第捌話 【1】 掠め取る山獅子の横行

 あの後、必死に谷底から上って来た僕達は、急いで白狐さん達の元へと向かう。


 そこには、既にあの大量の橋鬼は居なくなっていて、白狐さんだけがスマホで妖気を探っていました。

 4つ子の人達は、わら子ちゃんを取り戻す為にと、既に動いているようで、その姿はそこには無かったです。


『おぉ、済まんな椿よ、折角大量の橋鬼を消してくれたというのに、こんな事になってしまって。それで、そいつが本当の山神だったのか』


「はい、そうです」


 因みに、山神様の死体の傍には、血文字で「山獅子」という名前がありました。

 その山獅子という名前、手配書には無かったようです。黒狐さんが調べたのですが、該当する妖怪は居なかったのです。


『どんな奴かは知らぬが、とにかく椿、お前の感知能力で、座敷わらしを連れ去った奴を追うぞ!』


「あっ、その心配は無いです」


 僕はここに来るまでに、白狐さんから事情を聞いていました。


 あの後、舞が終わっても橋鬼は迫ってくる一方で、皆焦っていたようだけど、山神に化けたそいつが、お堂を固く閉じて、とにかくわら子ちゃんだけは守るんだと、そう言ってわら子ちゃんと一緒に、お堂の中に閉じ籠もったみたいです。

 だけど暫くしてから、わら子ちゃんの悲鳴が聞こえ、更には橋鬼達も溶ける様にして消えた為、皆嵌められた事に気付いたらしいです。


 その後は、お堂から飛び出した黒い影を、4つ子の人達が血相を変え、急いで追って行ったみたいです。


 4つ子の人達は、わら子ちゃんの事になると冷静じゃなくなります。いつもは感情の無い人達なのに、この時ばかりは、それが嘘のようなのです。


 それだけ、わら子ちゃんが大事だという事なんだろうけれど、白狐さんから聞いたら、影は1つだけだったみたいです。もうちょっと落ち着いて欲しかったかな……と、僕は思っちゃいました。


 確かに、何かの術でわら子ちゃんを小さくしたり、小さな箱に閉じ込めたりと、そんな事をしていたら分からない。

 でも、もしそうだったなら、僕は急いで4つ子の人達のあとを追っています。


 だけど、そうしないのは――


「そこです!! 妖異顕現、黒鉄の鎖舞!」


 まだ犯人が、ここに居るからなんです。

 僕はそう叫ぶと同時に、鎖の妖術を発動させて、数本の鎖をお堂の天井部分に突き刺します。


 すると、そこから誰かが何かを担いで飛び出して来た。


「ひょひょ……何て感知能力。恐れ入りますね」


「ん~! ん~!」


 それは、今まで山神の姿をしていた奴だけど、今はもう髪が獅子の様になっていて、ヨボヨボの姿は相変わらずなのに、どこか強そうな風貌に変わっていました。


 そして、猿ぐつわをされたわら子ちゃんを片手で抱え、僕達を睨みつけるけれど、こっちも負けじと睨みつけます。


『ほぉ、それが本来の姿なのか? なる程、お主妖怪に成り立てじゃの。我等の脅威を知らずに、こんな事を仕掛けるとはな』


「ひょひょ……脅威? お前達雑魚の脅威等、たかが知れとる」


 えっ? 成り立て? まだ妖怪になって日が浅いという事ですか? だから、白狐さん黒狐さんの事も知らずに、こんな事をいってくるんですね。


 でも確かに、妖気を隠す素振りも無かったし、そもそも妖気が小さいし少ない。

 だけど待って下さい。滅幻宗の人は、この妖怪を頼りにしていたんじゃ無いでしょうね? そもそも、妖怪を滅すると言っているのに、妖怪を使役するのは訳が分からないですよ。


「なる程、成り立てか……あぁ、分かったぞ。あいつら、本当に何を考えているんだ。恐らくこいつは、この山に住む猿か何かだろうな。そいつに滅幻宗達が、例の札を使って妖気を込めたんだろうな」


 すると、そいつの様子を伺っていた湯口先輩が、突然そんな事を言ってきました。

 それが本当だとしたら、滅幻宗はいったい何を考えているのでしょうか。妖怪を作り出して、いったい何をしたいのかな。


『おい待て、靖。もしかして、滅幻宗はこの猿では無く、こっちを妖怪にしたんじゃないのか?』


 そう言った黒狐さんの視線の先には、何と熊の様なものの死体が転がっていました。


 どうやら、成り立ての最中に誰かに食べられたようです。その誰かは、目の前のこいつだと思うけどね。


「何!? あっ、本当だ! 札が貼ってある! と、いう事は……」


『いかん! こいつは普通に妖怪化した奴で、座敷わらしを食べ、その妖気を取り込もうとしておる!』


「えぇ~!!」


 何が何だか分からないけれど、そんな事をしている間にも、山獅子はジリジリと後退り、僕達から距離を取っています。


 でも、逃がさないよ。


「妖異顕現、影の操!」


 そう言って、僕は影の妖術を発動し、山獅子の影を動かし、それを巻き付かせ、そいつの動きを封じます。

 

「ひょひょ……無駄な事を。怨!」


 だけどそいつは、慌てる様子も無くそう念じると、禍々しい気を持った霊魂がウジャウジャと集まり、僕が操っている影に含まれている妖気を食べていくと、縛り付けていた影が解けていきました。


 何ですかアレは……怖い怖い。何かの怨念? 怨霊? だから、納涼はもう時期はずれだってばぁ。


『椿よ、そう引っ付くな。今はこいつを何とかせねばならんだろう』


「あ、あああ……足が竦んじゃいました」


 慣れません、これだけは慣れませんから!

 普通の霊なら平気だよ。僕も生き霊になったりするからね。でもね、怨念とか怨霊とかね、そういうのは対処出来ないし、何より怖ろしい顔付きをしているから、とても怖いんですよ。


『椿、お前には浄化の力があるだろう? 対処の仕様があるのに、何故怖がる?』


「あっ……」


 そうでした、忘れてました。

 それを考えると、何だか急に怖くなくなりました。やっぱり、対処のしようがあると無いとでは、こんなにも心構えが変わってくるんですね。


「よ~し、それなら。浄化した後に、今度は鎖の妖術で!」


 だけど今度は、怨霊が山獅子の方に集まって行き、そしてわら子ちゃんにまで取り憑こうとしています。


「ひょひょ。こうすれば、更に旨くなるのでね。さて、どこかでゆっくりと……」


「だから、そうはいかないってば! 天神招来、神風の禊!」


 そう言って神妖の力を解放し、浄化の風で、辺りの怨霊も浄化させながら、そいつの周りにも竜巻の様な風の壁を発生させて、一瞬で閉じ込めます。


「ひょっ?! 私の怨霊が全て?! 浄化の風を使うなど、貴様何者!」


 あれ? 1度見せたのに、それが浄化の風だって分からなかったのかな? そう見ると、山獅子の能力は言うほど高くは無い。


「僕はわら子ちゃんの友達で、神妖の力を持つ妖狐だよ」


 僕がそう言うと、山獅子の表情は途端に曇りだし、何とかして逃げ出そうと思案をしているようです。

 でも残念だけど、僕達3人が揃っている時点で、もう終わりなんですよ。


「ぬひょ?! 何じゃこれは!!」


 そうなんです。僕の神術は白狐さんも操れて、しかも姿形も変えられるというおまけ付きです。

 だから、僕の浄化の風で作った竜巻を細くしていき、そのままそいつを縛り付ける事も可能なんです。


 だけど、それで捕まえようとした瞬間、そいつは急に上に跳び上がり、竜巻の中から抜け出しました。


 でも、それは想定済みです。わら子ちゃんは返して貰うよ。


「妖異顕現、黒鉄の鎖舞!」


 今度は神妖の力を引っ込めて、再び妖術を発動させ、尻尾から鎖を出して、山獅子の抱えているわら子ちゃんに向けて飛ばします。それをわら子ちゃんの体に巻き付けて、そこから一気に引っ張ります。


「ひょ! しまった!」


「油断大敵ってやつですね。わら子ちゃんは返してもらいましたよ」


 そして、山獅子から助け出したわら子ちゃんを、しっかりと両手でキャッチすると、急いで猿ぐつわと両手の縄を解いてあげます。


「えぇ~ん! 椿ちゃん~ありがとう!」


 すると、わら子ちゃんはそのまま僕に抱き付き、大泣きしてしまいました。どうやら、緊張の糸が解けたのでしょうね。でも、引っ付き過ぎですよ、わら子ちゃん……く、苦しい。


『さて、あとはお前を捕まえ、センターに引き渡すだけだな』


「こういう奴は、人間にも居るな……ったく。つくづく人間と妖怪は大差ないと思うぜ」


『そこには同感じゃな、小僧』


 そして地面に降り立った山獅子を、白狐さん黒狐さん、それに先輩とで囲みます。これはもう、完全に僕達の方が有利ですね。


「ひょひょ……まだじゃ。まだ私には、あいつ等が居る!」


 そう言うと、山獅子はいきなり走り出し、何処かに向かって行きました。


『ちっ、往生際の悪い!』


「結界は既に無くなっているから、山から逃げられたら追うのが面倒だぞ!」


 いや……あれは逃げたというより、まだ何か策がありそうな感じですよ。油断しないようにしないとね。

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