第漆章 九夏三伏 ~過ぎゆく夏と盆休み~

第壱話 【1】 謎の4つ子登場

 旅行から帰って来た僕は、自分の部屋に荷物を置くと、お土産を持って真っ先にわら子ちゃんの所に向かう。


 座敷わらしだから、この家から出られないみたいなんですよ。

 おじいちゃんは出ても良いと言っているけれど、わら子ちゃんは「この家から出たら幸福の力が弱っちゃって、恩返しが出来ない」と言っていましたね。


 だからわら子ちゃんは、僕達が旅行中でも、この家にずっと1人でした。

 生活の方は問題無いらしく、世話役が戻って来ていると言っていたから、そこは心配していなかったけれど、やっぱり寂しい思いはしているはず。


 そこで僕は、今日1日はわら子ちゃんと一緒にいようと考えたのです。でも、もうお昼も過ぎちゃっていて、夕方になりそうなんだよ。明日も、半日くらいは一緒にいようかな。


「さ、流石っす。座敷わらしと友達だなんて、やっぱり姉さんは違うっすね」


 そして何故か、楓ちゃんまで着いて来ちゃいました。先ず君は、決められた自分の部屋に行って、引っ越しの荷ほどきをして下さい。


「楓ちゃん、先ずは荷物を――」


「それは里子さんがやってくれてるっす」


 楓ちゃん……しれっと言ったけれどね、それダメ人間ならず、ダメ妖怪になるから。そこはちゃんとしなきゃダメだと思うよ。

 

「あのね、あんまり里子ちゃんにやらせたら……」


「姉さんも、旅行の荷物ほったらかしっすよね? 里子さんにやらせる気満々じゃないっすか」


「うっ……」


 全部返されちゃった……というか、僕も里子ちゃんにやらせまくっていました!

 いや、あの子もあの子なんだよ。僕がやるって言っているのに、勝手に世話してくるんだもん。


 でも、これは言い訳だよね。出来るだけ里子ちゃんに頼らずにやりましょう。

 だけど今は、寂しがっているであろうわら子ちゃんに会いに行かなきゃ。だから許してね、里子ちゃん。


「でも里子さん、姉さんの旅行の荷物から真っ先に、下着とか汗の匂いの付いたTシャツとかを取り出していたっすね」


「一旦戻るよ。楓ちゃん」


 僕は急いで回れ右をして、自分の部屋に向かって駆け足で戻る。


 忘れていましたよ……里子ちゃんが、相当変態だったって事をね。ちょっと待っててね、わら子ちゃん。


 ―― ―― ――


 その後、里子ちゃんにお仕置きをした僕は、わら子ちゃんの居る離れの部屋にたどり着き、その扉をノックする。


「姉さん、あれお仕置きになってたっすか? 里子さん、恍惚な表情を浮かべてましたよ」


「言わないで……が僕の限界なんだから」


 恥ずかしい事を思い出させないでよ。

 里子ちゃんったら……最後にはひっくり返えって、お腹を見せて服従のポーズしていましたからね。しかも、尻尾を思いっ切り振ってさ。


 あれのどこが良かったんだろう? 里子ちゃんの耳を思いっ切り引っ張ったら「キャウン」って言って「やるようになったわね、椿ちゃん」って言われたよ。何がでしょうか……。


 そんな事を考えていたら、部屋の扉が開かれて、中からわら子ちゃんが出て来ました。


「あっ! 椿ちゃん、お帰りなさい!」


「ただいま、わら子ちゃん。ごめんね、寂しかったでしょ? はい、お土産」


 僕の姿を見た瞬間、笑顔を向けたわら子ちゃんは、お土産を見るともっと明るい笑顔になったよ。

 何だかこの子の笑顔を見ていると、幸せな気分になるよね。あぁ……僕もついつい尻尾を振っちゃってるよ。


「わぁ! ありがとう椿ちゃん。あっ……でも、今は危ないかも……」


「えっ、何が? あぅっ?!」


 わら子ちゃんが急に暗い顔をするから、何かあったのかと思い、とりあえず部屋に入ろうとしたら、入り口に見えない壁があって、僕は思い切りその壁に激突しちゃいました。


「な、何これ!!」


「姉さん、これ凄い力を感じるっす!」


 いや、それは分かるけどさ。そもそもそんな物は、旅行に行く前には無かったってば。

 もしかして……僕達が居ない間に、誰かがわら子ちゃんを、ここに閉じ込めたのかも。


「くっ、わら子ちゃん待ってて。レイちゃんを連れて来て、直ぐにその結界を――」


「あっ、待って……違う、違うの」


 レイちゃんを呼んで、その結界を破ろうとすると、わら子ちゃんが止めてきました。


 違うって、それはどういう事なの。


 すると、離れの部屋の扉の前、僕の目の前なんだけど、そこに突然亀の甲羅の様な物が数枚現れ、それが1枚1枚重なり合っていく。それはまるで盾の様で、白くて綺麗な形をしている。

 しかも妖気と同時に、神術を使う時に感じる力、神妖の力も感じられた。


「何……これ。白狐さんの守護の神術より強力かも」


「当然です。座敷様を守る為の、特殊な盾なのですから」


 僕が呆然としていると、わら子ちゃんの後ろから誰かが出てきました。


 その人は、僕よりも年上の様な感じの女性で、長めの黒いポニーテールは、艶があってとっても綺麗です。

 しかも、顔付きは凛としていてカッコいいし、着物とか和服が似合いそう。今は、高校生の着る様な制服にハイソックスだけどね。


 そんな彼女を一言で言い表すなら、大和撫子って感じです。

 だけどその後に、何故か彼女の後ろからまた、同じ声が聞こえてくる。


「悪いですが、座敷様へは何人たりとも近づけさせません」


 そう言いながら、後ろから出て来たその人も、さっき出て来た女の人と、同じ姿に同じ顔、しかも同じ声でした。これは……いったいどういうこと? 何かの幻術かな。


「しかも、座敷様の事を『わら子ちゃん』とは、許せません」


 また後ろから、同じ女の人が出て来たよ。


「ですので、申し訳ないですが、2度と座敷様には近づかないで下さい」


 4人目!! 何ですか、この人達は。僕の頭は完全にパニック状態だよ。


「ね、姉さん。この人も忍者っすか?! これ、分身の術っすよね!」


 僕とは逆に、楓ちゃんは凄く興奮しているけれど、多分忍者とかじゃないと思う。皆実態があるもん。


 するとわら子ちゃんが、その4人の女の人に向かって、大声で怒鳴り始めました。こんなわら子ちゃんは始めてだよ。いや、一回ありましたね……。


「4人ともダメェ!! そ、その子は、椿ちゃんは、小さい頃からの私の友達なの。私の、唯一の友達なんだから、そんな酷い事はダメェ!」


 もうわら子ちゃんは必死です。そんな大声が出せるなんて思わなかったけれど、良く見たら若干半泣きです。これ以上は不味いですね……。


「あっ、し、しかし座敷様。この者は……」


「ダメったらダメェ!!」


「はっ! い、いけない!」


 わら子ちゃんが一際大きな声を上げると、4人の女の人は急に慌て始めました。

 それもそうだよね。だけど、早くわら子ちゃんを宥めないといけないんじゃないのかな。


「きゃっ?!」


「ちょっ!」


「ざ、座敷様……落ち着いて!」


「くっ! そ、そんなにこの者を……!?」


 わら子ちゃんを宥めるには、どうしたらいいのかな……と、僕が考えていたんだけれど、遅かったみたいです。


 4人はそれぞれ、床を踏み抜いたり、突然の突風でスカートがめくれたり、何故か上着のボタンが全部外れたり、突然野球のボールが飛んで来たりと、微妙に酷い目に合っていました。


 これは、わら子ちゃんが不機嫌な時に起こる、不幸の暴走です。


 僕も旅行に行く前、その寂しさからか、わら子ちゃんが少しだけ文句を言ったんだよね。すると、その日の晩御飯のおかずの中に、雪ちゃん特性の唐辛子ペーストが混ざっていました。


 その後、わら子ちゃんが必死に謝ってきたけどね。


 とにかく、この子を不機嫌にしてはいけません。ただし、反省している時とか、そういう一部の例外はあるよ。

 そうしないと、わら子ちゃんが怒ったり、不機嫌になっただけで、突然不幸が起こったりするんだから、そんなの身がもちませんよ。


 そして4人は、これ以上わら子ちゃんが不機嫌になられては困ると思ったのか、渋々僕達を離れの部屋に入れてくれました。


 それにしても、これだとわら子ちゃんが窮屈だと思うし、何より4人は多すぎる気がする。

 何とか説得して、わら子ちゃんの警備を緩くして貰えないかな。

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