番外編 其ノ壱 香苗の過去

 私の名前は辻中香苗つじなかかなえ。14歳の女子中学生だよ。でも、普通の人と違う所がある。それは、私が半妖だという事。


 半妖というのは、人と妖怪の合いの子の事。

 私は父親の方が妖怪で、そしてその血が濃く出ている。だから使っている妖具も、他の半妖達よりは使いこなしていると思う。


 今は旅行から帰って来た所で、旅行用の鞄を部屋に置き、自室のソファでくつろいでいる。

 この部屋は、1人暮らしにはちょっと広めの1DKもある。リビングは無いけれど、別で部屋があるからね。

 そこで私は、何不自由なく生活している。それは全て、八坂校長先生のお陰なんだけどね。


「はぁ……迂闊だったな~車の中で寝ちゃってた」


 私はソファの背もたれにもたれかかり、天井を眺めながら呟く。


「もっと椿ちゃんと、沢山スキンシップしたかったのに、ちょっと遊び過ぎたのかな? 眠気に勝てなかった……」


 今私が気になる子、妖狐の椿ちゃん。

 その子の姿を思い浮かべると、私はにやけ顔が押さえられ無くなるの。それだけ、その子の事が好き。男の子だった頃の、槻本翼の頃から好き、大好きなの。でも、私は女の子……椿ちゃんも今は女の子。結ばれる事は出来ない。


「はぁ……それに私は、椿ちゃんにも皆にも隠し事をしているし……こんな私が、椿ちゃんを好きになっちゃ駄目なんだよね」


 ゆっくりと体を起こすと、その先の部屋にある、自分の机に目をやる。

 そこには、入学式の時に思わず隠し撮りをした、翼君の写真と、椿ちゃんと皆で撮った写真、そして寝ている所をこっそりと撮った、椿ちゃんの寝顔の写真、それが写真立てに入れられて、机の上に飾ってある。


 その机に行くと、私は椿ちゃんと皆で撮った写真に目をやり、そっと手を置く。


「椿ちゃん……あなたは、こんな私でも受け入れてくれるのかな?」


 椿ちゃんには、まだ過去の事を話していない。それは、絶対に嫌われると思っているから。

 でも、旅行の時に椿ちゃんは言ってくれた。絶対に嫌いにはならないって、寧ろ話さないと嫌いになるって。それは嫌だ。


 でも、本当に嫌わないでいてくれるのかな……。


 それを信じて話して、でも結局嫌われて、距離を置かれてしまうのも嫌だ。でも、話さないといけない。そう約束したんだから。


「椿ちゃん……信じて、良いの?」


 私は机に座り、その写真を手に持つと、そっと椿ちゃんの顔に指を当てる。


 そして私は、過去の事を思い出す。


 ―― ―― ――


 ――6年前の夏。


 これはまだ、私が8歳の頃の事。そして自分が、半妖なんだと思い知らされた日。


 あの頃は私にも、父と母が居た。そして市内の一軒家で、3人慎ましく暮らしていたよ。


 確かあの日は夏休みで、私は友達と遊んでいた記憶がある。

 いつも夕方には家に帰っていたけれど、珍しく数日前から、家には父が居た。その時は、父がどんな仕事をしているか分からなかったけれど、でも毎日夜遅くに帰って来ていたし、1日家を空ける事もあった。


 だから私は、世間一般の人達と同じ仕事をしていたと、そう思っていた。


「ただいま~あっ、パパ! 今日も早いんだね~」


「あぁ、おかえり香苗。最近は仕事が早く終わるからな。香苗は、毎日友達の家に遊びに行っているのか?」


 いつもより早く帰っていた父の姿を見て、その日も喜び、私は機嫌が良くなっていたと思う。


「うん! 今日も友達の所に行ってたの」


 私は父に、自分が今日遊びに行った所を教えていた。父は、笑顔で聞いてくれていたかな。


 父はガタイが良くて、顔もえらが張っていて、どちらかと言うと四角っぽい顔付き。

 でも私は、そんな父の笑顔が大好きだった。いつもいつも、父を笑顔にする事ばかり考えていたよ。


「ふふ、香苗は小学校に入ってから、沢山友達が出来ているわね。いつも誰かが家に来ては、香苗を遊びに誘うわね」


 そして母は、いつも良く台所から話しかけていた。母はセミロングの髪で、顔は少しだけ細い。

 でも、整った顔立ちだから美人だよ。それと私は、どっちかと言うとお母さん似だね。


「むっ、そんなに友達が居ると、彼氏を連れて来るのも時間の問題か」


「あなた、まだ早いわよ」


「いやしかしな……こればっかりは、しっかりとしていないと駄目だ」


「全く、親バカなんだから」


「ねぇねぇ、カレシってなぁ~に?」


「あなたはまだ知らなくて良い事よ」


「いや、最近の子は性成熟が早い。今の内に……」


「あなた……?」


「す、すまん……」


 私の家族はこんな風に、いつもとりとめのない会話をしていたかな。思い出せる事は、確かこんな内容だった気がする。



 それを全て、あいつが奪っていった。



 次の日も、父は早くに帰って来た。だけどその顔は、何だか険しかった様な気がする。


 いつもと違う父の顔付きに、私はその時初めて、恐怖を覚えたよ。そしてそれと同時に、私達の家に何かが近づいて来るのが分かった。


 その時の事は、今でも鮮明に覚えている。


 瞳を閉じれば、今でもその光景が浮かんでくる。地獄と化した、我が家が。


「お前達……逃げろ! 早く、に――」


 焦りながら叫ぶ父。だけど、その父の体を何かが穿つ。棒の様な何かが。


「きゃぁぁあ!! あなた!!」


「に、げ……ろ」


 しかし、父の目は死んでいなかった。

 そして、後ろから聞こえてくる声。今思えば、その声はあいつの声に似ていた。


「人に、人にあだあだ仇成す、ば、ばばば化け物。滅せ滅せせせ、滅せよ」


 お坊さんの様な格好をして、笠を被った人物。それは、私達の学校を襲ったあのお坊さん――玄空に、そっくりだった。


 だけどおかしかったのは、そいつは顔がぐちゃぐちゃで、人の顔をしていなかった。虫が這ったような感じで、顔中に身体中に、太い血管が浮き出ていて、口もだらしなくあけていた。

 一言で言ったら化け物。幼い私は、父よりもそいつの方が化け物に見えた。


 だけど次の瞬間、父の体が炎に包まれていった。それは、父が自分で発したもの。

 そして父の姿は、徐々に獣へと変わっていった。炎の体を持った獣に。


 そう、私が皆に隠していたのは、父親が輪入道では無いという事。父が何の妖怪なのか、それが分からないの。だけど父は、確かに妖怪だった。


 そしてそいつと向き合うと、こう叫んだ。


「たとえ掟を破ろうと、2度と家族と会えなくなろうと、俺は自分の大切な者達を、死んでも守る!! 貴様等の好きにはさせん!」


 父がそう叫んだ後、その化け物みたいなお坊さんがお札を出して、そこから火を放った。

 だけど、それを払いのけて突進して行く、化け物の様な姿の父は、当時の私には衝撃的過ぎた。

 泣き叫ぶ母はその場にへたり込み、全く動けなくなっていた。更には、再び棒で貫かれた父が、私の前に倒れ込んで来た。


 その瞬間、私の中の何かが、燃え盛る程の熱い何かが、いきなり込み上げてきたのを覚えている。


「いかん……! 香苗、落ち着け! 今すぐここから離れるんだ!」


「嫌、嫌、嫌だぁぁあ!! パパ、死んじゃヤダ~!!」


 8歳の私にとって、それはあまりにも鮮烈で、叫ぶ父の声に反するようにして、駄々をこねる感じで叫んだ私は、新たな感情が芽生えていた。


 父を殺そうとするこの化け物を、許さない。そんな、怒りの感情だった。


 きっと私は、この時に暴走したのだと思う。


 だってそこから先は、あんまり覚えていなくて、断片的にしか浮かんで来ないの。

 私が、訳も分からず敵に突進する光景と、それを止めようとする父の姿。そして、そんなのは関係無く、目の前の父にすら攻撃している光景。そんな様子を見て、直ぐに逃げた敵の姿。


 気付いた時には私は、背後で燃え盛る家の前で、真っ黒に燃え尽きた男性の頭部だけを抱え、その場で泣いていた。


 多分その頭部は、父のだと思う。

 私は何かの力が暴走し、そして訳も分からなくなってしまい、止めようとした父を、殺した。


 周りには警官や、消防隊の人達が居て、私に声をかけていたけれど、私が聞こえていたのはたった1人、母の叫び声だけだった。


「化け物に騙された~!! 私は、私は……あの化け物達に騙されていたのよ! 殺して、殺して! あんな化け物も、化け物の娘も、何もかも全て、化け物は全て、全員殺して頂戴!」


 救急車から聞こえてくる母の叫び声は悲痛で、それでも無事だと感じていた。だけど私は、母が無事だったと分かった途端、その安堵感からか、そのまま気を失ってしまった。


 そして、次に目を覚ましたら病院で、その後は確か……そうそう、零課と言う人達が来たのだけれど、私は放心状態で、会話すら成り立たなかったと、八坂校長から聞いた。


 その後母は、私の前から姿を消した。


 ―― ―― ――


「椿ちゃん、私はこんなにも悪い娘なんだよ。あなたはそれでも、受け入れてくれるの?」


 私は、再度写真を見る。

 屈託の無い笑顔で笑う彼女は、私には眩しすぎる。それでも、好きになってしまったの。


 あの日。中学の入学式で、荒んだ心で居た私に、新しい感情を与えてくれたあなたを、私は好きになった。


 愛情という、新しい感情を与えてくれたあなたを。


「翼君……ううん、今は椿ちゃん」


 そして私は、机の上に置いてあった、翼君の写真を手前に倒し、見えないようにして伏せると、その前に今度は、別の写真立てに入れた、可愛い椿ちゃんの写真を飾る。

 次に、新しく海で撮った、皆との写真を鞄から出して、次々と並べていく。


 そこには、全て椿ちゃんが映っている。もうそれだけで、私は顔がにやけてしまう。


 だってその隣には、常に私が居るんだもん。


「ふふ……大丈夫だよね、椿ちゃん。私、信じてるから」


 それと同時に、私は思った。私達は、結ばれる事は無い。

 椿ちゃんが結ばれるのは、白狐さんか黒狐さんのどちらか。もしくは、両方かな?

 近くで見ていたら分かるもん。椿ちゃんが、白狐さんと黒狐さんの事を好きになっているのがね。だから、椿ちゃんが私を選ぶ事は無い。


「それでも……私は大好きだよ、椿ちゃん。あなたの幸せは、私が守ってみせるよ」


 そして私は、もう一つ写真を取り出して、それを見つめる。そこに映っている椿ちゃんは、私には向けない最高の笑顔を見せている。恋する乙女の笑顔を、そこに一緒に映る白狐さんと黒狐さんに向けている。

 それだけで泣きそうになるけれど、私は同時に嬉しくも感じていた。


 椿ちゃんが幸せなら、私も幸せだよ。だから――


「絶対に、幸せになってよ。椿ちゃん」


 私は、手に持った写真に顔を近づけ、そこに映っている椿ちゃんに軽くキスをする。


 そして、その写真も写真立てに入れると、机の上に置く。


 大事な大事な、私の宝物。絶対に無くしたくないよ。

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