第拾弐話 【1】 トラップ式呪術コンボ

『よし、椿。準備は良いか?』


「うん、オーケーだよ。黒狐さん」


 おじいちゃんからある程度の作戦を聞き、白狐さん黒狐さんと一緒に潜入する為、僕は狐の姿に変化しています。


『しかし……椿の狐モード。近くでじっくりと見た事無かったが、これはこれで……がっ?!』


 何だか変な視線を後ろから感じたので、後ろ脚で蹴り上げておきました。


「あっ、ごめんなさい、白狐さん。ちょっと、走る練習を」


 当然嘘ですよ。

 それよりも、この姿でも発情しないで欲しいですね。これで口説かれても、絵になりませんから。


「全くもう……白狐さんは、僕がどんな姿でも良いんですか?」


 半ば呆れ気味でそう言うと、黒狐さんが反論してくる。


『いやいや。椿のその狐の姿が、他の妖狐以上に美しいのだ。フワフワの毛並みに、スラッとした体躯。何という美形!』


「そんな事を言われても、僕には良く分かっ……?!」


 そして僕は、気付いてしまいました。狐の姿をしている時は、裸同然なんです。例え体毛で覆われていても、見えるものは見えてしまう。


 そう、黒狐さんのご立派なアレが、とても逞しく……じゃなくて。


「くっ……! 妖異顕現、黒槌土壊!」


『ぐはっ!?』


 変なものを見せないで下さい。思わず妖術を発動させて、尻尾をハンマーに変え、黒狐さんを頭から打ち付けてしまいましたよ。


『全く、黒狐よ。そう堂々とするな、恥ずかしい奴め』


 すると今度は白狐さんが、僕の後ろから話しかけてくる。


『しかし椿よ、良い形をしているな。お主のお尻……』


「黒槌土壊!!」


『ぐはっ!?』


 どこを見て話しているんですか、どこを見て……。


 そう、僕も裸なんですよ。体毛で覆われているし、アレは見えないだろうと油断していました。

 だけど、尻尾を上げるとお尻が見えちゃう! 何だか色々と心許ないなと思っていたら、こういう事でしたよ。


「もう、馬鹿な事をやっていないで、早く行きますよ!」


 その後僕は、尻尾を後ろ脚の間に挟み、見えない様にしながら歩いたのは、言うまでも無いですよね。


 そして念の為、白狐さん黒狐さんを先頭に、洋館の側面、横側から壁を飛び込え、その中に侵入する。

 防犯対策何も無し――というのも引っかかるけれど、とにかく問題無く入れたし、白狐さんが窓を開けて、洋館の中にも楽々入れました。


 僕としては、防犯対策の何かがあったりして、侵入するのに手間がかかると思っていたのに、何だか拍子抜けです。


 そんな事を考えながら、僕は洋館の中を眺めている。


 妖界の建物は、全て外観がボロボロだけれど、中は比較的綺麗なので、住むのには問題が無いのです。

 だけどこの洋館は、中も外も凄く綺麗です。それが逆に妖界の雰囲気と合わなくて、違和感でしか無いですけどね。


 更にこの洋館、明かりは殆ど無いです。

 足下を照らす為の明かりが点在して、それがぼんやりと光っているだけで、薄暗い内部は、妖界の世界の真っ赤な夕焼けを取り込み、何だか怪しさ倍増です。


「え? この足下を照らしてるロウソク、顔がある。よ、妖怪?」


『あぁ、こいつは声を出せない。ただ周りを照らす為だけの妖怪なのさ』


 何の因果で、そんな状態になったのでしょう? 顔付きが悪いから、何か悪い事でもしたのでしょうね。


『椿よ、油断するな。中に簡単に入れたのが引っかかる。何かあるかも知れん』


 そして白狐さんは、警戒しながら言ってくる。

 確かに……こんなに簡単に入れるなら、零課の人達がとっくに解決しているはずです。


 だけど無理だった。それはつまり。


「ん……妖気が、1階には感じられ無い」


『やはりな。トラップ形式で、そこら中に呪術を仕込んどるな』


 美亜ちゃんの家族、金華猫一家は呪術のエキスパート。だから、防犯対策も呪術でした。

 中にそれだけの呪術を仕込んでいるから、外には何も設置しなくても十分――という訳なんですね。そうなると、迂闊に動けないです。


『黒狐よ。お主の妖術で、その呪術を見極められんか?』


 すると、白狐さんが黒狐さんにそう言ってくる。

 そう言えば、黒狐さんの妖術の数は結構凄くて、僕の使う炎の妖術も使っている。僕の狐火とはまた違ったもので、青い炎の周りを黒い炎が囲っているから、凄く綺麗でしたよ。


『さっきから見ているが、かなり手の込んだ呪術ばかりだ。これは……一度仕掛けたら二度と外せないぞ。こんな中で常に生活している金華猫一家は、相当だな』


 首を回し、今いる廊下を一通り確認した黒狐さんが、ため息をつきながらそう言ってきた。

 呪術のエリートは、常に修行出来る環境に身を置いているんですね。でも美亜ちゃんは、その中で落ちこぼれとされている。という事は、この家でまともに生活出来無かったんじゃないのかな……。


『やむを得ん。出来るだけ避けて行くが、もしかしたら呪術にかかってしまうかも知れん。椿よ、その時は……』


「あっ、うん。僕の神妖の力ですね。あれ? でも、白狐さんの守護の力は?」


 白狐さんに答えた後、ふと疑問に思ったからそう聞いてみると、白狐さんは首を横に振った。


『ある程度は防げる。だが、かなり強力なものになると防げん。それと、二重三重にかけられたものも防げん』


 白狐さんが、少し悔しそうな顔でそう言ってくる。

 やっぱり、守護の力を持っている者としては、どんな事からでも守れ無いと、悔しい思いをしてしまうんですね。


「大丈夫です。白狐さんと黒狐さんが力を合わせれば、呪術を回避していける。でしょ?」


 僕はそう言いながら、廊下の先を玄関ホールとは反対方向に進んで行く。

 美亜ちゃんの妖気は、その先の地下から感じるんです。だから僕が、その場所を指示しないといけない。


 そう思ったのが、駄目だったのかな……。


『椿よ、言うた先から……何をしとる』


「ご、ごめんなさい。ズビ……は、鼻水が止まらない~!」


 何この呪い?! 僕が先頭を歩こうとした瞬間、目の前に急にお札が現れて、そこから変な煙が出たと思ったら、その後から鼻水が止まりません。


『この程度の呪いなら、白狐でも解けるだろうが、問題なのが……』


『うむ、二重にかけてある。だから我の守護でも防げんかったのか』


 え? それじゃあ……守護が無かったら、もっと大変な事になっていたのでしょうか。


『椿、それは花粉症の呪いだ。白狐の守護があったから、鼻水だけで済んだな』


 それ、呪い何でしょうか? ある意味呪いかも知れませんけれど、何だか微妙じゃないですか?

 だけど、これは確かに大変でしたね。白狐さんに呪いを解除して貰えたから良かったけれど、これがシーズン中、ずっと続くとなると……し、死ぬ。花粉症の皆さん、ご苦労様です。


「とにかく、もう大丈夫です。美亜ちゃんの場所は妖気で分かっているので、僕に着いて来て――って、何で横歩きしか出来ないの?! 狐の姿だから歩きにくいってば! あぁ、転んじゃう!」


『椿よ、お主は前を歩くな。黒狐に前を歩かせる。そうしないと、そうやって次々と呪いにかかるわ』


「ひぇ~ん! ごめんなさ~い! ちょっと焦り過ぎてました! もう僕、前を歩きませんから……呪いなんかウンザリですから!」


 でも何故か、この呪いは歩くのを止める事が出来ず、そのまま横の部屋に入ってしまった。


『いかん! 椿!』


 白狐さんが制止しようとするも、黒狐さんが白狐さんの肩を掴んでいる、という事は……白狐さんの目の前にも、呪いがあるんですね。


 だけど、出来るなら早く助けて欲しいです! この部屋、絶対にヤバい!

 だって部屋の中央には、白いテーブルクロスをかけた丸い机があって、その上にお茶やお菓子が並べられているんだよ。誰が用意したんですか?! 僕はその机に向かって、無理やり連れて行かれているんです。


 そのまま僕の体は、勝手にテーブルにたどり着き、犬みたいにして椅子にちょこんと座った。もちらん、椅子からは立ち上がれません。

 すると……誰も居ないのに、そのテーブル中央のティーポットが浮き上がり、僕の前のカップにお茶が注がれる。普通に怖い……。


 そしてこの匂いは……多分紅茶ですね。これ、お茶会か何かかな……。


 そして更に気が付いたのだけれど、このテーブルにはネコのぬいぐるみが4体、それぞれテーブルの上に置いてあった。すると、そのぬいぐるみの前のカップにも、熱い紅茶が注がれていく。


 何これ? 強制的に、お茶会に参加させられる呪いなの? とりあえず、椅子からはまだ立ち上がれ無い。つまり、このお茶会に参加しないと駄目なんですね。


 ただ、椅子からは立ち上がれ無いけれど、他の動作は出来る。だから、一旦このお茶会を終わらせる為に、僕は目の前の紅茶に口を付けた。こんな怪しいの、本当は飲みたく無いよ。

 白狐さん黒狐さんは、部屋の前にある呪いを解いている最中だし、何故か目の前の紅茶を飲みたくてしょうが無くなっているんです。


 そして僕は、その紅茶を一口だけ飲んだ。

 だけどそれを飲んだ瞬間、周りのネコのぬいぐるみが突然笑い出した。

 その笑い声が何とも可笑しくて、僕もついケラケラと笑ってしまいます。


「ニャ~ハ~ハハハ!」「ニャ~ハ~ハハハ!」


「アハハハハ! なに~? その笑い声~アハハハハ!」


 何だか……美亜ちゃんを助けるのなんか、もうどうでも良くなってくるぐらいで、可笑しくて可笑しくて……アハハハハハハ。


『白狐……これは苦戦しそうだな』


『うむ……まさかの、強力な呪術3コンボとはな。まともに歩けなくなる呪いから、恐怖のお茶会に参加させる呪い、そしてどんな事でも笑い出してしまう呪いか。これを1つずつ解くには時間がかかるぞ!』


『椿……最近強くなったからって、油断しすぎだな、全く。これなら、4つ子の内の誰か一人でも、こっちに連れて来るべきだったか……?』


『同感だな、黒狐よ』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る