第拾話 【3】 恐怖のダメ出し祭り
ろくろ首さんにダメ出しをした後、1組目の人達と順調に進み、美術室に到着したのは良いんですけれど……。
「入り口にへばりついているのは誰ですか?」
驚かすのは良いよ、良い策だとは思うよ。でもごめん、ドアの上部、すりガラスがはめ込んである部分にね、顔らしきものがくっきりと映っています。へばりつきすぎ……。
ただ、返事が無いという事は、絶対の自信があるようですね。
それによく見ると、これはぬりかべさんじゃないでしょうか? ガラスに映っているの、顔じゃなくて立派な顎だと思う。
とにかく、当のぬりかべさんは自信満々らしい。でも、ガラスに映っている時点で、既に警戒されちゃっているんですよ。もうアウトなんですよ……。
仕方が無いので、僕はその辺にあった箒を手にし、柄の部分で思いっきり、ガラスごとぬりかべさんの顎を突いた。
「ギャァァア!! な、何するんだ椿ちゃん!」
「バレバレなんですよね~その顎のせいで! 既に怖がらせる事が出来てません!」
「そ、そんな……」
そしてぬりかべさんは、そのまま崩れていった。
ぬりかべさんは落ち込むと、こうやって体が崩れてしまって、瓦礫みたいになっちゃうのです。
そんなぬりかべさんは放っておいて、美術室の絵画と彫刻に1枚ずつ、その後準備室の方で3枚のお札を貼って貰って、1組目は終了です。
僕は案内役だから、部屋には出来るだけ入りません。
驚かすタイミングの方も、僕が通り過ぎてからという、絶妙のタイミングになっています。
その辺りは、生徒会とか半妖の人達がやっているそうで、その割りには凄い出来だから、僕も少しドキドキしています。
因みにカナちゃんも、僕が手伝うと聞いて直ぐに飛んで来ましたよ。そして生徒会の人達と一緒になって、仕掛けを作動する役に回っています。
それなのに、肝心の妖怪さん達の驚かし方が今ひとつなので、そのギャップが酷いのですよ……。
そして2組目。この組は、5人とも全員男子ですね。なので……。
「なぁなぁ。槻本って、もう海とか行ったの?」
「俺達今度、海に行くんだけどよ、良かったら一緒に行かね?」
僕はナンパされています。
さっきまで足が震えていたのに、肝試しが始まった瞬間に、いきなり態度が急変し、僕を口説きにかかっています。何ですか……この人達は。
カナちゃんが部屋の隙間から、校長先生に貰ったという火車輪を、ナンパしている男達に投げ付けようとしている。いや、落ち着いて下さい。
牛元先輩に押さえられているから、飛んで来ないとは思うけれど、男子だけの組は気を付けよう。
それと、同じ所を回ったりする場合もあるけれど、それじゃあつまらないので、この組は2階の理科室へと向かっています。
2組ごとにローテーションで、美術室、理科室、音楽室、3年生の教室、といった感じになっています。
そしてこの男子5人は、肝試しをする気はあるのかな……ずっと僕を口説いている。
僕は無視しているのに、しつこいですね。仕掛けも全然驚かないし、これはマズいかな……。
そして気が付くと、あっという間に理科室に着いていて、男子達は早く終わらせようとしているのか、躊躇無く理科室の扉を開けた。
早く終わらせて、僕を口説こうとしているのが見え見えですね。正直言って、お断りです。
こんなチャラい人達は嫌です。夏休みだからって、パーマをあてたり金髪にしたりと、やりたい放題ですね。
「ん? 何だありゃ……槻本の知り合いの妖怪か? 可愛いもんだな、おい」
そして扉を開けた後、しばらく考えていた男子がそう言うと、馬鹿にした様な笑い方をしてきました。
可愛いとは、いったいどういう事なんだろう? また誰か失敗したのですか? せっかく妖怪として、その存在を大いに怖がらせる事が出来るこの機会に、何をやっているんですか……。
そう思って、僕がその男子の後ろから、部屋の中を覗き込むと、そこにはあの人体模型が置いてありました。半分だけ筋肉になっているのものがね。でもね、狸の尻尾と耳が……。
「また中途半端~!!」
「ぎゃぁぁぁあっす! 何するんすか、姉さん!」
あっ、しまった。あまりの楓ちゃんの失態に、白狐さんの力を使って男子達を飛び越え、飛び蹴りを放ってしまいました。いや、これは楓ちゃんが悪い。
「何やっているんですか?! 君は変化が中途半端だって、いつも言っているでしょう! 驚かすなら、別の方法を取ってよ!」
「そ、そんな事を言われても、自分これしか出来ないっすよ~」
あ~もう……人体模型のままで泣かないで下さい。それはそれで気持ち悪いけれど、何よりも情けないよ。
「それだったらせめて、その狸の耳だけは引っ込めて。というか消して」
「わ、分かったっす! ふんっ!」
楓ちゃんが気合を入れると、徐々に人体模型の方の耳が消え――
「そっちの耳を消してどうするの!!」
「ふぎゃぁぁぁあっす!」
思わずチョップしてしまった。楓ちゃんが悪い。
そしてその衝撃で、楓ちゃんの変化が解けちゃいました。全くもう……。
「あっ、ごめんごめん。ちょっと手違いがあったけれど、今の内にお札を貼っといてくれる? ちょっと、この子の指導をしてくるから」
そして僕は、楓ちゃんを引っ張って廊下に出ると、そのままたっぷりとお説教をしました。
その後に、男子5人が部屋から出て来たけれど、校舎から出るまで終始無言でした。しかも、何があったのかは知らないけれど、残りの仕掛けにまで驚いている始末。僕、何かしたのかな……。
それでも僕は、予定通りに案内役をするだけです。
そして3組目――
「お~ぅ、ヒック。椿ちゃ~ん、今日のパンツは何色かな~?」
「……って、いつの間に廊下で酔いつぶれているんですかぁ!!」
「ぐほっ?!」
女子だけの組で助かりました。思いっ切りスカートを捲られましたよ。
そのまま速攻で、酒吞童子さんを激しく蹴り飛ばして、空の彼方へと吹き飛ばしました。
4組目――
これも女子だけの組。
それでかな? 3年生の教室に入ろうとしたら、赤木変態会長の舌が伸びて来て、その女子達に――
「ふんっ!」
「ギャフン!!」
慌てて舌を引っ掴んで、部屋の端へと叩き付ける様にして投げ飛ばす。壁を貫通するんじゃないかと思うほどの威力でね。
「何やっているんですか? 会長。あなたがそんな事をしたら、駄目なんじゃないんですか? 正体バレたらどうするの?」
そのままゆっくりと、威嚇をする様にして近づき、5人の女子にバレない様にしながら、変態会長の舌を引っ張ります。
「
つい、じゃありません。見境無く、体の垢を舐めようとしないで下さい。
それにあなたには、この部屋の奥で妖艶な笑みを浮かべ、薄紫の証明に照らされた、魔女の格好をしている牛元先輩が居るでしょう。
変態会長に目でそれを訴え、その舌を離すと、そのままお尻を蹴り上げ、牛元先輩の元に行かせた。
だけど、思わず変態会長の汚い舌を掴んじゃったので、あとで消毒しておかないと……というか、今すぐ消毒したい。
そんな感じで、仕掛けはともかくとして、肝心の妖怪さん達の驚かし方がいまいちで、僕はその都度ツッコむと言うか、ダメ出しをしまくりました。
結局、最後まで妖怪さん達のクオリティが上がる事は無く、そのまま最後の組が終了し、肝試しが終わってしまいました。
何というか、仕掛けにこだわり過ぎて、演技が中途半端でしたね。やっぱり、もっとしっかりと時間をかけないと駄目ですね。
「あ~ごめんね、皆。妖怪さん達の演技が下手すぎて。仕掛け以外、全く怖く無かったよね」
僕が皆にそう言うと、何故か全員が一斉に萎縮し、ぎこちない状態で僕に返事をしてくる。
「あ、あぁ……い、いや、そ、そんな事は無いよ」
「お、おぉ。だ、だだ大丈夫だ、ちゃんと怖かった、主に槻本さ――」
「おい、バカ。いらんことを言うな、血祭りにされたいのか」
「う、うん。凄く怖かったから。もう、夢に出そうなくらい」
何故……皆そんなに怯えて、しかも震えているんですか? えっ、えっ、何が怖かったのですか?! 良く分からないや。
するとそこに、白狐さん黒狐さんが現れて、僕の頭を撫でてきました。
『まぁ、気にするな椿よ。そして補足しておくが、妖怪はその姿だけで、人を怖がらせる事が出来る存在じゃ、忘れたか?』
『つまり、演技なんてしなくても十分なんだ。仕掛けさえしっかりしていればな』
えっ……あっ、そう言われたらそうでした。
僕はいつの間にか、妖怪の皆に慣れちゃっていて、普通の演技じゃ全く怖く無いと思い込んでいた。
でも他の皆は、妖怪なんて見た事も無ければ、あんまり会いたくもない様な、とても怖い存在でした。つまり何もしなくても、十分怖がるんですね。
それじゃあ、僕はかなり余計な事を……。
「あ、あぁぁ……! 皆、違うんだよ~! ちょっと、僕が間違っていただけでぇ!」
今になって、自分のやった事が恥ずかしくなった僕は、必死に弁解をするけれど、もう遅かったみたいです。
皆既に、僕に変なイメージが付いてしまった様で、ゆっくりと後退りしていっています。
「ふむ、しょうがないの。今回の優勝は、椿じゃな」
「あぁ……翁。文句無いです」
「そうねぇ……私達でもゾッとしちゃったわ~」
「俺なんか、ちょっとトラウマに……」
妖怪の皆まで!? それとさ、妖怪が恐怖でトラウマにならないで下さい。
あれ? 待ってよ……皆優勝したくて、これに必死になっていた程だから、その優勝商品って凄いのかな。
「よし、椿よ。優勝商品はな、他の者には嬉しいものでな、実は特別な妖具を用意しておったのじゃ。しかし、じゃ……お前さんには神刀があるし、それを超える妖具では無い。そこで――」
『お主にだけは、我と黒狐からプレゼントをやろう!』
あっ、嫌な予感がします。よし、今の内に逃げる準備をしておきましょう。
『そう。俺達から、特別な寵愛を一晩たっぷりと――』
「遠慮しま~す!!」
寵愛の最初の文字を聞いた瞬間、僕は白狐さんの力を解放し、全速力で逃げ――られませんでした。白狐さんに尻尾を掴まれて、宙吊りにされてしまいました。
「ギャァァア!! 離してぇ!」
『まぁ、まぁ。そろそろお主も、女に磨きがかかっとるからな。我等もな、少し、我慢が出来なくなってきている』
「やめてやめて、貞操の危機です! 誰か、助けて下さい!」
「あぁ……椿ちゃんが、遂に女に? その役、私がやりたかったなぁ……」
カナちゃんカナちゃん、虚ろな表情で見てないで下さい。何を想像しているんですか?! 助けてよ……。
『何、大丈夫だ。そこまではしない。ただ、裸にひんむいてから――』
「わぁぁぁ!! それもだめぇ! 絶対にだめぇ!」
僕が必死に叫んでも、白狐さん黒狐さんは止めてくれない。そんな事は分かっているよ……。
だけど、今回の寵愛だけは、本当に今までとはレベルが違うかも知れない。僕が壊れちゃうかも知れないんだよ。
そうやって、必死に抵抗している僕を余所に、他の皆は初めて見る妖怪に、怯えながらも接していたり、和気あいあいと楽しそうにしていました。
うん、僕もその輪に混ざりたかったです。
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