第拾漆話 【1】 田舎のお祭り

 日が沈んだ頃、海岸沿いに出ている出店の前の道路を、僕達は神社に向かって歩いています。


 ここのお祭りは出店が出るのと、花火が上がる程度なので、ある意味風流かも知れません。本当に昔ながらの、凄く質素なお祭りというものです。


 僕が妖狐じゃなければね……。


「あ~そっか……妖怪の方々もここのお祭りを楽しむから、何というかその……とても良い光景ですね」


 出店を眺めていると、普通の人に紛れるようにして、ろくろ首さんが歩いていたり、提灯おばけさんが浮いていたり、がしゃどくろさんが歩いていたりします。烏天狗さん達も、空から夜店を眺めていて、買いたいものがあると降りて来ています。

 出店の方も、のっぺらぼうさんがお面屋やっていたり、輪入道さんが輪投げ屋やっていたりしています。


 普通に怪奇祭りですね……これは。


 でも、妖怪がやっている出店の方は、一般人には見えない。それならどこに出しているかと言うと、一般人の出店の中で、偶に隣が空いている事があるけれど、そこです。


 だけど僕は、一般人にも見えているから、その辺りを気を付けないといけません。妖怪さん達が普通に話し掛けてくるから、ちょっと困るけどね。


「それよりも椿ちゃん。その浴衣、可愛いね。海岸で花火をした時のと、違うものじゃん」


「カナちゃん、ありがとう。実は、里子ちゃんが2つ用意していたんだよね」


 僕は浴衣の裾を持ちながら、カナちゃんの言葉に答える。カナちゃんの目がまた、正気を失っていそうな気がしますけどね。


 だって普通の人には、浴衣を着た女子中学生に見えるけど、カナちゃん達から見たら、狐の耳と尻尾があるんです。どこの萌えキャラですかって感じなんだよね。


「でも、ごめんね2人とも。白狐さん達の寵愛が無ければ、もう少し早めに……ひっ! ちょっと雪ちゃ……何処触って……」


 時間が遅くなった事を謝ろうとしたら、雪ちゃんがいきなり、僕の尻尾を握ってきました。いきなり過ぎたからびっくりしたよ。


「声、出したら気付かれる。大丈夫。一般人から見ても、私が何しているか分からないから、そのまま歩いて」


 そう言われても、尻尾を弄られながらは無理ですよ。何で急にこんな事を……。


「本当は、白狐さん黒狐さんとイチャラブ出来て、楽しかったんでしょう?」


「いや、た、楽しいわけじゃ無いけど……ひっ……! ぐぅ」


 あ、危ない危ない……雪ちゃんが急に強めに握って来たから、声が出そうなってしまいました。

 それよりも……雪ちゃん、もしかして怒ってる? 僕、何かしたのかな。


「楽しかったんでしょ?」


「~~っ!!」


 それは駄目。刺激が強すぎるってば。


 慌てて口を押さえなければ、声が出て気付かれていましたよ。


「カ、カナちゃ……助け……」


「良いわ~雪~椿の悶える表情。可愛いわ~」


 ニヤニヤしながら写真撮ってる!! 僕は、この2人に嵌められたのですか。


「うぅ、わ、分かったよ。楽しかった、楽しかったです!」


「そう……」


 正直に言ったのに、それでも離してくれない。何だろう、雪ちゃんのその寂しそうな顔は。


「ちょ、ちょっと……ゆ、雪ちゃん。僕、何か悪い事した?」


 すると雪ちゃんは、そのまま首を横に振り、そして僕の尻尾から手を離すと、いつも通りの口調で前を歩き出す。


「さっ、早くかき氷、食べに行こ」


 またかき氷ですか、雪ちゃんは本当に大好きだね。でもさっきの表情は、いったい何だったんだろう。


「カナちゃん。雪ちゃんも、何か抱えているの?」


「多分そうね。と言うより、半妖の人達は全員、心の内で抱えているものがあるって、そう思っておいた方が良いわよ」


「そうだったんですね……」


 ということは、雪ちゃんの悩みはまだあって、それは解決されていないのですね。

 それを話してくれないのは、カナちゃんと同じで、僕に嫌われたくないからなのかな。


 それなら、雪ちゃんの方から言ってくれるまで、僕も待つしか無いかも知れない。

 その時までは、カナちゃんと同じ様に、様子を見ておくしか無いかな。


 だから、いつか話してね、雪ちゃん。


 ―― ―― ――


 その後僕は、カナちゃん雪ちゃんと一緒にかき氷を食べたり、焼きそばを食べたりして、食べ物屋を中心に回り、今はくじ屋の前で立ち止まっています。


「カナちゃん?」


 真っ先に立ち止まったのは、意外にもカナちゃんなんだけどね。くじ引きをやりたそうな目をしていますよ。


 そこの景品は、女の子らしいアクセサリーや、無駄に大きい腕に抱きつくタイプの、よく分からない風船の様な人形がある。

 それが大当たりって……ここ何年前のくじ引き屋ですか。流石は田舎の出店ですね。


「私、こういうの当たった事が無いのよね~でも毎年ね、必ず1回はやる事にしているの! いつか当たるって思ってね」


「えぇ……それならカナちゃん、あそこの方にある、ゲーム機本体とかソフトとか、もっと高価な物が当たる方が……」


「分かってないわね。そういうくじ引き屋にはね、当たりくじが少ないのよ。こういう所の方が、まだ当たりくじは多いの」


 当たっても嬉しくないものばかりだけれど……カナちゃんはそれで良いのでしょうか。


「おじさん、1回お願い!」


 あぁ……行っちゃったよ。

 もうこれは、一等を当てるという事しか頭に無いですね。意地というか何というか、負けず嫌いなカナちゃんらしいです。


「ふっふっ、今年こそは――とう!!」


 カナちゃんは気合いを入れて、くじのある箱の中に手を入れ、勢いよく引いた。

 そんなに気合いを入れなくても、どうせハズレると思いますよ。


 だけど、カナちゃんが当てたのは――


「お、一桁番号か? 大当たりじゃね~か。よし! 好きなやつ持ってけや」


「えっ、やった~!! 遂に、遂にキタァァ!!」


 大当たりって……あの大きな風船の様な人形だよね?

 それが当たって嬉しいなら良いけれどね、カナちゃんが嬉しいならね。僕は……要らないかな、それ。


 するとカナちゃんが、ニコニコしながらこちらにやって来て、その大きな人形を僕の腕に付けました。


 もしかして、これを僕にプレゼント? いや、でも……。


「うん、これで椿ちゃんが迷子になっても、直ぐに見つかるね」


 僕の迷子対策でした。もう子供じゃないんだから、そんな心配しなくても良いのに……。


「僕は子供じゃないから、迷子なんてなりません」


「まぁ、まぁ。椿、似合ってる」


 楽しんでるよね、雪ちゃん。こんなの持ってたら恥ずかしいってば……。


「お~い、姉さ~ん! やっと見つけたっす!」


 丁度その時、左の方から楓ちゃんの声が聞こえてきました。そちらに顔を向けると、そこには浴衣姿の楓ちゃんと、海音ちゃんの姿がありました。

 だけど、その楓ちゃんの腕には、僕と同じ物が引っ付いている。まさか、もう一軒同じ商品を扱ってるくじ屋があるなんて……。


「どうすっか? 姉さん。これ! 当てたんっすよ! 大当たり……っす」


 楓ちゃんは、僕に近づきながらそう言うけれど、同じ物が僕の腕に付いているのを見て、足を止めました。


「むむ……やるっすね、姉さん。流石です」


「いや待って、これはカナちゃんが当てたんだよ! 僕じゃないからね!」


 何故か必死に否定してしまいました。


 楓ちゃんも海音ちゃんも、今は一般人に見える様にする為の、ある妖具を身に付けている。

 だから助かったけれど、そうじゃなかったら、僕は何も無い空間に向かって、叫んでいる様に見えていたかもね。


「こんばんは。都会に比べたら、こっちはショボいお祭りでしょ?」


 海音ちゃんがそう言ってくるけれど、これはこれで風情があって、僕は好きですよ。


「そんな事ないよ。こういうお祭りの方が、僕は好きだよ」


「またまた~そっちは京都で有名な、あのお祭りを見に行けるじゃん。祇園祭をさ」


「あぁ、あのお祭りですか。ん~」


 それもそうだけど、あのお祭りはあんまり行きたくないかな。他県の人からしたら羨ましがるだろうけれど、あれは地獄ですからね。


 人でごった返しの中、まともに動けもしないし、観光客とかが多くなるから、地下鉄も乗るのが大変だし。あんまり良い事が無かったりします。

 だから地元の人は、殆ど祇園祭は行きません。子供の頃に、1回か2回程度行ければ、それで十分なんです。去年、おじいちゃんと1回行っただけで、それを実感しましたよ。それに比べると、このお祭りは確かに微妙かもしれないよ。

 でも、本当に昔ながらのお祭りって感じで、こっちの方が落ち着いて楽しめるんだ。


「海音さん。今度自分が姉さんの所に行くので、案内ついでに姉さんに連れて行って貰いましょう!」


「良いわね~それ。そうしよっか」


 楓ちゃんと海音ちゃんはテンションが上がっているけれど、僕はそこまで上がりません。

 カナちゃんと雪ちゃんも同じ反応ということは、2人も行った事がある様ですね。


 でもね、僕はこの後、楓ちゃんと海音ちゃんにガッカリする事を言わないといけません。


「あのね、2人とも。祇園祭りなんだけど……2人が想像している、歩行者天国になって、出店とか出るあの有名なやつは、もう終わっているから……」


 2人とも、揃って驚愕した様な顔をしないで。


 実はあれって、夏休み前にあるんです。夏休みにやっていたら、もっと人でごった返しになっていますからね。


「そう言えば、クラスの子達が行ったって言ってたっけ、テスト前なのにね~あれって、案外早くにやっちゃうよね~こっちとしてはありがたいよ」


「そうそう。夏休みにやられてたら、もっと地獄」


 カナちゃんと雪ちゃんも、同じように感じていましたね。

 そして楓ちゃんは、とても残念そうにしながら、頭を抱えています。


「うがぁ~!! そ、そんな~! 知らなかったっすよ~」


「あらら、それじゃあ楓ちゃん。来年まで、翁の家で頑張ってね」


 海音ちゃん、サラッと酷い事を言いましたね。でも、ちゃんと説明した方が良いのかな? 

 おじいちゃんに聞いたら、祇園祭り自体は、7月1日から31日までやっていて、それに関係した行事をやっているみたいです。むしろ本番は、その山鉾の巡行みたいで、それがこの月末にあった気がするよ。


 だから、まだ終わって無いと言えるんだけど……まぁ、皆が想像しているのは、山鉾が並んで、独特の囃子はやしが聞こえてきて、出店が沢山並んでいる、あの風景ですよね。


 だけど、それは終わっちゃってます。また来年ですね、楓ちゃん。

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