第拾捌話 帰りの車中にて
それからは、ひたすら海に行ったり修行をしたりと、人間だった頃には味わえなかった、とても濃い日々を過ごし、そしてあっという間に1週間の旅行が終わり、帰る日の朝がやって来た。
「楓、しっかりと修行してきなさい」
「分かってるっすよ、母ちゃん」
僕達は、行きと同じ車の前に来ると、しばらくおじいちゃんの家に住む事になった、化け狸の楓ちゃんを待っています。
「まぁ、泣いて帰ってくるのが目に見えるな」
「ぬっ……そんな事ないっす!」
楓ちゃんの両親が見送る中、海音ちゃんがこっちにやって来て、来年の祇園祭りは絶対に見に行くと、僕達に言ってきている。そうなると、ちゃんと案内しないといけませんね。
それと、両親と話す楓ちゃんの様子を、羨ましそうでもあり寂しそうでもあるような、そんな微妙な表情をしながら、カナちゃんと雪ちゃんが見ていた。
問題なのが……無意識でしょうか、僕の尻尾を掴みながらなんですよね。いじけている人が、無意識でそこら辺の物を弄ったりする様に、僕の尻尾を弄っているのです。
「……っ」
とにかくひたすら我慢です。
カナちゃんと雪ちゃんが寂しそうにしていて、それを紛らわす為に、僕の尻尾を弄っているのなら、いくらでも協力するよ。
「うん。何だか知らないけれど、椿ちゃんが気を使ってくれているし、いっぱい触っとこうか雪」
「もちろん」
無意識では無かったんだね……僕の勘違いでした。それなら離して欲しいかな……。
そんな思いを込めて、カナちゃん達を無言で見つめる。けれど、2人はいつの間にか笑顔になっていました。
「椿ちゃん可愛い~」
「そんな顔しても、無駄」
「う~」
駄目です、離してくれません。
そうこうしている内に、楓ちゃんが両親に挨拶を済ませ、こちらにやって来る。
「あっ! 自分も混ざるっす~!!」
「混ざらなくて良いです!」
何だか、また大変な毎日になりそうですよ。
カナちゃんと雪ちゃんに尻尾を掴まれたまま、僕は皆と一緒に車に連れ込まれちゃいました。
何だろう……これだとまるで、僕が連行されている様なんですが……。
―― ―― ――
車の中では、楓ちゃんが僕の隣に座りたいと言ってきたので、行きとは違って、僕は後部座席に座る事になりました。
そして楓ちゃんは、車の中で僕と色々話すと、そう息巻いていたけれど、ものの30分もしない内に、可愛い寝息を立て始め、僕にもたれかかって来ました。
1週間も遊びまくっていたし、昨日も夜遅くまで、僕達の部屋で遊んでいたからね。流石の楓ちゃんも、疲れているのかな。
『随分と好かれたな椿よ』
「そうだね。僕の事をお姉ちゃんと思っているんだろうね」
楓ちゃんの頭を撫でながら言うと、運転する白狐さんを見る。ついでに、その白狐さんの隣は氷雨さんです。
雪ちゃんとカナちゃん、そして夏美お姉ちゃんは、僕達の後ろですよ。当然、氷雨さんは思い切りため息を付いていました。
そして3人とも疲れているのか、ぐっすりと寝入っています。
『椿も、寝たければ寝ると良い』
「ん~まだ大丈夫です」
本当はちょっと眠いよ。僕の中にいる妲己さんだって、寝ちゃってますからね。
それでも僕は、ちょっとでも長く白狐さんと話しておきたかったの。
「ねぇ。白狐さんは、僕を独り占め出来なくても良いの?」
そして僕は、この前言われた事を聞いてみる。
2人のどちらかを選べなかった場合、僕は両方のお嫁さんになるという事を。でも、普通はそんなの考えられない。独占したいはずだよ。
『まぁ、相手が黒狐というのが納得いかんが、あれでも奴は筋は通すのでな。お互い同意しなければ、絶対に手は出さない』
「信用しているんだね」
『まぁな』
何だか、僕と美亜ちゃんみたいな感じだね。
美亜ちゃんといえば、海坊主さんの事はどうするんだろう? 帰り際に、大量にお魚を貰っていたけれど、年1回そうやって貰うだけ貰って、海坊主さんの気持ちに応えないつもりなんでしょうか? うん、ちょっとは注意しておいた方が良いよね。
『そういえば、酒呑童子の奴も翁の家に来るようだ。やはり亰嗟の動きは、京都市内が1番活発らしいからな』
あの妖怪も来るんですか……まぁ、殆ど任務だろうから、心配する事は無いだろうけれど、用心はしておこう。
『それと、亰嗟の支部らしき場所も見つかっている。今回捕まった妖怪も、そこに居たら良いがな』
あっ、白狐さんに気を使わせちゃったかも。
多分磯撫でさんの事で、僕がまだ自分を責めているんじゃないかって、そう思った様です。当たりですけどね。
やっぱりふとした事で、考えてしまうんです。頭では分かっていても、どうしてもこの後悔は消えてくれません。磯撫でさんが、無事に救出されるまでは。
「白狐さん、ありがとう」
それでも、僕は白狐さんにお礼を言って、再び楓ちゃんの頭を撫で始める。
「ん~姉さん……どうすっか? 自分、こんなに胸が大きく……むにゅ」
「どんな夢見てるの?」
やっぱり、楓ちゃんでも気になるのかな?
女の子って、胸を気にする子が多いけれど、まだ男の子の心が残っている僕としては、今ひとつ良く分からないです。
「そんなに女の子って、胸の事が気になるのかな?」
『椿よ、男の象徴のアレと同じだ』
「あぁ……なるほどね」
白狐さんのたった一言で納得しちゃいましたよ。
そう言われたら、確かに大きい方が……いや、何を考えているんだ、僕は。
でも、黒狐さんのは布越しでも分かるくらいだから、多分大きい方なんだろうね。
それじゃあ、白狐さんはどうなんだろう? まさか、黒狐さん以上とか? そうだとしたら、そんなの――いや、だから……何を考えているんだ、僕は。
必死に首を横に振り、変な妄想を吹き飛ばすけれど、氷雨さんがトドメを刺してきました。
「白狐のも大きいわよ」
「えっ、本当に?! あっ……」
つい反応してしまった僕は、必死に顔を下に向け、真っ赤になっている所を見られない様にします。
そうでもしないと、また1週間程、僕は白狐さん黒狐さんから逃げてしまいそう。氷雨さん、余計な事を言わないで欲しいです。
『何だ、椿。気になるか? よし、じゃあ今夜は一緒に風呂に――』
「入りません!」
いきなり何を言っているんだろうね、この変態妖狐さんは。
それに、つい大声を出してしまったから、楓ちゃん達を起こしたかも知れません。
寝ている皆の様子を見て、起きそうに無いことを確認すると、僕は氷雨さんに文句を言う。
「氷雨さん、いきなりとんでもない事を言わないで下さい。それに、白狐さんの見たんですか?」
「ふふ、気になる?」
『やめろ氷雨。あれは不慮の事故だ』
「見せたんだ……」
『いや、だから。故意では無い』
どっちにしても、氷雨さんに見せたのには変わりないです……って、あれ? 待って待って。何で僕は、こんな事で嫌な気分になって……いや、違う違う、違うってば。
「でも、凄かったわね~白狐のあれ……」
『氷雨、いい加減にせんか!』
「ぬぬぬ……」
いや、別に良いですよ。僕には関係無いですからね、2人がどうなろうとね。人間とは違うから、いくらでも愛人とか作れるんだろうね。
だから、僕は気にしないよ。中途半端な僕よりも、氷雨さんの方がよっぽど女性らしいよ。
『おい、椿! 何か勘違いしとらんか?!』
「別に……」
「あらあら、流石にからかいすぎたかしら? ごめんね~うっかり脱衣所のドアを開けてしまって、裸の白狐を見ただけだから」
あぁ……うん。そうだとは思ったんだよ。
でもね、何でだろう。何で僕は勝手に、2人は親密な関係なのかもって、そんな考えが湧いてきたのだろう。
何で何で? 分かんない、こんなの分かんないよ。初めてだよ、こんな嫌な気分になったのは……。
「もう良い、寝る。着いたら起こして」
『なっ、椿!』
白狐さんには悪いけれど、何だか胸がモヤモヤしてしょうが無いの。でも、寝たら治るよね? 寝て起きたら、いつもの状態に戻るよね。うん、きっとそうだ。
そして僕は、もたれかかる楓ちゃんを起こさない様にしながら、座席にもたれかかり、瞼を閉じて睡魔に身を委ねた。
疲れからか、車の揺れ方が何だか心地良くて、直ぐに寝入ってしまいそうです。
白狐さんは何回か僕を呼んだけれど、反応が無いので諦めた様です。
おじいちゃんの家に着いたら、僕はいつも通りに戻っているはず。だから、ちゃんと謝らないといけないな。
だって良く考えたら、白狐さんは悪くないよね。でもそれなら、何で僕はこんな気持ちに? 女の子独特の感情? あっ、まさか……いや、違う。これは、まだ違うはず。
とにかく寝よう。これは帰ってから、じっくり考える事にします。
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