第拾壱話 【2】 金華猫一家の洋館

 美亜ちゃんが帰って来なくなってから、1週間以上が過ぎ、僕は居ても立っても居られず、美亜ちゃんを探しに行こうと、準備をして玄関に来ています。


 流石に、あれから日々落ち込んでいく里子ちゃんを見ているのは、結構辛かったですよ。

 ついでに、1日ずつ首輪も増えていますからね。里子ちゃんの周りに、綺麗に1個ずつ並べてね……。


 里子ちゃんのそんな無言の圧力に、僕の方が耐えられ無くなったのもあります。


『待たぬか、椿よ』


「白狐さん、何で止めるんですか?」


 玄関で靴を履いていると、白狐さんが僕を止めてきた。


『迷子の猫を探すのなら、センターを経由した方が一番だ。それに、俺達が何もしていなかったと思うか?』


 迷子の猫って、美亜ちゃんの事かな?

 黒狐さんは白狐さんの後ろで、腕を組んでカッコつけていて、何処か自慢気です。


『どうもあの娘の行動が気になってな。センターに行って情報収集をしていたら、こんなのが出て来たわ』


 そう言いながら、白狐さんが1枚の紙を見せてきた。

 それは任務の受付表なのですが、それを良く見ると、こう書いていました。


≪Sランク任務。緊急対処。金華猫一家の主十郎じゅうろうと、その娘美海みみの確保、及び連行。情報を聞き出せれば報酬アップ≫


 金華猫一家と書いてあるのを見て、それが美亜ちゃんの家族だと簡単に分かったし、美海と言う名前も、美亜ちゃんが家族と別れる時に居た、あの子で間違いなかった。

 妹だというのに、美亜ちゃんに対して凄く挑発的な態度だったから、この子の事は良く覚えているよ。


 その美亜ちゃんの家族が、何か悪い事をした? そうでなければ、こんな風に任務として出されるわけがないし、それに……。


「これ……美亜ちゃんの家族」


 白狐さんが更に、別の2枚の紙を出してくるけれど、大きさからしてこれは、センターの手配書で間違いなく、そこに美亜ちゃんの父親と妹が、それぞれ手配されてしまっていました。


『センターに行った時に、これを見てしまったのだろうな』


 僕が呆然としていると、黒狐さんがそう言ってくる。だけど同時に、僕はおかしな事にも気が付いた。


「えっと……白狐さん黒狐さん、これって」


『分かったか、椿よ。確保となっとるのが。普通この手の案件は、妖怪事件専門の、捜査零課に渡される。だが、その零課では無理と判断された事案が、センターの任務となり、我等の様なライセンスを持った妖怪に依頼をされる』


 そう言いながら白狐さんは、もう一度任務の紙に目を通すと、うなり声を上げた。


『ううむ……しかしなぁ……Sランクじゃと? 何をしたのだ、この家族は』


 確かに、普通ではあり得ないランクです。

 何か悪い事をしていたとしても、せいぜいBランクかAランク止まり。Sランクなんてそれこそ、国家を揺るがす程の大事件なのです。


 美亜ちゃんの家族が、それに関わっているのだとしたら……もう既に、嫌な予感しかしません。


「そこでじゃ! センターに連絡をし、この件に関してはこの儂、鞍馬天狗が受け持つ事にした! 更に! この家の妖怪達は儂の権限で、全員この任務を手伝って貰うぞ!」


「「「「え~!!」」」」


 もれなく全員から苦情が来ましたよ! おじいちゃんの後ろで、皆嫌そうな顔をしています。


「嫌じゃと言うなら――」


「「「「頑張ります!」」」」


 皆の変わり身が早い……。

 だけど……もしかしておじいちゃん、美亜ちゃんの為にわざわざこんな事を……。


「全く……妖怪も人も、たいして変わらないのか?」


 すると、いつの間にか僕の近くに湯口先輩が居て、ゆっくりと僕に近づいて来た。だから僕は、ゆっくりと離れます。

 そんなショックな顔をしないで下さい、まだ先輩との距離感が分からないんですよ。


「それよりもおじいちゃん。この任務を受けるのは良いけれど、どうやってこの2人を確保するの?」


「ふっふ……それはの。夜になってからのお楽しみじゃ」


 何ですかそれ? ギリギリまで言わないなんて、逆に不安になっちゃいますよ。


 ―― ―― ――


 その日の夜。

 準備を済ませた僕達は、全員である場所に来ています。


 そこは妖界なんだけれど、場所は丁度鹿苑寺ろくおんじの辺りです。

 ややこしい言い方をしたけれど、世間では金閣寺と呼ばれていますね。正式名称は、鹿苑寺です。鹿苑寺金閣。


 実はこの辺りは、小高い丘というか、ちょっと高い所にあるのです。急な坂道に、長くて緩やかな坂道もあるから、自転車とか歩いて来ると、凄く大変な目に合いますよ。

 しかも大文字山も近いので、ある時期になるとこの辺りは、人でいっぱいになるのです。


 そして、僕達が今居る妖界の方は、そんな人間界の雰囲気とは違っていて、金閣の様な建物はあるけれど、ボロボロになっていて、向こうと違い金色に輝いてはいない。

 形は同じなのに、金色じゃない時点で、何でこんなに禍々しくなるのかな。


 そんな妖界版金閣が見える位置に、一際大きな洋館が建っていて、そのギャップに僕はびっくりしています。


「金閣の後ろに、洋館が……」


 そして僕達は、その洋館の前に来ています。


「おじいちゃん、この洋館は?」


「金華猫一家の家じゃ」


 いきなり敵の本拠地ですか?! 殴り込みなんて……。


「おじいちゃん、もうちょっと作戦とか……」


「何を言うとる。美亜の奴が居なくなって1週間。状況は一刻を争うのじゃ」


 そう言うと、おじいちゃんが真剣な顔付きで、その洋館を眺めた。


「儂の家に厄介になっている以上、美亜も大切な家族じゃ。儂に相談もせずに、勝手に行動を起こしおってからに。連れて帰って説教じゃ」


「おじいちゃん……」


 こういう時、おじいちゃんのこの威厳は頼りになる。

 何もかも任せていれば大丈夫だって、そう思ってきてしまうよ。


「良いか、椿。お前さんは白狐黒狐と共に潜入し、美亜を見つけて助け出すんじゃ」


「うん、分かった」


 おじいちゃんの言葉にしっかりと頷き、僕は気持ちを引き締めると、おじいちゃんと同じ様にして、その大きな洋館を見つめました。


 すると、3階の出窓から、誰かが僕達を見ているのが見えた。


「おじいちゃん、あそこ。誰かが僕達を見ているよ……もしかして、バレているんじゃ?」


「なぬ? 強力な意識阻害の結界を張っとるのにか?」


 おじいちゃんは急いで、僕が指差した方を見るけれど、そこにはもう、誰も居なかった。


 普通に不気味ですから……勘弁して下さい。


「ったくよぉ……ひっく。この洋館丸ごとぶっ壊せば良いだろうがぁ」


 僕のせいで、後ろの皆が緊張している中、酒呑童子さんだけは、いつも通りに酔っぱらていて、この洋館を殴ろうと、その腕を振り上げています。


「待たぬか。それではもう一つの、情報を聞き出すという事が出来んじゃろうが」


 そう言うとおじいちゃんは、酒呑童子さんの持っている酒を取り上げた。

 うん、取り上げたけれど……反対側からもう1個、ひょうたんが出て来ましたよ。これ多分、永遠に繰り返すパターンになるから、酒呑童子さんからお酒を取るのは、不可能という事になりますね。


 おじいちゃんが盛大にため息をついたけれど、何とか酒呑童子さんを説得していました。


「やれやれ……そんな飲んだくれの奴まで来る必要は無いだろう? そもそも、何故こんなにもゾロゾロと……」


 そう言ってくるのは、一緒に着いて来た湯口先輩です。


 どうやら妖怪達の事を知る為に、僕達の任務も一緒にやってくれるそうです。

 問題が……その任務中に、滅幻宗に会ってしまったらどうしようかって事なんだけれど、先輩は何か考えがあるようです。


「今回のは、Sランク任務じゃ。相手は一組織レベルの戦力を持っていると考えるべきであり、それに備えるに超した事は無い」


 そのおじいちゃんの説明に納得がいったのか、湯口先輩はそれ以上何も言わなかった。まるで、自分のする事をやるまで……そんな感じで、妖怪の皆を見ていますね。


 だけどね、3回に1回は僕を見ているよね? うん、気にしない気にしない。今は美亜ちゃんの救出に専念しないと。


 そんな中遂に、美亜ちゃん救出と、その一家を捕まえる作戦が始まった。

 でも、僕がもう1つ気になっていたのが、手配書の中に美亜ちゃんのお母さんが居なかった事です。


 まさか……美亜ちゃんと一緒に捕まっているの? そうだとしたら、その人も一緒に助けないといけませんね。

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