第拾肆話 【2】 赤ゑいの魚に接近だ!

 その後、用意されていた水上バイクには、白狐さんと黒狐さんがそれぞれまたがり、そして僕の体を動かしている妲己さんは、黒狐さんの方に乗りました――って、何で黒狐さんの方なんでしょう。


『ぬぉ!? 妲己! 何故こっちに乗る?!』


【あ~ら、あんたの妻なんだから当然でしょう?】


 妲己さんはそう言うと、黒狐さんの腰に手を回し、早く出発する様にと催促しています。

 僕の体で、黒狐さんに過剰なスキンシップをしないで欲しい。取られたくないからじゃなくて、単純に見ていて恥ずかしいんですよ。


【ほら、急いで。前と違って、あんまり長く表に出ていられないのよ】


 そう言われたら、最近の妲己さんはずっと寝ている。

 この前の僕の暴走で、浄化の力を少し受けてしまってから、妲己さんの力が弱まっているんだ。


 それでも今まで、妲己さんは悪い事をするどころか、僕を助ける様な事ばかりしている。本当に、あの有名な妲己さんなんだよね。


 これまで色んな人に聞いたけれど、皆口を揃えて犯罪者か、もしくは悪人としか言ってこない。だから、本当にあの妲己さんなら、こんな事はしないはずなんだけど……。


【椿~言っておくけれど、私は復活する為に、あんたを利用しているのよ。それを助けてくれているなんて、そんな勘違いしちゃダメよ】


「うっ……」


 妲己さんが、振り返ってそう言ってくる。


 心を読まれた……もしくは、僕の表情からですか? 自分の体の近くで浮いている僕は、妲己さんの言葉に若干恐怖を感じたけれど、どうやっても逃げられません。

 今の僕は、自分の体からあんまり離れられない様です。と言うか、離れたら死んじゃうかも知れない。


『黒狐よ。文句を言っている暇など無い。行くぞ』


『分かっている! まったく、しっかり捕まってろ!』


【はいは~い】


 そして白狐さん達は、水上バイクのエンジンをかけ、ゆっくりと速度を上げると、赤ゑい魚の元へと向かう。


 上空からは、烏天狗さん達と空を飛べる妖怪さん達が、フックの付いた縄を大量に放り投げ、赤ゑいの魚に引っかけています。そのまま力強く引っ張り、少しでも沖の方へと離そうとしている。

 それと海の方からは、海坊主さんに加え、人魚さん達や海の妖怪さん達が、相手を押し返えそうと必死になっています。


 だけど、寄生された赤ゑいの魚が、そのまま大人しくしているわけも無く、その身をよじって邪魔する者を振り払おうとする。


 これじゃあ、怪我人が大量に出てしまう。現に今ので、大量の妖怪さん達が吹き飛んでいます。


『天神招来、守護聖鎧しゅごせいがい!』


 すると白狐さんが、片手で水上バイクを操りながら、守護の神術を発動しました。

 水上バイクを片手で運転なんて、危ないから駄目ですよ。今は緊急事態だから、しょうが無いかも知れないけれど……。


『全員、我の守護の力がかかっている! 余程の事が無ければ大怪我はせん! 怯まず立ち向かえ!』


 白狐さんの言う通り、さっきの赤ゑいの魚の行動で、遠くに吹き飛ばされた妖怪さん達は、何事も無く立ち上がり、再び相手の元に向かっている。

 白狐さんの守護の力って、相当なんですね。だけど、白狐さんにだって限界はある。早く決着を着けないといけませんね。


「妲己さん! 妖魔の妖気の場所、分かるよね?!」


【あんた、誰に向かって言っているのよ。黒狐、赤ゑいの体に飛び乗るから、出来るだけ近づいて】


 妲己さんの言葉を受け、黒狐さんが水上バイクのハンドルを切る。だけど、ハンドルは右に切られていて、大きく右に迂回して行きます。


 どこに行くの? 黒狐さん。


【ちょっと……どこに――】


『その体は椿のだ。出来るだけ危険が無い様に、奴の体の側面につける』


 黒狐さんってば……こんな時まで、僕の体の事を心配するなんて。

 それよりもさ、海坊主さんや他の妖怪さん達がキツそうなんですよ。早く何とかしないといけないのに……。


「そんな事よりも、早く寄生している妖魔を見つけないと」


【そんな事とはなんだ、椿。お前は自分の事をないがしろにし過ぎだぞ。もう少し、自分の体の事を考えろ】


「うっ……」


 まさか説教されるとは思わなかった。

 でも、自分の事なんて考えていたら、また犠牲者が出ちゃう。そんなのは、もう嫌なんです。


「黒狐さん。僕はもう、誰にも傷付いて欲しくない。犠牲になって欲しくない。その為には、僕は何だってするよ!」


 僕がそう叫ぶと、黒狐さんは黙ってしまった。

 だけどその顔は、心配していながらも、どこか僕の成長を喜んでいる様にも見えるよ。


『ふっ、言うようになったな。椿よ』


 すると、いつの間にか後ろを着いて来ていた白狐さんが、僕の言葉に感心していました。


『ぬぉ! 白狐、何故貴様まで着いて来ている!』


『お主だけでは危ないと感じたからじゃ!』


 だから、何でこんな時に喧嘩するんですか……。


 そんな事をしていると、赤ゑいの魚がまた身を捩り、抵抗する妖怪さん達を吹き飛ばそうとしてくる。

 その時、巨大な津波が巻き起こり、白狐さん達が乗っている水上バイクが、海から高く弾き飛ばされ、僕の体を使っている妲己さんも含め、全員海へと放り出されてしまった。


『ちっ! しまった!』


『喧嘩なんぞしとるからだ!』


 それは自分達のせいなんだけど……この状況を何とかしないと、白狐さん達が――っと思ったんだけれど、黒狐さんが妖術を発動した瞬間、海が凍った。

 いえ……これは、氷に変化したって感じです。そしてその上に、黒狐さん達は着地していて、全員無傷でした。


『ふぅ、危ない危ない。あんまり連発は出来んから、ギリギリまで使いたく無かったが、今のは仕方が無いな』


 そうか、黒狐さんの神妖の力は『変異』でした。

 つまり、海水を氷に変異させたんだ……って、それ強力過ぎませんか。


『とにかく急げ白狐! 水上バイクを海に戻す! 俺の変異は1分も持たないからな!』


『分かっとるわ!』


 時間制限付きですか。それでも強力だと思います。だけどね――


「あの……水上バイクも、海と一緒に凍っていますよ」


『ぬぉ?! 何をやっとるか! 黒狐!』


 慌てていたからしょうが無いけれど、このままじゃ結局、そのまま海にドボンだよね。

 それでも良いんだろうけれど、その時にまた赤ゑいの魚に動かれたら、今度こそ海の藻屑になりそうですよ。


 赤ゑいの魚は巨大過ぎて、その体がちょっと動くだけでも、船を大破させてしまうそうです。

 だから、押さえようとしている妖怪さん達も、さっきからもう何回も吹き飛ばされています。

 白狐さんの守護って、どこまで持つのだろうか……やっぱり、出来るだけ急いだ方が良いよね。でも、この体の僕は何も出来ない。


「ムキュゥ、ムキュッ!」


「えっ? レイちゃん?! 着いて来ていたの!? ここは危ないから、浜辺にいるカナちゃん達の所で待っててよ!」


 だけどレイちゃんは、僕の言う事を聞いてくれず、何かを訴える様な目で見てきます。


「ちょっと……レイちゃん、何? もしかして、僕なら水上バイクを何とか出来るって言いたいの?」


 すると、僕の言葉にレイちゃんが頷いた。

 嘘でしょう? 妖気があるのは感じるけれど、まさか妖術が使えるとか? レイちゃんが言うのなら、ちょっと試しにやってみよう。


「妖異顕――」


「ムキュゥ!!」


 あ、あれ? レイちゃんが何か怒っている。これは違うの? これじゃ無いの?

 それだったら、他に出来る事なんて無いよ……生き霊とは言え、霊体の体はすり抜けちゃうし、例えどんなに頑張っても無理だよ。あとは、ポルターガイストで物を動か――あっ、まさか。


「レイちゃん、まさかとは思うけれど……ポルターガイストで動かせと?」


「ムキュッ!」


 レイちゃんが頷いている。当たりですか、でもね……。


「レイちゃん、妖術の方が早いですよ。それにポルターガイストって、あれは死霊の怨念によるものです。僕は怨念じゃありません!」


「ムキュゥ!」


 だけど、レイちゃんは一切引かない。あ~もう……埒が明かないです。


「レイちゃん……あのね、こうやって手をバイクに当てて、強く念じるだけで、氷から剥がす何て事――」


 実際に見せた方が早いと思い、僕がその動作をして上げると、それと同時に何かが割れる音と、その後に何かが吹き飛び、海の上に落ちる音が聞こえました。


『椿よ、お主何をした?』


「えっ? あれ?」


 急いで音のした方を見てみると、カチコチに凍り漬けになっていた水上バイクの姿が無く、海の上に無事に帰還していました。


「な、何があったの?」


 その瞬間を見ていなかったので、驚いてこっちを見ている白狐さん達に聞いてみる。

 

【あんたが水上バイクを、いとも簡単に氷から外して、そのまま海まで吹き飛ばしたのよ】


 嘘でしょう? レイちゃんの言う通り、ポルターガイストと言うか、念力の様なもので吹き飛ばしたのかな。

 そしてレイちゃんは、隣でまたご褒美を待っている。この子、褒められる事に味を占めたね。


『何はともあれ、俺達の力を温存出来たんだ。椿、助かったぞ!』


「あっ、う、うん」


 これもレイちゃんのおかげなのかな? そうだとしたら、これでも白狐さん達の力になれるって事だよね。

 当然この後は、レイちゃんをたっぷりと褒めて、たっぷり撫でて上げたのは言うまでも無いです。

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