第参話 【2】 神刀「御剱」

 僕を睨むニューハーフの半妖は、さっきまで4人に向けていた巨大な斧を片手に持ち、ゆっくりと近付いて来る。


『逃げろ椿! 恐らくあの大斧は、妖怪を封じた札を2~3枚使っているぞ! 今のお前では勝てない。とにかく逃げろ!』


 その様子を見て、動けない黒狐さんが慌てているようだけれど、そもそも逃げてどうするんでしょうかね。


「黒狐さん、逃げたって状況は改善しませんよ」


『椿の言う通りだ……我等が手足を石化されている時点で、既にピンチだ』


 その通りです。それと確かに、目の前のこいつにも勝てる気はしないし、逃げられそうにもない。武器が強力というのもあるけれど、相手が何の半妖かが分からないのがあるんだよ。

 そもそも、あの巨大な斧を特注で作らせたていたとしたら、妖具を別で持っている可能性もあるんです。


【替わろうか? 椿】


 だから、いきなり話しかけないで下さいよ、妲己さん。びっくりしちゃいました。


「妲己さんだと、余計に勝てないんじゃないですか?」


【あら、失礼ね~これでも、座敷わらしを抱えて逃げる、という事くらいは出来るわよ】


「いやいや……それだと他の皆が人質にされて、余計にややこしくなります……」


【良い案だと思ったのになぁ】


 良い案じゃないです。しかも下手したら、ここの皆が殺されちゃいますよ。それだけは、絶対に駄目です。


「1人でブツブツと何を言っているの~? あまりの恐怖に、気でもおかしくなったのかしら?!」


「うわっ!!」


 そう言いながら、斧を横に切り払わないで下さい。しゃがんで避けたけれど、耳をちょっと擦ったし、かなり危なかったよ。

 もう相手はやる気満々で、振り抜いたと思ったその斧を途中で止めると、再び勢い良く振り上げ、そのまま叩き斬ろうとして来た。


 普通は止められないよね? 本当に、いったいどんな力をしているの……。


「くっ!」


 咄嗟に後ろに飛び退いて、その攻撃を避けたけれど、また斧が途中で止められ、僕に向けて……って、この人凄くないですか? 巨大な斧をブンブンと振り回して……。 


「妖異顕現、黒焔狐火!!」


 僕は避けている最中……これは流石に避けられないから、相手に向けて妖術を発動し、攻撃を止めさせようとした。だけど、相手は攻撃の手を止めない。

 そうなると、そのまま僕の狐火で燃え尽きちゃう――と思っていたら、斧の攻撃を僕では無く、僕が放った炎に向けて振り払ってきた。その瞬間、物凄い風が発生して、炎をかき消してくる。


 それと同時に、僕の体をも吹き飛ばされてしまった。


「ぐぅっ?! いった……」


 当たり前だけど、避けている最中だった僕は、それに何の対処も出来ず、そのまま家に突っ込んでしまいました。


 早く起き上がって、家の外に出ないと……って、ちょっと待って。相手が向かって来ない。

 そうか……あの巨大な斧では、こんな狭い所での戦いは不向きなんだ。だから、僕が出て来るのを待っている。それだったら、ここから……攻撃しても吹き飛ばされるよね。


 あれ? どうしよう……これって詰んでる。


 このサングラスを逆に利用して、相手を石化させる?

 流石にそれは無理だろうね。使い方が分かっているから、対処法も分かっているはず。

 援軍を待つにしても、今ここに居ないのは酒呑童子さんだけ。それもお酒を買いに行っていて、何時帰ってくるかは分からない。


 センターからの援軍を頼む為に、レイちゃんに要請をしに行って貰う? その前に、レイちゃんがやられちゃうね。そもそも「ムキュ」としか言わないし、無理です。


 美亜ちゃんと楓ちゃんは、揃って一緒にお昼寝中だし。

 この騒ぎで起きて来て欲しいのに、来ないところをみると、この騒ぎでも起きていないのか、既に起きていて、こっそりと一部始終を見て、勝てないと思って引っ込んでいる様ですね。それだったら、あとでお仕置きです。


 白狐さんの力を使って、素早く相手の懐に潜り込み、一か八かの特攻を仕掛けてみる?

 あんな斧の使い方をされていたら、その成功率は低そうですね。片手でブンブン振り回してるもん。


 そして今日は晴天、とても良い天気です。雨も降りそうに無いので、水を操る妖術も使えない。

 残るは……尻尾でハンマーを作る妖術だけど、論外ですね。一瞬で終わりそう。うわ……どうしよう。


「きゃっ!」


 そんな事を考えていたら、急に何かに体を引っ張られ、外に引きずり出されてしまった。

 というか、驚いて声が……いや、僕は女の子なんだ。これは普通普通――じゃなくて、僕の体に何かが巻き付いている。


「そんな家の中で籠もってないで、私と遊びなさいよ~あなた、ちょっと良い感じなのよね~」


 良く見るとそいつは、人差し指をずっと僕に向けていた。

 まさか、体に巻き付いているのは糸? 細い糸を出す妖怪? という事は……。


「もしかして、蜘蛛の妖怪の半妖?」


「あ~ら、流石に分かるわよねぇ。大正解~大蜘蛛の半妖よ~で・も……もう遅~い」


 そしてそいつは、巨大な斧を僕に向かって振り下ろそうとしてくる。


 さっきからずっと、この糸を引きちぎろうと必死になっているけれど、無理だ……切れない。駄目だ、このままだとヤバいです。


『クソ! 椿!』


 白狐さん黒狐さんも、必死に体を動かそうとしているけれど、石化した足が完全に地面と同化していて、一切動けないみたいです。

 それでも、諦めずに動こうとしていて、その足をへし折ってでも僕を助けようとしている。駄目だよ……足を失ったら大変だよ。


「大丈夫よ~殺さないわよ~ただ、腕の1本や2本は、しょうが無いわよね~!」


 そしてついに、そいつの大斧が、僕の足めがけて振り下ろされてくる。


 こういう時ってさ……振り下ろされてくる斧が、凄くスローモーションに見えるんだね。

 漫画やアニメなんかで、良く表現されていたけれど、本当だったんだね。


「椿ちゃん!!」


 すると、突然わら子ちゃんの声が聞こえて来て、離れの方から何かが飛んで来ました。それは石の様な小型の刀剣で、僕の目の前に突き刺さった。

 それと同時に、僕は体が動く様になっていました。目の前のその刀剣が、蜘蛛の糸を切ったんですね。そして咄嗟に、突き刺さった剣を引き抜くと、その場から横に転がって抜けました。


 突き刺さった瞬間、何か衝撃が発生してるんだってば。


「くっ!!」


 その巻き起こった衝撃で吹き飛んだけれど、それでも脚を落とされるよりはマシですね。


「あたた……あ、危なかった。でも、何これ? 武器?」


「むっ! そ、それは!? わらし、お前さんが持っておったのか!」


「ご、ごめんなさい……翁。椿ちゃん! それはあなたの武器なの! 私が預かってたの!」


「えっ? 僕の、武器?」


 ずっと離れの部屋に引っ込んでいたから、怖くて隠れていたのかと思っていたけれど、これを探していたのですね。


 だけど、これが武器と言われても、あんまり切れそうにないよ……石だけど、そんなに鋭くないし。

 これはどちらかと言うと、神社等に安置されている、祭事に使う時の神剣とか、そう言うのに近い様な気がします。


 すると突然、僕の頭に声が響く。


【汝、我が主か? 主なら示せ、力を】


「妲己さん?」


【私じゃないわよ、その刀剣よ。あ~これは……私も知らなかったわね~あんた、凄いの持ってるじゃん。ほら、神妖の力を出してみなさいよ】


 石の刀剣が喋るの? 良く分からないけれど、妲己さんの言う通り、神妖の力を出してみよう。

 あいつに対抗する術がないんだから、これに賭けるしかない。


「……わぁお、これはちょっと不味いわね……流石に止めといた方が良いかしら……あぁん、で、でも……足が、動かない。何よ、あの刀剣……すっごい力じゃない」


 あのニューハーフの半妖が怯えている? でも、僕だってビックリしています。

 神妖の力を出した瞬間、刀剣が輝き出して、表面の石が剥がれる様に光り輝いていくんだよ。誰だってビックリします。


「ちょ、ちょっと、妲己さん。これ、ヤバいんじゃ……?」


【汝、我が主で間違いない。これより、我は其方の剣となろう。我が名は――】


 また、頭に声が。そして、この刀剣の名前が頭に響いてきます。そこで僕は、思い出したんだ。

 そう、これは僕の物だ。産まれた時から持っていた、僕の武器。


 その名前は――


御劔大神みつるぎたいしんが神刀。御剱みつるぎ!」


 そう叫んだ瞬間、その刀剣は更に輝きを増していき、刀身から綺麗な刃が現れた。

 そして、その柄と刃の間に丸い穴が空き、隙間が出来ていた。だけど、神妖の力で繋がっているのか、刃が落ちる事はない。それどころか、その部分が一番強く輝いている。


 これは僕の、僕だけの神刀。

 あの伏見稲荷にある御劔みつるぎ社。そこの神様から、僕が産まれた時に授かった刀。


 僕は、神妖の力を貰ったんじゃ無い。最初から持っていたんだ。


 それなのに、途中で新たな神妖の力を授けられたから、反発して暴走しちゃったんだろうね。

 それだけ、産まれた時に持っていた神妖の力が、幼すぎたんだ。誰も気付かないくらいにね。


 だけどこの刀剣は、僕自身の神妖の力にのみ反応してくれる。つまり、この刀剣を扱えるのは僕だけ。


「何よ、なんなのよ……それは! それに、あんたのその姿は……!?」


 流石の敵さんも、これにはビックリしていますね。僕に向かって指差しているけれど、腕が震えていますよ。


「この姿は、神妖の力を使っている時の……」


『い、いや……椿よ。お主、暴走している時と、全く同じ姿になっているぞ……だ、大丈夫なのか? あの性格にはなっていないよな?!』


「あれ? あっ、本当だ! 髪まで伸びてる!?」


 でも、僕のこの反応で、暴走した時の性格じゃないのが分かったのか、白狐さん黒狐さんは同時に安堵していました。


 そんなに、あのモードは駄目ですか? まぁ、僕も嫌だけど……。


「じ、冗談じゃない……こんなので、こんなので失敗してたまるか!! これでも食らえや!!」


 ニューハーフの人、素に戻ってるよ。しかも、両腕で大斧を振り上げている。これは、物凄い破壊力がありそうです。


「ふふふ……醜いから、こんな力任せの攻撃はしたくなかったが、仕方ね~よなぁ!!」


 そう叫びながら、今までとは比べものにならない程の力を込め、その斧を振り下ろしてきました。

 このままだと、この家ごと綺麗に吹き飛ぶけれど、なぜか今は恐怖を感じません。これ位なら何とかなるって、僕がそう思っちゃっているからですね。


 そして僕は、御剱を両手で構え、刃の部分でその斧を受け止めた。


「なに?!」


 何かが激しくぶつかり合う音が響いたけれど、どういう訳か、僕の腕にはそんなに衝撃がかからなかった。相手の攻撃が軽いです。


 すると、その様子を見ていた龍花さん達も、あり得ないといった表情で僕を見て、そして呟く。


「御劔大神の神刀ですって……それが本当なら」


「えぇ、龍花。あんな斧くらい」


「そうね、虎羽。あの刀を振るう者」


「言うとおりです、朱雀。そう、その全てにおいて」


「「「「断てぬ物無し」」」」


 龍花さん達が何か言っていたけれど、僕はただ集中し、その斧と一緒に、相手を斬りつけた。斧を完全に斬り壊してね。


「ちょっ……! そんなぁぁあ――!! ああぁ……嘘、よ……この私、が……」


 刃が光に変化していて、相手の体を切り刻んでいきます。

 そんな攻撃だから、相手は避ける事も防ぐ事も出来ず、為す術無く僕の攻撃をモロに受けた。


 相手の体は徐々に血に染まり、地面に倒れて動かなくなりました。


 もちろん、命までは取っていませんよ。

 石化を解除する方法を、あの人から聞かなきゃいけないからね。だけど、これで気絶されていたら不味いかな。起きるまで待たないといけないし。


 それにしても、記憶が全部戻ったかと思って、一瞬怖くなったけれど、戻ったのは自分の神妖の力の事と、この神刀の事だけでした。ホッとした様なガッカリした様な……何だろう、この気持ちは。


 とにかく、神妖の力を一旦抑え、刀剣を石の状態に戻すと、倒れた相手にゆっくりと近付きます。


 これ……勝ったんだよね? 自分1人の力で……。


 僕が、亰嗟の中でもトップクラスの奴を、倒したんだよね? まだ信じられないや。

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