第弐拾参話 五山の送り火
翌日、お昼までたっぷりと寝ていた僕は、楓ちゃんののしかかりで飛び起きて、人魚の海音ちゃんが居た事で、更に驚きました。
楓ちゃんにお仕置きしとこうと思ったけれど、海音ちゃんが居たら出来ませんね。
何で彼女が来たのかと言うと、どうやら五山の送り火を見る為だそうです。そう言えば、今日の夜でしたね。
という事で、その時間まで僕達は、おじいちゃんの家にある浴衣を選んでいたり、遊びながら着ていまして、すっかり夕方になっちゃいました。
そして夕食を食べた後、皆で一緒に移動して、今は京都駅にある、京都タワーの前に来ています。
意外と京都以外の人は知らないみたいで、ロウソクを模したような、白くて細いタワーなのです。
妖怪さん達は見えないので、毎年皆その京都タワーの上から、五山の送り火を見ていたんです。特等席じゃないですか。
でも僕は、カナちゃん達と合流して一緒に見るので、その特等席では見られないですね。
そしてやっぱり、雪ちゃんは来ていない。流石に少し心配になってきます。連絡をしても、一切返事が無いからね。
「カナちゃん、雪ちゃんから返事は?」
「んっ、無いよ。う~ん、流石におかしいね。家に行っても、誰も居ないみたいなんだよね。呼び鈴ならしても出ないし、部屋の明かりは消えているからね」
辺りが薄暗くなる中、僕とカナちゃんと美亜ちゃん、それに里子ちゃん、そして白狐さん黒狐さん、更には楓ちゃんに海音ちゃんまで、僕達の後を着いて来て、京都タワーの展望台に向かっています。
カナちゃんはスマホを弄りながらだし、僕も雪ちゃんにメッセージを送っているけれど、既読にならないや。どうしたんだろう……。
「雪の馬鹿……あの子、いっつも1人で背負い込んで、誰かに頼ろうとしないんだもん」
「そうなんだ……」
それなら、尚更心配になるよ。1人じゃどうにも出来ない事が、雪ちゃんの身に起きているんじゃないのかな。
まさか……。
「カナちゃん。まさか雪ちゃんは、亰嗟か滅幻宗の人達に?」
「それは無いな」
「湯口先輩、いつの間に後ろに?」
この人の事を忘れていました。
先輩も普通の人間だから、僕達と一緒に来るのは当然でしたね。
だけど湯口先輩は、僕の反応には気にせずに、話を続ける。
「実はこっそりと、滅幻宗の連絡用の掲示板をチェックしていてな。ここ最近は、妖怪を滅する事が出来ていないようなんだ。半妖だろうとなんだろうと、化け物を滅する事が出来れば、ここに書き込まれる。まぁ、自慢する為にな」
それはそれで不愉快ですね。
それに、そんな掲示板があるなんて思いませんでした。滅幻宗のネットワークは、思いの外広そうですね。
「でも先輩、そんな所にアクセスしても大丈夫なの? 解析されて辿られない?」
「あぁ、心配するな。もう一台スマホを買って、そっちで見ているからな」
なる程、それなら大丈夫そうですね。
「確かに雪の事は心配だけど、新学期になったら来るかも知れないからね。とにかく待ってみようよ、椿ちゃん」
確かに、カナちゃんの言ってる通りかも知れない。だけど、この不安は何だろう。何か……何かが僕の中で、警鐘を鳴らして――
【カーン、カーン!】
「――って、妲己さんですか?!」
紛らわしい事をしないで下さい。
しかも、僕が声を出してしまったので、周りの人達が不思議がっています。人がいっぱい居るのを忘れて、声を出してしまいましたよ。
【全く、気を付けなさいよね】
「誰のせいですか、誰の」
カナちゃんにフォローされながら、僕はヒソヒソ声で話し、展望台にたどり着く。
【とにかく。あの子最後に会った時、少し様子が変だったでしょ?】
確かに……元気が無かったというか、何だか思い詰めていたような気がしますね。
【あんな顔をする子はね、だいたい誰かに何かを強制されているのよ】
「強制……?」
あれ、何だろう。何かが引っかかる。えっと……。
「姉さん姉さん! もう直ぐ点火しますよ!」
そんな時に、僕の腕を引っ張りながら、楓ちゃんがそう言ってくるんだけれど、君は今他の人には見えないんだから、余計な事はしないで下さい。
雪ちゃんの事は、考えていてもしょうが無いかも知れません。でも、何か悪い事が雪ちゃんの身に起きているのなら、今すぐにでも助けに行きたい気分です。
だけど、そうじゃなかったら? もう一つ、ある事が考えられます。
僕に嫌気がさした? 最近のカナちゃんとの絡みっぷりで、自ら身を引いた? だけどそうなったら、氷雨さんも……って、あれ? そう言えば、最近は氷雨さんの姿も見ない……。
「姉さん姉さん、綺麗っすね」
「えっ……あっ」
楓ちゃんに言われ、前方を良く見ると、既に船形の方の火が灯っていて、上からゆっくりと船の形になっていきます。
船形が1番大きいから、先に点火するんですよ。あとはだいたい同じ時間に点火しますね。そうする事で、だいたい同じ位に消えますから。その時の風向きや、木の渇き具合にもよるけどね。いつだったかな? 火が燃え過ぎちゃって、大の字の真ん中が潰れたのは。そんな事もありますからね。
「椿ちゃん。来年は、その雪ちゃんとも一緒に見ようね」
「ん、そうですね。ありがとう、海音ちゃん」
白狐さん黒狐さん、泣いてないから。海音ちゃんから優しい言葉をくれたからって、そう簡単には泣かないですからね。だから頭撫でないで、皆に不思議がられますよ。
「ふふ、それじゃあ私が代わりに」
だから、泣いてませんってば。カナちゃんはいつから、僕のお姉さんに――
「まさか、杉野さんと一緒に見られるなんて思わなかったな~嬉しい~」
「いやぁ……家に行ったら、既にご主人様が居なかったからな。ここの何処かには居るんだろう? 探――」
「もう、杉野さん~空気読んでよ~」
うん、夏美お姉ちゃんを忘れていた訳じゃないよ。
でもね、夏休みだからって、いつもフラフラと家に居ないのが悪いです。
だから、ちょっとだけ2人から離れましょう。騒がれたら面倒くさいですからね。幸い、向こうはまだ気付いていませんよ。
「椿ちゃんのお姉ちゃんも、何だかかんだで幸せそうね」
「そうですか?」
僕が考えすぎなのかな……。
とにかく今は、この送り火を見て、ご先祖様をお送りましょう。
因みに鳥居の方は、市内の北の方に住んでいる人には、一切見えません。そういう位置にある山なので。左の方の大文字も、場所によっては見えないね。
この京都駅からなら、鳥居も含めて全部見えるので、送り火を全部見たいのなら、この辺りで見るのがお勧めなんですよね。
妙法なんかも、場所によっては妙の字が潰れてしまって、しっかりとは見えなかったりするのです。妙法の山だけ、他と比べてちょっと低いんですよね。
しかも最近は、ビルやマンションなんかも立っていたりするので、本当に京都駅以外からは、見にくいかもしれません。
「あれ? レイちゃんは何をしっ……?!」
レイちゃんの姿が見えないから、上空を見上げちゃった。あぁ、見なきゃ良かったです……。
レイちゃんが、妖怪の人達と一緒になって、真剣に何かを見ていたから、何かな~っと思って見ていると、大きな木の船に人を乗せて、それが大文字を目印に、何処かに向かって行っているのです。
その船には、船の上に付いている沢山の松明が、辺りを明るく照らし、前掛けをして顔が良く見えない人達が、そこから身を乗り出して、提灯で下方を照らしていました。
そして、その船を先導するようにして、周りを沢山の大きな霊狐達が浮いています。
そっか、京都の全てのご先祖様が帰って来ていたから、1隻じゃ足りないですよね。1隻で2~300人は居てそうだけど、それでは足りないんですね。
それが100隻以上、もっとあるかも知れない数を、京都タワーの頭上を、京都の空を、とてもゆっくりと進んでいきます。
『ふむ、呆けた椿も可愛い』
『確かに。これは初めて見ると、こんな顔になるだろうな』
「椿ちゃ~ん、何を見ているの?」
カナちゃんが僕の前で手を振っていても、僕はまだ目の前の幻想的な光景に、目を奪われています。
色々と考えていたのが、何処かへ行ってしまう程に、衝撃的で幻想的でした。
流石に妖怪さんは居なかったよ。そこで僕が思ったのは、妖怪は死んだらどうなるんだろう。って事ですね。
僕の隣で、涙を流しながら見ている美亜ちゃんを見て、そう思っちゃいました。あの両親の事を思い出したのかな。
ついでに反対側では、楓ちゃんまで泣いてます。何でだろう。
「お父さん……お母さん」
えっ? ちょっと待って、楓ちゃん。それはどういう事? 君のお父さんとお母さんは、ちゃんと生きて――あっ、まさか。
「楓ちゃん、どこ? その人達は、何処にいるの?」
「あそこっす。今来た船の、左側に……」
楓ちゃんが指差した方を見ると、そこには楓ちゃんに向かって、優しい笑顔を向けて手を振る、中年の夫婦の姿がありました。
男性の方は、頬がこけて眼鏡をかけていて、女性は少しふくよかですね。そして2人とも、僕と目が合った瞬間に、頭を下げてきました。
まるで「娘を宜しくお願いします」と、そう言わんばかりに。
「楓ちゃん……」
「分かってた、分かってたっす。自分を誘拐したのが、姉さんを狙っている危ない組織だって事が分かってから、薄々は感づいていたっす。それに、鞍馬天狗の翁からも、恐らく生きている可能性は低いと、事故に見せかけて、殺されているかも知れないと。だけど、だけどそれでも、生きていて欲しかったっす……」
つまり、楓ちゃんの育ての親は、口封じの為なのか、亰嗟に殺されたんだ。
何処までも、何て極悪な組織なんだろう。
楓ちゃんを抱きしめて上げたかったけれど、周りには一般人がいるし、楓ちゃんは今は、普通の人には見えない。
楓ちゃんは変化が不十分だから、偶に見えちゃうんだけど、今は見えていないはず。
だから今は、美亜ちゃんが楓ちゃんを抱き締めています。
お互いの傷を埋め合う様にして、しっかりと抱き締めあっています。
急に色々と起きてしまい、何だか切ない感じで、僕達は五山の送り火を、その火が消えるまで眺め続けていました。
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