第拾伍話 【1】 寄生妖魔は何処に?

 1度吹き飛ばされてからは、その安全圏が分かったみたいで、白狐さん達は順調に、赤ゑい魚の体の側面に向け、水上バイクを走らせています。


 だけど僕は、1つだけ気付いた事がある。


「ねぇ、白狐さん黒狐さん。今気付いたんだけど、これ烏天狗さん達に運んで貰った方が、早かったんじゃないの?」


【あっ、それもそうね。ちょっと、どう言う事よ黒狐】


 妲己さんも気付いて無かったの? そういう僕も、さっき空を見上げて思い出したんだよね。


 すると、前を走る白狐さんが僕に言ってくる。


『1度この、水上バイクという物を使ってみたかったのじゃ。昨日人間達が使っているのを見てな。椿をこれに乗せてやれば、楽しんで貰えると思ったのだ』


 動機が不純でした。しかもそれって、今絶対乗らなきゃいけないわけでも無いよね。


【もう! ここで良いわよ! こんなのんびりバイクで走っている時間も無いのよ!】


 珍しく妲己さんが焦っているけれど、時間が無いのは確からしくて、妲己さんの妖気はかなり減っています。

 自分の体では無い僕の体を動かすには、そこそこ妖気を使う様です。しかも、妲己さんは万全の状態じゃ無いから、もって1時間と言っていましたね。


 そこで今度は、僕から妲己さんに提案します。その時に、またあることに気が付いたよ。


「妲己さん、一旦替わろうか? それに、これも今が気が付いたんだけれど、何も最初から、妲己さんに替わらなくても良かったんじゃ……」


【……チッ】


「今舌打ちしませんでした?!」


 出来るだけ長く、生身の体でいたかったのでしょうか。


「ちょっと妲己さん! 無理して替わらなくても、妖魔を見つけてからでも良かったんでしょう?! それだったら、一旦僕に体を戻して!」


【あ~もう……分かったわよ、うるさいわね~】


 やっぱり、妲己さんには心を許しちゃ駄目ですね。最近は助けてくれる事が多かったから、完全に油断していましたよ。

 その時、僕の意識が遠のいていき、気が付くと自分の体に戻っていました。


『全く、妲己には気を許すなよ』


「はい、気を付けま――すわぁっ!」


 急に水上バイクの上に来たので、風に煽られて落ちそうになりました。

 慌てて黒狐さんの体にしがみついたんだけど、しがみつき過ぎたかな? 黒狐さん、鼻血出しています。


『しっかり捕まってろ、椿』


 真剣な顔でも鼻血出てますよ。一応そうしますけど、胸は押し付けない様にするね。黒狐さんが失血死しそうですから。


【あ~あ……せっかく久しぶりに、生身の体を堪能しようとしたのに】


 黒狐さんにしがみついていると、妲己さんがそうやって文句を言ってくる。

 でもそのせいで、肝心な時に妲己さんの妖気が切れていたら、それこそ意味が無いですよ。


「妲己さん。今は、赤ゑいの魚の暴走を止めないといけないんだよ。妖魔も僕が見つけるから、妲己さんとの交代は、最後に妖魔を吸い取る時だけね」


【つまんな~い】


 これは遊びじゃないんですよ。そんな考えの妲己さんに、僕の体を頻繁に貸す事は出来ないですね。


 するとようやく、赤ゑいの側面に辿り着いたみたいで、白狐さんは達が水上バイクの速度を落としていく。


『よし……ここから体に乗るのは良いが、向こうはお前を振り落とそうとしてくるぞ』


「分かっているよ、黒狐さん。大丈夫、白狐さんの力を解放してから行くよ」


 僕の言葉の後に、白狐さん達がゆっくりと、赤ゑいの体に水上バイクを近付けて行く。

 そして僕は、タイミングを見てから赤ゑいの体に跳びうつ――


「うわっ、たっ……きゃう?!」


 ――ろうとしたら、赤ゑいの体に付いていた苔で、思い切り足を滑らせてしまって、そのまま顔面を打ってしまいました。


『大丈夫か?! 椿!』


「だ、大丈夫です、白狐さん! ちょっと滑っただけ!」


 いつの間にか白狐さん達は、赤ゑいの体から離れている。

 しかも、水上バイクのエンジン音のせいで、大声を出さないと白狐さん達には届かなかったです。相手に気付かれないかな……。


 それにしても、この赤ゑいの体は意外と硬いですね。確かにこれだと、島と間違えて上陸しちゃうかも知れません。

 そして、めちゃくちゃ広い。これが赤ゑいの背中だって言うから、驚きですよ。でこぼこしている所は丘みたいに見えるし、窪んだ部分には海水が溜まっていて、池みたいにも見えますね。


【椿、のんびりしていられないんでしょう? 早くしないと、押し返そうとしている海坊主や、沢山の人魚達が食べられるわよ】


「あっ、そっか! 急がないと!」


 妲己さんに言われ、急いで走り出そうとした瞬間――


「うわぁぁあ!!」


 また赤ゑいが体を捻り、周りの妖怪さん達を吹き飛ばしたり、僕を振り落とそうとしてくる。

 それでも僕は、必死に相手の体にしがみつき、そこから振り落とされない様にします。


「落とされて……たまるか~!」


 そうやってしばらく頑張っていると、ようやく赤ゑいが動きを止めて、そのまま静かになりました。

 ただ、この体の上には砂も溜まっていて、僕はずぶ濡れになった上に、砂まみれになっちゃいました。


「むぅ……ぺっ、ぺっ! 口の中に砂入っちゃった……全くもう、出来たら暴れないで欲しいです」


 霊体になると巫女服だけど、今は水着の上に、色付きのTシャツを着ている。

 濡れたTシャツが体に張り付いてしまって、体のラインがハッキリと出ちゃっていますね。誰かさんが喜びそう。


 そして僕は、そこから全速力で走り出し、赤ゑいの背中の中心に向かいます。

 相手は全長12キロだし、その真ん中に行くのにも、ここから数キロは走らないと駄目なんですよ。


【さぁ~て、どこまで育っているのかしら】


 絶対に今、舌舐めずりしているよね。

 それに、妲己さんが力を得てしまうと、僕にとっては非常にマズい事になるんじゃないのかな……。

 やっぱり妲己さんには、あんまり成体の妖魔を食べて貰うわけにはいかないかも……って、そんな事を考えているよりも、先に赤ゑいの暴走を止めないと。


 ――そして数十分後。


 この炎天下の中で走り続けた僕は、体力が切れてしまい、その場でへたり込みました。


【ちょっと椿! 何へたってんの?!】


「はぁ、はぁ……待って、休ませて」


 白狐さんの力を解放して、全速力で思い切り走ったから、多分1キロ以上は走ったはずだよ。だけどその間に、2回程暴れられてしまって、また必死にしがみついていました。

 それも意外と体力を使ってしまい、更に炎天下の中で走っているので、余計に体力を奪われてしまう。


【ほ~ら、そんな事している間に、また赤ゑいが暴れるわよ~】


「うひゃぁぁあ!! やっぱり、妲己さんに代わってもらおうかな~!」


【嫌よ】


 さっきはあんなに残念がってたのに?! やっぱり、妲己さんは最悪です。

 体を揺する赤ゑいの体にしがみつきながら、僕はそんな事を考えました。


「あれ? それよりも、さっきより海岸に近付いている様な……」


『椿よ、急げ! 海坊主達に限界が来ている様じゃ!』


 そんな時、いきなり耳元から白狐さんの声が響いて、びっくりしてしまいました。イヤリングの様にして付けている、この勾玉からでした。そう言えば、これで白狐さん達と連絡が取れるんだった。


「うぅ……分かりました。急ぎます」


 白狐さんに急かされて、僕は再び走り出す。替わるんじゃ無かったと後悔しても、もう遅いよね。とにかく走るんだ。


「――って、わぁぁあ!! 連続で体を揺すってくるなんてぇ!!」


 赤ゑいはよっぽど、僕を振り落としたいらしいです。厄介者扱いされている……しかも、しがみつき損ねた。

 僕はそのまま宙に浮いてしまうけれど、これってもしかして、このまま海に落ちなければ、着地の時に思い切り跳んで、移動を短縮出来るかも。


「おっとっ、わっ……! た、たっ、たっ、ひぇ……?! わぁぁあ!!」


 そう上手くはいかなかったです。相手が自分の体を、そのまま真っ直ぐにしていてくれるわけが無かったです。

 グネグネと動いている背中では、着地のタイミングが掴めず、坂の様になっている状態で着地してしまい、そのまま転がり落ちてしまった。


 ヤバいヤバい……このままだと、海に落ちちゃいます。


 そう思っていると、途中で海水の溜まっている窪みに落ち、何とか無事に止まりました。またずぶ濡れになっちゃいましたけどね。


「ぷはっ! う~ぺっぺっ、下に水着を着ていて正解でした……って、あれ? 意外と妖魔の妖気が近くにある」


 さっき吹き飛ばされたおかげで、だいぶ進んだ様です。こう言うのを、怪我の功名って言うんだっけ。


【全くもう、危なっかしいたらありゃしないわね】


 妲己さんが、さっきの事で小言を言ってきます。それなら替わってくれても良いのに……。


 少し納得のいかない気持ちになりながら、窪みの中に溜まっている海水から上がり、Tシャツを絞って水気を切ると、辺りを確認しながら再び歩き出す。


「結果オーライですよ。えっと……もうそろそろ、妖魔の妖気が1番濃い部分に着くけれど……」


 でも、何も無い。


 あれ? おかしいな……この辺りのはずなのに、辺りには何も見えない。妖魔の一部が出ているのなら、多分とっくに見えているはず。


 そして、やっとその場所に到着をしたんだけれど、やっぱり何も無いです。


 上空の烏天狗さん達は、遥か先で綱引きをしているし、この部分は見えにくい。

 だから、ここまで直接やって来たのだけれど、何も無いってどういう事。

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