第伍話 【2】 わらし舞い
僕の目の前に、突然廃村が現れてびっくりしたし、身体が不自由な人達が、ヨタヨタしながら歩いています。
しかもその人達は、何だか全体的に透けているし、もう間違い無く幽霊という訳だけれど、その中を平気でスタスタと歩く皆は、絶対におかしいです。
『椿、ずっと白狐になんか引っ付くな。俺の方にも来い』
「うぅ、ごめんなさい。今はちょっと無理です」
だって、幽霊の人達がチラチラとこっちを見ているんですよ? 全員ヨレヨレの着物だし、それがまた怖さを増幅させているんだから、尻尾なんて久しぶりに足の間にまで垂れ下がっていますからね。
「ひょひょ。何じゃ何じゃ、霊狐に好かれておるのに、幽霊が苦手なのか?」
「くっ……普通の霊なら慣れたけれど、亡霊とか悪霊の類は無理です!」
それよりも、土砂に埋まった村が何で出て来ているの? そこも不思議なんだけれど、まさかそれも調べるんじゃないでしょうね……。
それからレイちゃんは、ずっと村の人達を成仏させようと、必死に身体から温かい光を放っているけれど、効いていないようです。
「レイちゃん。多分この人達は、何か原因があって、ここに縛り付けられるていると思うよ。とりあえず、僕達でその原因を何とかするみたいだから、レイちゃんはそれまで待っててくれる?」
「ムキュゥ……」
自分の力不足に、レイちゃんはしょんぼりしちゃっています。その気持ちは痛い程に分かるよ。だけど、ちゃんと出番が来るから、大人しく『待て』です。
すると、しばらく歩いた先の村外れに、お堂の様な物が見えてきました。
これは村から1番高い所にあって、土砂崩れから免れたような、そんな感じで佇んでいます。それに、なんだか土まみれだしね。
「よし、準備は良いか? 座敷わらし。以前のように、ここであの舞を舞ってくれ」
「はい!」
わら子ちゃんは、いつになく真剣だけれど、舞っていったいなんなんだろう。
『さて、椿よ。そろそろ説明したいから、我の尻尾から手を離してくれんかの?』
「うぅ……」
そんなにフリフリさせないで下さい、白狐さん。
離すしか無いのかな――って、黒狐さんが両手を広げているから、そっちに行っておこうかな。
『これ、椿よ。これから戦闘が始まるかもしれん。隠れている場合では無いぞ』
「キャン! 尻尾引っ張らないで!」
いきなりだったから、里子ちゃんみたいな犬の鳴き声が出ちゃったじゃないですか! というか……戦闘が始まるって、これから何か起こるんですね。
『良いか? 座敷わらしは、幸運をもたらす《わらし舞》を舞い、辺りに幸運をもたらし、幸せの気で満たす事で、邪な気を浄化するんじゃ。それは霊だろうと何だろうとな』
「わら子ちゃん、凄い能力を持っているんですね」
感心して白狐さんの話を聞いていると、龍花さんと朱雀さんが僕の後ろにやって来て、以前起こった事を話してきました。
「しかし、座敷様のこのわらし舞をさせまいとしてなのか、以前は突然『橋鬼』がこの場に襲いかかって来たのです」
その時は、この廃村は無かったんだよね? 益々怪しいですね。
「座敷様はそれでも、橋鬼から逃げずに舞を舞えば、浄化出来ると思われていました。ですが……」
えっと、さっき話していたのが龍花さんで、今のが朱雀さんですね。話し方が一緒だから、1回1回確認をしないと、誰だか分かりませんね。
それで、わら子ちゃんは舞を止めずにいたけれど、その橋鬼には効かずに、そのまま攫われちゃった。そういう事かな。
「まさか、邪な気の塊である橋鬼に、座敷様の舞が通用しないとは、この時の私達も思っていませんでした。ですから、今回は――」
「わら子ちゃんの舞が終わり、この場の浄化が終わるまで、僕達が守る。ですね」
すると、龍花さんも朱雀さんも、僕の言葉に同意する様にして頷いた。更に、虎羽さんと玄葉さんは既に動いていて、もう守りに入っています。
「そう上手くいくかね?」
そんな時、今までずっと黙り込み、怖い顔をしていた湯口先輩が、ようやくその口を開きました。ちょっと怖過ぎて、誰も話しかけられなかったからね。
「ひょひょ、坊主。お前さん、ずっと黙って着いて来ていたが、何か思い当たる節でもあるのか?」
「あぁ、何かおかしな気が点在してやがる。ちょっと俺はそれを調べて来るから、その座敷わらしの守りは、お前達に任せたぞ」
おかしな気が点在しているのは、僕も気付いてはいたけれど、そこまで強くは無いから、あんまり関係無いかなと思っていたよ。だけど、やっぱり何か関係あるのかな……。
そして湯口先輩は、何も言わずにお堂から離れて行ってしまいました。
とりあえず、まだ先輩の事は警戒しているから、首輪は付けて貰っています。別に、下僕にしたんじゃないですよ。おじいちゃんに言われてね。
『椿。滅幻宗の坊主は、俺が着いて行って、その様子を見ておいてやる。首輪だけでは不安だ』
そう言うと、黒狐さんまでその場を離れようとします。
「えっ……」
あっ、咄嗟に声が出ちゃったよ。だって、黒狐さんは妖術に長けているし、何だかんだで強い能力を持っているからね。変な術を使われた時なんかは、凄く頼りになるし――って、何で僕はこんなに心細くなっているんだろう。
2人に出来るだけ頼らないって、そう決めたのに。僕は意志が弱いのかな……。
『可愛いな、椿。不安になるのは分かるが、お前はもう少し、自分の力を信じてみろ』
黒狐さんにそう言われ、頭を撫でられて安心している僕は、弱虫のままですね。いや、心まで完全に、女性化してきているのかな。
『ま、待て、椿。そんな上目遣いで見られたら、こ、この場から離れられん!』
『早よ行かんか黒狐よ! あいつを見失うぞ!』
2人とも、何やってるんだろう……。
それでもまだ不安だから、目でそれを訴えただけなのに、何でこんな事になっているの。
「なんなら、ずっとそこに居てても良いぞ、黒狐」
「わぁ! 先輩もまだ居たんですか!?」
「椿をたらし込もうとする会話が聞こえたから、急いで戻って来たんだ」
だから腕組みをしながら、入り口の所にもたれかかっていて、不機嫌そうにしていたんですね。
それよりも、早くやらないと駄目なんじゃないんですか?! こんな所でいつも通りの事をしていて良いんですか? 僕の恐怖は和らいだけれど、真剣さが足らないと思いますよ。
「あはは、何だかいつも通りの皆を見て、ちょっとだけ肩の力が抜けたよ。ありがとう、椿ちゃん」
「ひょひょ、お前達には緊張というものとは無縁なのか? 派手に騒ぎおってからに。だがそのお陰で、周りの霊達も、拍子抜けで近づけんようだがな」
だけど、結果オーライですか?!
でも、わら子ちゃんが緊張していたのは分かっていたし、緊張したままだと、失敗してしまうかも知れないからね。それは良かったです。
そして、緊張の解けたわら子ちゃんは、飾りの付いた扇子を手にすると、お堂の真ん中に行き、深呼吸をした後にゆっくりと、綺麗な舞を舞い始める。
「さて……椿、頼むぞ。黒狐、俺を監視するんだろう? 奴等が動く前に行くぞ」
『ふん、指図をするな。お前は怪しいと思う所を調べ、俺に報告すれば良い』
そして先輩と黒狐さんは、言い合いをしながら外に出て、夜の暗闇の中に消えて行った。
気が付くと、いつの間にか辺りは真っ暗になっていて、静けさの中で、亡霊となった村人達の囁き声だけが聞こえてくる。
『我々の事を嗅ぎつけたのか……』
『あれがバレてはいかん』
そんな、怪しい声がね。
そして同時に、谷の方から何かの叫び声も聞こえてきた。
「来ましたね。椿様、白狐様、ご準備を!」
いち早くその気配を察知した玄葉さんが、僕達に向かってそう叫ぶ。
そうだ。僕は僕で、やるべき事をやらないと!
亡霊とか、もう怖がっている場合じゃない。こいつらから、わら子ちゃんを守らないと。
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