第陸話 【1】 無限に現れる橋鬼達
わら子ちゃんの綺麗な舞が始まり、見ていたいな~って思うんだけど……村の東側、谷の方から、大量の何かがこっちにやって来ています。
「そんな……何故今回は、こんな大量に!?」
龍花さん、そんな予定外の顔をしないで下さい。不安になるから。
「くっ、前回は1体だけだったのに。今回はその何十倍も居る!」
虎羽さん、焦っているようだから言っておきますけど、倍にしたところで元が1だから、倍にしなくても良いと思いますよ。
僕は、冷静になっているんじゃないですよ。あり得ない光景を前にして、いつも通りの僕でいようと必死なだけです。でも、無理かも知れません。
「えっと……1人何体倒せば?」
「椿様。残念ですが、神妖の力を解放していても、こいつらはそれでも倒せません。座敷様の舞によって、辺りを浄化せねば消えません」
僕の言葉の後に、朱雀さんがとどめを刺してきました。倒せない? えっ、それじゃあ……ひたすら防ぐしか無いのですか。
「皆さん! 来ますよ!」
玄葉さんがそう言う中で、実はちょっとずつ、ある準備をしていました。
神妖の力を解放していたのは、ある事を試す為です。
ちょっとした浄化の力では無理ならば……術式吸収を使い、威力を高めてみます。ちょっとでもやり過ぎると、あの僕が出ちゃうけれど、そこは妲己さんに測って貰っています。
【椿、そろそろ限界よ】
「了解です」
上手くいくと良いけれど、目の前まで迫って来ている橋鬼の数はかなり沢山で、1回で全てを浄化するのは無理かも知れません。
谷底から頑張ってよじ登って来て、本当にご苦労様だけど、またスタート地点に戻って下さいね。
『椿よ、何をぼ~っとして――』
「術式解放! 天神招来、神風の
そして神術が発動した瞬間、僕は後ろに吹き飛ばされました。あまりの強風に、僕が踏ん張れ無かったですね。
「うひゃぁぁあ!! あぅっ!」
「いったい何をしているのですか、椿様」
朱雀さんが、吹き飛ばされた僕をキャッチしてくれました。
若干呆れた表情をしているけどね。ごめんなさい、相変わらず加減が分からなかったんです。
「しかし、流石といった所ですね。浄化は無理でも、だいぶ谷底に吹き飛ばしましたね」
「やっぱり……浄化は無理ですか」
「えぇ。橋鬼は、その土地の負の念を取り込んでいますから、土地の浄化をしないといけません」
その為の、わら子ちゃんの『わらし舞』という事ですか。だったら、やっぱり今は防ぐしか無いのですね。
僕は諦めて、神妖の力を抑え込み、いつもの様に黒狐さんの力を解放し、お堂に向かう橋鬼に向かって、妖術を発動した。
「妖異顕現、黒焔狐火!」
僕は今、朱雀さんに掴まれて飛んでいる状態です。だから、下に向けて打てば、2~3体は巻き込めますね。でも、橋鬼は燃えながら歩いています。嘘でしょう……。
「ふむ、丁度良いですね。あなたの消えない黒焔、少しお借りします」
朱雀さんがそう言うと、目を閉じて何かを呟いています。
すると、橋鬼を覆っていた僕の炎が、たちまちその姿を変え、細長い針の様になると、そのままそいつらを刺し貫き、地面に固定させてしまいました。
「す、凄い」
「いえいえ、これが消えてしまう炎なら、長くは持たないのです。あなたの黒焔のお陰ですね」
そんなに真剣に褒められたら、僕が恥ずかしいです。
だけど、今のでも3体しか止められていないし、他の皆がまだ一生懸命戦っています。
「朱雀さん、ちまちまやっていてもしょうが無いから、僕も降ります! 可能なら、僕の炎をいくらでも使って下さい!」
「分かりました!」
そう言いながら、朱雀さんは僕をゆっくりと降ろ――さずに、下に向かって放り投げられました。
「うひゃぁぁあ!!」
しかも、橋鬼の集団のど真ん中にですか!? 何を考えているんですか、朱雀さんは。
「こうなったら、もうやけくそだぁ!! 妖異顕現、影の操!! &黒焔狐火と黒羽の矢!!」
こうやって、影の操を術式吸収しておけば、残り2つを同時に使えると思ったけれど、これも上手く成功しました。
実は、影の操を術式吸収して解放させると、ある効果を発揮します。それは、妖術をその影に隠せるという効果。
つまり、矢の先に黒焔狐火を纏わせた黒羽の矢を、大量に橋鬼の影から発射するのです。
これは美亜ちゃんの屋敷で、和月慎太と戦った時にも使いました。
つまり僕の妖術で、周りの橋鬼は一斉に黒い炎に包まれ、その後直ぐに朱雀さんが能力を使い、それを針の様に変化し、橋鬼を地面に固定したのです。
「お~ここまで上手くいくとは」
一瞬どうなるかと思ったけれど、上手くいって良かったです。
そして、暗がりで良く見えなかった橋鬼の姿、それをしっかりと確認したけれど、何と言いますか……枝の様に細い体に細い手足、鬼の様な顔だけは大きくて、そのアンバランスさが妙に怖いですね。
それなのに、力だけは異様に強いのか、地面を引っ掻いているのに、その地面が抉れています。
もうちょっとしっかりと固定しておいた方が、良いかも知れない……。
「朱雀さん、もう少ししっかりと固定を――」
「椿様、危ない!」
「えっ? わぁっ!」
朱雀さんに、もう少し強く固定して貰おうと思って、そっちに声をかけようとした瞬間、龍花さんの方が声を張り上げながらやって来て、手に持っている青竜刀で、橋鬼の攻撃を防でくれました。
「油断しないで下さい! これは、いつもの任務とは違うのですよ!」
「ご、ごめんなさい」
そうですね……いつもより数が多くて、その全てが僕達の命を取ろうとしている。
しかも、村人の亡霊だって、いつ襲って来るか分からないという状況。のほほんとしている場合では無かったです。
こういう多人数戦を、今まで殆どやってこなかったからと言って、甘えているような立場じゃ無い。
1体の妖狐として、ライセンスを持っている妖怪退治の者として、厳しい目で見られるのは当たり前なのです。
だから――
「妖異顕現」
僕は、もっと頑張ら無いと駄目なんです。
「
そう叫びながら、僕は新たな妖術を発動します。
尻尾の毛の1本1本が、徐々に堅く重く、鉄の鎖へと変化していく。そしてそこから、広がる様にして一気に辺りに伸びていく。
これは、僕の意思で自由に動かせる、妖気を含んだ特殊な鎖。捕獲する事も、鞭の様にして敵を攻撃する事も出来ます。
それこそ蛇の様にして、舞いを舞う様にしながら、様々な動きをしながら、貫いて固定するようにして、橋鬼達を一斉に捕らえ、一気に行動不能にしていきます。
『つ、椿よ……また変わった妖術を会得したの』
とりあえず、見える範囲の橋鬼は全て行動不能にしました。
それだけでもう、皆目を丸くして僕に近づいて来ます。龍花さんも「これ、守る必要がありましたか?」と言いたそうにしながら、非常に困惑しています。
確かにさっきのも、白狐さんの能力で防御力は上げていたから、何とかなっていたと思います。それでも……。
「龍花さん、ありがとうございます。もう少し、戦闘の時は気を引き締めます」
「え、えぇ……そうですね。そうして下さい。私の手間も省けるので」
ちゃんとお礼は言わないといけません。
龍花さんの最後の言葉は本心なのか、恥ずかしいのを隠す為なのかは分からないけれど、皆に心配だけはかけないようにしないといけませんね。
だけど山神様は、谷底を指差して言ってくる。
「ひょひょ。ほれ、まだ沢山居るぞ」
「嘘でしょう?」
良く見ると、そこには新たな橋鬼達が現れていて、谷底から這い上がって来ていました。
僕が谷底に吹き飛ばしたのはもう捕まえたから、あれは新たに出て来た奴等で間違いない。
『むぅ、流石に多いというか、妙では無いか?』
確かに、白狐さんの言う通りです。これは多すぎです。無限に沸くんじゃないでしょうね……。
「ひょひょ、わらし舞が終わるまでじゃ。それまでの辛抱じゃわい」
皆、それだけじゃ終わら無いかも知れないって、そう思っているんですよ。
他に原因があるかも知れないから、それを探った方が――と思ったけれど、新たな橋鬼が直ぐそこまで迫って来ていました。僕達はもう、守りに専念するしかないようです。
こうなったら、辺りを調べに行っている黒狐さんと湯口先輩が、何か手がかりを見つけてくれるのを期待するしか無いです。
2人とも、お願い。
この状況を打開するものを見つけて来て下さい。僕達の妖気が切れる前に。
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