第弐話 【2】 市長の失態

「ん……んぅ」


 誰かの唸る声が聞こえ、僕は目を覚ます。

 そこは見知らぬ部屋で、僕はベッドに横向けにされ、寝かされていました。


 そして、目の前では誰かが椅子の上に縛られ、動けなくされている。


「あっ……」


 でも、それが誰かは一発で分かりました。雪ちゃんです。


「雪ちゃん! 大丈……えっ?」


 僕は咄嗟に叫び、立ち上がろうとしたけれど、腕も足も縛られていて、簡単には立ち上がれなかった。

 しまった……僕は紅茶に仕込まれた、薬か何かの匂いを嗅いでしまい、そのまま意識を失ってしまったんです。時間差でくるなんて、相当手の込んだ物ですね。


 すると、そんな僕の視界の端に、満足そうな笑みを浮かべる、雪ちゃんの父親、市長の姿があった。

 そして、ゆっくりと僕に近づいて来るけれど、その手には最悪な物を持っていました。


「やぁ、お目覚めかな。やはり、妖狐は油断出来ないものですね。普通の中学生を演じながら、この私を嵌めようとするとは。だが、君の持ち物はくまなくチェックさせて貰ったよ。案の定、こんな物を隠し持っていた」


 そう。それは、僕がこいつの悪事を暴く為にと用意していた、ボイスレコーダーと小型のカメラです。鞄の中に潜ませていたけれど、僕が意識を失っている間に発見されてしまったようです。


「くっ……」


 僕が悔しそうな表情を作ると、雪ちゃんの父親は顔を歪ませ、更に歪な笑顔を作り出す。

 正直、気持ち悪くて背筋が凍るよ。しかも、まだ体が上手く動かせない。


 あの紅茶に仕込まれていた物、妲己さんが妖怪用って言っていたけれど、まさか……こうやって捕獲する為の物だったりとか……。


【せいか~い!】


 妲己さん、茶々を入れないで下さい。

 とにかく冷静に、落ち着いて……僕は僕の、出来る事をする。ただ、それだけです。


「あぁ……やっと、やっとだ。そうだ、こうやってこいつを利用すれば良かったんだ。何でこんな簡単な事が分からなかったんだ……」


 市長はそう言うと、雪ちゃんの頭を鷲づかみにして、自分の方に顔を向けさせた。


 ちょっと待って……部屋が暗くて、カーテンもされているから良く分からなかったけれど、雪ちゃん裸じゃないですか。

 しかも、痣とか色々な物が残されていて、とても見るに耐えないです。


 雪ちゃんのバカ。そんなになってでも、僕を守ろうと必死になっていたのですか。


 だけど、その必死な抵抗は無残にも破られ、僕はこうして捕まっている。だから雪ちゃんは、悔しくて悔しくて大量の涙を流している。


「ふぅ~ふぅ……ぐぅぅ!」


 しかも猿ぐつわもされていて、上手く喋れていません。それでも雪ちゃんは、必死に最後の抵抗を示し、父親に抗議をしている。


 もう良いよ、雪ちゃん。君はもう、十分に戦ったよ。


「くっくっ……雪~ざぁんねぇんだったなぁ。お前が必死になって、その身を犠牲にしようとも、大人には敵わんのだよ。権力を持った大人にはなぁ!」


 もう、この人が市長とも、雪ちゃんの父親とも思えない。ただの悪人。しかも、妖怪よりもたちが悪いです。


「うぅ、う。うぅぅ……」


 すると雪ちゃんは、今度は僕の方に視線を移し「何で来たの?!」と、そう目で訴えてきています。


 でも、大丈夫ですよ。


 そして僕は、諦めている目でも無く、悲壮感に溢れた目でも無く、いつもの目で雪ちゃんを見た。


「…………」


 まだ何か作戦があるんだと、そう分かってくれたのか、雪ちゃんは目を見開き、そしてその後、力強い目に変わった。どうやら、僕を信じてくれるようです。


「さぁて、ゆぅきぃ。そこから見ているんだな。お前が必死に守ろうとしていた、大切な大切な友人、親友? いや、好きな人か? 良いよ、パパはそういう事にも理解はある。あとでジックリと、2人でイチャイチャさせてやろう。百合プレイというやつも、撮って見たかったのさ」


「えっ……?」


 何だか不吉な言葉が聞こえたので、僕は部屋を見渡してみる。すると雪ちゃんの後ろに、赤いランプが点滅しているのが見えた。更にビデオ録画まで……売り飛ばす気ですか。


「分かったかな? 君はもう、逃げられない。さぁ、観念してその綺麗な体を、私に見せてくれ。その手触り最高の尻尾を、耳を……存分に楽しませてくれ!」


 手触り最高の? という事は、もう尻尾は触られている?! うぅ……急に鳥肌が立ってきました。


 しかもそいつは、いつの間にかカッターシャツを脱ぎ、肌着も脱いでいて、そのみすぼらしい上半身をさらけ出している。更に次の瞬間。


「うっ……!」


 余りの手の早さに、体をよじって避ける事すら出来ず、僕の胸に相手の手が――き、気持ち悪い。


 何で? 今までは割と平気だったのに……いや、平気じゃ駄目だけれど、今はとにかく嫌悪感しかないです。

 その嫌悪感から逃げようと、僕は必死に体をよじるけれど、相手が僕の上に乗りかかって来たので、全く動けなくなった。


「くっ……最低!」


「良いですね、その顔! 屈辱に耐えるその顔!」


 この人、今なら何でも喋りそうだけれど、この嫌悪感だけは何としても振り払いたい。そうしないと、僕の中の神妖の力が暴れ出しそう。


【落ち着きなさい、椿。作戦が台無しになるわよ。全く、これ位で動揺しちゃって。そんなに白狐と黒狐が良いわけ?】


 そんな訳無い……って言いたいけれど、良い事を思い付きました。妲己さんと替われば、上手くやってくれそ――


【嫌よ。私も今十分嫌悪感を持っているんだから、これ以上は嫌】


 まだ何も言ってないのに……僕の心でも読みましたか?

 だけど、多分表情何でしょうね。相手が不思議そうな顔をしていたからね。


 だけど、そんな事は気にせず、そのまま続きをしようとしている。だって、相手は僕の服を脱がそうとしているんだよ。


 流石にこれ以上はマズいから、もう反撃に出ます。


「こうやって、実の娘にも手を出すなんて! 市長どころか、人としても最悪です!」


「くっくっ……なんだ、まだ心が折れないか。しかし悪いが、もう君に助けは来ない。私には権力と、更に強力なバックが付いている。私が罪に問われる等、100%あり得ないわ!」


 強力なバックですか……多分、亰嗟でしょうね。これは、酒呑童子さんが情報をゲットしたので、まず間違い無いです。捕獲用の道具を、既に買っていた事は掴めなかったけどね。


 そしてそいつは、まだ話を続ける。もう確実に、自分の勝ちなんだと、そう確信しているようですね。


「だいたい、あの市長も腑抜けなんだよ。観光ばかりに力を入れて、大手企業に目を背け、潰れそうな中小企業ばかりを助けようとし、結局若者離れを起こし、年寄りばかりの街に変貌させた!」


 あ~そういう政治の事は、僕には分からない。だけど京都には、忘れられていく伝統工芸があります。それを守ろうとするのは、悪い事なんですか。

 あと、大学は良いところがあるから、大学生は沢山居ますよ。あなたの目は節穴ですか……もしくは、学生なんて直ぐに出ていくからとでも思っているのでしょうか。


 でも、そうやって次々と喋ってくれたら良いです。


「だから追い出したのさ。金の力を! 亰嗟の力を使ってな! どんな悪い事をしている奴でも、実績と金と力さえあれば、市長の座なんて簡単だ! その内総理大臣になって、この国を私の理想のハーレムに変えてやる! ヒャッヒャッヒャッヒャッ!!」


 あぁ、おかしくなったかな? 手に入れたくて仕方がなかった物が、今目の前にあって、しかも抵抗出来ないとなったら、人間は誰でも、その思考が麻痺するんでしょうね。自分が優位に立つと、ここまでペラペラと喋るのですか。


 しかもね、僕の胸から手を離して、両手を広げて天を仰いでいます。


「あぁ……君は最高だからね。私の愛人として、傍に置いてやろう。くっくっ……娘と2人で、仲むつまじくずっとここで暮らしたまえ」


 あっ、その言葉は駄目です。多分あの2人が、我慢出来ないと思います。今すぐにでも突撃しそうな勢いですよ。耳に付けた勾玉から、2人の怒号が飛んできたからね。


 という訳で、もうチェックメイトにします。


「ふふ……そうですか。やっぱりあなたは最低ですね。だから市長の座からも、社会的地位も、全てを失って下さい」


「ん~? 何を言っているんですか? 社会的に死ぬのは、あな――た……はっ?」


 気付きましたか? この部屋にテレビがあって助かりました。実はちょっと前に、こっそりと影の妖術を使って、雪ちゃんの影を操っていて、テレビのスイッチを今付けました。

 僕の手を自由にさせたのは、失敗だったね。手が動けば、妖術は発動出来ますから。


 そしてチャンネルを合わせ、ニュース番組を映し出すと、そこには……。


『京都市長の最悪な実態! 少女に手を出す犯罪者!!』


 と、テロップが出され、緊急生放送でニュースが流れていました。しかもそこには、今のこの部屋の中の状況が、しっかりと映し出されていました。


「はっ? はぁ?」


 僕の上に乗っかっていたそいつは、ヨロヨロと僕から離れ、テレビへと向かう。


「な、何故? 何故これが? はっ?」


 素っ頓狂な声を出していますね。それじゃあ、ついでにトドメです。

 影の妖術で縄を解き、服装を整えると、そのまま窓を開け、耳に付けていた勾玉を取り、そこに向かって声を出す。


「あ~あ~テストです。聞こえてますか~?」


 すると、街中の音を発する全てのスピーカーから、僕の声が響き渡る。テレビだろうとイヤホンだろうと、全てね。


 流石に迷惑だったかな? でも、これくらいしてやらないとね。


「あっ? ま、まさか……まさかぁぁぁあ!!」


 あぁ、うるさいです。その叫び声も全部、スピーカーから響き渡っていますから。


 更に、僕が窓を開けた事で、ドローンに扮した浮遊丸さんが、上から降りて来た。そして、絶望し脱力しているそいつに向かって、全ての種明かしをします。


「僕のこの勾玉、ある妖狐達の勾玉と繋がっているんです。そこに、音を発する全てのスピーカーに繋げられる、ある妖怪さんの妖具と繋いだの。だから、市内に対してラジオ放送でもする様にして、あなたはさっきまでの事を、市民に向かって叫んでいたんだよ」


 あとは、一時釈放中の浮遊丸さんを見れば、何故今この場所の映像が、テレビのニュースで流されているかは分かるよね。

 そしてその映像は、八坂校長先生と変態会長達が、京都の各新聞社、テレビ局へと持ち込んで、一斉に放送するように頼んだのです。


 そもそもこれが生中継となると、新聞社もテレビ局も食いつかない訳が無いです。直ぐにニュースの準備をして、これを流したのです。


 ちゃんと僕のプライバシーは守るようにと、浮遊丸さんにはキツく言っているので、僕の顔や雪ちゃんの姿は、ギリギリ見えない位置で飛んで貰っていましたよ。


 あとは、家の周りを取り囲んでいる警官達を見れば、逃げ場が無いのがどちらかなのかは、直ぐに分かりますよね。


「あっ、あぁ……」


「あんまり、僕達妖怪を舐めないで下さい」


 丁度その後に、警官達がこの家に突入して来ました。


 そこは現行犯じゃないと無理そうなので、僕が胸を触られた映像は、大分隠しながら流しました。

 それでも、凄く恥ずかしかったけどね……顔もその部分も、ハッキリとは分からないとは言え、やっぱり恥ずかしいのは恥ずかしいです。


 でも、雪ちゃんを助ける為に、決定的な証拠を掴む為に、あえて雪ちゃんと同じ事をしたのです。だから雪ちゃんの気持ちは、今なら痛い程に良く分かります。


「市長、動くな! 強姦と監禁、傷害等の罪で現行犯だ!」


 動くなと言うか、放心して動けないと思うんだけど……。

 そして僕は、急いで雪ちゃんの元に向かい、雪ちゃんの拘束を外すと、警官の1人が駆け寄って来て、雪ちゃんに毛布をかけてきました。


「馬鹿、椿……なんで」


 あれ? 第一声がそれですか? だけど、そう言われるだろうなとは思っていたよ。


「雪ちゃん。僕は、君を助けたくて助けたんだよ? 馬鹿は無いと思うな」


「うっ……ご、ごめん。助けてくれて、ありがとう……うぅ、あぁぁぁあ!」


 雪ちゃんは相当怖かったのか、そのまま僕に抱き付いて来て、大声で泣き始めました。


 だから僕は、何も言わずにゆっくりと抱き締め返した。

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