第弐話 【1】 市長の作戦

 妖気を補充する為、お昼ご飯を先に食べ終えると、僕は八坂校長先生に教えられた、雪ちゃんの家へと向かう。


「大っきいですね……」


 美亜ちゃんの洋館と同じ位に大きくて、横に広い家を眺め、僕はそう呟く。表札も〈如月〉ってなっているので、ここで間違い無いですね。


 学校からは歩いて数分で、山の近くだから、土地は十分にある。でも、住宅地が近いのに、こんな広さの土地を持っているのって、不自然じゃないですか? まさか……この土地も。


【ふん。何で私まで協力しないといけないのやら】


 さっきからブツブツと、妲己さんがうるさいです。

 相手が僕を狙っているのなら、雪ちゃんの見舞いには、僕1人で行くべきだよ。

 わざわざ学校には、風邪の為に休むと、父親が連絡を入れていたようだから、これはうってつけなんですよね。


 友達である僕が見舞いに来た。

 それは何にも、不自然では無いんです。いや、もしかして……雪ちゃんの父親はこれ僕が見舞いに来るを狙って、雪ちゃんは風邪だと言ったのかも知れません。


 これが僕の耳に入れば、こうやってノコノコやって来ると、そう踏んだのでしょうね。


 だけど、そうは問屋が卸さないよ。絶対に雪ちゃんを助け、その悪事を暴いてあげます。


 そして僕は、ゆっくりとチャイムのボタンを押す。


 今、市長が家に居るのも調査済みです。

 そして、居留守を使うなんて事はしないとは思う。だって、相手が手に入れたがっている、僕が来たんだからね。


『はい』


 しばらくしてから、インターホン越しに男性の声が聞こえてくるけれど、この人じゃないよね。


「あの、友達の槻本椿と言います。雪ちゃんが風邪を引いたと聞いて、お見舞いに来たんですけど」


『…………少々お待ち下さい』


 何ですか、今の間は。警戒した方が良いね。


【安心しなさい、妖気は感じないでしょ? 手はず通りにすれば、まず大丈夫よ。全く……私が手助けする必要なんて無いわよね?】


「僕が油断しないようにって事ですよ」


 1人で色々やるにしても、もし万が一という事だってあり得るんですよ。用心はした方が良いです。


 すると、インターホンから同じ男性の声が、再び聞こえてくる。


『どうぞ、お入り下さい。扉の鍵も開けておりますので』


 そう言った後、入り口の大きな門の横にある、重そうな扉の鍵が開けられた音がしたので、僕はその扉を押して開き、中に入る。


 玄関までの間には、ちょっとした庭があって池もある。そして、高そうな石で作った階段を上り、この家の玄関にたどり着くと、その扉に手をかけ、ゆっくりと開ける。


 だって、敵地に向かう様なものだからね。緊張しますよ。


「やぁ、良く来てくれたね。娘の為にわざわざご足労願い、申し訳無い」


「えっ? あっ、いえ。そんな事は……」


 まさか……玄関を開けて直ぐに、テレビで良く見る顔が出るとは思いませんでした。咄嗟に言葉が出ずに、僕は口ごもってしまいました。


「あぁ、すまない。つい仕事モードになってしまった。遠慮は要らないよ。私が市長だからって、気を遣わないで良い。友達の父親として、接してくれて構わないよ」


 礼儀正しく、ワックスで髪を整え、少し小じわが目立ってきているこの男性こそ、京都市長の如月努。そして、雪ちゃんの父親であり、彼女を監禁し、性的な事をしている張本人。


【椿、顔に出るわよ】


「む~」


 いけないいけない。相手に悟られては駄目です。

 僕に背を向け、普通に家の中へと案内し始めた、雪ちゃんの父親には気付かれ無いようにして、顔を手でマッサージする様に動かすと、何とかあどけない中学生の顔を作ります。


 最近おじいちゃんの家の妖怪さんに、良く言われるんです。たまに顔付きが怖いって。地味に傷付くよ。

 その後は、皆にお仕置きして謝らせるけどね。それがいけないのかな……。


「さぁ、こちらの部屋に」


 そう言われて案内されたのは、応接室の様な広さの部屋です。


 あれ? 雪ちゃんの部屋じゃない。

 でも良く考えたら、雪ちゃんは風邪じゃないし、監禁されているとなると、普通にベッドで寝てるなんて事には、なっていないはずです。そんな所に案内する訳にはいかないよね。


 だけど相手は、僕がそれを知っているとは思っていない。思うわけが無い。だから、普通に従っては駄目です。ここは、こう反応するのが普通です。


「あれ? 雪ちゃんの部屋は……?」


 さて、相手はどう出るか……。


「あぁ、失礼。娘の風邪は少し重くてね、本人に会える気力があるかどうかを見てくるよ。私も忙しくて、娘の状態を完璧には把握して無くてね……悪い父親だよ。それまで悪いけれど、ここで待っていてくれないか? お茶とお茶菓子を用意させる。折角来てくれたんだ、ゆっくりとしていきなさい」


 そう言って、一緒に着いて来ていた執事みたいな人に、何か指示を出し、この部屋を後にしました。


【ふ~ん、そう来たか】


「うん、普通だよね。校長先生の情報が無ければ、良いお父さんって感じです」


 僕は、執事さんには聞こえないように呟く。ばれたら終わりですからね。


 そして数分後。執事さんが持って来てくれた紅茶とお菓子は、どれも高級な物で、普通の中学生なら何の警戒も無く、遠慮無しに食べてしまう物でした。正直、僕も食べたい。その紅茶からも、変な臭いはしなかった……だけどね。


「う~ん、怪しい……」


 紅茶を嗅ぎながら、しかめっ面の僕。この調子だと、お菓子にも何か仕込まれているかも知れません。

 しかも、娘の様子を見に行くのに、いったいどれだけ時間がかかっているんですか? 僕が紅茶を飲むまで、ここに戻らない気かな。


 すると、僕の様子を見ていた執事さんが、部屋を後にする。報告にでも行くんでしょうか……。


【椿。流石に飲まないのは失敗じゃない?】


「いや、でも……これ、確実に睡眠薬か何か入っているよね? 流石に、全部相手の思い通りにしていたら、助けの数が増えてしまうよ」


 そうなると、作戦が成功しなくなるかも知れない。それだったら、多少怪しまれてでも、紅茶もお菓子も口にしない。


 ここからは、お互いの策の読み合いですね。


 と言っても、僕の方に分があるかな? 相手は僕の正体を知っているとは言え、ただの中学生と思っている節もあります。つまり、完全に油断している。


 それならば、ここは時間稼ぎだけしておけば良いかも。あとは、作戦通りに皆が……。


 すると、応接室の扉が開き、さっき出て行った執事と一緒に、雪ちゃんの父親が戻って来た。


「やぁ、待たせてすまない。やはり、娘は起き上がる事すら辛そうだ。それに、君に風邪をうつしたくないとも言っていた。申し訳無いけれど、日を改めてくれるかな?」


「えっ、あっ……そうですか、分かりました」


 あくまでも、普通の中学生。僕の正体を相手が知っている、その事を僕が気付いている事すら、相手に知られてはいけない。まだ……ね。


「すいません。それじゃあ、また別の日に来ます」


 そう言って、僕が席を立とうとすると……。


「おや? この紅茶はお気に召さなかったのかな?」


 市長がそう言ってきた。意地でも飲ませようとしますか。


「あっ、すいません。僕、ちょっと紅茶は苦手で……」


 紅茶は飲めるけれど、ここはこういう理由の方が、不自然では無いからね。


「おや、それは失礼。それでは、どれなら飲めるかな? 来て貰ったお客人に対して、何も出さずに帰すのは申し訳無いからね」


 これ、断りにくい……よっぽどの急用でも無い限り、こういうのは断れないし、そもそもこうやってお見舞いに来るのは、空いている日にする事が多いですからね。

 相手はそれを見越して、行動していますね。やっぱり、年の功というか、大人の方が考えが鋭いです。


 でも、僕だって60年生きて……あれ……。


「ふぇ……あっ?」


 えっ、待って。何で視界が揺れるの? ちょっと、僕何かされた……? 嘘でしょう。


「君、どうした? 具合でも悪いのかい?!」


 良く普通に対応出来ますね。あなたが何かしたんでしょう……。


 そう叫びたいけれど、声も出ない。何これ……。


【やっぱり、さっきの紅茶に仕掛けがあったみたいね。あんた、匂い嗅いだでしょ? 恐らく、匂いを嗅いでもアウトな程に、超強力な、妖怪用の睡眠薬を使われたわね】


「それ、を、早く……言っ……」


 駄目です。妲己さんに文句を言いたくても、上手く言葉が……。

 意識が遠くなる中、雪ちゃんの父親の、悪魔の様な笑みが見える。そして同時に、妲己さんの声も聞こえてくる。


【大丈夫よ。まだ作戦通りにいくはずだから】


 でも裸にされたら、その作戦通りにはいかないよ。

 妲己さんにそう言いたかったけれど、僕はそのまま机に突っ伏して、意識を失ってしまった。 

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