第拾伍話 【2】 秘技! 赤ゑい一本釣り

 何とか辿り着いても、そこに妖魔が居なければ意味が無い。


 急いで辺りを探すけれど、妖気そのものは感じるのに、その本体が何処にも見当たらない。


 まさか、妲己さんにいっぱい食わされたんじゃ……。


【ちょっと、どういう事よ!? 何で居ないのよ! あんた、場所間違えたんじゃ無いわよね?!】


 そういう訳では無かったですね。妲己さんまで焦っちゃってます。

 それなら、妲己さんの言っている妖魔は、この妖気の一番濃い所に居るはずです。


「確かにここが、妖気が一番濃い所だよ。何回も確認しましたから」


 すると、また赤ゑいの魚が体を動かしてくる。


「うぐぐぐ……! こ、こいつをしばらく大人しくする方法が、あれば良いのに」


 また赤ゑいの体にしがみつくけれど、そろそろ腕が限界です……もうそんなにはしがみつけないかも知れない。

 しばらくして収まったけれど、今度は勾玉から、白狐さんの声が聞こえてくる。それと同時に遠くの方で、何かとても大きな物が、海に落ちる音も聞こえてきました。


 この音は、まさか……。


『椿よ、まだか! 海坊主が吹き飛ばされた! それに、他の妖怪達も限界だ! それを見越してか……赤ゑいが遂に、人間達を捕食しようと動き出したぞ! そっちは見つけたのか?!』


「その音は聞こえてきたけれど、肝心の妖魔が……寄生している妖魔が何処にも居ないんです!」


 出来たら白狐さんか黒狐さん、そのどちらかに助けに来て欲しいけれど、妖怪の皆を食べられない様にと、向こうで守ってくれているし、どちらかが抜けたら一気にやられそうですね。


 すると今度は、反対側の勾玉から、黒狐さんの声が聞こえてくる。


『椿。今は背中を必死に探しているのか? 腹は見たのか?』


「えっ? あ……」


 あっ、そうか……慌てていて気が付かなかった。

 妖気の濃さに関しては、だいたいこの辺りって感じで、あんまり正確じゃなかったりします。


 つまり今回のは、背中からお腹にかけてを、濃い妖気が漂っている、という感じなのです。だから背中だけじゃなく、お腹も調べなければいけなかったのです。


【この、バカ】


「妲己さんも焦っていたし、気付いてなかったでしょ」


【なっ……!? あ、あれよ。わ、私は……そうよ、椿がちゃんと妖気を感知出来るか、そのテストをしていたのよ。そ、そう、テストよ!】


「へぇ……」


 うろたえすぎですよ、妲己さん。いや、そんな事をしている場合じゃないよ。今から急いで、裏側のお腹の部分に行かないと……って、お腹……。


 ちょっと待って、赤ゑいのお腹って言っても、海の中からじゃないと行けないし、そもそもまた海まで走れと? 時間が無いどころか、体力もないですよ。


「うわぁ!」


 すると今度は、赤ゑいの体が前に進んだり、急に横に動いたりと、さっきよりも激しく動きだしました。

 それはまさに、目の前の獲物を捕食しようとする動き。エイは、口を大きく開けて捕食をするけれど、赤ゑいもそうなのかな。


「くっ! 海まで戻っている時間なんて、もう無いよ! どうしよう、どうしよう……」


 必死に何か案が無いか考えるんだけれど、考えれば考えるほど、頭が真っ白になっていく。

 駄目だ……パニックになって焦っちゃって、なんにも思いつかない。


『椿! とにかく今は、俺達が押さえている。お前は集中して、妖魔を探すんだ!』


 黒狐さんがそう言ってくるけれど、その勾玉の向こうからは、黒狐さんが妖術を発動する声や、皆の激しい雄叫びが聞こえてくる。


「良いかお前達! 椿が何とかしてくれる! お前達は絶対に食われるな! だが、一歩も引くな! 気を引きつけろ!」


「いや、鞍馬天狗の翁。難しいぞ、それ!」


「何だ? 旅館の妖怪達はそんなもんか? 骨があると思っていたのに、俺達の見当違いか?」


「何だと! その妖狐、椿が強いのは知っているわ! お前達がそれに見合っているのかって、そう言ってんだよ!」


「当たり前だぁあ!!」


 喧嘩しながら励まし合ってる……何ですか、これ。


 でも皆が皆、完全に僕を頼り切っている。

 良く分からないけれど、何かが胸の奥から湧き上がってきて、頭が徐々に冷静になっていく。


 分からない、僕はこんな気持ち……知らない。


 そんな喧騒の中で、微かにあいつの声が聞こえた。その瞬間、僕はある事を思い付いた。


 その声の主は――


「ウ~イ……んだ……こりゃ……して……綱……大会かぁ?」


 僕って、どれだけ耳が良いんだって思っちゃうけれど、これは間違いないよ、酒呑童子さんだ。しかも、またお酒飲んでる。

 だけど、酒呑童子さんは確か、お酒を飲むと強くなるんだよね。絶対に無理かも知れないけれど、酒呑童子の力なら、相手にダメージくらいは残せるかも。


「黒狐さん!! 浜辺に酒呑童子さんが居ない?! 居たら酒呑童子さんに、この赤ゑいをって言って!」


『ぬぉっ! そんなに怒鳴らんでも……あぁ、居るな……なるほど……』


 勾玉を通して黒狐さんに伝えたけれど、大声を出しすぎたみたいです。黒狐さんは驚愕の声を上げたけれど、その後に何とか納得してくれました。


 つまみを探してぶらつく酒呑童子さんなら、釣り上げてって言うだけで、それがつまみになると思うだろうからね。

 相手が巨大過ぎて、多分つまみどころじゃないだろうけれど、その行動を利用して、赤ゑいをひっくり返します。


 僕の予想では、酒天童子さんはこれから、相手を殴ったりして気絶させてくると思うし、そうなってから僕の妖術を使い、この海の水を動かして、上に持ち上げてひっくり返す算段なんだ。


 その後、そこに居るはずの妖魔の元に向かえば良い。


【なるほど、悪くないけれど……果たして、酒呑童子が動くかしらね~】


「そこは賭けだけど、さっきの口調だと、綱引きだけでも参加しようとするかもね。何せ相手は、酔っぱら――」


 だけど、僕の予想は外れた。

 何と急に、赤ゑいの体が縦に持ち上がり、そして宙に浮いたのです。


「うきゃぁぁあっ!!」


 そのあまりの事態に、咄嗟に赤ゑいの体にしがみついたけれど、赤ゑいの体がそのまま翻っていて、背中が下に向こうとしていた。


 いや……いったい何が起こっているんですか。


 あまりにも激しい動き方だから、流石に体にしがみついていられず、赤ゑいが翻った瞬間、僕はその体から弾かれてしまいました。


『椿、無事か!』


「無事じゃないです~! いったい何があったんですかぁ!?」


『すまぬ! 酒呑童子が、まさかの1本釣りをしたのだ!』


 それは予想外だよ!! そこまでするとは思っていなかった……と言うより、酒天童子さんはどんな力を持っているんですか。

 そして僕は、この後どうすれば良いんだろう。このままだと、海に叩きつけられてしまう。


「あぅっ?!」


 すると、僕の腕を誰かが掴み、海に落下する所を助けてくれた。


「大丈夫ですか、椿殿!」


 声の方を向くと、烏天狗さんが心配そうな顔をしながら、僕の体を掴んで飛んでいました。

 助かりました……確か上空から、烏天狗さん達が赤ゑいを引っ張っていましたね。急いで飛んで来てくれたんですね。


「全く……いったい何があったんですか? 急に引っ張っられたから、我々も戸惑ってしまい、縄を離してしまった」


「いや、離して正解です。酒呑童子さんが、赤ゑいを1本釣りしたので……」


 烏天狗さんに向かって、僕は信じられないものを見てしまった様な口調で話した。だって、本当に信じられないんだもん。


「なに!? 全長12キロの奴を、1本釣りだと! それは……陸地が大変な事になる!」


「えっ……? あっ……うわぁ! 本当だぁ! 何て事をしてくれたんだ、酒呑童子さんは!」


 だけど次の瞬間、再び僕達の目の前で、信じられない事が起こる。


 気が付くと、お腹を空に向けてひっくり返えっている、巨大な赤ゑいの体が、下から突き上げられる様な衝撃を受け、何とこっちに吹き飛んで来たのです。


「うわぁぁあ!! 烏天狗さん、避けてぇえ!!」


「くっ! 本当に何が起こっているんだ!!」


 慌てて叫ぶ僕の両脇に腕を通し、烏天狗さんが一気に浮上する。


 そのおかげで、何とかギリギリで回避は出来たけれど……最後に僕は、ちょっとだけ足を曲げました。そうしないと当たっていたからね。いや、つま先がちょっと擦ったよ。


「はぁ、はぁ……し、死ぬかと思っ……って、危ない!」


 更に今度は、赤ゑいの巨大な体が海に叩きつけられ、大量の海水が辺り一面に飛び散っていました。


 飛び散る所か、これは殆ど津波です。


 咄嗟に妖術を発動して、僕がそれを海岸の手前で止め、何とか海に戻したけれど、こんな大量の水を動かしたのは初めてだから、一気に疲れが来ました。


【ちょっと、椿。あそこよ!!】


 そして今度は、妲己さんが叫んでいる。そうだ、妖魔を見つけないと。僕は直ぐに、ひっくり返っている赤ゑいの体に目をやった。

 すると、そのお腹の真ん中辺りに、何か気持ち悪い突起物の様な物が見えました。


「あれが、寄生する妖魔の体の一部だね。ごめん、烏天狗さん。あそこに降ろしてくれますか?」


 僕は烏天狗さんにそう言って、その場所まで連れて行って貰う。


 背中とは違って、ブニブニしたそのお腹の上に降りると、僕は真っ直ぐに妖魔の元へと向かいます。

 ひっくり返えってはいるけれど、いつ体を捩って戻るかも分からないから、今ここで妖魔を倒さないといけません。


「う~わ、これ……だよね? 寄生する妖魔……気持ち悪い」


 近くまで行って良く見ると、何だかそれはエイリアンみたいでした。突起物から、触手の様なものが赤ゑいの体に張り巡らされていて、更にその突起物は、心臓が動いている様な、そんな変な動きをしていました。


【椿、替わりなさい。もう大丈夫よ。こいつには戦闘能力は無い。ただ妖怪に寄生して、代わりに妖怪等を食べ、自分への栄養にするだけの奴よ】


「んっ、分かった。こんな奴、どうやって引き剥がすか分からないし、今回は妲己さんに上げる」


 それから、ソッと目を閉じて、僕は妲己さんに体を渡す準備をする。


「だけど、余計な事なんかしたら、僕の神妖の力で浄化するからね」


 最後に、そう付け加えて。


【ふふ、分かってるわよ。さて、それじゃあ……久々にいただきま~す】


 僕と替わった妲己さんは、とても嬉しそうにしながら、以前見た様なやり方で、目の前の妖魔を吸い出し、そして黒い球体に吸い込んでいく。


 寄生する妖魔の体は、大きいと言うよりは、凄く長かったよ。

 ズルズルと引きずり出され、そして妲己さんの手の中に吸い込まれていく光景は、まるでエイリアンが出て来るような、そんなホラー映画みたいでした。

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