第拾参話 【2】 不穏な動きをする先輩

 翌朝、また嫌な夢を見てしまったけれど、とりあえず皆には心配をかけたくないので、出来るだけいつも通りに、学校でもあまり落ち込まないように気を付けましょう。

 そう考えながら、僕は制服に着替え、そして大広間に朝ご飯を食べに行くと、いきなり全員からハグをされました。


 入った瞬間ですよ。本当に、ここの妖怪さん達は……。


「ムググ……カナちゃん雪ちゃん、それに他の妖怪さん達も、ちょっと離してくれませんか? 心配かけてごめんなさい」


「もう……本当にだよ、椿ちゃん。あなたは思い詰めたら駄目。何かあったら直ぐ私達に相談! 良い?」


「カナちゃんは僕の保護者ですか?」


 でも、真剣に心配しているカナちゃんの顔を見ると、申し訳無い気分になってしまって、それ以上は何も言えないです。


『椿よ、お主なりに吹っ切れたのか?』


 皆から解放されて、いつもの僕の座る場所に向かうと、そのまま白狐さんの膝の上に座り、朝ご飯に目をやる。今日もとってもおいしそうです。


『おい、椿。だからなんで白狐の方に行くんだ?!』


 あれ? 無意識にいつもの場所にと思っていたら、白狐さんの膝の上に……違う違う、ここがいつもの場所じゃなかったです。あっ、白狐さんが離してくれない。


『ふむ、まだ吹っ切れていないようだな。まぁ無理はするな。少しずつ、自分の中で消化していくしかない』


「んっ、ありがとう。白狐さん」


 いつもの白狐さんの温もりは、凄落ち着きます。

 その隣で、黒狐さんが嫉妬の目を向けていたけれど、いつもより早くそれを収め、今度は優しげな表情に変わり、僕の頭を撫で始めましたよ。


 それに、皆の視線もどことなくおかしいというか、優しい視線を向けたり、心配している様な表情をしたりしています。そして、皆静かなんですけど。いつもの騒がしい食卓はどこに? 逆に落ち着けないよ。


「あっ、そうだ。白狐さん黒狐さんは、人や妖怪を殺した事はある?」


『むっ? いきなりだな。だが、確かに我々は守り神。何かを殺めた事は無い。故に、お主の苦しみを分かってやれない。すまない』


「えっ? いや、そんな事無いです。それよりも、こんな人殺しの妖狐をお嫁にして、他の妖怪さん達から反対されない?」


『何だ、それも気にしていたのか? 安心しろ、例え誰に何を言われようと、お前を嫁にする』


『我もだ』


「そっか、良かったで……あっ!」


 うっかりポロッと言ってしまいました。

 もう皆、朝ご飯を食べながら僕の方ばっかり見て、ニヤニヤしちゃっていますよ。恥ずかしいから、その視線を止めて下さい。


 とにかく、恥ずかしいのを誤魔化す為に、僕は目の前のご飯に手を伸ばし、必死に口に運びます。


「何恥ずかしがっているのよ。むしろ、ちゃんとお嫁に行く気があったんだから、周りが喜ぶのは当然でしょ?」


 美亜ちゃん、それ以上は言わないで下さい。

 小悪魔の様な笑みになっているから、絶対からかってるよね? だけどその後、酒呑童子の膝の上に乗っている、美亜ちゃんの妹の美瑠ちゃんが、とんでもない事を言い出しました。


「それじゃあ美瑠は、鬼丸のお嫁さんになる!」


「ぶっ!!」


 美亜ちゃん、僕の向かいに座っているんだから、お味噌汁を吹き出さないで下さい。かかりそうでしたよ。

 ついでに、酒呑童子も開いた口が塞がっていないし、そのまま美瑠ちゃんを凝視しています。


「この悪鬼がぁ……! 遂に、遂に美瑠に手を出したわねぇ!!」


「ま、待て! 落ち着け! 爪を引っ込めろ! 夜一緒に寝ているだけだ!」


「手ぇ出してんじゃないの!!」


「意味が違ぇ!! うぎゃぁ!!」


 あ~あ、思い切り美亜ちゃんに顔面引っ掻かれちゃっています。でも、酒呑童子の言い方も悪いですね。

 うん……ちょっとずつ、いつもの食卓になっていっていますね。何だか、僕にとってはこっちの方が落ち着きます。


「何だ、椿。吹っ切れたのか?」


「あっ、湯口先輩。いえ、吹っ切れていません。皆が心配するから、出来るだけいつも通りにしているだけです」


「椿ちゃ~ん。そういう事を言うと、余計心配するんだけど?」


「素直なのは良い。それなら、たっぷりと心配をして、慰めて、癒やさないと」


「それもそうね、雪」


「素直過ぎました……」


 そしてカナちゃんと雪ちゃんは、そのまま僕の尻尾を弄りに来ましたよ。


「わ~い! 姉さんがちゃんといる~! 寝られたっすか?! 大丈夫でしたか?!」


 今度は起きて来た楓ちゃんが、いち早く僕に飛びついて来たから、白狐さんの膝から転げ落ちちゃったよ。


「心配かけてごめんね、楓ちゃん」


 そう言いながら、僕は楓ちゃんの頭を撫でる。


「いえ、自分の方こそ。周りの人達の事を考えずに、勝手に一人でやろうとしていたのが駄目だったっす」


「楓はあれから、ずっと自分を責めていたのよ? でも、椿ちゃんがそんな事を気にする訳ないって、そう言ってたんだけどね~本人から直接聞かないと駄目みたいね」


 すると、楓ちゃんの後ろから海音ちゃんが言ってくる。ずっと楓ちゃんに付き添っていたんですね。でも、楓ちゃんをそんな風にしたのは、君にも原因がある気がするよ、海音ちゃん。


「それよりも、海音ちゃんが楓ちゃんをけしかけなければね……」


 ちょっと、嫌味っぽかったかな? 海音ちゃんは引きつった笑顔を見せながら、僕を見ています。


「痛い所突くわね……私は、良かれと思ってやったんだけどね……」


「楓ちゃんは、まだ幼体ですよ? 海音ちゃんの方が、お姉さんらしく止めないといけないんじゃ……」


「自分のお姉さんは、姉さんっすよ!」


 あ~楓ちゃんがそう言うと思ったけれど、そういう事じゃないんですよ。海音ちゃんの方が年上なんだから、って意味なんですよ。


「ふふ。忠告ありがとうね、椿ちゃん。気を付けるね。それよりも、その状態で良く耐えられるね?」


 海音ちゃんがやっと普通の笑顔を向けてくれたけれど、彼女が言った通り僕の周りには、僕の尻尾や耳を弄ろうと、カナちゃんと雪ちゃんと楓ちゃん、更に白狐さん黒狐さんまでが混じって、色々と弄くられています。


「うっ……くっ……こ、これくらい……っていうか皆、これは僕が癒やされませんから、もうちょっと別ので……」


 どっちかというと、皆が癒やされてないですか? あぁ、何だか先輩が、冷ややかな目で見ているような……。


 すると先輩は、そのまま玄関の方に向かって行きます。


「あれ? 先輩、朝ご飯は?」


「あぁ、いらん。すまんが、学校に行く前に、寄るところがあるんだ」


 怪しい……といっても、おじいちゃんやセンターの妖怪さん達が、逐一先輩の居場所をチェックしたり、滅幻宗と秘密裏に連絡を取っていないかと、常に注意はしているみたいです。


 だから今の所、僕達を裏切る様な行動はしていません。だけど気になる。


「湯口さん、また朝食抜きですか? 倒れますよ? ちゃんと食べないと」


 その様子を見て、ご飯を用意した里子ちゃんが声をかける。作った以上、食べて貰わないと勿体ないですからね。


「あぁ、すまん」


 だけど、湯口先輩はそれだけ言うと、そのまま足早に家を出て行きました。何だろう……何か思い詰めているような……。

 先輩、本当に人の事は言えないですね。先輩の方も、1人で抱え込んでいますよ。全くもう……。


「ふむ。どうも近頃、滅幻宗の動きが活発になっとるようじゃ。ここの所静かだったのだが、何故か最近になって、また動きだしとる。それでじゃろうな」


 おじいちゃんがそう言いながら、その隣の烏天狗の女性から、何かを受け取っています。

 だから先輩は、1人で必死になっていたんですね。なんで相談してくれないかな……。


 それと、その妖怪さん見ない子だけど、新しいお弟子さんかな?

 しかも、僕の視線に気が付いたのか、こっちの方を見たと思ったら、そのまま顔を赤くしました。


「――って、何時まで触っているんですか? 皆!!」


「あ~やっといつもの椿ちゃんだ~」


「うんうん。椿は、こうでないとね」


 まさか、その為にずっと弄っていたんですか?! 駄目です、皆の前で落ち込んでなんていられません。これからは、自分の部屋でこっそりと落ち込む事にします。


「むっ……報告ご苦労。黒江くろえ


「あっ、はい。では、失礼します」


 そして、烏天狗の女性は黒江さんですか。そのまま僕の方をもう1回見ると、彼女は一礼して、その場を後にしました。


 この家には、まだまだ僕の知らない妖怪さんが居るんですね。

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