第弐拾弐話 【1】 妲己と珠恵
そして夕方になり、僕と美亜ちゃんは、珠恵さんの居酒屋へと向かう。大人の姿でね。
居酒屋に着いた瞬間、珠恵さんから熱烈な歓迎のハグをされました。
誰が来るかは、依頼が受理された時、その連絡で分かっていたようで、既に外に待機していて、待ちわびた感じでしたね。
「ありがとう~また来てくれて。椿ちゃん、あの1日で結構人気出てね。あの子次はいつ来るんだって、お客さん達がうるさかった程よ~」
「そ、そうなんですか……」
嬉しいような、悲しいような……だってそれって、今日も忙しくなるのが決定済みのような、そんな言い方なんですよ。あの戦場の様な慌ただしさは、そう何回もやるものではないですよ。
だけど、期待されているなら頑張りたい。そんな自分もいて、少し複雑です。
【ごめん、椿。ちょっとだけ替わってくれる? この前は替わっていられる時間が短かかったから、どうしても無理だったけれど、今なら……】
「えっ……?」
また急に妲己さんが話しかけてきたけれど、何だか真剣な口ぶりで、ふざけている様子では無いです。
【あ~ちょっとね……珠恵と話がしたいのよ】
「知り合い?」
【まぁね】
良く考えたら、珠恵さんも九尾。という事は、2人が知り合いなのは、ちょっと考えたら分か……らないですね。そんな素振りは一切見せていなかったからね。
まぁ、でもそれなら……。
「話すのは良いけれど、店の中の方が良いんじゃないかな?」
【そうね。聞かれたら不味い事もあるからね】
「椿ちゃん? さっきから何を?」
やっぱり1人でブツブツ言っていると、危ない妖狐に見られますね。珠恵さんが凄く心配してきています。
「また妲己と話してるの? 仲良いわね」
美亜ちゃんは、何だか嫉妬していそうな顔付きなんだけど、妲己さんと話すのは、そう何回も無いんだよ? 何か勘違いしているのかな。
「妲己だって! 何処、何処にいる!!」
「ぐぇえ、ちょっと珠恵さん! 戻ってる、男に戻ってますよ!」
「そんな事より妲己だ! 何処にいるって!?」
落ち着いて下さい。僕の肩を掴んで、そんなに激しく揺さぶらないで。これだと話せませんよ。
【ちょっと心配かけすぎたかな。早く替わった方が良いかも】
「仕方ないですね……」
この2人の間に何があったかは分からないけれど、とにかく珠恵さんが落ち着か無いので、妲己さんに替わってあげるしかありませんね。
そして、僕はそのまま目を閉じた。
すると、ゆっくりと意識が落ちる感覚がして、自分の体がフワフワと上空に浮かび上がる感覚もする。成功かな。
【珠恵……久しぶり】
うん、成功ですね。僕は霊体になっていて、自分の体の外に。そして、僕の体は妲己さんが動かしています。
因みに霊体の方は、大人の姿では無いですよ。変化をしているのは、あくまで生身の体なんで。
「えっ……え? 声色も、口調も変わっ――まさか、妲己……あんた、椿ちゃんの中に?」
【そういう事よ。ごめんなさい】
「死んでいるの?」
【いいえ、まだ大丈夫よ】
「そう、それなら良いわ。無事ならね。あぁ、いけない。店の中で話そうか?」
所々引っかかる言葉があるけれど、とりあえず妲己さんの声に、珠恵さんは落ち着いたようです。そして妲己さんは、いつものような狡猾さが無くて、表情も真剣になっていた。
「あっ、そういえば椿ちゃんは? 大丈夫何でしょうね? 消滅したりとか……」
「大丈夫です。僕ならここに居るんで」
「えっ? ひっ……」
あれ? フワフワと浮いている僕を見た瞬間、珠恵さんが小さな悲鳴を上げると、引きつった顔をしてそのまま倒れてしまいました。
【いっけない、珠恵はお化けが苦手なんだった】
「僕はお化けじゃない!」
ちょっとそれは失礼だと思うけど、生霊もお化けと変わらないのかな……。
―― ―― ――
その後、僕の体を使っている妲己さんと美亜ちゃんで、珠恵さんを店の中に運び、目が覚めるのを待つ。
そして待つ事10分、ようやく珠恵さんが目を覚ましたけれど、また僕の姿を見て、意識を失いそうになっていました。お化けじゃないってば……。
「ご、ごめんなさい椿ちゃん。とりあえず、死んでいるんじゃないのね」
「そうです。生き霊というか、そんな感じの状態です」
だけど、珠恵さんはまだビクビクしています。
う~ん……どんなに強い人でも、弱点ってあるんですね。酒呑童子さんにもあるのなら、それは知りたいかな。お仕置きというか、変態行動を止める為にね。
「良いわ。とにかく、妲己と話が出来るのなら、何とか我慢するわ」
他に方法が無いので、そうするしか無いんですよね。何だか申し訳無い気分になってきます。
「それで、妲己。あの子は、華陽は止められ無かったのね」
【えぇ、ごめんなさい。でも、まだあいつは、華陽は目的を達していないわ。私が邪魔したからね】
えっ……と、いきなり飛んでもない話になっていますよ。そして、美亜ちゃんは直ぐに着替えに行くと、そう思ったのですが――
「へぇ、妲己。あんた悪い奴じゃないの?」
興味津々ですね。目を輝かせて聞きまくっていますよ。
流石に美亜ちゃんには、この話は危ないというか、彼女が危険に巻き込まれちゃうかも知れないです。
「あの、美亜ちゃん。この話は……あ~」
睨まないで美亜ちゃん。「私達、親友よね?」って感じで睨まないで。反論出来ない。
【美亜。あなたは、自分の命をかけてまで、この子に付き合うつもり? 無理なら、着替えに行ってくれる?】
妲己さん、美亜ちゃんに警告ありがとうございます。だけどね、美亜ちゃんは動きませんでした。
あぁ……妲己さんまで「諦めさない」って目をしていますよ。
【まっ、良い親友が出来て良かったじゃない。それと、椿。あんた、あたしと出会った時の記憶が戻ったのよね?】
妲己さんは、僕に若干脅しを入れながら言ってくる。
それは怖いです。だから、正直に頷くしかありません。誤魔化したら、あとでどんな罰を受けるか、想像したくもありません。
「妲己、説明してくれる?」
【全部は無理よ。何せこの子の、椿の記憶は、今はまだ蘇らせる時じゃない】
そう言ってくる妲己さんに、珠恵さんが無言で見つめている。ついでに圧力もかけていますね。だけど、妲己さんも退きません。何これ、怖い……。
「ふぅ……分かったわ。話せる所だけで良いわ」
そして遂に、珠恵さんの方が折れました。
【ごめんなさい、理由があるのよ。あの時……私が邪魔をして、亜里砂の、華陽の企みを一旦止めたのは良かったけれど、そこにあり得ない乱入者が現れたからね】
「あり得ない乱入者?」
【えぇ……それも、椿に関係していてね。詳しくは言えないわ】
やっぱり、その場に僕も居たんだ。
妲己さんが止めようとした? 華陽の、亜里砂ちゃんの目的を。それは、殺生石の復活。完全な、白面金毛九尾の狐の復活でしたね。
つまり、殺生石の復活を阻止したは良いけれど、そこで乱入者が現れて、華陽を仕留めるまでには至らなかった、とか?
駄目だ。以前なら、僕の記憶の事になると、直ぐに頭が痛くなって、何かを思い出すのに。今回は何も起こらない。
僕が霊体の状態だから? それなら、妲己さんから色々と聞きたいです。
【とにかく、そいつのせいで華陽を逃がしてしまったし、妖界の伏見稲荷に封印されていた、壊された殺生石の方も、その時に何処かへ行ってしまったの】
「華陽が持ち去った……は無いようね」
珠恵さんがそう言った直後、妲己さんが首を横に振ったので、華陽が逃げた所を、妲己さんは見ているんですね。
「良いわ。あなたが無事なのが分かっただけで。60年も、心配していたのよ」
【ごめんなさい。それに、あんまり無事じゃないかも。その時に私は、体を石化されてしまって、妖界の稲荷山の何処かに、封印されしまったからね】
珠恵さんの言葉の後、妲己さんがそう言うと、今度は僕の方を見た。
【その場所、椿が見ているようなのよね】
「えっ? 僕が?!」
だから妲己さんは、僕の記憶を蘇らせようとしていたのですか。しかも聞いている限り、自分に都合の良い所だけをね。
やっぱり妲己さんには、まだ気を許せそうにないかも知れません。
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