第拾弐話 【3】 皆望んでない

 とにかく今は、私の中の負なる者を片付ける。そうしようとした矢先、また邪魔をする者達が現れましたね。


『椿よ、無事か!』


『椿! 怪我はしていないか?!』


 1番の負なる者を滅し、そいつが展開していた結界が消えたので、ようやくこの公園に入れるようになりましたか。

 まぁ、先程からずっと、勾玉から声が聞こえていましたけどね。そこはうるさかったので、無視をしていましたよ。


 でもそのせいで、私の身に何かが起こったと考え、ここまで飛んで来たしまったようですね。文字通り、一反木綿を使って飛んで来ましたね。


『ぬっ……椿よ。その感じは、まさか……』


「ご、ごめんなさい、白狐さん黒狐さん。椿ちゃんが……」


 いったい何をしに来たのか、それは言わなくても分かります。とにかく、私の中の負なる者を滅さないと、帰るにも帰れません。


「すいませんけど、あと少し待っていて下さい。私の中の負なる者を滅して、周りの奴等も滅したら、ちゃんと帰りま――ん? 何をするんですか、黒狐」


 何故か黒狐が、私の背後から手を掴んでいますね。それをしても滅する事は出来るので、無駄ですけどね。


『止めろ椿。頼むから、元の可愛らしい椿に戻ってくれ』


「失礼な事を言いますね。私は可愛く無いと?」


『いや、とにかく……お前がこんな事をするのは、我慢ならないんだ。いつか、とんでもない過ちを犯すのではないかと思うと……』


「過ち? 負なる者を滅するのが、過ちだとでも? 同じ神妖とは思えない台詞ですね。それに私は既に、その負なる者を滅して、肉体を消滅させましたよ」


『なっ! 椿よ、お主まさか……人を殺めて』


 だから、失礼な事を言いますね。殺めたのではないですよ。滅したのです。あぁ、同じですか。


 ですが、この世の大きな流れの中では、死など端的なもの。魂が滅して輪廻から外れ、地獄で浄化され、そして新たな魂となる。これこそ、私の浄化のサイクル。その中では、死など本当に、些細なものですよ。


「私の浄化のシステムを、ご存知でしょうか? 死など、ほんの些細な事なのです」


『知るか。お前のその状態は、どうやら俺達とは違い、より神に近い存在のようだな。特に、ここ日本でよく広がっている仏教とは違い、神道に近いな』


「神道……それともちょっと違いますね。というより、真の神に教えなど存在しません。ただ、世界の流れを見守る者。それが神です。神は何もしませんよ。ただ、時として人に、それは間違っているという事を伝えたりはしますがね」


『えぇい! これ以上話しても埒があかん。黒狐! 椿の心に、あの椿に戻るようにと訴えかけるぞ!』


 だから、無駄ですってば。その前の私は、もういないですよ。全てを受け入れ、全てを認め、この神妖の力に身を委ね、私はようやく元に戻ったのですよ。


「邪魔ですよ。天神招来」


 とにかく、今は白狐と黒狐が邪魔なので、風の神術で吹き飛ばそうとしますが、全く吹き飛びませんね。結構踏ん張るんですね。


『ぬぐぅ……!! 椿よ……こんなお前は、お前では無い! 戻って来い!』


『ぬぅぅう! くそ! 俺の変異の能力でも変えられん! とにかく、訴えかけるしか……』


「だから、無駄ですってば。前の私は、自分の甘さに嫌気がさしたんです。敵だろうと何だろうと、命乞いをする人間達を助けたくなってしまった自分にね」


 頑張っている所を悪いですが、こうなったら心を折らして貰いますよ。というか、本当にもう諦めて下さい。もう、皆が言っている前の椿は、居ないんですから。


 それでも皆は、必死に私の風の神術に耐え、ちょっとずつ私に近づいて来ますね。

 他の負なる者達は、この風で吹き飛んでいるのに、あなた達は何でそんなに頑張るのでしょう。


「椿ちゃん! お願い、戻って!」


「椿、そんな神の様な存在なんて、似合わない!」


「椿! あんたが自分の中に溜め込んでどうするのよ! 相談しなさいよ! 何の為に、私達がいると思っているのよ!」


 全く……うるさい人達です。まだまだ心が折れませんか。それならば、もっと徹底的に……ですね。


「残念ですが、私がこの私を望んだのです。強くて、皆を守れて、そして無慈悲に敵を倒せるこのわた――」


「「「『『そんなのは、皆望んで無い!!』』」」」


「なっ?!」


 今、全員でなんて言ったのですか? 望まれて……無い? いや、いつかその内に、こっちの私の方が良かったと……。


「そんな椿ちゃんに守って貰っても、嬉しくなんか無いよ!」


「弱々しくても、必死になっている椿が良い!」


「あんたなんて、弄りがいがないのよ!」


 こんな……こんなに否定されるとは……ま、まぁ良いです。

 神妖の妖怪は、常に理解はされず、人知れずこの世界に存在し続けてきた。私も、そうなるだけ……だけなのに、何故、涙が出る。


『椿。悪いが、皆が望むお主は、そんなお主では無いぞ。だが、皆の希望に押し潰され、その様な考えに至ったのは、我等の責任でもある。もっとお主の気持ちに寄り添えば良かった。すまなかった……』


 何故、何故……何故そんな事を言う? 止めろ、近付いて来るな。


 心が、心が……揺れる。


「姉さん……」


「えっ、あなたは……」


「楓っすよ。姉さん、全くの別人っすね。姉さんは、何でもかんでも引き受け過ぎっすよ。そのせいで、そんなに思い詰めるなんて、馬鹿っすか?」


 なっ……こんな小さな子まで……そんな事を。


「姉さん。自分、分かったっすよ。例え憎い敵を前にしても、常に冷静に、私情を挟まない。これ、忍びの鉄則でしたね。自分、憎しみに囚われていたっす。何としても殺してやるって……でも、実際人が死ぬところを見て、とても嫌な気持ちになったっす。姉さん、身体を張ってそれを教えてくれて、ありがとうっす。でも、もう良いっす。元の姉さんに戻って下さい」


「身体を張る? 元の? 違う……負なる者を滅するのが、私の本当の、私の、わた、私の使命……」


「姉さん、ごめんっす。姉さん直伝の、チョップ~!!」


「ふぎゃっ?!」


 いきなり何をするんですか、この子は?! 私より背が低いのに、ジャンプして私の頭に手刀をしてくるなんて。


「姉さん……自分の大好きな、あの姉さんに戻って下さいっす。自分、この手刀の味が癖になっちゃったんすよ? だからいつもの様に『楓ちゃんのバカ~』って言って、手刀して下さいっすよ」


 くっ……うぅ、何故、何故こんなに、こんなにも。

 まだ、まだ私は、私は不完全なのか、違う……受け入れて……いる……いや、違う。これは、違います。

 この感じは、もう一つ……あぁ、そうですか。私は、本当の私では無い。本当の私は……もっと。


【分かった? どっちが本物なのかが。いくら本当のと言っても、皆と楽しく過ごした椿は、皆の心の支えになろうとしている椿は、あんたじゃないわ。だから――】


「分かりました……そうですか。私は、本当の私では無い。私は『繋ぎ』でしたか」


【は? あんた何言って……えっ、ちょっと! いきなり倒れるとか、いったい何なのよ?!】


『椿!! おい、戻ったか! 戻ったのか?!』


 う~ん……いきなりピシャピシャと頬を叩かないで下さい、黒狐さん。は起きていますよ。そして、膝枕は止めてください。だけど、身体が全く動きません。


「馬鹿……ですよ、皆」


「椿ちゃん?!」


「椿!」


「姉さん!!」


「やれやれ、やっとご帰還?」


 皆揃って泣き喚いて、そんなにこっちの僕の方が良いんですか? この僕だと、皆を守れないかも知れないのに……。


「ごめんなさい。ごめんなさい……僕は……」


 すると、そんな僕の声を聞いて、龍花さんと朱雀さんが近付いて来て、僕に話しかけてきました。


「椿様、誰にでも過ちはあります。人を殺すのを良しとはしませんが、あなたはそれで、足を止めるのですか?」


「龍花の言うとおりです。あなたには、悩みを聞いてくれる人が沢山いるでしょう? 今度は、1人で溜め込まないで下さいね。でないと、また襲われそうですから」


 あぁ、2人が口を押さえていますよ。何だか、二重の意味でごめんなさい。しばらく2人に顔向け出来ません。


「ねぇ……皆は、こんな僕で良いの?」


 それでも、僕は確認したかった。こんな僕で良いのかという事を。だけど皆は、呆れた顔を向けています。僕、そんなにおかしな事を言ったかな……。


「全くもう……今更そんな事を確認するの? 椿ちゃん。駄目だったら、一緒になんか居ないでしょ? 皆だってそう。だから、一緒に悩もう? ねっ? 私もお父さんを殺してるからさ、気持ちは分かるよ」


「うっ、ぐ……ぐすっ。ありがとうカナちゃん。ありがとう皆……うぅぅぅ」


「あ~あ~また泣いちゃって~」


 こんな僕でも、皆に必要とされている。だから……だから少しでも、ちょっとずつでも、僕は成長したい。皆と一緒に、失敗しながら、悩みながら。


 そしていつか皆を、この両手で守れるようになりたい。

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