第拾参話 【2】 赤ゑいの魚

 海岸にやって来た僕達は、楽しく貝殻拾いに夢中……にはなれないですね。ここの海岸は、妖怪専用の場所。

 つまり、海辺の妖怪達が集まる場所であり、その浜辺や海岸にある貝殻は、全て妖怪なんです。

 貝殻だけだから中身は無いのに、中身は無いはずなのに……何で砂に潜っていくのかな。


「椿ちゃん! 見つけたら直ぐに捕まえないと、砂の中に潜っちゃうよ!」


「何ですかこれ!? 中身無いはずだよね? 何で動けるの?!」


 光の加減で綺麗に輝く、青い貝殻を見つけて、これ良いな~と思って手を伸ばしたんだけれど、一瞬で砂の中に潜られたので、今文句を言っています。


「これは『貝雲坊かいうんぼう』と言うの。中身と貝殻で、2つの意志が宿っている」


「えっと、つまり……中身と貝殻で、別々の妖怪なの?」


「ん~ちょっと違うよ。意識が分かれているって言った方が良いのかな? 記憶や性格は一緒だからね」


 雪ちゃんの説明の後に、カナちゃんが付け加えてくる。

 ということは、別の妖怪ってわけでは無いのですね。だけど、意識が分かれているって、いったいどんな感覚なんだろう? 想像しても分かりませんね。


「あいたっ!?」


 油断していたら、その貝殻に指を挟まれました。と言うか、貝殻なのに歯が付いているよ。

 離そうとしても離れないし、無理に引っ張ると、痛くて指が千切れそうになる。どうしよう……これ。


「大丈夫?! 椿ちゃん!」


「だ、大丈夫……かな? イタタ。あの、今思ったけれど、これ生きてるの?」


 何とか貝殻を外せないかと、片手で開こうとしたけれど、ピクリとも動かない。


「生きているわけでも無いんだ。中身が死んで消滅した後に、残留した意識と言うか、そういうので動いているからね。だから、一晩箱に入れて閉じ込めておくと、完全に動かなくなるんだよ」


「なるほど。それなら、もうこの貝殻は要らないから、ハンマーで壊そう」


 ちょっと棒読みになっちゃったかも知れないけれど、僕がそう言うと、指に挟まっていた貝殻が、いとも簡単に指から離れ、そのまま地面に落ちた。

 壊されたくは無いから、急いで砂の中に逃げ様としたのだけれど、それは読み通りの動きなので、地面に落ちた瞬間に、今度は指を挟まれない様にしながら、咄嗟に捕まえました。


「そう言われると……普通の貝殻じゃない、綺麗な輝き方だよね」


 何とかゲットしたその貝殻を見ると、緑色の線が入り輝いている。だけど、ちょっとだけ動かすと、太陽の光の当たり加減で、赤にも青にも輝いている。 

 これをネックレスにして、意中の男子からプレゼントでもされたら、そりゃ絶対落ちるね。


「白狐さん達にネックレスは似合わないかな……」


 そう言えばさっき、白狐さん達が僕に見せてくれた、この貝殻のアクセサリー、完全に指輪でしたね。婚約指輪のつもりかな……。

 指輪とかベタだけれど、それでもこの貝殻だったら、素直に嬉しいかな。


「う~ん……それじゃあ、僕はイヤリングかな? うん、そうしよう」


 何を作るかを決めた僕は、それに必要な数を集める為に、再び辺りを見渡す。


「あんたら、何やってんの?」


「あっ、貝殻アクセサリーを作って、お互いに交換するのね!」


 すると、貝殻を探す為に四つん這いになっている僕達の下に、美亜ちゃんと里子ちゃんがやって来ました。

 相変わらず、この2人は仲が良いですね。それと、今日は魚を貰えなかったのかな? 美亜ちゃん、手に何も持っていないです。


「美亜ちゃん、海坊主さんとはもう良いの?」


「あぁ……それなら今、魚を獲って来てもらっているわよ。それよりも椿、さっきの言い方が引っかかるわね。何か勘違いしていない?」


「ソンナコトナイデスヨ」


 これはちょっと怪しすぎたかな?

 勘違いと言うか、今までいじられた分、やり返しただけなんですよ。


 ただ、美亜ちゃん相手にそんな事をしたら、駄目なんだろうけどね。倍返しされるかも……。


「それで、あんたは白狐と黒狐、どっちにプレゼントするの?」


「う~ん、そうなんだよね……白狐さん達は、作るのは1つだけで良いって言っていたから、どっちにするかを決めるって事だよね? でも、僕はまだ悩んでいる最中なんだし……う~ん」


 美亜ちゃんの言葉に、何の疑いもなく普通に返事をしたら、何と僕の後ろから、カナちゃんと雪ちゃんが聞き耳を立てていて、また凄い笑顔になっていました。


「ふふふふ。やっぱり、椿ちゃんはどっちかなんだね~」


「椿、可愛い」


「えっ? あっ! いや、それはその……うぅ」


 やってしまった……やっぱり、美亜ちゃんには勝てないです。

 だから僕は、真っ赤になっているであろう顔を、そのまま下にして俯き、必死になって貝殻を集めていきました。


「椿ちゃん、そんなに大量には要らないよ~」


カナちゃんが何か言っているけれど、聞こえない聞こえない。僕はもう、一心不乱なんです。


 ―― ―― ――


 それからしばらく、僕達は貝殻集めをしていたんだけれど、海岸の遠くの方から、突然何か異様な物が近付いてくるのが見えた。


 何でしょう、あれは……赤い島の様な物が近付いてくるんだけど。

 貝殻は集めすぎたので、何枚か砂の上に戻し、その島みたいな物を凝視する。


「カナちゃん、あれ何?」


「ごめん、私にも分かんない」


 でも、こっちに迫って来ているし、何だか嫌な予感がします。だって、その島からは妖気を感じるんだよ。

 あんな大きいのが襲って来たら、僕達潰れないかな? ここからだと、大きさも姿も良く分からないけれど、襲って来るなら対処しないと。


 すると今度は、浜辺の近くに海坊主さんが現れ、僕達に向かって叫んできます。


「皆、早く逃げるだす!! あれは赤ゑいあかえいうおだ!」


「赤えいの……? えっ、あれ魚?」


 海坊主さんは必死だけれど、それが何なのかがいまいち分からないです。


「赤ゑいの魚は、巨大なエイの妖怪だす! その大きさは約3里、普通は大海に居る妖怪のはずだす!」


「3里……?! って、1里は何キロなんですか?」


「えっと……」


 僕もカナちゃんも良く分からず、一緒に首を傾げた。雪ちゃんは必死に指を折ってるけれど、その表情から、君も分かっていないのが丸分かりだよ。

 里子ちゃんも首を傾げるくらいだし、昔の人達の使っていた距離の単位って、難しいよね。美亜ちゃんは……既に計算を放棄しています。


「3里は、約12キロだす!」


 すると、痺れを切らした海坊主さんが、僕達に向かってそう叫んでくる。そもそも、海坊主さんが3里なんて言うから、余計にややこしく――


「「「――って、12キロ?!」」」


 ようやく事の重大さに気付いた僕達は、一斉に叫んだ。


「待って待って、何でそんな妖怪がこんな所に?!」


「だから、本来こんな海に居るはずが無いだす! だけど、実際に現れているだす。しかも、何故か凶暴になっていて、海岸にいる人間達を食う気なんだす!」


 だから海坊主さんは焦っていたんですね。


 12キロと言ったら、ここの海岸だけじゃ無く、一般人の居る海水浴場まで入ってしまいますね。

 更に今日は夏祭りで、海水浴のお客も含めて、いつもより沢山の人が集まっている。


「でも、あんな大きいのどうすれば……」


 僕が悩んでいる内にも、ゆっくりと赤ゑいの魚は近づいていた。その姿も、少しだけ確認出来るようになって、水面から突起物のような顔だけを出して、海岸にいる人達の様子を伺っている。


『椿! 大丈夫か!』


『椿よ、旅館からでもこの巨大な魚が見えたぞ。それで慌てて飛んで来たが、無事で良かった』


 その時、白狐さん黒狐さんが狐の姿で走って来て、僕の無事を確認してきました。その後は人型になって、海岸の妖怪を睨んでいます。


「僕なら大丈夫だよ。それよりも、アレを何とかしないと!」


『分かっとるわ。しかし、相手は巨大だ。これは人手が居る。旅館の妖怪達と、翁の家の妖怪達とで力を合わせ、こいつを沖に追いやり、そこで倒すぞ』


 なるほど、こんな浜辺の近くで戦うと、被害が拡大しそうですね。

 だけど、こんなのどうやって追いやるの? 空を飛べる妖怪さん達で、空からいっぱい攻撃したりとか、縄で引っ張ったりかな。


『おい、白狐。こいつ、手配書の妖怪では無いぞ』


 僕達が撃退法を考えていると、スマホで何か調べていた黒狐さんがそう言ってくる。

 手配書の妖怪じゃないって事は、こうやって暴れるのは初めてって事になるのかな。


「だから言ってるだす! こいつは本来、体に積もった砂を落とす為に、僅かの時間海面に現れるだけで、こんな風に人を襲った事は無いだす!」


『ぬぉ!? 何だ、お主は!』


 あ~海坊主さんの事を説明していなかったよ。

 でも、海坊主さんは必死らしく、自己紹介よりも何よりも、早く対処しようと焦っています。


「とりあえず落ち着いて下さい、海坊主さん。人手も居るし、準備も必要だよ。それにこの妖気、本当に妖怪なの?」


 僕は海坊主さんを宥めながら、再度赤ゑいを見て、その妖気を確認した。


 だけど、やっぱりこの妖気の質は、妖怪とは違う。


 妖魔だ。


 最近は感じていなかったけれど、これは間違い無いよ。


「ねぇ、黒狐さん。本当に手配書に登録が無いの? この妖気の質は、妖怪のじゃなくて妖魔だよ?」


 妖魔は危険で、必ず手配書に登録されるはずです。

 だから、これが妖魔の妖気であれば、スマホのアプリで調べたら出るはずなんです。


『妖魔だと?! いや、何度調べても出て来ないな……』


『椿の感知能力は相当じゃからな、間違うはずは無いだろう。しかし、それならばいったいどういう事だ?』


 それは僕が知りたいです。

 僕の能力を信じてくれて嬉しいけれど、自信無くなって来ちゃった。


「い、急ぐだすよ! 人間のいる浜辺に近付いているだす!」


 今は悩んでいる暇すら無いよ。敵の正体が良く分からない以上、無闇に突っ込むのは危ないけれど……。


 すると突然、僕の頭に妲己さんの声が響く。


【あはは、久々のご飯……椿、替わりなさい。あれは、成体の妖魔よ】


「なっ……! やっぱり」


 妲己さんの言葉で確信は得たけれど、それなら尚更、手配書に記載されていないのが気になります。


 本当に今はそれどころじゃないんだけどね……。

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