第拾参話 【1】 貝殻アクセサリーの交換
翌朝目が覚めると、僕はカナちゃんと雪ちゃんに挟まれる様にして、抱きつかれながら寝ていました。
これはどういう事? 僕、いつの間にか寝ていた?
えっと確か……白狐さん黒狐さんと話していて、しばらくして2人がいつも通りに喧嘩を始めて、そこからの記憶が無い。
寝てる、絶対に寝てしまった。そして、寝顔を2人に見られた。恥ずかしい……また暫く、2人の顔をまともに見られませんよ。
「で、そこから何でこうなったの?」
僕がそう呟くと、部屋の窓の方から、夏美お姉ちゃんの声が聞こえてくる。
「おはよう~椿。良い眠りっぷりだったわよ」
お姉ちゃんは、窓際にある四角いテーブルに座りながら、スマホを触っていた。
誰かと連絡を取っているのかな? あのにやけ顔からして、彼氏かな? いや、今は居ないと言っていたから、相手はまさか……。
「椿、あんたの方にも連絡いってるでしょ? 杉野さん、お昼頃に到着するそうよ。楽しみね」
「楽しくないです。不安材料が増えただけですよ」
カナちゃんと雪ちゃんから脱して、僕も充電器からスマホを取り、画面を確認すると、杉野さんからのメッセージがいくつか来ていました。
そこには下僕らしい文面が書かれていて、直ぐに削除しようとしちゃいました。
中身が割と真面目なものだったから、ちゃんと見ておきましたけどね。
「はぁ……これ以上、僕の周りで事件が起きて欲しくない」
「杉野さんが来るから?」
その通りなんですよね。しかも杉野さんは、お盆休みを短くされているから、夏休みに何か妖怪絡みの事があると、ほぼ間違い無く杉野さんに会う事になる。
「捜査が早く終われば、今日のお祭りにも来るんでしょ? お金の心配しなくて良いじゃん~」
「杉野さんは、お姉ちゃんのお財布ですか?」
「それもあるけど~どうせならやっぱり、イケメンとお祭りを見て回りたいじゃん」
お財布は否定しないのですね。
それから僕は、スマホを片付けると、少し離れた所で寝ているレイちゃんを起こし、続けて2人を起こそうとする。でもその時、思い切りカナちゃんに抱きつかれ、再び布団へと引きずり込まれた。
「えっ?! カナちゃん? ちょっと、起きてるの?」
反応は無いですね。
そう思っていると、後ろから雪ちゃんにまで抱きつかれてしまい、完全に振り出しに戻ってしまいました。
いつまでもこんな事していられませんよ。どうやってこの2人を起こそうかな。早くしないと、カナちゃんがゆっくりと僕に顔を近づけてくるんだよね。これ、本当に寝てるか疑問ですね。
「う~ん、普通に叫んでも意味ないし……あっ、そうだ」
良い事を思い付いた僕は、多分起きているであろう2人に向かって、静かに声をかける。
「先に起きた方に、僕からキスしてあげる。唇に、ね」
すると、両側から一気に2人が立ち上がり、声を上げてきました。
「はい、は~い!! 起きた、起きたよ! 私が先に起きた! 椿ちゃん!」
「違、う! 私が先!」
珍しく雪ちゃんまで、大声を出しちゃっているよ。いや、それよりも……。
「やっぱり、2人とも起きてたね」
ちょっとだけ怒りのオーラを放つ僕を見て、嵌められた事に気づいた2人は、そのままゆっくりと座り、しっかりと正座して謝っていました。
―― ―― ――
「やぁ、お待たせ! 君の下僕の杉野だ!」
その後、朝ごはんを済ませたところで、捜索零課の杉野さんが現れたけれど……毎回そうやって登場しないと駄目なんでしょうか。
すると、杉野さんが真っ先に僕の所に飛んで来て、膝を突いて頭を下げてきます。
「ご主人、何でも言ってくれ。俺は君の手となり足となり、何でもするぞ!」
「ごしゅっ……! ちょっと、ここいつもの場所じゃ無いから! 旅館の妖怪さん達まで、僕を変な目で……じゃなくて、納得した目で見てる~!!」
なんで納得しているんだろう、良く分からないよ。
それと……なんですか、この杉野さんの態度は。ショッピングモールで下僕認定してしまってから、この人おかしいです!
あれから必死にメールで間違いを正したんだけれど、全く聞いてくれませんでした。
「さぁ! 俺は何をすれば?」
「何をって、杉野さんは捜査に来たんでしょう?! 仕事して下さい!」
「良し分かった!」
僕がそう言うと、杉野さんはやる気満々になって、ここの旅館の長である、妖食茶釜さんの下に向かって行く。
それよりもね、お姉ちゃんも見ているのに、杉野さんは何て醜態を――
「あぁ、椿……羨ましいな。私もあんな風に、杉野さんを使いたいわ」
お姉ちゃんも変でした。
何であんな人を「素敵な人」見たいな目で見ているのかな……。
『椿よ、どうした?』
「頭が痛いです……」
白狐さんが心配そうに言ってくるけれど、悩みの種が多いって意味だし、それは白狐さんも分かっているはず。
分かっていて、僕をからかっているのかな? 白狐さんが更に顔を近づけて来るんだけど……待って待って、近い近い。
『ふっ、お主は可愛いな。悩みを相談したいのなら、いつでも話を聞くぞ』
「その最大の悩みの種の妖狐さんに言われてもな……」
そう呟いても、白狐さんはニコニコしているよ。
「そうだ、椿ちゃん。どうせ杉野さんの捜査も、ここから時間がかかるんでしょ? お祭りは夕方からだし、ちょっと美亜ちゃんの所に行かない? あの子、また海坊主さんの所に行ってて、お魚貰ってるからさ」
するとカナちゃんが、僕の後ろから顔を出して言ってくる。
何だかニヤニヤしているのは放って置いて、美亜ちゃんは貰いに行っていると言うか、たかりに行っているよね、それ……。
「でも、それだけじゃ無いんだよね~そこの海岸にある貝殻拾って、それでアクセサリー作ろう?」
何だか子供っぽい様な気がしますよ。しかも、こんな暑い時にやらなくてもいい気がするんだけど……。
だけどカナちゃんの目は、行きたくて行きたくてしょうが無いって感じになっています。これは、断れないかな。
「皆で遊んだ海岸。あそこの貝殻で、アクセサリーを付くって、男女で交換すると、その2人は恋人になれる。そんな伝説がある」
「ちょっと雪、バラさないでよ! 何とか言いくるめて、こっそり交換しようと思ったのに!」
「抜けがけ、駄目」
「へぇ、そんな伝説があったんですね」
それで僕と交換しようしたのですね。
それにしても、雪ちゃんまで僕を恋人にしようとしているなんて……。
僕のファンクラブに入っているから、好意を寄せるのは分かるけれど、何でここまで僕を気に入ってくれているんだろう。
「あのさ……でもそれって、女の子同士では意味が無いんじゃ」
その前に、男女じゃなくても恋人になってしまったら大変なので、当然の事を理由にして、アクセサリーの交換を断ろうとしたのだけれど……。
「関係無い関係無い。あくまでおまじないだってば」
「そうそう、善は急げ。そうしないと、香苗に取られる」
そう言われた後、僕は2人に襟首を掴まれ、そのまま引きずられていく。
こうなった2人は止められない。本当にただのおまじないであって欲しい。そう願わずにはいられないです。
『夕方になったら、海岸近くの神社に来い。その辺り一帯が、祭りの会場になっているからな』
「は~い!」
黒狐さんに言われ、元気良く返事をするカナちゃんだけど……ちょっと、黒狐さん止めてよ!
手を振って見送るんじゃなくて、白狐さんも黒狐さんも止めて下さいよ。
「ちょっと! 白狐さん黒狐さん! 僕がカナちゃん達の恋人になっても良いの?!」
気付いたら僕はそう叫んでいたけれど、その後白狐さんと黒狐さんが、笑顔で何かを見せてくる。
それは、貝殻で出来たとても綺麗な指輪なん、ですが……もしかして、あれがカナちゃん達が言っていた貝殻なのかな。
『椿よ、とりあえず1つだけで良いぞ。どちらかと交換じゃ』
あぁ……逃げられ無いんですね。
それを見た僕は力無くうなだれ、そのままカナちゃんに引きずられて行く。
まさか、こんなに早くに白狐さんか黒狐さん、そのどちらかを選ぶ事になるなんて、思ってもいなかったよ。どうしよう……。
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