第拾肆話 【1】 寄生する妖魔
巨大なエイの妖怪赤ゑいの魚は、浜辺にいる一般人を襲おうと、一旦体を海の中に隠したけれど、赤いその体はかなり目立ちます。
だから、一般人の人達にも気付かれていて、一瞬大パニックになったけれど、僕が杉野さんに連絡をして、到着した零課の人達と、一般人の避難誘導をしてくれて、何とか無事に避難はさせられました。
あとは退治するだけです。
『それで、妲己が言うにはあいつは、寄生する妖魔に寄生されていると?』
あの後、妲己さんから色々と説明をされて、あの赤ゑいの魚は、特殊な妖魔に寄生されている事が分かりました。
「はい、だからその……妲己さんじゃないと解決出来ません」
そして僕は、この浜辺に集まった旅館の妖怪さん達と、おじいちゃんの家の妖怪さん達を前にして、色々と状況を説明しています。ついでに、僕が考えた作戦の方も伝えます。
『それで、その妲己と考えた作戦としては、妲己に体を貸して、その寄生している妖魔だけを食うと』
「そうです。赤ゑいの体の何処かに、寄生した体の一部が出ているらしいんで、そこまで何とかして行って、その部分から吸い出して食べちゃえば、赤ゑいは元に戻るそうです」
その作戦に、黒狐さんは納得がいっていない様子です。
真意が掴めないので、妲己さんを怪しむのはしょうが無いです。だけど今は、寄生された赤ゑいを何とかしないといけない。
『折角弱っておるのに、わざわざ餌を与える必要など……』
「白狐さん、気持ちは分かるけれどね。でも、一応黒狐さんの奥さんでもあるんだよ、もうちょっと言葉に気を付けた方が……」
白狐さんがあまりにはっきりと言うから、慌てて止めたんだけど、黒狐さん怒ってるかな……。
『椿、すまんな。気を使わせてしまって。しかし聞く限りでは、俺はあれとは夫婦生活はしていない様だ。情も何も無い、形式上のものだったらしいから、気にするな』
【そ、そんな。黒狐……酷い】
僕の中で妲己さんが泣いてる。
「あ~妲己さんがショック受けてる。黒狐さん酷い~」
『なっ! はっ? いや……えっ? お、俺が悪いのか?』
そうですよ。それに皆も、黒狐さんが悪いって目で見てますよ。それに対して黒狐さんは、面白い位に取り乱していますね。
『いや、す、すまん……』
「黒狐さん、それは妲己さんに直接言って下さい。妲己さんに代わるから」
そう言って目を閉じ、僕は妲己さんに話しかける。すると、徐々に意識が遠くなっていき、自分の体から魂が抜ける様な、そんな感覚になった。
実際に、死んで魂が抜けているわけでは無いですよ。生き霊に近い状態……とかなんとか、妲己さんはそんな風に言っていましたね。
とにかく、作戦どおりに妲己さんと交代出来ました。
【黒狐、酷いわ。私に情が無いなんて……】
『いや、その……すまん。悪かった、だから――』
慌てながら謝る黒狐さんは、なんだか新鮮ですね。妲己さんは嘘泣きだし、ちょっと楽しそう。
【まぁ良いわ。とりあえず交代は出来たし、さっさとあいつに寄生した妖魔を食べちゃうわね】
『なっ……!? あっ! し、しまった!!』
ケロッとしながら返事をした妲己さんを見て、ようやく騙された気付いたようです。
まさか僕が妲己さんと手を組んで、こんな事をするとは思ってなかったみたいです。
僕はというと、妲己さんが操っている自分の体の後ろから、霊体の様にフワフワ浮いて、その様子を眺めています。いつ見ても、これは気持ち悪い感じです。
あれ? レイちゃんがずっと、こっちを見ている。そっか、レイちゃんは今の僕の状態が見えるんだね。
「ムキュッ! ムキュゥゥ」
するとレイちゃんが、浮いている僕の方に飛んで来て、そのまま引っ付いて来ました。
レイちゃんって、霊体とかにも触れるんだね。この子凄いです。
でもその前に、全員こっちを見ている気がするんだけど……。
「椿ちゃん。妲己さんが体を使っている時は、そんな感じなの?」
「妲己は中なのに、椿は何で外?」
「ふ~ん、何か変わってるわね。し・か・も、中々良い格好じゃない」
しかも、見えないはずの僕に普通に話しかけてくる。それと、最後に美亜ちゃんが言ったのって……霊体の僕は、今裸なのだから――
「うわぁぁあ!! なんで?! 何で皆、僕の姿が見えているの!?」
公衆の面前で、僕は裸を晒す事になっちゃいました。
何で皆に、僕の姿が見えているのですか?! 妲己さんが何かしたのかな。
【椿~そんなに睨まないでよ~私は何もしていないわよ。というかあんた、霊狐から変換された妖気を受け取ったでしょう? 多分、それよ】
「どういう事?!」
腕で自分の体を隠しながら、妲己さんに聞く。僕には何の事か分からないからね。
【あんたのその霊狐は、かなり特別だからね。その子が変換させた妖気は、霊体に混ざる事で補充されるのよ。つまりあんたの魂は、その妖気で力を得て、皆に見える程の力を持ってしまったの】
「あ、あぁぁ……嘘、でしょう?」
ショックを受ける僕の横で、レイちゃんがご褒美をねだるようにしているから、これは本当なんでしょうね。
「あ、ありがとう。レイちゃん」
嬉しそうにしているレイちゃんを怒るわけにもいかないし、皆に僕が無事なのを見せられるから、別に良い事なんだよね……。
だからご褒美に、レイちゃんの頭を撫でて上げる。するとレイちゃんは、更に嬉しそうにしながら尻尾を振っています。可愛いから良いです、許します。
「だけど、裸は恥ずかしいよ……」
【椿~あんた霊体は裸って、そんな勝手な決め付けで、それをイメージしているでしょ?】
「えっ? でも、霊体ってそうなんじゃ……って、そっか!」
そういえば、霊体なのに旅館の人達は、皆服を着ていた。
【そう、いつもの自分の格好を想像すれば、服も着る事が出来るのよ】
それだったら、裸じゃなくても良いんだ。僕は馬鹿でしたね……。
早速、服を着ている自分の姿を想像する……けれど、あ、あれ? 待って、これしか思い付かないよ。
「巫女服だ」
「ミニスカート、巫女服」
「つ、椿ちゃん! やっぱり、その服気に入ってくれて……!」
「ち、違う違う! 頻繁に着ているのがこれだったから、真っ先に思い浮かんじゃったんだよ!」
里子ちゃんが感激して泣いてしまっているから、慌てて訂正をするけれど……駄目です。皆もう聞いていない。
もう恥ずかしいやら何やら、良く分からなくなったので、とにかく急いで赤ゑいの元に行こうとするんだけれど……。
【椿~そっちは山に行くわよ】
「…………」
慌てちゃっているのが丸分かりな行動をしちゃいました。
妲己さんが僕の体で、意地悪な笑みを浮かべているんだけれど、それは止めて下さい。凄く変な気分になるんで。
「とにかく、赤ゑいの元に行かないといけないんでしょ! 早く行きますよ!」
【あ~大丈夫よ。あいつ、標的を私達に変えたから】
「へっ?」
妲己さんに言われて海の方を見てみると、何と赤ゑいの魚が、ゆっくりとだけれどこっちに向かって来ていました。
獲物を逃がされたから、怒っているのかな? とにかくこのままじゃ、僕達の方が危ないです。
「妲己さん!」
【うるさいわね~準備は出来ているんでしょ? あとは、一旦あいつを止めないといけないんだけれど、どうしようかしらね】
「そこはノープランなの?!」
【だから~こっちに襲って来るとは思わなかったのよ】
確かにそうですね。赤ゑいの魚が、意外と早くに一般人の方に向かって行ったから、杉野さんに対応して貰ったんだけれど、そのせいで僕達に標的が変わるとは思わなかったよ。何としてでも、人や妖怪を食べたいみたいですね。
今回の妖魔は、とにかく強くなろうとしているみたいです。
そして、人や妖怪を食べる事で魂を取り込み、それを妖気に変換している。
妲己さんからその事を聞いて、この妖魔の危険性が良く分かりました。
「ぬぉぉお!! ここはおらが、おらが止めるだす!」
すると、海坊主さんが急にやる気になり、突進してくる赤ゑいの魚に向かって、腕を広げて立ち塞がるけれど、どう考えても大きさが違いすぎます。無謀です。
海坊主さんも、10メートル以上の大きさをしているけれど、それが小さく見えるくらいに、赤ゑいの魚の方が大きいのです。
ここからでも、その妖怪の体の端が見えないもん。それはつまり――
「ぬっ……ぐ、おぉぉおっ!!」
赤ゑいの魚と激突した海坊主さんが、必死に押し返していても、向こうはビクともせずに突進を続ける、というわけです。
「皆、急げ! さもないと、せっかく人間達が楽しみにしている祭りが、中止になるわ!」
「おじいちゃん! それだけですか?!」
もっと重要な事もあると思うけれど、皆がそれで動いているのなら、別に良いのかな……。
【白狐、黒狐! 赤ゑいの魚に近づく方法はあるの?!】
『うむ。不本意だが手伝ってやろう。しかし、我等も妖気を残したい。そこで、人間が使っている物を使う!』
白狐さんは、少し離れた所に止めてあるものを指差した。
そこには、2台の水上バイクが停めてあり、いつでも発進出来る様になっていました。
「えっ? あれ、誰が運転するの?」
『勿論、俺達だ』
僕が言うと、黒狐さんが自信満々に答えました。
これ、免許は大丈夫なんでしょうか? 車の時も思ったけれど、妖怪に人間の免許制度なんて、当てはまらないのかな……。
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