第拾壱話 【2】 酒天童子の忠告

 結局あの後、僕達のチームは負けてしまいました。


 僕が調子に乗って妖術を使いまくり、スタミナ切れを起こしたからです。2セット先取のルールで、ずっと妖術を出すのは厳しかったですね。


「カナちゃん、ごめん……」


「いや、大丈夫。私の方が役に立ってなかったから」


 でもカナちゃんは、敵の攻撃を一生懸命防いでくれていたし、火車輪を使ってブロックする方法も思いついていた。

 火車輪の中央の輪を縮めて、自分の横にそれを並べると、ブロックする範囲が広くなって、より返し易くなっていたよ。


 それに比べて僕は……。


 黒い狐火をボールに纏わせてアタックするも、早い段階で攻略法を見つけられてしまった。

 海水を何層にもする事で、容易に防がれていました。改良の余地ありですね。


 攻略法が見つかってからは、僕の攻撃は全部ブロックされてしまい、カナちゃんは必死になってくれたけれど、力及ばずで負けてしまった。


「あ~悔しいな。椿ちゃんとなら、連戦連勝と思ったのにな~」


「うん、そうだね。僕も悔しいよ」


 そして罰なんだけど、何故か免除されました。


 理由は、僕が必死になって良い勝負をしていたからで、おじいちゃんはご機嫌になっていました。良く分からないですよ。

 それはそれで助かったけれど、おじいちゃんが何故あんなにご機嫌なのか、それが分からないから余計に怖いです。


 とにかく、今は皆と一緒になって、他の妖怪さん達の対戦を見ているところです。


「お~流石は美亜ちゃんだね、脚力が良いよ~羨ましい~」


「本当だね。里子ちゃんとも相性抜群だし。それにしても、あの2人いつの間に仲良くなったんだろう」


 あの2人は、一緒にお風呂に入ったり、僕の弄りを楽しんだり、一緒に修行したりと、僕以上に仲良しと言うか、親友と言うか……う~ん。何だろうな、この面白くない感情は……。


「ん~? 大丈夫だよ。椿ちゃんには私が居るからね」


 あれ? 何だか勘違いされている様な気がする。何故かカナちゃんが、めちゃくちゃ引っ付いてくる。


「カ、カナちゃん? ち、近いですよ」


「ん~? 知ってる」


 そんなに引っ付かれると、恋人みたいな感じになっちゃうよ。

 だけど、カナちゃんは僕から離れずに、更に僕の匂いまで嗅いでくる。鼻をスンスンされると、自分が汗臭いのかと思ってしまって、何だか恥ずかしいのだけど……。


「椿ちゃん、これ私と同じシャンプーだね」


「へ?」


 汗臭いんじゃなかったの? 嗅いでいたのはシャンプーの匂いだったよ。


「嬉しいな、椿ちゃんと同じシャンプーだなんて、ふふ」


 そう言うとカナちゃんは、目を細めて僕を見てくる。カナちゃん、僕は女の子ですよ。

 自分が男の子のままだったら、これがどれだけ幸せなのだろうか……と、ついそう思ってしまう程のイチャイチャっぷりなんだけれど……。


「カナちゃん、皆が見てるから。あの……そろそろ離れてくれる?」


「……椿ちゃん、私の過去を知っても、絶対に離れないでいてくれる?」


 するとカナちゃんは、急に弱々しい声でそう言ってきた。

 普段の元気なカナちゃんらしくない、そのしおらしい姿に、ちょっとだけドキッとしちゃう。


 駄目だってば、僕は今は女の子なんです。


「どうしたの? カナちゃん。大丈夫ですよ、何があってもずっと、カナちゃんは僕の親友だよ」


「ありがとう……どうせなら、その先が良いけどな~」


 しまった……カナちゃんには、そっち百合の気があったんだ。本人からハッキリとは聞いていないけれど、僕の中ではほぼ確定なんですよ。


「私、可愛ければ女の子でも男の子でもいけちゃうからね~」


 ハッキリと言われちゃいましたね。しかも「気付いてたでしょ?」って目で見られています。

 えっと……そういう人をどういうんでしたっけ? バイセクシャルだっけ? 女性と男性、両方に興奮するって人ですよね。やっぱりカナちゃんって、そうだったんだね。


 それとカナちゃんは、年上よりは年下の、しかも可愛い男の子が好きという、ちょっと危ない感性の持ち主でもあって……僕が昔そうだったんだよね。つまり、ショタコンも入っている感じがします。


 そして、今はまだ完全に女の子になりきれていない僕は、女の子でありながら、多少男の子の心も顔を出してしまっていて……あれ、もしかして今の僕って、カナちゃんにとっては理想中の理想って事なのかな……。


「あっ、待って待って、カナちゃん待って! 怖い事に気づいちゃった。少し冷静になって~!」


 今のカナちゃん、目がハートになっていそう。だって、焦点が定まっていないんだよ。


「香苗、抜け駆け駄目」


「ひゃっ?! 冷た! 何すんの、雪~」


 すると、カナちゃんの後ろにやって来た雪ちゃんが、手にした水鉄砲で、カナちやんの首元に水をかけてきました。

 しぶきがこっちにも飛んできたけれど、物凄く冷たかったよ。もしかして、雪ちゃんの物を冷やす能力で、水鉄砲の中の水を冷やしたのかな。


「椿は皆のもの、独り占めは駄目」


 僕の隣に座り、雪ちゃんはそう言ってくるけれど、僕はアイドルとかじゃ無いんだってば……でも、ファンクラブ何てものが、もうあったっんだっけ。


 すると今度は、僕とカナちゃんの胸元に、突然誰かの手が伸びてくる。そして――


「なっ?!」


「ひゃっ?! ちょっ、誰?!」


 カナちゃんは咄嗟に火車輪を取り出し、後ろを振り向いています。僕もそっちを振り向くと、そこにはあの酒呑童子が居て、中腰になりながら、僕達の胸にしっかりと手を当てていました。


「うん、中々だな。活発な子の方が多少大きいが、妖狐のお前は素晴らしい程の弾力があり、形も最高に良い。これは、100年に1度の逸ざ――」


「天誅!!」


「いぶぅっ?!」


 咄嗟に白狐さんの力を使って、酒呑童子の顔面に肘打ちをし、後ろに吹き飛ばした。

 人形の様にして吹き飛んだそいつは、防波堤に激突して、大きな穴を空けている。


 流石の僕も怒るよ。


「もう椿ちゃん、そんなに吹き飛ばさないでよ。私があいつの両腕、切り落として上げたのに」


 カナちゃん、そっちの方が怖いです。

 さっきまでの柔らかな表情が消えて、鬼の様な表情になってるしね。酒呑童子は余計な事をしてくれたね。


「いっつつ……ったく、ちょっとしたスキンシップだろうが」


 だけど次の瞬間、僕達の前に再び酒呑童子が現れた。

 効いていないどころか、さっき完全に防波堤に突っ込んだはずたよね? それなのに、無傷で一瞬で戻って来た。


「……まぁ待てよ、そう怒んなって。良いだろうが、減るもんじゃね~し――って、うぉわ! 分かった分かった! 俺が悪かったから、それ引っ込めろ!」


 酒呑童子の態度の悪さに、カナちゃんがブチ切れてしまって、火車輪をそいつの首元に当てて、そのまま切り裂こうとしたけれど、流石に命の危険を感じたのか、酒呑童子が謝ってる。


「強いけど、性格最悪ね」


 その様子を見ていた雪ちゃんが、大きなため息をついていたけれど、酒天童子は雪ちゃんをジロジロと見ている。嫌な予感……。


「うむ。小降りだが、細身のそのスタイルは抜群だな。良いね、将来が楽し――」


「くらえ」


「ぎゃぁああ!! 目がぁぁあ!!」


 こうなると思いましたよ。懲りないね、この妖怪。


 酒呑童子は、雪ちゃんからの攻撃にのたうち回っているけれど、雪ちゃんは真っ赤な水の入った水鉄砲を使っていました。

 その水を、酒呑童子の目にかけたのですか……絶対にあの水は、唐辛子エキスか何か入っているよね。間違いなく。


「それで、何の用なの?」


 しばらくして、叫ぶのが静かになったところで、僕は酒呑童子に話しかけます。

 何か用があって来たのなら、この程度にしておくけれど、用も無くこんな事をしたのなら、もう1つ何かしておかないと気が済みません。


「うぉぉ……目が、くっそ……ん? あ~そうだった。亰嗟の狙いを言っておいてやろうと思ってな」


「えっ?」


 あまりの事に僕は驚き、酒呑童子を見る。


「これはな、白狐と黒狐にもまだ言っていないし、鞍馬天狗にも言っていない事だ」


「なっ?! 何でそれを、僕に? それなら、おじいちゃん達に――」


「亰嗟の狙いが、お前だからだ」


「――っ?!」


 その言葉に、僕はそれ以上何も言えず、ただ呆然としてしまった。


 また僕……何で僕? 滅幻宗も、僕を狙っていた。何で……いったい何でなの。そんな考えてが頭に渦巻いています。


「と言ってもだ、亰嗟の狙いの1つだがな。奴等は今、戦力増強と資金集めを優先している。ただその間に、お前を捕まえられるなら捕まえておきたいんだろう。60年も探し続けてきた妖狐、椿をな」


 酒呑童子は、最後の言葉を言う時だけ、僕を睨み、威嚇するかの様にして言った。

 そんな風に言われたから、怖くて酒天童子から目を逸らしてしまったよ。


「あの2人にこれを言ってしまうと、責任を感じるだろうな。60年、お前が正体を隠されていたのは、亰嗟から見つからない様にするためだったんだからな」


「何でなの? 何で椿ちゃんなの」


 カナちゃんと雪ちゃんの事を忘れていました。この2人も居るのに、何でここでそんな事を言うんだろう。

 酒呑童子の妖気からして、今は姿を隠している状態だよね。僕達にしか見えないと思う。これ、白狐さん達でも見つからない程だよ。でもそれなら、僕1人の時にして欲しかったよ。


「お前等はこいつの親友だろ。これはな、1人で抱え込んでも解決しね~んだよ。それによ、白狐達に言っても良いんだが、その後どうなるかは、簡単に想像つくよな? まぁ、どうするかはお前次第だ」


 そう言うと酒呑童子は立ち上がり、僕達から離れて行く。


「待って……酒呑童子、さん。本当に、そいつらのアジトの場所って、知らないんですか?」


 本当は「さん」付けしたくはなかったんだけれど、今の酒天童子さんの雰囲気と、僕の気質から、つい……ね。

 すると酒呑童子さんは、その場で立ち止まり、首を後ろにやると、凄く真面目な顔で言ってくる。


「あぁ、知らないね。それとな、忠告しとくぞ。お前の記憶が戻ると、お前は白狐達の元には居られなくなる」


「なっ、えっ? ちょっと! どういう事!?」


 だけど酒呑童子さんは、そのまま真っ直ぐに歩いて行き、途中で霧の様に消えてしまった。

 あれは何かの妖術ですか? 妖気も何もかも、一瞬でその場から消えちゃったよ……。


 いや……それよりも。何だかとんでも無いことばかり言っていたよね。


 僕……僕は、いったいどうすれば……。


『椿、どうした! 何があった?!』


『変な妖気を感じた気もするが、ここで何かあったのか?』


 どうやら今までのやり取りは、皆には聞こえなかったようです。

 そういう妖術をかけたのかな? 自分が出す音は、僕達3人以外には聞こえない、とかね。


「あっ、その……実はさっき――」


「何でも無いよ、白狐さん黒狐さん。それより、訓練は終わったの?」


 僕は、今あった事を言おうとするカナちゃんを止め、出来るだけいつも通りにしながら、白狐さんと黒狐さんに返事をする。


 そしてその後に、カナちゃんと雪ちゃんに目で訴える。


「さっきの事はまだ黙っていて」と……。

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