第捌話 【2】 山獅子の正体
その場から立ち去ってしまった山獅子を、白狐さん黒狐さんと先輩が追いかけて行く。
僕も行きたかったけれど、わら子ちゃんをここに置いていたら危ないですね。4つ子の人達は何処に? と思っていたら、いきなり上空からその4人が現れました。
「座敷様! 良かった、ご無事で……」
どうやら戻ってきてくれたようです。
そしてそのまま、真っ先に龍花さんが飛びつき、わら子ちゃんを抱き締めています。
愛されてるいね、わら子ちゃんは。龍花さんの腕を必死にタップしているけれど、愛情の裏返しかな? 冗談はさておき、止めて上げないと。
4人は単純に、追いかけていたのが山獅子では無かったので、戻って来たって感じですね。
「すいません、椿様。まさか二度までも、座敷様を助けて頂く事になるとは……修行が足りませんでした」
そして4人は、僕に頭を下げてそう言ってくるけれど、4人とも真面目過ぎますよ。
「いや、友達のわら子ちゃんを助けるのは当然です。それに、4人ともそれだけわら子ちゃんの事が好きなんでしょ? 必死になって周りが見えなくなるのも分かるよ」
僕は、4人に気を遣って欲しく無かったので、必死にフォローします。
「好き……ですか。う~ん、少し違う気もしますが……いや、良いです。それより椿様、まだあいつを捕えていないのでは? 座敷様は私達が見ますので、あなたは後を追って下さい」
「うん、わかりました。わら子ちゃんを頼みます」
僕は白狐さんの力を解放し、急いで3人の後を追います。今度は大丈夫だと信じてね。
そして暫く走ると、直ぐに3人の姿が見えてきました。というより、お堂からそんなに移動していなかったですね。
そう、山獅子が向かっていたのは、あの廃村だったのです。こんな所に何があるんだろう。もしかして、あの村人の怨念を使おうとしているんじゃ……。
「白狐さん、黒狐さん!」
『おぉ、椿。座敷わらしの方は良いのか?』
「うん。4つ子の人達が戻ってきたので、任せました」
「大丈夫なのか? あいつ等」
湯口先輩、心配なのは分かるけれど、2度同じ失敗をする人達じゃないですから。
「それで、何で立ち止まっているの?」
『ん? いや、どうも様子がおかしいんだ』
僕の言葉に黒狐さんがそう返したから、気になってその前方を確認すると、そこには慌てふためく山獅子の姿がありました。
「おい、お前達! 何で言う事を聞かないんだ! お前達を呼び出したのは私だぞ! おい、聞いているのか!」
もう感情剥き出しで、余裕なんて一切無しですね。
やっぱりこの廃村は、こういう時に利用する為にと、山獅子が蘇らせたものだったのですね。
でも、肝心な時にその亡霊達が言う事を聞かないので、焦っているんですね。
だけど、僕達から見ても、亡霊達の怨念、その負のオーラが消えた感じはしません。でも、ちょっとだけ薄くなっているような……。
「……って、あっ!!」
『どうした、椿?』
「いや、あそこ……」
そう思って様子を見ていると、僕はある事に気付きました。廃村の亡霊達が、一点をずっと見ていたのです。その視線の先は、谷を越えた所にある山です。
確か話によると、ここの廃村が考えていた、橋を架けるはずであった所だよね。そしてそこには、何故か木製の橋が出来つつあったのです。
『何故橋が?!』
『白狐落ち着け! 橋が勝手に架かっているんじゃない! 数人の奴等で、橋を作っているんだ!』
黒狐さんに言われ、更に良く見てみると、確かに山の向こう側から、沢山の職人さん達が、一生懸命橋を作っていたのです。
その職人さん達の頭上に、レイちゃんの姿を見つけるまでは、訳が分からずに呆然としていました。
でも、レイちゃんの姿を見て、全部分かりましたよ。
「あぁ……レイちゃんの仕業だ。何処からか、志半ばで死んだ職人さん達を連れて来て、それぞれに役目を与えて、この橋を作らせているんです。職人さん達を成仏させる為に」
『何と……むっ? 待てよ』
「気付きましたか? 白狐さん。この廃村の人達の願いは、例え人柱を使ってでも、向こうの山にまで橋を架ける事なんです。それを、レイちゃんは叶えようとしているんです」
レイちゃんが居ないなと思っていたら、1人でそんな事をしていたんですか。
僕の命令も無く、自分の使命の為に、この人達を成仏させようと……レイちゃん、君は普通の霊狐じゃないよね? いったい君は、何者なの。
「ひょ、ひょ……まっ、待て。待て待て、こいつらの怨念が……負の念が薄まっていっとる」
「そうですね、山獅子さん。あなたはこの人達を利用しようとしたけれど、レイちゃんは最初から、この人達を救うつもりで動いていたみたいですよ。その小さくて勇敢な、僕の相棒の動きを見抜けなかったのが、あなたの敗因です」
僕のその言葉に、山獅子はついに観念したのか、そのまま地面にへたり込み、呆然とその様子を眺めています。
止めようとしない所を見ると、僕達との実力の差がようやく分かったのかな。
「ひょ、ひょひょ……あぁ……あぁ、お、思い出した。私も……俺も、そうだった」
「えっ? って、わぁ!!」
変な事を言い出したな~と思って、横でへたり込んでいる山獅子を見たら、何とその姿が山伏の様になっていて、おっさんになっていて……って、何がどうなっているの。
『なる程な。お主、ここで暴れていた猿の怨霊の除霊に失敗し、殺されてそのまま取り込まれとったのか。それで妖怪になったんじゃな』
「あぁ……そうみたいだ。それで、その猿の怨霊が俺の力を使い、この場所に居た大量の怨念達を蘇らせ、ここで何かをしようとしていた坊さん集団すら利用し、大妖になろうと企んだようだ……」
う~ん……色んな思惑がごっちゃに入り組んでしまっていますね。
結局、最初の依頼を出した山神様は、土砂で埋まったはずの廃村を見て、慌ててセンターに連絡をしたのかな? その後に殺されたんだ。
そして滅幻宗も、これを利用しようと考えたようだけど、結局この山獅子に良いようにされてしまったんですね。
とにかく、これまで起こった事に筋道を立ててみたら、これが1番筋が通っていたので、殆ど間違い無いと思います。
だけど、ちょっと一言言いたいのは、わら子ちゃんが完全にとばっちりじゃないですか。
「おい、そこの坊主。俺の中にはまだ、猿の野郎が居る。ついでだ、俺が一緒に連れて行く。経を唱えてくれんか?」
「あぁ、分かった。宗派違うかも知れんが、まぁ我慢してくれ」
山伏の人にそう言われ、先輩はその人の所に近付いて行く。するとその山伏の人が、少し難しい顔をして先輩を見ました。
「坊主……お前もちょっとヤバそうだぞ? 俺と同じ修行の身だろうと、決して油断すんじゃねぇぞ」
「あぁ、肝に銘じておくよ」
何がヤバいんだろう? やっぱり、先輩の体に纏わり付いている、妖気の事でしょうか?
だけど先輩は、まるで分かっている様にそう言うと、ゆっくりと経を唱え始める。
「すまなかった。俺の未熟さ故、迷惑をかけた……失礼する」
そしてその人は、座りながら頭を下げ、徐々に体が淡く輝き、ゆっくりとその身体が薄くなっていく。
「ウキャァァア!!」
それなのに、その人の身体からは、その猿の怨霊が飛び出して来ました。
この猿、かなりしつこく無いですか? 山伏の人が自我を取り戻し、魂が乖離したのに、まだ抵抗するなんて……。
「天神招来、神風の禊」
「ギッ! キキィ……」
とりあえず、僕が浄化しておきました。
ちゃんと先輩のお経で成仏すれば、多少の罪は改善されたでしょうに、そこはやっぱりお猿さんという事ですかね。
「す、すまんな、狐の嬢ちゃん」
「良いですよ、あれはしょうが無いです」
山伏さんはもう上半身だけだし、言ったら悪いけれど、何だかちょっと気持ち悪いのです……。
「しっかし……嬢ちゃんも色々抱えてんな。だけど、どんな事があっても、自分を見失うなよ」
この人、何処まで分かるんだろう? それが修行をした成果なのですか? そうだね。アドバイスはしっかりと受け取っておきます。
「うん、分かりました」
僕は微笑みながらそう言うと、その人はちょっと照れ臭そうにしながらも、満足そうに成仏していきました。
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