第拾陸話 貝殻アクセサリーはどっちに?

 僕は妲己さんと替わり、海岸に戻って来た。


 妲己さんは今回の妖魔で、だいぶ回復をしたのかな。今も僕に、いっぱい話しかけているんです。


【いや~あいつ案外育ってたわね~おかげで、かなり起きていられる様になったわ】


 それは僕にとって、最悪の言葉です。

 妲己さんが、常にちょっかいを出して来るという事になる。でも、今の僕にはあるものがあるんだよね。


「妲己さん。あんまり調子に乗っていたら、浄化するよ」


【やってみなさいよ】


 駄目だ、威圧的な感じで返されました。

 確かに、神妖の力を封印しているのは妲己さんなんだから、勝手な事をされても、完全な浄化は出来ないのかも。


 いや……今までの事から、妲己さんは神妖の力は操れない。


 それならば、僕がもっと神妖の力を扱える様になれば、妲己さんを浄化出来るかも知れません。

 ただそう考えていても、妲己さんが本当に悪い妖怪なのかどうか、それが分からなくなっている。


 だって今の所、僕に害は無いんですよ。命を取られそうになる様な害は……ね。

 それ以外は……うん、羞恥されたりはある、他にも色々とある。その害はありました。


 それでも、妲己さんの目的が分からない以上、警戒だけしておいた方が良いですね。

 そうなるとやっぱり、神妖の力は扱える様になっておかないといけませんね。妲己さんを脅すためにもね。


「はっは~どうよ、俺様の力はよ~つっても、こいつ旨そうに見えね~な」


 僕が妲己さんの対策を考えていると、こっちに酒呑童子さんが向かって来ました。

 しかも凄く自信満々で、ひょうたんに入っているお酒を飲みながら来ているから、咄嗟に後退ってしまったよ。


「おいおい~逃げんじゃね~よ~せっかく助けてやったのによ、礼の一つでもな……ふげっ?!」


 ゆっくりと僕に近付いていたら、白狐さんと黒狐さんに殴られましたね。

 当然です。助けてくれたのは良いけれど、お陰で僕は死にそうな目に合いましたからね。


『お主はもう少し、考えてから行動をせぇ!』


『そうだぞ! 椿に何かあったらどうしていたんだ!』


「ま、待て待て……釣れって言ったのはそっちだろう! だから言う通りにしたんだろうが」


 そうだね。でもまさか、その通りにするとは思わなかったんだよ。普通はあんな大きなもの、一本釣りしようとか考えませんよ。

 だから、何とかして動きを止めるかなって、そう思ったの。言葉通りに釣るとは思わなかったです。


 この酒呑童子には、常識が通じないのが良く分かりました。何もかもが規格外ですよ、この妖怪さんは……。


 そして酒呑童子さんは、ひっくり返えって気絶している赤ゑいを見て、舌舐めずりをしました。

 いや……待って待って。旨そうじゃ無いとか言っておきながら、食べる気じゃないですか。


「まぁ、一応エイは食べられるからな。全部は無理だろうが――って、何だ?」


 僕は酒呑童子さんの前に立ち、下から睨み上げます。

 そっちは背が高いからって、思い切り睨みながら見下ろさないで。だけど、こればっかりは引きませんよ、僕でも。


「あの赤ゑいの魚は、あのまま烏天狗さん達に頼んで、何処か広い海まで運んで貰います」


「あぁ?! せっかくの酒のつまみを逃がせだぁ?!」


「食べたら駄目!」


 酒呑童子さんは、更に凄い目で睨んできた。

 怖い……怖いけれど、赤ゑい自身は何もしていないからね。こっちの言い分の方が正しいはずだよ。


「赤ゑいさんは、寄生されてあんな事をしていたんだよ。自ら悪い事をしようとしていたんじゃ無いんだよ」


「てめぇは勉強が足りね~な。寄生されていようとされていまいと、あいつは間違って上陸したり、近付いて来たりした船を、砂を落とす為の身震い1つで、何隻も沈めているんだぞ」


「それは、人間達が間違っただけでしょ? 赤ゑい自身に、手配書は無いよ」


 それでも酒呑童子さんは、面倒くさそうに頭を掻きながら返してくる。


 一切引く気は無いのですね……そんなに酒のつまみが欲しいんですか。


「はぁ……あのな、例えばだ。人間が間違って熊の住処に入り込んで、それを熊が追い出そうとしただけなのに、危険だからと言って、熊を殺して食ったりもしてるだろうが」


「それと一緒って言いたいの? でもね、それはちょっとやり過ぎな所もあると思うよ。別に人を食べたわけじゃ無いんだから、命を奪う必要はないじゃん。追い返すくらいでさ。そりゃ、人間の味を覚えた熊は凶暴だし、やらないとやられる時もあるけど……でもそれは、人間の身勝手な行為のせいでしょ?」


 いきなり訳の分からない例えを出してきて、言いたい事は分かるけれど、それは逆に、僕の反感を買う事になりますよ。

 だけど酒天童子さんは、僕が答えた後、明らかに口角を上げてにやついた。


「はっはっはっ!! すまんな、ちょっと意地悪が過ぎた。んん、いやいや、ちゃんと妖狐じゃね~か。さっきのはな、お前を試したんだよ」


「それってどういう――って……痛い痛い!」


 訳も分からず首を傾げていると、酒呑童子さんが僕の頭を、思思い切り平手で何回も叩いてきます。

 いや、これ……褒めているの? 怒っているの? どっちなんでしょう。


「ちゃんと自分の立場ってやつが分かってんじゃね~かよ。自分がもう、人間じゃ無いって事をよ。それだったらよ、今さら何を迷う必要があるんだ? 昨日はあんな言い方をしたが、なりたいもんになれや。お前の中ではもう、答えが出てんだろうが」


「えっ?」


 酒呑童子さんはそれだけ言うと、砂浜に落ちていた岩の様な物を拾い上げ、マジマジと見つめ始める。


「あいつの背中を殴った時、こいつを取っておいて正解だったな。こりゃ……質の良い岩塩だ。良いつまみになるな」


 そして酒呑童子さんは、そのまま呆然とする僕を置いて、何処かに行っちゃいました。

 塩がつまみって……白狐さんが前に言っていたけれど、確か究極の酒飲みって、塩だけで飲むんだってね。信じられないや……。


『ふん。どうやら試された様だな、椿よ』


 そんな僕の後ろから、白狐さんがそう言ってくる。


「試された?」


 何だか良く分からないけれど、僕がまだ人間だと思っているとか、その辺りの事を確認したのかな。


『椿。やはり昨日、あいつに何か言われたのか?』


 何か? あっ、まさかあれの事? それで、僕がずっと悩んでいるから、酒天童子さんはあんな言い方をしたの?

 そうだった……僕の中ではもう、答えは出ているんだよ。だけどその先に待つのが、決して幸せだけなんかじゃ無いって事を、酒天童子さんは言っていたのかも。


 それでも進むと決めたのなら、迷うな。覚悟を決めろ。

 酒呑童子さんは、さっきそう言いたかったのかな? ややこしいな、あの妖怪さんは。そう言えば良いのに。


「ん……大丈夫、大丈夫だよ。白狐さん、黒狐さん」


 僕の記憶が相当ヤバいものでも、それでも進むと決めたんだ。そして磯撫でさんとの事で、僕は更にある事を決めていた。


 もっと強くなりたい。もっともっと、誰も傷付かないくらいに……。


「あっ! そうだ! 海坊主さんは大丈夫だったの?」


『むっ? あぁ、我の治癒妖術で無事だ。というか椿よ、先程の話をごまか――』


『まぁ待て、白狐。根掘り葉掘り聞くのでは無く、夜になってから部屋に連れ込み、その体にき……い――』


 2人はいつも通りで何よりですけど、僕を恥ずかしめようとしても、もう無理ですよ。

 これからはそういうのにも、耐えられる様にならないといけません。だから、2人をじっと睨みつけるだけです。


『すまん……』


「宜しい」


 頭を下げて謝る黒狐さんは、初めて見るかも。何だか黒狐さんの扱い方が、少しだけ分かってきましたよ。


【あらあら、椿~あんたも目覚めたの?】


「目覚めていません。妲己さんは黙っていて下さい」


 油断すると直ぐこれだもん。突然頭の中から話しかけられるのは、いつまで経っても慣れないものです。


 そして僕は、他の妖怪さん達に囲まれている海坊主さんを見て、フッと笑みがこぼれた。

 僕の耳に聞こえてくる言葉は、海坊主さんへの感謝の言葉に、賞賛の言葉。

 これは、もう大丈夫だね。良かったね、海坊主さん。沢山の友達が出来た様だね。


『くっ……最初の頃の、あの弱々しい椿は何処へ』


「何か言いましたか、黒狐さん?」


 寒気がするような事を言われたけれど、別に良いです。それが黒狐さんですからね。


『黒狐よ、まだ分からんのか? 椿が無理しているのを。分からんおなら、お前はまだまだだな』


 えっと……やっぱりそう見えるのかな?

 確かにそうかも知れません。だから僕は、まだ白狐さんと黒狐さんが必要なんです。


「はい、白狐さん黒狐さん」


 そして2人に、今日取った貝殻で作った、例のキーホルダーを差し出します。2個作ったので、2人共にです。


『むっ?』


『これは……』


「ごめん。集めるのに夢中になっちゃって……作る時間が。そ、それに……僕はまだ、どっちかなんて選べないよ。まだ、両方に居て欲しいよ。だから、交換はまたに――って、えっ? ちょっと!?」


 僕が必死に謝っているのに、白狐さんと黒狐さんは、自分達が作った指輪を手にし、僕の前で膝を突くと、そのまま左手の指にそれぞれはめてきました。


 待って待って。何これ……何これ?! 結局両方と交換しちゃった? な、何でこんな事を……。


『すまんな椿よ、少し急かしすぎたようじゃな』


『ふっ、まだまだどちらにも可能性がある。という訳だな』


 そう言って2人は立ち上がり、どっちも満面の笑みを僕に向けてくる。更に僕の指には、光の加減でピンク色に輝く、綺麗な貝殻の指輪が……これで落ちない方が無理じゃないですか?

 日が傾きかけている中で、僕の顔は夕焼けよりも先に、真っ赤になっちゃっていそうです。


「うぅ……で、でも……どっちかなんて――」


「あら? 妖怪の法律ってやつも、結婚出来るのは1人までなの?」


 僕が、2人のどっちかを選ぶのが難しいと、そう言おうとした瞬間、横から夏美お姉ちゃんが現れて、突然そんな事を言ってきました。いつの間に横に居たのでしょう。

 その瞬間、白狐さんと黒狐さんの顔が驚いていたけれど、また直ぐに元に戻ります。


『確かに、そんな法律は無いな。だが、我は日本の守り神である以上、日本人のイメージを崩すわけにはいかん。よって、嫁は1人しか取らん』


『俺も同じくだ』


「な~んだ、案外めんどくさいものね、守り神ってのも」


 良かった……お姉ちゃんが余計な事を言うから、正直焦りました。2人揃って「宜しく頼む」何て言われたら、返事をどうしようかと思ったよ。


『と言うのは建前でな。神話では、日本の神でも浮気をしていたり、2人妻がいたりするからな。法律で定めているのは人間だけ。我等には関係ない』


『そうだな。椿を独占したかったが、決められ無かった時はそうするとしよう』


 もちろん、僕がお姉ちゃんを睨みつけたのは、言うまでも無いです。


「そんなに尻尾立てて威嚇しても、可愛いだけよ。まぁ、頑張りなさい。悔いの無いようにね」


 夏美お姉ちゃんは、僕を心配してくれているのか、それともしていないのか、いったいどっちなんでしょう。


『さて、祭りまでもうすぐだ。せめてそれまで、我等の寵愛を受けて貰おう』


『そうだな。久々にそうするか』


「ま、待って! 白狐さん黒狐さん……あの、僕、もう十分だから。十分ですからぁ!!」


 だけど2人は、僕の言葉に聞く耳を持たず、2人で僕を担ぐと、そのまま旅館まで連れて行かれてしまいました。


 早くどちらかを選ばないと、この2人とずっと一緒にってなってしまう。だけどね、それでも良いかな……何て思っている自分がいるよ。

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