれを気にしただけの、あんなもの。マッチョなんかでは、な~い!!」
「その通~り!! 兄者や俺のような太さならまだしも、体型を気にしたあんな姿、真のマッチョに非ず!!」
細マッチョという単語は、この人達の地雷でした。僕、やってしまいましたよ。
そして、再び兄弟は僕に向かって走り出し、両手を広げて迫って来ています。もうそれは止めて下さい。
「そんな細マッチョが好きとかいう奴も、断じて許さん!!」
「そうだ兄者! こいつも、真のマッチョ好きに変えてやる!」
「目的が変わっているよ!!」
僕が逃げようとした瞬間、その兄弟は目の前で何かにぶつかり、その足を止めました。良かった……玄葉さんが、玄武の盾で防いでくれました。
「くっ……これ以上、椿様に不快な思いをさせるな!」
「不快? 何処がだ?」
「そうだ……これだけ筋肉を愛している者は、そうは居ない。寧ろ、潔く快いではないか!」
そう言いながらその兄弟は、玄葉さんの盾を思い切り押して、そのままズンズンと進んで来ています。
いや、ちょっと待って下さい。つまり、玄葉さんが押されている? 嘘でしょう?! やっぱりこの人達は、完全に規格外です。
「くっ、くそ……駄目です。2枚重ねでも押されるなんて……さ、3枚に……」
「妖異顕現、黒槌土塊!」
「ぬぐっ……!」
「うぉ!」
玄葉さんが危なかったので、僕はハンマーの妖術を発動し、尻尾をハンマーに変えました。そして、クルッとその場で1回転し、しなる尻尾で勢いを付けると、玄葉さんの盾の裏側に向かって、思い切り打ちつけ、その兄弟を押し返しました。
「あ、ありがとうございます。椿様」
「いや、でも、玄葉さんでも苦戦するほどだし、僕程度の力じゃ……」
そう、2・3歩下がっただけでした。ば、化け物……。
これじゃあ、このハンマーの妖術で殴っても、全く効きそうに無いです。
他に何か無いのかな? 黒焔は最終手段として、水の妖術……は、水が欲しいところですし、他の妖術でも決定打にならないです。それなら……。
「妖異顕現、黒槌土塊。術式吸収……術式吸収……吸収」
「ちょっ……椿様?! それは……」
とにかく、溜められるだけ溜める。僕の最大の力でもって、攻撃してみます。
「ほぉ……これは、どういう仕組みだ?」
「兄者。良く分からないが、この大きさ……1トンはありそうだぞ?」
そうですね。実際それくらいありそうだし、尻尾が引っ張られる感じがするけれど、そこは自分の妖術、妖気を使って動かしているだけですよ。
正直言って、こんな所でこんなに妖気を使いたくはないけれど、もうしょうが無いのです。
この兄弟は、とても強いです。
「椿様! 私もそのハンマーの後ろから、盾で押します! 少しは加速するでしょう!」
「はい! お願いします!」
そして僕は、巨大なハンマーになった尻尾を思い切り後ろに引き、筋肉自慢の兄弟に視線を向ける。
「面白い! 小娘がこのような力技をして来るとは思わなかったわ! 良いだろう、受けて立とう!」
「兄者、その通りだ!! 我等に回避はあり得ん! さぁ、来い!!」
僕の予想通りです。普通こんなもの、動きが鈍くなって避けられ易い。だけど、この兄弟はこんな性格だから、絶対に避けないと思いましたよ。
「それだったら、盛大に吹き飛んで下さい!! 妖異顕現、黒槌土塊≪極大≫!!」
「玄武の盾よ、加速して押し出せ!」
そして、僕と玄葉さんは気合いを入れるようにして叫び、巨大なハンマーを兄弟に向けて打ちつけます。
「「ぬぅん!! くっ! うぉぉぉおお!!」」
兄弟は同時に僕のハンマーを受け止め、必死に押し返して来ます。
更に僕は、熱を持った筋肉質な両腕の気持ち悪さに耐えながら、力を込めていきます。ハンマーにしても僕の尻尾ですから、感覚があるのを忘れていました。
そして兄弟は、ビクともしません。
「うぐぐぐ……!!」
「椿様! もっと力を込めて下さい!」
「やってます!!」
押しても押してもビクともしない。
まるで、地面に向かって打ちつけて、地球を押そうとしている様な感じです。これ以上押しても無駄なんじゃないかって、そう錯覚してしまう程です。
「椿様! 相手は人間です! 必ず限界はあるのです!」
「それは、分かってるけどぉ……!!」
僕の方のスタミナが無かったです。
「「ぬぅん!!」」
「きゃわ?!」
「なっ……!! 椿様!」
遂に兄弟に押し返されてしまい、尻尾のハンマーを弾かれてしまいました。
力技じゃ、僕の方のスタミナが足りずに負けてしまいます。ど、どうすれば……。
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