第弐拾弐話 【2】 頑張ったご褒美

 妲己さんは話し終えた後、すんなりと僕に体を返し、そのまま「寝る」と言って、奥に引っ込んじゃいました。


 そして今は、美亜ちゃんと一緒に着替えながら、ぼんやりと妲己さんが言った事を思い出している。


 僕が、石化された妲己さんの身体の場所を知っている……。

 薄々そんな感じはしていましたよ。全ての記憶を戻そうとしていなかったのが、引っかかっていましたからね。


 という事は、自分にだけ得をする情報、それだけが欲しいんじゃないのかなって、最近はそう考えていました。そしたら、それが大正解ってだけでしたね。


 だから僕としては、何も変わらないはずなんだけれど……本当に僕は、記憶を蘇らせたいの? 怖い……のは、徐々に薄れてはきている。皆のお陰でね。

 だけど、妲己さんが本当は悪人なんかじゃないという、その確実な証拠は無いんだよ。


 本当に、記憶が蘇っても良いのかな? ここに来て、ずっとそれが僕の頭の中を巡っています。


 すると突然、美亜ちゃんが僕の尻尾を引っ張ってきた。


「ギャゥン?! ちょっ……何するの! 美亜ちゃん!」


 今のは痛かったですよ! 犬の叫び声みたいな声が出ちゃったよ。


「あんたねぇ、今はそんな事を考えている場合じゃないでしょ? ほら、もうすぐ開店よ」


「あわわ、しまった!」


 気が付いたら、結構時間が経っていました!

 僕は慌てて着替えをして、美亜ちゃんと一緒に店に出ました。


 今はとにかく働こう。動いていれば、余計な事を考え無くてすみます。美亜ちゃんと同じ思いで働く事になるとは、思わなかったけれどね。


 そして開店の準備をし、最終確認を終え、いざ開店――をした瞬間、お客がなだれ込んできました。


「おぉ、椿ちゃんが居るぞ!」


「情報通りだ~!」


「よっしゃ、今日は飲むぞ!」


 いや、誰ですか? この情報を流したの。


「いらっしゃいませ~当店自慢の看板娘が、丁寧に接客をしますので、順番にお待ちください~」


 そんな中、何故か颯爽と美亜ちゃんが対応をする。

 怪しい……珠恵さんもいきなりの事で、口を開けてポカンとしているのに、美亜ちゃんは直ぐに動いた。


 そしてその後、僕の耳に囁く。


「頑張りなさいよ、椿」


 更に、僕の肩に手を置いて……って、絶対に美亜ちゃんだ。情報流したの美亜ちゃんだ。


 去り際に、すっごい悪魔の様な笑みを浮かべていましたよ。尻尾までクリクリって丸くなっていて、超ご機嫌じゃないですか。


 僕を弄るのって、そんなに楽しいんですか……。


 ―― ―― ――


「し、死ぬ……僕、死んじゃう……」


 とにかくがむしゃらに働いた僕は、休憩も無く、気付いたら閉店時間になっていたという、あり得ない状況になっていました。


 本当にあっという間でした。地獄の様な数時間。ありがとう、美亜ちゃん。お陰で余計な事を考えずにすみました。


「大丈夫? 椿ちゃん。あの子、飛んでも無い事をしてくれたわね。ただお陰で、いつもの倍以上の売り上げがあるから、それはそれで良いけどね」


 珠恵さんまでほくほく顔……少しはお給料、上乗せして下さいね。


「ふ~ん、だいぶ体力ついたのね。まさか耐えきるなんて。フラフラになったあなたを、たっぷり弄り倒そうと思ったのに」


 何の策略をしているんですか、美亜ちゃん。

 仕事しながらも君の視線を感じていたから、そんな事だとは思いましたよ。


 だから僕は、意地でも倒れなかったのです。これ以上、美亜ちゃんの好き勝手にはさせません。

 とはいえ、カウンター席に座り込んで、そのまま立てないんですけどね。


「ふふ。あなた達2人は、本当に良い関係を築いているわね。羨ましいわ」


「そうですか? あっ、そうだ。妲己さんの事で、聞きたい事があったんですけど」


 珠恵さんとの会話の中で、1つ疑問があるんですよ。


「何で妲己さんは、手配書でSSランクなんてついているんですか?」


 妲己さんが、珠恵さんに頼まれてそんな事をしたのなら、根っからの悪人じゃないという事になるよね。

 それだったら、なんでそんな高ランクの手配書が出たのでしょう。


「あら、その手配書は確か、60年前に出たはずよ。妖界の伏見稲荷で事件が起きた後、妲己は行方不明扱いになってね、主犯と一緒に居たのを見られていたから、重要参考人として、そのランクがついたのよ」


 すごく単純な理由でした。

 でも、それだけでSSがつくという事は、妖界の伏見稲荷で起きた事件は、妖怪達にとって、もの凄く大変な事態だったって事になるよ。


 どうしよう……その中心に僕も居たかも知れないって思うと、また怖くなってきちゃいました。


「私にはそれ以上の事は分からないし、あとは椿ちゃんと妲己の問題ね。でもね、椿ちゃん。覚えておきなさい。あなたは1人じゃないでしょ?」


 怖くて足が震えている僕を見て、珠恵さんがそう言ってきた。とても優しい笑顔で、優しい口調で、僕を安心させる為に。


 そうだよ、僕は1人じゃない。皆が、僕を支えてくれている。


 妖狐の姿になる前までは、考えられなかった事です。こんな僕を、支えてくれる皆が居る。だから僕は、前に進めるんだ。


「珠恵さん、ありがとうございます」


「何言ってるの? 礼を言うのはこっちよ」


 そう言いながら珠恵さんは、給与袋を僕達に手渡してくる。何だか分厚くないかな……。


「本当に、2人とも良く頑張ってくれたわ。これからも、2人に名指しでお願いしたいくらいよ。だって今日だけで、普段の1ヶ月分の売り上げだもの!」


「そんなにいったんですか?!」


 いや……だけど、ちょっとそれは異常じゃないですか? だけど、お客さんの数も、前の倍以上どころでは無かったし、それもあり得るのかも……。


「で、でも……何で、急にこんなにお客さんが? 美亜ちゃんが情報流しただけじゃ、ここまではいかないでしょ?」


「それもそうね、ちょっと異常よね」


 するとその瞬間、お店の扉が開き、誰かが入って来る。しかも、数人でゾロゾロと。もう閉店だから、流石に断ろうと振り向いた瞬間、僕は固まりましました。


「あっ、椿ちゃん。お疲れさま~って、大人の椿ちゃん綺麗~! 抱き付きたい」


 そう言いながらも、しっかりと抱き付いて来たカナちゃん。そして――


『珠恵よ。今日の売り上げ、最高ではなかったか? ふっ、我が嫁なら、ここまでの魅力が無ければな』


『俺のだ、白狐よ。それと、分かったか? 滅幻宗のガキ。椿の魅力がな』


「くっ、しかし……こんないかがわしい店でバイトなんて。あっ、椿。大丈夫か? 変な事はされなかったか?!」


 意気揚々と入ってくる白狐さん。そして、何故か自慢気な黒狐さん。湯口先輩は、真剣に心配してきてくれているけれど……もうそれだけで、僕は全てを理解しました。


 近くで客寄せしていましたね。


「湯口先輩以外、全員正座!」


『何故?!』


『つ、椿よ。落ち着け!』


「落ち着いて椿ちゃん。私はただ、応援を……」


「それじゃあカナちゃん。こののぼりは何?」


 カナちゃんが必死に弁解してくるけれど、僕はカナちゃんの背中に付いているソレを指差して言う。そこには、こう書かれていたからね。


『とっても可愛い狐耳の美少女が、たっぷりと接客してくれるよ!!』


「あぅ……」


 するとカナちゃんは、申し訳なさそうな顔をしながら、僕からゆっくりと離れ、そのまま僕の前で正座をしました。


『黒狐よ。とりあえず、逆らわぬ方が良さそうじゃ』


『そうだな……これはもう駄目だ』


 うん、皆素直で宜しいです。宣伝してくれるのは良いけれど、やり過ぎなんですよ、やり過ぎ。


「あのね、僕がどれだけ大変だったか分かりますか?」


 そのまま僕は、皆にお説教です。


「あらあら、椿ちゃんったら。逞しくなったわね~」


「そうなのよね~相変わらず押しには弱いけれど、ちょっとはマシになってきたんじゃないかしら?」


「そういうあなたは大丈夫なの? 両親を亡くしたんでしょ?」


「凄い情報網ね。大丈夫――とは言い難いけれど、私には支えてくれる子が居るからね。何時までも凹んでいる場合じゃないのよ」


「ふふ。やっぱり、あなた達は良いわね~」


 僕の後ろでは、珠恵さんと美亜ちゃんが和気あいあいと話しているけれど、僕はちょっと八つ当たりです。

 ここまでしないと、皆分かってくれませんからね。調子に乗らせたらどうなるか、それは身に染みています。


 だから、ちょっと言い過ぎかなとは思うけれど、ちゃんと言います。

 そう、ちゃんと文句を言っているのに、何で皆ニコニコしているのかな? おかしいな、怒り方が甘いのかな。


「いや~椿ちゃんって可愛いな~尻尾振りながら文句言うなんて、それ怒ってるとは言えないよね?」


「あれ?!」


 僕、いつの間にか尻尾を振っていましたよ。


 なんで……? いや、分かっています。


『ふっ、しょうがない奴だな。褒められたかったなら、そう言えば良かろう?』


「あぅ……」


 はい、すみません。本当は褒められたかったです。「良く頑張ったな」って、頭ナデナデされたかったです。


 あとはもう、いつも通りです。僕ってばもう完全に、白狐さんと黒狐さんに依存しちゃっています。

 このままじゃ駄目なのに。僕は強くなって、白狐さん達と一緒に戦いたいのに、甘えちゃってどうするの……。


 あぁ……でも、2人の頭ナデナデは、凄く落ち着いて気持ち良いです。尻尾をはち切れんばかりに振っちゃいます。

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