第拾参話 【1】 寄り添ってくれる人達

 その日、おじいちゃんの家に帰った僕は、直ぐに自分の部屋に行き、直ぐに布団に潜り込みました。


 原因は、この手で人を殺したから。


 あの状態の僕でも、僕である事には変わりないし、意識はあったのです。

 だから、この手に残っているのです。人を殺した感触、御剱で胸を刺した感触、どれだけ他の事を事を考えても、脳裏に焼き付いて吐きそうになります。


『椿よ。忘れるなと言うのは無理があるだろうが、事情は捜査零課に説明しておる。捕まったりはせん』


「なんで?」


 どうせなら捕まえて欲しい。僕は悪い事をしたんだと、それを償わないといけないんだと、そう実感させて欲しいです。


 それなのに、妖怪は場合によっては、人を殺めても罪には問われない時があるそうです。

 特に今回の僕の様に、力が暴走したり、身を守る為に仕方なくの場合、明らかに意図せずに殺してしまった時は、罪には問われないそうです。


 だけど、今の僕にとってそれは、ただの苦痛でしか無いです。暴走したにせよ、明らかに意図して殺したんだよ。それなのに、何でなんですか。


『椿、布団から出て来い。話すものも話せないぞ』


「嫌です」


 特に今は無理。白狐さん黒狐さんに顔向け出来ないです。だって、白狐さん黒狐さんは守り神。だけど、僕は人殺しの悪い妖狐。こんな僕を、お嫁さんになんか出来ないでしょう?

 皆が良くても、事情を知らない他の妖怪さん達からは、きっと反対されるに決まっています。


 それに、今僕は酷い顔をしていそうなんだよ。


 家に帰るまでの間も、この事をずっと考えていました。顔を俯かせてね。だってその時僕は、泣きそうだったんだから。

 とんでもないことをしてしまって、その前の自分の浅はかに考えに、その行動に後悔していました。


 そしてこんな時に限って、妲己さんは何も言ってこない。何か言ってよ、いつもの口調で僕を罵ってよ。


「白狐さん黒狐さん。椿ちゃんは?」


『駄目じゃ、布団に潜ったまま出て来ない』


「椿、ご飯は?」


 部屋の入り口が開いた音がした後、カナちゃんと雪ちゃんの声が聞こえる。

 きっと、そろそろ晩御飯なんだと思う。でも駄目です、今は何も喉を通らない。


「姉さ~ん!! 今度は閉じ籠もって、何してるんすか~!」


 今度は楓ちゃんですか。僕の上に乗っかって来たけれど、それに抵抗する気力も無いです。


「姉さんが、反応無い」


「そりゃあね。楓ちゃん、ちょっと退いてくれる? 椿ちゃん、返事しなくて良いから聞いて」


 急に軽くなったけれど、カナちゃんが楓ちゃんを僕の上から退かしたんですね。

 それにカナちゃん。悪いけれど、きっと君の非では無い程、僕は人を殺した感触があるんです。


「ねぇ、椿ちゃん。知っているでしょ? 私も、お父さんをこの手で殺したかも知れないって事。ううん、私が殺したと思う。それを私は、中学に入るまでずっと引きずっていたんだよ?」


 そんなに長い間ですか……それだったら、僕も数年は引きずるね。


「それは、今も吹っ切れていないよ。だけどね、少しは前を向けるようになってきたよ。あなたのおかげでね」


 それは良かったと思うけれど、それで僕の悩みを解決できる程、では……。


「椿ちゃん。その悩みは、1人で解決出来るものじゃないよ。言ったよね? 相談してよって。椿ちゃん……椿ちゃん?」


「くぅ~」


「寝てる!? えっ、嘘! 椿ちゃん?!」


『うむ、完全に寝ておる。泣き疲れたのかの? こんなに目が腫れぼったい感じになりおって』


『全く……こいつはまた1人で抱え込む気か? 起きたら徹底的に悩みを聞き出してやるか』


「黒狐さん、無理やりは駄目だと思うよ。それと、布団戻して上げよう。椿ちゃん自身、その顔は見られたくないと思うから」



 ―― ―― ――



 僕は……何してたっけ?


 何してたじゃないや、人を殺してしまった事に対して、罪悪感に押し潰されそうになって……そのせいかは分からないけれど、急に眠くなってきて、寝た。


 また寝たよ、僕。何してるの? 辺りはもう真っ暗だし、お腹空いたし……。


「晩御飯……何か残ってるかな?」


 時計を見たら、時間はとっくに夜の10時を差していました。この時間なら、何人かは起きているかも知れない。特に、カナちゃん雪ちゃんはまだ起きてるよね。


 とにかく、バレないように台所に……。


「おう、起きたか。妖狐のガキ」


「…………」


「ふん。ひでぇ顔だな、おい」


 よりにもよって、何で酒呑童子がここに居るの。


「ほっといて下さい」


 今はこんな妖怪を相手にしている場合じゃないので、無視して部屋を出ようとすると……。


「ふん、ガキだな。お前は昔も暴走をして、妖怪を殺しているだろう。その時の記憶は戻っているはずだ、それは悩まねぇのか?」


 この妖怪は、いきなり何を言うんでしょうか。


「それはもう何年も経っているしね。それに、記憶が消されていたから、その時の感覚が思い出せないんです。でも……でも、今回は違う。この手に、はっきりと残っているんです……」


 それだけで、また吐きそうになります。

 実は寝ている時も、悪夢にうなされていました。殺した人を、また殺す夢。それを何度も何度も、リピートしていましたから。


「あぁ、お前は人間だった頃の記憶もあるんだな。面倒くせぇ……人間と妖怪は違うんだぞ。それにお前は、この程度で立ち止まっている暇なんかねぇだろ」


 酒呑童子はひょうたんから酒を飲むと、僕にそう言ってくる。酔ってるよね? 今の僕にとって、カチンとくる言葉を言ってさ……。


「この程度? 妖怪も人間も一緒ですよ! 意思があるなら、同じ意思ある者を殺して、罪悪感を感じない訳が……」


「だから、ぐちゃぐちゃ考えんなよ。お前は守りたい者、支えたい者が居るんだろうが。そのお前が心折れてどうすんだ? まぁ良い、腹減ってるから変な事考えんだよ。台所行ってこい、飯が残ってたはずだぞ」


 僕の言葉を制した酒呑童子は、それだけ言うと、そのまま自分の部屋へと向かって行きました。


 何なんですか、いったい。あなたも悩むなと言いたいのですか? だけど、こればっかりは……。


「駄目だ、お腹空いて頭が回らない……ご飯」


 こんな時でも、お腹は空くんですね。いや、妖気を補充しないといけないんですね。


 そして僕は、そのままフラフラと台所に入ると、そこにはちゃんと僕の分のご飯が、虫が入らない様にされ残されていました。晩御飯自体が動いているけどね。

 だけど、今はそれが、とてもおいしそうに見えてしまう。そう考えると、今日はそれだけの妖気を使ってしまったという事ですね。


 問題があるとしたら……。


「何で皆、ここで寝ているんですか?」


 広めの台所の真ん中には、作業台が置いてあるんだけれど、そこに僕のご飯があって、その周りをカナちゃんと雪ちゃんに美亜ちゃん、それに楓ちゃんの皆が居て、突っ伏す様にして寝てしまっています。


「何でこんな所で……まさか、僕を待っていたの? 嘘でしょう……」


 いつ起きるかも知れないのに、何で……いや、違いました。

 皆の眠っている前には、僕のご飯と一緒に、どういう訳かいなり寿司まで置いてありました。今ではすっかり僕の好物になっちゃっているけれど、まさか……これを作っていたのかな。


「…………」


「おや、起きたのですか? 椿様」


「えっ? あっ、龍花さん」


 いきなり後ろから話し掛けられて、びっくりしてしました。そして当然だけど、目を合わせられません。恥ずかしくて……。


「座敷様も心配していましたよ。全く、どれだけ人に心配をかければ良いんですか? というか、こっちを向いて下さい」


「ふぎゅっ?!」


 無理やり僕の首を掴んで、向きを変えないでくれませんか? 変な音がしましたよ。


「良いですか? 接吻の1つや2つくらいで、私達は気にしません。それよりも、椿様を止められなかった事の方が、私達にとっては辛いのです」


 そうでした。この人達は、わら子ちゃんに嫌な思いを、辛い思いをさせない為に、僕も一緒に守ろうとしているんです。

 僕が辛い思いをしていると、わら子ちゃんも辛いみたいで、それは昔から変わっていないみたいですね。わら子ちゃんらしいです。


「ですが椿様。あなたを辛い思いから救おうとする人が、どれだけ居るか分かっていますか? それに目を背けるつもりですか?」


「皆……」


 そうだよ。こんな僕なのに、皆は僕を元気付けようとする。

 決して忘れさせようとはしない。皆で僕に寄り添って、何とかその苦しみを軽減させようとしてくれている。


 それから逃げる? それは、皆に失礼だよね。


「全く……あなたが羨ましいですよ」


「えっ? 何か言いました?」


「何でもありません。それと、いなり寿司を作れと皆に言ったのは、他でもない酒呑童子ですよ」


「はい?!」


 今のが1番びっくりしましたよ。

 何で酒呑童子がそんな事を? えっ? えっ? 分かんない分かんない。


「そんなに驚かなくても良いでしょう。酒呑童子も、あなたを心配していたんじゃないのですか? 悪鬼のくせに、最近どうも大人しいと言いますか、何を考えているんでしょうかね?」


 本当に、龍花さんの言うとおりです。逆に気持ち悪いよ。何考えているか分からないから、特にです。


「さっ、そんな事よりも。座敷様も疲れて寝たようですし、折角なので、私がご飯を温め直します。それと、お風呂の方も。お身体を流してあげますよ」


「あっ、いや、そこまでは……」


「まぁまぁ、遠慮なさらずに」


 あれ? 龍花さんがおかしい。何で若干テンション高めなんでしょうか? まさか……いや、そんな事は無いです。あり得ないです。


 それにしても、結構大声を出したのに、皆起きないですね。よっぽど疲れているのかな?

 このいなり寿司を、初めて作ったからなんでしょうね。形は崩れていて、ご飯もみ出ていますよ。


 だけど、今まで見た中で1番美味しそうです。


 皆寝ているから、それはそれで騒がれずに済んで良かったけれど、僕は皆の寝顔を見ながら、ご飯を食べるんですか? それは何だか変な感じなので、自分の部屋で食べる事にします。


 でも、後で皆にはお礼を言わないといけませんね。

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