第拾漆話 【2】 妖怪達の踊り
とりあえず、当たりのあの抱き付き人形は、烏天狗さんに頼み込んで、旅館に持って行って貰いました。腕に引っ付けてね。だって邪魔だもん。
そして僕達は、綿アメ片手に色々と見て回っています。
「わぁ、妖怪さんの出店も気になるなぁ……何だろう? あれ」
1つ目小僧さんの出店なんて、変な箱が並んでいるだけ。1つ100円って、何だろう……気になってしょうが無いよ。
でもその後に、ガタガタとその箱が動いていたので、良くない物が入っていそうです。僕が一般人にも見える状態で良かったよ。
「そう言えばさ、神社で何かあるんだっけ? 白狐さんと黒狐さんから来いって言われたんだけど」
楓ちゃんと海音ちゃんに確認すると、僕は綿アメを千切って、それを口に放り込む。
「むぐっ?!」
誰ですか? 僕の綿アメを、妖怪用の綿アメと変えたのは。
口の中で膨れて弾けて、大変な事になっています。跳び上がって喜んでいる所を見ると、犯人は楓ちゃんですね。
「む~!!」
「うひゃぁ~! 姉さん、口膨らませながら睨まないで下さいっす! 地味に怖いっす!」
誰のせいですか! 逃げ無いで大人しくしていて下さい。ちゃんとこれを返しますから。
「えっとね~神社の方は、一般人には関係無いんだけれど、私達妖怪にはちょっと関係があるのよね」
僕達のやり取りを眺めながら、海音ちゃんがそう言ってくる。
一般人には関係無いって事は、妖怪にしか見えない何かを用意しているって事なのかな?
「む~む~む~!」
「何か特別な物でもあるの?」
僕は楓ちゃんに、妖怪用の綿アメを口に押し込みながら、海音ちゃんに聞く。
綿アメは多分、食べ方があるんだろうけれど、そんな事はさせません。僕と同じ目に合わせます。
「特別と言うか、まぁそれは、着いてからのお楽しみって事で。あっ、そうそう。半妖のあなた達も来て良いわよ」
海音ちゃんはカナちゃん達に目をやると、笑顔でそう言ってくる。
良かった。カナちゃん達は行けないってなっていたら、僕はカナちゃん達と一緒に、旅館に戻ろうと思ってたからね。
「へぇ~いったい何があるんだろう。楽しみだね、椿ちゃん」
「うん、そうだね」
僕も笑顔でそう返すけれど、その後僕の腕を、誰かがタップしました。
「むぐぐぐ……!!」
あぁ、しまった……タップしていたのは楓ちゃんですね。綿アメで窒息しそうになっているよ。いくらでも膨れるんだね、これ。ちょっとやり過ぎました。
そして僕は、慌てて楓ちゃんを物陰に移すと、綿アメを持っている手を離してあげる。すると楓ちゃんは、一心不乱に綿アメを舐め始めました。
それって、舐めて食べないと駄目なんですね。口の周りがベタベタになりそうだよ。
「はぁ、はぁ……ケホケホ、ね、姉さん酷いっす」
「どっちがですか? あぁ、ほらやっぱり、口の周りがベタベタじゃん」
「む~良いっすよ、姉さん。自分で出来るっす」
何とか食べ終えた楓ちゃんの口の周りを、僕がハンカチで拭っているけれど、楓ちゃんは恥ずかしがるし、後ろからジェラシーな視線を感じるしで、その後が大変でした。
そして、1人で型抜きをしていた美亜ちゃんを拾い、僕達は海の近くにある、小高い丘の上の神社へとやって来た。
でも、そこには何も無くて、出店も何も出ていなかった。何だか、真っ暗で怖いんですけど……。
「も、もしかして……今からここで、肝試しとかそんなのをするの? 妖怪が妖怪を脅かしてどうするの?」
ちょっと緊張しながら僕が尋ねると、海音ちゃんは笑いながら返してくる。
「あはは、そんな事はしないって。それにやるなら、人間相手に私達が脅かす方だよね」
そう言うと海音ちゃんは、正面の社とは別にある、右のお堂の様な所に行くと、そこの扉を開いた。
するとその先から、夕焼けの様な光が差し込んでくる。もしかして、その先って……。
「さっ、ここから裏の世界、妖界に行くわよ。何かあるのは、その妖界の神社の方よ」
なるほど、妖界の存在を忘れていましたね。ここ最近、こっちでばかり任務をやっていたからね。
「えっ、えっ? わ、私達も行くの?」
「むっ……流石にちょっと、怖い」
怖がっているカナちゃんと雪ちゃんは、妖界が初めての様です。
確かに、向こうは妖怪だらけで、良い妖怪も悪い妖怪も沢山居る。半妖の2人は大丈夫なのかな。
「大丈夫よ。神社の周りに結界張ってるし、邪な妖気を持つ奴は、絶対に入れないからね。それよりも、時間がないから早く入って入って!」
「きゃっ! ちょっ、まだ心の準備が!」
「あわわわ……!」
抵抗虚しく、2人は海音ちゃんに引っ張られていき、お堂の中に放り込まれました。
それに続くようにして、海音ちゃんと楓ちゃんも入っていくので、僕も急いでその後に続く。
この、景色の色が反転した様な感じ……何回行っても慣れないです。
そして暫く歩くと、燃える様に真っ赤な夕日に照らされた、ボロボロの神社に出ました。今気が付いたけれど、妖界には夜が無いのかな? いつもこんな空の色なんだよね。
更にこっちの神社には、真ん中に見覚えのある、ちょっと高いやぐらがあって、そこに和太鼓が置いてありました。
まさか、こっちでやる事って……。
『おぉ、椿よ。やっと来たか』
『随分と楽しんでいた様だな』
僕の姿を見て、真っ先に白狐さん黒狐さんが話しかけてくる。
だけどごめんなさい……お祭りの前にあんな事されたんで、2人の顔をまともに見られません。
『何故顔を逸らす?』
「自分の胸に手を当てて聞いて下さい。白狐さん」
白狐さんと黒狐さんは、本気で僕をお嫁さんにするようですね。日に日に寵愛がね、濃くなっていってるの……。
「あっ! よ、良かった~椿!」
すると今度は、ボロボロになっている社の近くから、夏美お姉ちゃんがこっちに向かって走って来ました。それよりも、何でここに居るんですか。
「さ、流石に怖かった~!! 前におじいちゃんの家の牢で、散々妖怪に見られてたから、こんなのトラウマだし!」
「いや、その前に……何でお姉ちゃんがこんな所に?」
その時、おじいちゃんが天狗の姿で現れました。お姉ちゃんはまだ、おじいちゃんのこの姿が慣れていないみたいです。更に怖がり出しましたよ。
「儂が拉致って来た。此奴は未だに、大量の妖怪が居たらビクビク震えおる。だから人間が使っておる、ショック療法とか言うもので直そうとしたのじゃ」
これでは逆効果な気がします。お姉ちゃんが必死に首を横に振って、向こうに帰りたがっているよ。
妖界にいる妖怪さん達まで来ているし、100体近くは居るのかな? 妖狐になったばかりの頃なら、僕も今のお姉ちゃんと同じ反応をしていましたね。
「そ、それに。普通の人間が、こんな所に来て良いの? 妖怪になっちゃったりしない?」
「安心せぇ。この妖気の量なら、半日位は大丈夫じゃ」
「帰る!! 私帰る!!」
半日で妖怪になるんですね、そりゃ帰りたくもなるよ。
ということは、妖怪の数にもよるけれど、一般人が妖界に連れ去られたら、最短でも半日以内で助けなければならないんだね。
そして夏美お姉ちゃんは、物凄い勢いで走り出して、妖界と人間界を繋ぐお堂に突っ込んで行きました。
「全く、情けない。まぁ、仕方ない。さっ、皆の者。祭りを始めるぞ」
おじいちゃんがそう言うと、突然和太鼓の所に、ひょっとこのお面を付けた人が現れました。
多分妖怪の方だけど、その……ふんどし一丁は止めて。無駄に筋肉ムキムキで、ひょっとこのお面とのアンバランスさで、思わず吹き出しそうになりましたよ。
『さて、今年は我等も気合いを入れるか、黒狐よ!』
『ふん、お前よりもデカい音を出してやる!』
「――って、な~んで白狐さんと黒狐さんまで
いつの間にか浴衣を脱ぎ、ふんどし一丁になっている2人の姿を見て、僕は思わず声を上げてしまった。
この2人は顔も良いけど、体つきも細マッチョなので、目のやり場に困るんだよ。
いや、それよりもさ。守り神の2人が、何で和太鼓を叩くの? それは駄目じゃ無いのかな……。
『まぁ、今年は特別だ。椿に、我等の勇姿を見せようと思ってな』
『本来なら、守り神の俺達がやるものでは無いが、椿の為に一肌脱いだわけだ』
あぁ、もう……この2人は本当に、僕の事最優先ですね。嬉しいけれど、張り切り過ぎないで欲しいです。
「う~ま、まぁ……2人は十分に勇ましいから……その。こ、これ以上は……」
恥ずかしくて、とてもじゃ無いけどこの先は言えない。
そんな感じで僕が口籠もっていると、後ろからカナちゃんが声をかけてくる。
「これ以上は何? 興奮しちゃう?」
「う、うん……って、違う違う! そうじゃ無くて、2人とも適度に筋肉が付いてて、羨ましいと言うか、僕が男だった時はヒョロヒョロだったからさ……その、ドキドキしちゃって、そんな身体で抱きしめられ……じゃ無くて! うぅ……」
恥ずかしい……白狐さん黒狐さんには知らたくないのに。そうしないと、2人の行動がエスカレートしちゃうよ。
だけど、僕が1人顔を赤くしている中で、雪ちゃんは寂しそうな顔付きで、こっちを見ています。
何でしょう、あの表情は。何だろう……何というか、何かを諦めている顔付きでもあるよね。
そして、僕が見ているのに気付いたのか、雪ちゃんはいつも通りの顔付きに戻って、僕の元にやって来る。
「ほら。もうすぐ、始まるみたいだよ」
雪ちゃんのその言葉と共に、やぐらに乗っている妖怪の人が、和太鼓を激しく叩き始めます。
その太鼓の音に合わせて、周りの妖怪さん達が躍り出しているけれど……これ、盆踊りじゃない。
上空ではいつの間にか、レイちゃんが楽しそうに踊っているし、曲調も違う、踊り方も違う。これは、何でしょう……。
『ふっ、盆踊りは盆の時期に踊るもの。これは妖怪が、霊魂と共に一緒に楽しむ為の踊りさ』
「へぇ……って、幽霊さんと? あっ! いっぱいいるぅ!! 何故か僕にも見えるぅ!!」
うわぁ……これは多分、夏美お姉ちゃんでは耐えられ無かっただろうね。幽霊が見えてしまっているのは、この祭りの効果なのかも……。
『よし! 俺も叩きに行くぞ! 椿、しっかりと見てろよ』
『ぬっ、負けぬぞ。黒狐よ』
そう言うと、2人はやぐらの上に向かって行く。とりあえず、2人の背に向かって手を振っておきます。頑張っては欲しいから、応援はしておかないとね。
それに、2人ともお尻が引き締まっていて、そこからフサフサの尻尾が伸びていて……何だろう、別に嫌な気分はしない。寧ろ――
「椿ちゃ~ん。そんなに2人のお尻を見て、目覚めたの?」
「いっ?! ち、違う! いや、ちょっとその……目のやり場に困ると思って――ん?」
僕が必死に否定する中で、また雪ちゃんが、寂しそうな表情を見せていた。流石に何回もそんな顔をされたら、気になりますよ。
「雪ちゃん? あのさ、雪ちゃんも何か抱えているんだよね? 顔見たら分かるから。だから、いつか話してね。僕は絶対、雪ちゃんを嫌いにはならないから」
「えっ? あっ……気付いちゃう? でも、ごめん……椿。私のは、その……」
そう言うと、雪ちゃんは俯いて黙ってしまった。ちょっと急ぎ過ぎたかな……。
「こらそこ! そんな暗い顔をしていたら、皆に失礼でしょ! 今は楽しんで、ほら!」
「そうっすよ、姉さん達! 踊るっすよ!」
すると、楓ちゃんと海音ちゃんの2人がやって来て、僕達3人を会場の真ん中に引っ張って行く。
やっぱりここの妖怪さん達も、良い妖怪達だね。悩んでいる暇すら無いくらいに、沢山世話を焼いてくる。
「全く……妖怪はいつもいつも、スキンシップが過度」
「そうね。今なら、雪の気持ちも少し分かるかも」
雪ちゃんの言葉に、カナちゃんが苦笑いしながら答えているけれど、雪ちゃんの最後の言葉を、僕は聞き逃さなかった。
「――でも、妖怪は単純。人間と違って……」
やっぱり雪ちゃんは、半妖だからって何かされているのかも知れない。旅行から帰ったら、雪ちゃんともちゃんと話し合おう。
だけど今は、純粋にこの変な踊りを楽しみましょう。あまりにも難解過ぎて、踊れそうに無いけどね。
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