第拾肆話 【2】 妖草「金華蘭」
「さて、と……いい加減に出て来なさい」
襲って来た鎧の集団を、酒呑童子さんが一瞬で片付けた後、美亜ちゃんが柱時計に向かって声をかけた。
するとその後ろから、美亜ちゃんよりも少し背が低い、ショートヘアーで茶虎の猫耳と、同じ毛色の尻尾を付けた男の子が出て来た。
「み、美亜お姉ちゃん……ズルい」
「あ~ら、優秀なげ――仲間を持つ事も、実力の内よ」
美亜ちゃん、今下僕って言おうとしませんでした?
とにかく、美亜ちゃんの事をお姉ちゃんと言ったという事は、その子は美亜ちゃんの弟ですか。
「それよりも弥太郎
「え~良いじゃん。美亜お姉ちゃん」
「なんか、馬鹿にされているみたいなんだけど!?」
『おい、椿がフリーズしているぞ?』
『キスでもしたら戻るじゃろ。どれ――むぐっ?!』
皆の前で止めてください。白狐さんのその言葉だけで戻りましたから。
だから僕は、咄嗟に白狐さんからのキスを、両手で押さえて止めました。
とりあえず……あの柱時計に隠れていたのは、美亜ちゃんのお兄さんなんですね? ややこしいですね、全く。
何で美亜ちゃんの事をお姉ちゃんって呼ぶのだろう? 確かにこうして聞くと、なんだか馬鹿にしているみたいに聞こえるよ。
「あ~もう。あの時の罰ゲームはもう期限切れよ! だから、ちゃんとした呼び方で呼んで!」
罰ゲームって……それって、美亜ちゃんの小さい頃の事ですよね……。
「いやいや、なんだかこっちの方がしっくりときちゃって~だから、別に良いでしょ? 美亜、お姉ちゃん」
あっ、最後のは確実に嫌味ですよね? 何だか意地悪な笑みを浮かべながら言ってますよ。
それに対して、美亜ちゃんは拳を握り締め、怒りに震えている様なんだけれど、直ぐに深呼吸をして、自分の気持ちを落ち着かせています。
「ふぅ……まぁ、良いわ。それで、弥太郎兄さん。あの人と美海はどこに居るの?」
美亜ちゃんも、今は無駄に構っている場合じゃないと思ったのでしょうね、お兄さんから情報を聞き出そうとしています。
「母様を助ける気か?」
そんな美亜ちゃんの言葉の後に、美亜ちゃんのお兄さんがそんな事を言ってきた。質問に答える気はないみたいです。
いったいどういう事? 美亜ちゃんのお母さんも捕まっているの? いや、でも……他の牢には誰も居なかったよ。あっ、勝手に暴走した子以外はね。
「そうよ、そうしないとあれが……妖草、
「金華蘭じゃと!!」
美亜ちゃんの言葉に、真っ先に声を上げたのはおじいちゃんでした。あまりの大声に、僕もびっくりしましたよ。
「白狐さん、金華蘭って?」
おじいちゃんは驚いた後、怒りに震えていた。だから僕は、まだ冷静な白狐さんに、それが何かを聞きました。
だって……おじいちゃんだけじゃなく、皆も表情を険しくしていて、何だか怖いんですよ。黒狐さんまで怖いです。
『うむ……簡単に言うと、麻薬じゃ』
「えっ……」
白狐さんの言葉に、僕の心臓がちょっとだけ縮んだ感じがしました。だってその瞬間から、色んな事が頭を巡ってしまって、収集が付かなくなっちゃっているんです。
皆の反応からして、麻薬と同じ扱いをして良いって事はわかったよ。それはつまり、莫大なお金になる。
そのお金は主に、暴力団関係の活動資金になっていたり、様々な悪い事に使われていたりする。
当然、それを持っているだけでも逮捕です。それに、使ってしまったら最後……元の生活に戻るのは困難です。
僕は、麻薬について自分の見解を再確認した後、ゆっくりと美亜ちゃんの方を見た。
だってそれって、美亜ちゃんの家族全員が、悪い事に手を染めている事になるんだよね。
「いくらでも、罰は受けるわ。だけど――」
多分、しばらく沈黙が続いていたと思う。そんな中で、美亜ちゃんがゆっくりと言葉を発した。
僕も頭の中で、色々な事を考えていたから、皆が黙っていた事に気付かなかったです。
「だけどせめて……この事だけは、私の手で決着を着けさせて」
「むぅ……仕方ない。どちらにせよ、このままでは儂等が足手まといじゃ。しかし、本当にここで金華蘭を作っているのであれば、逃がす訳にはいかん」
美亜ちゃんの言葉に、おじいちゃんがそう答える。
確かに、ここがその金華蘭を作っている大元ならば、逃がすのは痛いと思う。
でも、美亜ちゃんの決意も本物です。おじいちゃんは、どうするんだろう……。
「とにかく、今からセンターの方に増援を要請する。これはもう、儂等だけの依頼では無い。早急に、決着を着けねばならん事項じゃ」
やっぱり、そうなりますよね。
だって、金華猫一家が何をしているか、今それが分かった時点で、相手の戦力が分からなくなったんです。
だってその金華蘭、恐らくどこかに売っているはず。
そうなると、買い取っている者達が居て、美亜ちゃんの家族が捕まるのはマズいって事になる。
つまりこの洋館には、美亜ちゃんの家族以外も居る可能性が出て来ました。
「待って! それでも、これは私の……家族の問題なの!」
だけど美亜ちゃんは、おじいちゃんの提案に納得がいかないのか、食い下がっています。
「言わんかったか? 儂等だけの問題では無いと。それは家族だからとか、そういう私情を挟んでいる場合では無い、そういう意味で言ったのだがの」
「うっ……」
流石に今のは、おじいちゃんの方に理がありましたね。
美亜ちゃんは言い返せず、尻尾を垂らしているけれど、それでもまだ、目はおじいちゃんを睨みつけています。
「さて、儂は増援を要請しに行く。ついでに、儂等の呪いを解除出来る奴も呼んで貰う。しかし、時間はかかるじゃろうなぁ……準備に30分、いや……1時間かのう。更に、ここに30分以内に来られるとしても、突入するのに呪術の解除をしながらとなると、さらに20分……う~む。2時間近くも、そいつらが待っていてくれるとは限らん。誰か、足止めか説得をしてくれんかのぅ……」
いや、おじいちゃん……長々と何を遠回しな事を言っているんですか?
でも、待って……おじいちゃんはさっきから、美亜ちゃんを止めようとはしていないよね? つまり、説得なり何なり、決着を着けに行っても良いけれど、2時間という時間制限付きでって事ですよね。
おじいちゃんまで、美亜ちゃんのお兄さんみたいな事をしないで下さい。それ、被ってますよ……。
「あっ……ありがとう、ございます。でも、結果どうなっても、私だけは逃げませんから」
美亜ちゃんも、おじいちゃんの言いたい事が分かったのか、泣きそうな顔になりながら、頭を下げてお礼を言った。おじいちゃんは反応しなかったけどね。
さて、それじゃあ。僕も気合いを入れよう。
「よし、美亜ちゃん。早速君のお父さんの所に行こう。全ての決着を着けるという事は、お父さんに直談判するんでしょう?」
「ええ……って、待ちなさいよ。何であんたまで着いて来ようとしているのよ!」
「えっ? 駄目ですか?」
「駄目よ!」
だけど美亜ちゃんだけじゃ、また牢に入れられそうな気がするんだけど……。
「え~でも……また美亜ちゃんを牢まで迎えに行くのはなぁ……折角助けたのに」
そんな僕の文句に、美亜ちゃんは当然のように反論してくる。
「助けてなんて言ってないわよ! それに、何で捕まる事前提なのよ!」
「あ~あ~聞こえない~僕は今、耳を伏せているので聞こえません」
「耳塞ぐんじゃないわよ!!」
「ぎゃうっ! 美亜ちゃん……耳めくって怒鳴らないでよ」
無理やり僕の耳をめくるとは思いませんでした。うぅ……耳がキーンとする。
『あいつら、大丈夫か?』
『う~む……不安だ。しかし、俺達には相手が見えないんだろう? 着いて行った所で……』
『だが、やはり2人だけでは危険じゃぞ』
そしてやっぱり、白狐さんと黒狐さんも着いて来ようとしています。だけど、自分達の状況を分かっているのか、悩んでいますね。僕だって、2人が居ないと少し不安かも知れない。どうしよう……。
「それなら、何の心配もね~ぜ、お二人さんよぉ。ヒック」
すると、突然僕達の後ろから、そんな声が聞こえてきた。
お酒臭いので、間違い無く酒呑童子さんです。起きたのですね。
「俺が居れば、何の問題もねぇ。全部ぶっ壊してやるからよぉ~」
そう言いながら、馴れ馴れしくしないで下さい。
しかも、僕と美亜ちゃんの間に入り、それぞれの肩に腕を置いて、全体重を乗せてくるなんて……重いですよ。
『くっ! 貴様、椿に手を――』
「あ~大丈夫、大丈夫~白狐、お前達の嫁には手は出さねぇよ~だけど……」
「ミギャァァア!! 何してんの! あんた!!」
しまった……僕には白狐さん黒狐さんが居るから、下手には手を出せないけれど、美亜ちゃんは違いました。
容赦なく美亜ちゃんの胸に――って、あっ……駄目。酒呑童子さん、そんな残念そうな顔は駄目です。
「んぁ~? 着痩せしているかと、俺が期待したのが悪かっ……ぎゃあっ!?」
「フシャー!!」
あぁ……美亜ちゃんが完全に威嚇しちゃって、酒呑童子さんの顔を思いっ切り引っ掻きましたね。
というか、このメンバーで大丈夫何でしょうか……。
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