第拾話 【2】 黄昏る椿と線香花火

 皆に事情を説明した後、僕は隅っこに行って、俯きながら縮こまっています。


『椿、事情は分かった。だがな、誰もお主を責めたりはせん』


「でも、でも……」


 そうは言っても、僕があんな怪我をさせなければ良かったんだよ。もっと言えば、戦わずに何とかして逃げれば良かったんだよ。


「やっぱり、僕のせいで……」


「椿。誰もがこの展開を読めた訳ではあるまい。本来なら負けた磯撫では、この旅館に運ばれ、治療をされ、儂の説法を受ける――という感じで、誰もがそう思う。襲撃されるかも知れないから、戦いで手を抜こうなど、そんな考えが出来るわけ無かろうが!」


 正座しようとする僕の目の前に、剣幕そうになってるおじいちゃんがやって来て、自分を責める僕を止める様にして、思い切り怒鳴ってくる。

 こんな展開になるなんて、そんなの予想は出来ないけれど、それでも僕と戦っていなければ、あんな怪我さえさせなければ、そんな後悔の気持ちが消えないのです。


 でも良く見ると、おじいちゃんが握り拳を作り、そして震えていた。


「良いか、椿。この場にいる誰よりも、先ず1番に責められなければならないのは、この儂じゃ」


 おじいちゃんは、自分の部下の1人が内通者だと分かって、凄くショックを受けている。

 それだけ部下を信頼していて、それを裏切られたショックと、その予兆を見抜けなかった自分の不甲斐なさに、憤りを感じている様です。


 だけど、他の烏天狗さん達がおじいちゃんの元に集まって来て、一斉に謝っている所を見ると、おじいちゃんを責めるのも違うよね。


『いや、待てよ。1番悪いのは、その報告が遅れた酒呑童子だな』


「俺かよ!」


 それはその通りですね、黒狐さん。訓練が始まる前に来てくれたら良かったのに。


「そうじゃな、何故遅れた? 酒呑童子」


「いや、遅れちゃいねぇよ! これでも全速力で来たぞ」


 おじいちゃんが酒呑童子さんに詰め寄るけれど、酒呑童子さんはそれを否定してくる。

 だけど、内通者が居るって分かった時点で、これは危ないと感じるでしょう。


「ちょっ……おい、待て待て」


「そうだった。お前は良く寄り道をしては、酒のつまみを探しているな」


 遂には茶釜さんも詰め寄ってくる。というより、この場に居る全員が、酒呑童子さんに詰め寄っている。


「おっ……待て、う、嘘じゃない。い、急いでいたのは確かだ――気持ちは」


 最後に余計な事を言いませんでしたか。


「よし、茶釜。どれか空いている釜は無いか? そこで湯を沸かし、こいつを放り込め」


 それって、地獄の釜茹での再現かな? 酔って赤くなっている顔が、更に赤くなりそうですね。


「わ~! 分かった、悪かったよ! 寄り道してたよ!」


 やっと白状した酒呑童子さんは、いつの間にか床に正座していたけれど、結局罰として、釜茹での刑を受ける事になりました。


 ―― ―― ――


 ――その日の夜。


 僕は浴衣に着替え、昨日皆と遊んだ浜辺で、おじいちゃんの家の妖怪さん達と花火をしています。


 今日、ここで磯撫でさんと戦ったのが、嘘みたいな感じです。捕まってしまって、いないなんて……。


 それくらい、色々あったのですからね。


「はぁ……」


「椿ちゃ~ん。絵的には凄くしおらしく見えて、可愛いんだけれどね、あからさまに線香花火でたそがれないでくれる?」


 僕と同じ様に、浴衣に着替えたカナちゃんがそう言ってくるけれど、たそがれたくもなりますよ。

 いくら自分に言い聞かせても、やっぱりどうしても後悔をしちゃう。あの時こうしていればって、そればっかり考えちゃうよ。


「あのね、椿ちゃん。内通者の捜索はしているし、誰が連れ去ったかハッキリしているから、探しようはあるよ。それにもしかしたら、これで敵のアジトが分かるかも知れないでしょ?」


「カナちゃんはポジティブで羨ましいです。でも、居場所が分からなかったらそこまでだよね?」


 僕の返しにカナちゃんは押し黙るけれど、そのまま僕の頭を、軽くコツンと殴ってくる。


「カナちゃん?」


「椿ちゃん、あんまり自分のせいだ自分のせいだって、そんなに追い詰めない方が良いよ? 苦しいから」


 そう言ってくるカナちゃんの目は、どこか悲しそうで、それに辛そうにも見えた。

 カナちゃんも昔、何かあったのかな? でも多分、まだ教えてはくれないよね。旅行が終わってからだからね。


「ひっ?! 冷た!!」


 すると急に、僕の首元に冷たいものが当たる。

 あまりの冷たさにビックリして、急いで後ろをふり向くと、そこには雪ちゃんと楓ちゃんが立っていました。


「しんみりしすぎ」


「そうすっよ! 姉さん! せっかくだから楽しみましょう!」


 2人も浴衣姿で、両手に大量の花火を持っている。それ、全部使う気かな。

 楓ちゃんは押さえておかないと、全部の花火に火を付けて、その辺りを走り出しそう。


「楽しもうって……楓ちゃん、旅館の方は良いの?」


 僕は、片方の手に持った花火全部に、ライターで一斉に火を付けようとする楓ちゃんの腕を掴みながら、その事を確認する。既にやろうとしてたよ、この子。


「大丈夫……では無いっすけど、自分はお客として来ている、翁の家の妖怪さん達の相手を、任された……っす!」


 必死で僕の腕を振り払って、火を付けようとする楓ちゃん。

 そんなに暴れたいんですか? というか、そうやって意気揚々とやってしまうから、何でもやり過ぎてしまって、結果的に片付く物も片付かない恐れがあるから、良いようにあしらわれたんじゃ無いのかな。


『旅館の方は、半年ほど営業出来んくらいにやられてはいたが、本業は妖怪食の工場じゃからな、痛くもなかろう』


『それよりもだ、旅館側の妖怪の中で数人、磯撫でと同じように連絡が取れないんだ。どうやら奴と共に、一緒に連れ去られたようだな』


「えっ?」


 すると、浴衣姿でやって来た白狐さん達が、またとんでもない事を言ってくる。


 やっぱり、あの時ちゃんと僕が気付いていれば……。


『椿よ。言っておくがな、あの時気付いてしまっていたら、お主の方が捕まっておったぞ』


 あれ? 何で僕が、そんな事を考えているって分かったのかな。


『あのな、顔に出ているぞ。椿、お前は磯撫でに勝ったんだよな? つまりその内通者は、お前の強さを見て、捕まえるのは骨だと感じ、磯撫での方を攫ったのだろう』


「そうだとしたら、僕のせいで犠牲になったとしか――」


 すると今度は、結構力強い感じで、僕の頬が誰かに引っぱたかれた。


「えっ?」


 良く見ると、引っぱたいてきたのはカナちゃんでした。

 しかも右手で引っぱたいた後、左手で右手を掴み「やっちゃった」って感じの顔をして震えています。そんなに僕を殴るのがキツかったんですか……。


「はぁ……はぁ。ごめん、椿ちゃん。あのね、悪い言い方をするけれど。私、あなたが連れ去られずに良かったって思ってるよ。だって、あなたが連れ去られたら、もっともっと大変な事になるでしょ? 自分のせいで何て、悲しい事は言わないで」


 そうでしたね……確かに僕の中には、とんでもないのがいっぱいありましたね。


「…………」


 僕は何も言えず、ただ黙って聞いています。


「良い? 椿ちゃん。その悔しさをバネにして、もっと強くなって、そして絶対に磯撫でさん達を、攫われた妖怪さんを皆助ける。それで良いんじゃないの?」


「ん、うん……そう、だよね」


 カナちゃんの言う事は正しいです。

 そうすれば良いだけの事。ずっと後悔するよりも、その方が遥かに良いよね。


『本当は、それを我等が言いたかったのだがな。やれやれ……椿よ、良い友達を持ったな』


 白狐さんも黒狐さんも、優しい目で僕を見てくる。慌てて視線を逸らしたのは、言うまでも無いですね。その優しい表情に、危うく落ちるところでした。


「椿ちゃ~ん! 美味しいもの食べて元気だそ! 今日の晩御飯は、このままここでバーベキューをするよ!」


 すると今度は、旅館の方から里子ちゃんがやって来て、大量の妖怪食を両手に抱えて来ました。

 辺りはとっくに薄暗いし、もうお腹もペコペコでしたね。それに、ここに一般人は来ないし、僕達の事は見えないはず。バーベキューをしても、大丈夫だよね。


「椿、海坊主が大量に魚を獲って来てくれたわよ。何時までもウジウジしてないで、しっかり食べて、早く元気出しなさい」


 美亜ちゃんはずっと、海坊主さんの居る岩に居たけれど、美亜ちゃんが獲らせていたんじゃないよね……。


「椿ちゃ~ん! なんなら、私が今晩一緒に寝て――」


「母さん、駄目。一緒に寝るのは、私」


「ちょっと雪~私よ!」


 何故か氷雨さんが、そのお母さんっぷりを見せようとしてきたんだけれど、雪ちゃんとカナちゃんが止めてきましたね。


「椿ちゃん、気分が晴れる特別な石、持ってきたよ。ほら、上げるね」


「椿ちゃ~ん、大きく伸びをすれば気分もすっきりするわよ。しっかりと首を伸ばして、は~い、上を向いて~!」


 あぁ……今度はぬりかべさんと、ろくろ首さんまでやって来たよ。

 綺麗な石はありがたいけれど、ろくろ首さん……僕は首がそんなには伸びないからね。


「椿ちゃん~」「椿ちゃん……」「椿ちゃん!」「椿ちゃ~ん」


 次から次へと、おじいちゃんの家の妖怪さん達が、僕の下に集まって来ては、皆元気付けようとしてくる。


 あ~もう……こんなんじゃ、迂闊に落ち込めないじゃん! こうやって集まって来ては、めちゃくちゃ心配してくるんだもん。皆さん、本当に妖怪なんですか? めちゃくちゃ人間っぽいよ。


「ひぇぇえ! 姉さん、助けてぇ!」


「何?! どうしたの、楓ちゃん!?」


 そんな時、楓ちゃんの叫び声が聞こえてきたから、急いでその声の方を向くと、楓ちゃんが僕の後ろで、両手の花火に火を付け、必死に走っていました。


 でも良く見たら、尻尾が燃えているような……。


 しまった……いつの間にか、楓ちゃんの腕を離していたよ。そのままいつも通りに、あり得ない事をしてくれたね。


「楓ちゃん、海! 海に飛び込んで!」


 僕は楓ちゃんに指示を出すけれど、中々海の方に行ってくれません。


「嫌っす! 浴衣が濡れるっす!」


「そんな事言ってる場合じゃないでしょう!! もう! 妖異顕現!」


 その後は、僕が妖術で海の水を操り、楓ちゃんの尻尾だけに水をかけ、無事に消火する事に成功しました。


 皆して僕を元気付けようとしてくれるのは嬉しいけれど、あんまりやり過ぎないで下さいね。

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