第拾壱話 【1】 金華猫の憂い
肝試しから一夜明けた翌朝。
僕は素っ裸のまま、布団を頭から被り、その身体をスッポリと覆い隠しています。尻尾は隠せなかったけどね。
「うぅ……もうお嫁に行けない」
『何を言うとる。我の嫁になるというのに』
『俺のだ、白狐!』
どっちでも良いです。昨日はあれから、皆は楽しそうでしたよ。僕もその輪に混ざりたかったのに、白狐さん達に強制的に連行されてしまい、たっぷりと寵愛されました。
もう僕、どうにかなっちゃいそうです……こんなにいつもいつも、濃い寵愛なんかを受けていたら、頭がおかしくなっちゃうよ。
そんな僕の頭がおかしくになる前に、意識が途絶えたんだけれど、気が付いたら朝だし、白狐さん達に抱きしめられる様にされていたので、気絶したゃったのですね、きっと。
『本当はもっと寵愛をしたかったが、そのまま寝入るとは思わなかったわ』
『だが白狐、あの声は……むぐっ?!』
「くっ……」
それ以上は言わないで下さいといわんばかりに、僕は2人を睨みつけ、そして黒狐さんの口を手で塞いだ。
でもきっと、顔が真っ赤なはずです。白狐さん黒狐さんは、ニヤニヤとしているだけですからね。
―― ―― ――
その後、急いで着替えた僕は、半ば逃げるかのようにして部屋を後にし、朝食を食べに行く。
だけど、2人もその直後に大広間に来たし、僕の隣を挟む様にして座って来たし、あんまり意味が無かったです。
そんな状態なので、もう僕は顔を赤くしながらでも、朝食を食べるしか無かったよ。
皆の方は、これはいつもの事だと思っているのか、その事にはあんまり触れて来なかったです。助かったような恥ずかしいような……。
そんな皆の反応に安堵して、食卓の方を見ていると、1人足りない事に気付きました。
「あれ? 美亜ちゃんは?」
「美亜ちゃんなら、さっき起こしに行った時、部屋で着替えていたよ」
僕の言葉に、里子ちゃんがそう返してくる。だけど里子ちゃんは、どこか暗い表情をしています。
そう言えば……美亜ちゃんは、昨日の肝試しにも来ていなかったですね。
何処かに出かけていたらしくて、里子ちゃんは心配だからって、おじいちゃんの家に残っていました。
離れの部屋から出ないわら子ちゃんも居るし、4つ子の人達も居るからね。
因みに4つ子の人達は、白狐さん黒狐さんが僕の傍に居れば、2人に任せていて、2人が任務の時は、4つ子の内の2人が、僕の守護につくそうです。
そんな時、僕達の居る部屋の前を、美亜ちゃんが通り過ぎた。
「えっ? 美亜ちゃん?!」
美亜ちゃんが朝ご飯を無視して、また何処かへ出かけようとしているよ。
その様子を見て、僕は慌てて美亜ちゃんの後を追い、声をかける。
「美亜ちゃん、どこ行くの?」
「あら? 別に良いじゃない。何処だろうと、私の勝手よ」
「ちょっと美亜ちゃん。何だか、言い方がキツくないですか?」
美亜ちゃんが見えたから、里子ちゃんも出て来ていて、心配そうにしながら声をかける。
「み、美亜ちゃん……何かあったの? 何かあったら、相談にのるよ?」
だけど美亜ちゃんは、そんな里子ちゃんをも無視して、そのまま玄関に向かって行く。
「ちょっと、美亜ちゃん?!」
「うるさいわねぇ、あんたは椿に飼われてなさいよ!」
「なぅ?! そ、そんな言い方……」
そうだね、確かにちょっと言い過ぎです。
「美亜ちゃん、せっかく里子ちゃんが心配しているのに、その言い方はあんまりだと思うよ」
すると美亜ちゃんは、今度は僕を睨み付けて叫んできた。
「何よ、あんたは白狐と黒狐に弄られときなさいよ! そんな幸せそうな顔をしているあんたを見ていると、むしゃくしゃするのよ!」
「へぇ?!」
何だかめちゃくちゃな事を言われたよ。
どういう訳か、美亜ちゃんは気が立っている様で、尻尾も耳も全身の毛も逆立て、威嚇されてしまいました。
『美亜よ、流石に今のは見過ごす事が出来んぞ』
美亜ちゃんが大声を上げたものだから、朝食を食べていた皆も顔を覗かせ、僕達の様子を見ています。
そんな中で、白狐さんが美亜ちゃんにそう言って、注意をしてくる。
「本当の事でしょう? 毎日毎日おちゃらけていて、真剣さが足りないわよ!」
『おいおい、お前には俺達がそういう風に見えるのか? よく見ろ! 真剣におちゃらけて……げふっ?!』
「黒狐さんは黙っていて下さい」
いったい黒狐さんは、僕に何回肘打ちされたら気が済むでしょう? しかも黒狐さん、今さり気なく僕の耳を触ろうとしたよね。
「ふん、とにかくあんた達には関係無いわ。これは、私の問題なんだから!」
「あっ! 美亜ちゃん待って!」
だけど美亜ちゃんは、僕の言葉なんか聞かずに、そのまま逃げる様にして玄関を飛び出して行った。
「美亜ちゃん……いったい何があったの? 私、どうしたら……」
里子ちゃん、そう言いながらも首輪を握らないで。割と乗り気じゃないですか……。
それよりも、美亜ちゃんにいったい何があったのだろう。美亜ちゃんの問題? 彼女が抱えている問題と言えば……。
「美亜ちゃん……まさか、実家の方で何かあったのかな?」
美亜ちゃんの問題と言えば、それしか無いです。
彼女を一族の汚点だとして罵り、最後には親子の縁まで切る。そんな一家に色々されたというのに、何で今になってまた、実家に行っているんだろう……。
いや……あの家族はもう、絶対に美亜ちゃんと関わろうとはしない。あの時、美亜ちゃんと別れる時、一切のためらいが無かったからね。
可能性があるとしたら、あの場で微妙な表情を見せた、母親の方かな。
実は、美亜ちゃんとまだこっそりと連絡を取っていたとしたら? そして、それが家族にバレていたとしたら……。
美亜ちゃんは、今みたいに焦る? 違う……美亜ちゃんのあの顔は、もっとずっと深刻だったよ。
『椿よ、深く考えるな。帰って来た時に聞けば良かろう? あの娘の荷物は全部、まだここに置きっぱなしだ。つまり、帰って来る気はあるという事だ』
「むぅ……」
そう言いながら、白狐さんが僕の頭を撫でてくる。
ちょっと……今それは止めて下さい。尻尾を振っちゃいそうですよ。
それでも僕は、不安を拭いきれなかった。
あの表情、あの反応、何もかもが僕の心に引っかかる。このままじゃいけないって、そう思ってしまう。
【椿。あの子多分、このままだと帰って来ないわよ】
すると妲己さんが、最悪な事を僕に言ってきました。
「妲己さん……やっぱり美亜ちゃんは、自分1人で何かを解決しようとしている、よね?」
広間に戻る途中で、皆に聞こえない様にしながら、僕は妲己さんと小声で話す。
【えぇ、あの表情は良く見るのよ。私に敵対してくる人達は、皆あんな顔をするのよね~】
それが本当かどうかは知らないけれど、とにかく長く生きている妲己さんが言うんだから、間違いないかも知れないね。
「それでも、思い違いかも知れないし。もうちょっとだけ、待ってみるね」
【そうね。今日の夜、ひょっこりと帰ってきたら恥ずかしいわね~】
そういう事です。僕の思い過ごしなら、それで良いです。
だけどそうじゃなかったら……その時は、美亜ちゃんに文句を言わなくてはいけません。
1人で背負い込まないで。何の為に友達がいるの? そんな風にね。
「…………」
「里子ちゃん? 何ボーッとし――」
里子ちゃんが、ショックで呆然としているのかと思ったら、首輪を手にしたまま、はち切れんばかりに尻尾を振って、僕に期待の眼差しを向けていました。
「キャゥウン!!」
首輪なんて付けませんよ。尻尾を掴んで、無理やり引きずって行きます。
「里子ちゃんは幸せものですね……もしかしたら、美亜ちゃんが戻らないかも知れないのに」
「わぅぅ……そ、そうだとしても。美亜ちゃんは絶対、ここに帰って来るよ。だから、私は待つの。そして、美味しいご飯を用意してあげるの。それが友達として、信じて待つという事だから!」
里子ちゃんの言葉を聞いて、僕は驚いてしまい、里子ちゃんの尻尾を離してしまいました。
そういう信じ方もあるんだ……やっぱり、ここの妖怪さん達は凄いですね。
それなら僕も、美亜ちゃんを信じて、もう少しだけ待ちますね。
―― ―― ――
だけど美亜ちゃんは、その日から帰ってくる事は無く、それから1週間も経ってしまいました。
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