第拾壱話 【1】 普通じゃないビーチバレー

 翌日も、僕達は海に遊びに来ています。当然だけど、ちゃんと水着を着ていますよ。


 旅館の方だけど、妖怪側の方はあんまり被害が無くて、1階の大ホールと宴会場だけがやられていただけでした。そこに皆集まっていたので、集中砲火されたようです。


 一般人の方は、客室が何部屋かやられています。そのせいで、しばらく営業停止になったようなんです。

 外に居た襲撃者達は、無差別にあちこち攻撃をして、それで妖怪をあぶり出そうとしていたので、こっちの方が質が悪いですね。


 そして犯人達は、一旦旅館の地下に閉じ込めています。

 零課に連絡はしたんだけれど、場所が場所なので、今日中に着けるかどうからしいのです。他にも優先しなければいけない事件が発生しているようで、そっちで手一杯だとも言っていたようです。


 そんな状態なので、旅館側は犯人を逮捕したと公表していて、復旧に半年程かかる事を説明していました。

 そして、半年後には再開すると発表した……のですが、そこは妖怪、実は妖術を使って既に復旧は終わっています。たった一晩でね。

 だけど、あんな事が起こった後で、たった一晩で営業再開はおかしいんです。だから、半年は休業する事にした、という流れなんです。


 そして妖怪用の旅館は、一般人には見えないので、僕達の旅行は続行中です。


「椿ちゃ~ん、そっちいったよ!」


「ぬっ! あっぶない!」


 そんなわけで今僕達は、ビーチバレーをやっています。

 でもね……ボールに目があってね、口があってね、舌ベロベロ出してね、手があってね、何だか気持ち悪いのです。


 普通の……ごく普通のビーチバレーをさせて下さい。


「どうした椿、動きが遅いぞ。相手に楽に止められとる」


 相手コートに打ち返したボールは、おじいちゃんに言われた通り、しっかりと楓ちゃんに受け止められている。


 今やっているこれは、普通のビーチバレーではなくて、女性妖怪の特訓なんです。


 その名も『羞恥バレー』


 聞いただけで分かると思うけれど、この特製の妖怪ボールさんを使うのです。

 そして、手や口が付いているのは、ただ食べるのではなくて、羞恥する為のものなのです。


 勘弁して下さいよ……女性の尊厳に関わるんじゃないんですか、これは。

 でも、不満そうにする僕を見たおじいちゃんが『妖怪に人間の尊厳が当てはまると思うか!』って目をして睨んでいました。


「椿ちゃん! 何処見てるの!?」


「へっ、あっ……しまっ――!」


 僕がよそ見をした瞬間、返されたボールがこっちに向かって来て、判断が遅れた僕達は、ボールを返せず地面に付いてしまった。

 そしてその後に、ボールが凄い勢いで跳ね、僕に向かってきたかと思うと、その手を伸ばしてくる。僕の、ささやかな胸に向けて……。


「うぎゃぁあ!! は、離して下……さい!」


『7ー4。ふむ、椿よ。押されとるぞ』


 審判の白狐さんは、こっちに話しかけちゃ駄目でしょう。ちゃんとしっかりと審判してください。


 その後僕は、暴れるボールを体から剥がすと、それを睨みつける。うん、大人しくなりました。


 因みに今は、僕とカナちゃんのチームと、楓ちゃんと海音ちゃんのチームで戦っています。そして、僕達のチームが負けています。

 だって、相手に点数を入れられてしまうと、僕が羞恥されて、そしてそれを見たカナちゃんが鼻血を出してしまって、その後の動きが鈍くなるので、点を取られやすくなっちゃっているのですよ。人選間違えたかな……。


「ふふん、どうしました姉さん。このゲームは、自分達がよくやっているものですから、こちらが有利っすね」


「楓ちゃん、ナイスよ。さぁ、鬼ごっこの時のリベンジをさせて貰うわよ!」


 確かにね……そっちら海の近くに住んでいて、いつでも練習出来るよね。それに対してこっちは初心者。

 もうちょっと配慮をして欲しいけれど、これもおじいちゃん監修の、鬼の特訓とやらなんでしょうね。


 不利な状況でも冷静に分析し、そして勝利する。おじいちゃんが求めているのはこれでしょうね。それにしても……。


「いけぇ! 楓! その調子だ!」


「鬼ごっこでは鞍馬天狗のチームに負けたけれど、ここで取り返すんだ!」


「俺達の有利なこのゲームで、負ける事は許されんからな!」


 旅館の妖怪さん達まで見学してるしね……いや、昨日お仲間さんが攫われたんだよ? 何でそんなに気楽なの。


「ちょ、ちょっと……旅館の妖怪さん達の感性が分からない」


『ふん。あいつ等には、あんまり仲間意識と言うか、お互い干渉し合わないようにしているのか、仲間に何かあってもあの通り、あっさりしたものだ』


 妖怪さん達も、集団によって色々違ってくるんですね……なんだか複雑。


「椿ちゃん、今はあなたがサーブの番だから、集中しよ!」


「うん、でもねカナちゃん、鼻血を出しながら言われてもだよ……先ずはそれを止めて欲しいです」


 この特訓は、半妖の人達にも効果があると言われ、カナちゃんと雪ちゃんも参加しています。

 それと、面白そうだからって理由で、夏美お姉ちゃんまで参加しています。羞恥されるだけだし、危険は無いだろうけれど、妖術や身体強化系の妖具は使えるから、一般人にはキツいと思いますよ。


 とりあえず、カナちゃんの鼻血も止まったみたいなので、ここからは簡単には取らせないよ。


「いくよ……はっ!!」


 そして僕は、白狐さんの力を解放し、ジャンプサーブで相手のコートのラインギリギリを狙う。

 ビーチバレーはアンダーサーブだけれど、これは妖怪が行う、何でも有りの特別なバレーなので、こんなサーブでも問題ないのです。


「甘いよ! 妖異顕現、海壁うみかべ!」


 だって海音ちゃんが、海水を操ってコートの内側に水の壁を作り、ボールを完璧に止めて、こっちのコートに返してくるんだもん。こんなの、まともにやっていたら勝てません。


「大丈夫、椿ちゃん。私がフォローするから!」


 カナちゃんはそう言うと、足に力を入れて走り出し、壁に阻まれてこちらに落ちて来たボールに跳びつき、腕を伸ばしてそのボールを取ると、そのまま上にあげて、僕の方に飛ばしてくる。


 このまま攻撃すれば良いんだろうけれど、また水の壁に阻まれそう。それなら――


「妖異顕現、黒羽の矢!」


 ボールを返すのと一緒に妖術を発動させて、黒い矢をボールより先に飛ばす。

 こうすれば、水の壁を矢が弾いて、ラインの縁まで道を作ってくれる。そこにボールを通せば、相手のコートに返せる。


「甘いっすよ、姉さん!」


 すると、今度は楓ちゃんが動き出し、水の壁を抜けたボールの直ぐ目の前に現れ、アタックする様にして、ボールをこっちのコートに叩きつけてくる。楓ちゃん、君上手すぎないですか。


「なんの!!」


 だけど、ギリギリ地面に付きそうな所で、カナちゃんが間に合ってくれて、再び僕の元にボールを上げてくる。


 もしかして、僕はずっとアタックする役かな? アタッカーとして動くなら別に良いし、水の壁を突破するには、僕の妖術でしか無理だからね。

 でも問題は、楓ちゃんが意外と強い事なんです。砂浜でもピョンピョン走り回っているんですよ。


「これが忍者の素早さっすよ! だけど、流石姉さんですね。ここまで動けるなんて」


 楓ちゃんの言う通りだけど、それは白狐さんの力のおかげであって、僕の力じゃないんですよ。何だか騙している様な気分で、心が少し痛むよ。


 でもやっぱり、負ける訳にいきませんよ。先輩としてね。


「妖異顕現、黒焔狐火!」


 白狐さんの力と同時には使えないから、ボールの威力は落ちるけれど、絶対に消えない黒い炎を纏ったボールは、触りたく無いよね。


「ちょっ……なにあれ!」


「げっ!? 姉さん、卑怯っすよ!」


「そういうのも何とかするのが、この特訓なんでしょ?」


 僕の黒い狐火は、水なんかでは消えない。蒸発させてしまうからね。だから海音ちゃんの、厚い海の壁も難なく突破して、相手コートに向かう。


 そして、それに対処が出来なかった2人は、ボールに触れる事が出来ず、地面に付くまで見ているだけでした。


「くっ……やっぱり強いわね、椿ちゃん」


「そうっすね、でも姉さ――あぎゃぁ!!」


 楓ちゃんが言い切る前に、地面に付いたボールさんがそのまま跳ねて、彼女のお尻をその舌で……ごめんね、楓ちゃん。


「くっ……ね、姉さん。まだっす、まだゲームは始まったばっかりすよ!」


 楓ちゃんは案外素早く立ち直り、ボールを手にする。

 そっか、夏になるといつもこれで遊んでいるんだっけ? それなら、それにも慣れているはずですね。


 そして確かに、ゲームはまだ始まったばかりで、油断は出来ないよね。

 だって負けてしまうと、おじいちゃんの『説法2時間コース』が待っている。これも負けたくはないです。


 というか、おじいちゃんはどれだけ説法をしたいんでしょうか。

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