第壱話 【3】 如月雪、救出作戦

 この学校の生徒達を、僕は甘く見ていました。


 例え校門で逃げても、今日は始業式だったので、体育館に行かないといけなかったのです。


 僕と美亜ちゃんは、再び皆の餌食となりました。そして、始業式が終わって教室に戻った今もね。

 変な声が出そうな触り方じゃないから、僕は大丈夫だけれど、美亜ちゃんはちょっと悶えそうになっている。そして、それを必死で我慢しています。猫の方が尻尾は弱いのかな……。


「あっ、そう言えばカナちゃん。雪ちゃん、やっぱり学校に来なかったね」


「んっ……」


 こうなると、流石のカナちゃんも心配になっているみたいで、俯いて考え事をしているようです。

 そして僕も、雪ちゃんの事が心配でしょうが無いです。これは、何かあったと思った方が良いですよね。


「カナちゃん。学校が終わったら、雪ちゃんの家に行ってみない?」


「ん……そう、ね。とにかく動かないと、何にも分からないよね」


 あれだけ僕を取り合って、いがみ合っているのに、それが無いと元気が出ないのかな? それとも、友達として心配なのかな?

 両方かも知れないけれど、とにかく今は、雪ちゃんの事を調べないといけません。


「カナちゃん。学校に居る半妖の事を全員把握している人って、この学校にいる?」


 僕は、尻尾を触りまくっていた人達を追い払い、小声でカナちゃんに聞いた。


「あの生徒会長なら知ってる」


「それ以外」


「あはは、早いね。でも残念だけど、あいつしか居ないよ。あんな奴だけど、情報だけは持っているのよね」


 それは最悪ですね。カナちゃんに言われるまで、その人の存在を忘れていたのに。

 でも、雪ちゃんの情報を得るには、その人しか居ないんですね。それなら、覚悟しないといけ――


「僕を呼んだかなぁ!?」


「呼んでません、帰って下さい」


 覚悟しようとした瞬間、これですよ。こっちからじゃなくて、向こうから変態会長が来ちゃいました。


「おやおや、そんな態度で良いのかな? せっかく、如月雪君の情報を持って来たのに」


「何だって?!」


 あっ、しまった。大声出しちゃったから、皆が一斉にこっちを向きました。

 僕は慌てて、何でも無い事を皆に言うと、皆は美亜ちゃんの尻尾弄りを再開しました。

 あの……美亜ちゃんもう、ノックダウンしているので、その位にしてあげてください。


 すると変態会長が、僕の耳元まで顔を近づけてくる。だけど、僕はちょっと身を引いて警戒です。


「ここでは何だから、後で生徒会室でね」


 変態会長はそう言うと、そのまま普通に教室を出て行きました。

 普段は優等生っぷりを演じているんですね。あんな変態なのに。顔を近づけられたから、舐められるかと思いました。


 ただ、まだ油断は出来ない。情報提供の代わりに、体の垢を舐めさせろと言われたらどうしよう……。


 ―― ―― ――


 今日は始業式なので、学校はお昼まで。

 だから、美亜ちゃんとカナちゃんに着いて来て貰って、僕は生徒会室にやって来ました。今日は、牛元先輩が扉の前で待ってくれていたので、助かりましたね。


 そして、牛元先輩が扉を開き、僕達を中に入れる。

 ちゃんと気を使ってくれて、今回は不愉快な思いをせずに済みました。


「やぁ、椿君。調子はどうかな?」


「何で校長先生まで居るんですか?」


 中に入ってビックリです。そこには、八坂校長先生が居ました。だからなのかな、今日だけは変態会長が、真剣な顔付きで大人しくしていますよ。


「それは、如月君の身に起こっている事、その情報源がこの私だからだよ」


 その校長先生の言葉に、カナちゃんが校長先生に詰め寄った。


「雪の身に何か起きてるの?!」


「まぁそう熱くならない、落ち着くんだ。何せ相手が相手だしね」


 そう言って、校長先生はカナちゃんを宥める。そして、落ち着いて椅子に座るように促す。

 その行動を見ていると、本当に良い校長先生って感じです。だけどね、僕はどうしても信じ切れないの、この人が。


 僕はだいたい、人の目を見れば、その人が見ている人に対して、何をしようとしているのか、おおよその予想がつきます。

 だけど、この校長先生の目は、今まで見た事も無い目をするんです。


 騙している目でも無い、悪い事をしようとしている目でも無い。目的があって行動している目でも無い。僕達に、関心がある目でも無い。この人は、僕達の事なんかどうでも良いのかも知れない。


 でも、たまに僕に見せる目が良く分からないのです。

 期待? 試練を与えようとしている? もっと先を見据えている? 何だか気持ち悪い目を、僕に向ける時がある。その視線が、僕に不信感を募らせていくんだ。


 ほら、今もそう。僕にそんな目を、視線を送っている。そしてニヤッと口元を緩ませると、僕の耳に囁き声が聞こえてくる。


「君が、私を怪しむのも想定内だよ。朝の時は、少し事を急きすぎた。ある程度まではいっていると思っていたけどね。とにかく気にしないでくれたまえ。ただ今は、私の言葉を信じなさい。如月君を助けたいのだろう?」


 その声に返事をしようとしたけれど、皆には聞こえていないのか、僕の方を見ていません。

 そうなると迂闊に返事も出来ないので、僕は皆の後に続いて、静かに空いてる椅子に座りました。


 僕の行動に対して、満足そうに笑顔を送る校長先生。その手の扇子には『秘密の交信』と書かれていた。

 まさかその扇子、妖具ですか? でも、妖気を感じられないです。分かりました、警戒はしておきます。


「さて、皆落ち着いた所で、今如月君に起こっている事だけれども……牛元君、赤木君、皆に説明を」


「はい、かしこまりました」


「分かりました、八坂校長」


 牛元先輩は秘書みたいにしながら、手元のファイルを手早く広げ、中から1枚の紙を取り出し、僕達に渡して来た。そして変態会長なんて、部屋の隅にあったホワイトボードを動かして来ていますよ。いつもでは考えられない程、テキパキしている。


「さて、如月君の身に起きている事だが、手元の資料を見てくれ」


 これって……会議ですよね? 何故か急に会議が始まってしまいましたよ。それだけ、雪ちゃんの身に起こっている事は、深刻って事? 真剣に聞かないと。


「この男が何よ?」


 そして、手元の書類に目を落とした美亜ちゃんが、真っ先にそう言ってくるけれど、僕達は書類に書かれた人物が、何者なのかを知っている。


「この人って確か……現京都市長、如月努。えっ? 如月……まさか?」


「そのまさかだよ。如月雪君の父は、今の京都市長さ」


 校長先生が、僕に答えるようにして言ってくる。

 何度かニュースになっている人ですよ。前市長をあくどい手段で蹴り落として、市長になったって。

 だけど、誰も決定的な証拠を手にする事が出来ず、負け犬の遠吠え、嫉妬からくるものとして、簡単に片付けられてしまっている。


「この市長の秘書の方にね、莫大な金を積んで、何か悪い事をしていないかと聞いてみたのさ。後々、それをネタにして揺さぶる為にね。すると――」


 その前に校長先生、何か怖い事を言いませんでしたか? やっぱり、この人は信用出来ないよ。


「思っていた事とは違う情報を話してくれたよ。実の娘を監禁し、性的な事をしているってね」


「なっ! 雪が?!」


「そんな……何で雪ちゃんが?」


 すると校長先生は、僕を指差してきた。僕? 僕に何か関係があることなのかな。


「市長の真の狙いは……君だよ。椿君」


「えっ……」


「秘書君が全部喋ったよ。大金を目の前にしたら、その口に油でも差したかの様に、ペラペラと喋ってくれたよ。市長の異常性癖も、何もかもね」


 僕を狙う? また、亰嗟か滅幻宗絡みでしょうか?

 だけど校長先生は、市長に異常性癖があるって言ったような気がする。異常性癖……って、小さい女の子が好きとか? でもそれなら、僕じゃなくても……。


「市長は、人外娘萌えらしいんだ」


「…………」


 納得しました。そして雪ちゃんの身に何が起こったのか、全て分かりました。


 雪ちゃんは僕を守ろうとして、自分の身を犠牲にしたんだ。僕に、他の皆に、何の相談もせずに。


 でも、そう簡単には出来なかったのかな……相手は市長だもん。迂闊に動いたら、社会的に抹殺されそうですからね。


 だけど市長とは言っても、そんな事は簡単には出来ないって、ちょっと考えたら分かりそうだけれど、雪ちゃんは相当追い詰められていて、その考えが湧いて来ない状況なのかも知れない。


「雪のバカ……」


「本当ですね、カナちゃん」


 僕がカナちゃんに同意すると、校長先生が扇子を畳んで立ち上がった。


「さぁ、どうするんだい? 作戦はある。しかし失敗すると、君達の社会的立場は危うくなるよ?」


 そしていつの間にか、変態会長が引っ張って来たホワイトボードに、色々と作戦が書かれていました。


 そうですね、僕達の答えはとっくに決まっています。

 そして僕は、カナちゃんを見てほぼ同時に頷くと、校長先生に迷い無く答える。


「雪ちゃんを……」


「雪を……」


「「助けに行く!」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る