第拾話 【1】 最強の鬼、酒天童子

 旅館を襲った人間達、合計20名を何とか捕まえ、縄で縛り付けた後、おじいちゃんが零課の人に電話をした。

 また僕の下ぼ……じゃなくて、杉野さんが来るのかな? でも、ここは遠いから別の人が来そうですね。


 そして、お札に封じられ捕らえられていた妖怪さん達も、そのお札から解放され、安堵の表情を浮かべている。とにかく、全員無事で良かったです。


「それにしても、白狐さん黒狐さん。この妖怪さんはなに?」


 僕は、ひょうたんを持ちながら寝コケている妖怪さんを見て、2人に聞いてみました。


 その妖怪さんは人型で、ヨレヨレの使い古したトレンチコートを着て、ボサボサの髪で、無精髭をしている……どう考えても、ダメ人間の典型的な姿です。だけど額には、2本の角があった。

 そしてひょうたんからは、ほのかにお酒の匂いが漂っている。まさか、この妖怪さんは……。


『まぁ、この格好から分かるかも知れんが、こやつは酒呑童子しゅてんどうじよ』


 やっぱり、超有名な妖怪さんでした。


「でもその妖怪って、悪い事をして退治されたんだよね?」


 すると、白狐さんの横におじいちゃんがやって来て、呆れた顔で酒呑童子さんを見下ろした。


「こやつは改心したらしくてな。その言葉を信じて、色々と仕事をやらせとるのだが……酒は止められんかったようだな。酒も没収するべきか……」


 おじいちゃん……それは止めた方が良いかも。この妖怪さんからお酒を取ったら、ただの暴れん坊な鬼じゃないですか。


「おほぉ、絶景絶景~最近は、下に何も履かないのが流行ってるのか?」


「えっ?」


 下から声がしたので、ゆっくりと視線を降ろすと、酒呑童子さんが起きていて、下から僕のカッターシャツの中……を――


「ぎぃやぁぁあ!!」


「ぐほっ!」


 下を……下着を履いていないんですよ。忘れていました。

 咄嗟に酒呑童子の顔に乗り、涙目になりながらも、僕は両足で同時に踏み付けています。


「おじいちゃん! 記憶を……記憶を食べる妖怪さん連れて来て!」


 今見たものを、全部記憶から消し去らないといけません。だって、全て見られたんだよ……。


「お~こりゃ……美少女に足蹴にされるのも堪らんな」


「効いてな~い!! うわぁぁあん!」


 それでも、足踏みしながら必死に踏み付ける。もう泣きそうです、いや……泣いています。


『何をしとるか、酒呑童子!!』


「ぐぇっ?!」


 すると、ようやく白狐さんが、僕の足の下にいる酒呑童子を、思い切り蹴り飛ばしてくれました。でも、遅いですよ。

 そしてその後、黒狐さんが重力の妖術を発動し、酒呑童子を苦しめています。


「うぐぐぐ……! す、すまん。お前達のものだったのか、わ、悪かった!」


『い~や、まだ酔っている様だから、こうやってしっかりと押し付けて、中の酒を吐き出してもらわないとな』


 黒狐さん、怖いですって……。

 酒天童子さんがぺちゃんこになっているのだけは、見たくないですからね。それ位にした方がいいと思いますけど……。


『椿の裸体は、我等でも見た事が無いんだぞ。貴様は万死に値する』


 白狐さんも怖いです。2人とも落ち着いて下さい、殺す気ですか……。


「白狐も黒狐も、それ位にしておけ。それに酒呑童子よ、お前さんには重要な仕事を任せておったろう」


 おじいちゃんが白狐さん達を制し、酒呑童子の前に出て来ると、そう言ってきました。

 それでも、おじいちゃんだって風を使って、酒天童子さんを逆さまに浮かせているけどね……。


「昔お前さんが作った組織『亰嗟』その尻ぬぐいをさせる為に、組織の本部を破壊しろと言ったが、それはどうなったんじゃ?」


 そんなお仕事をさせていたんですね。この妖怪さんが作った組織、亰嗟……ですか、亰嗟ね――


「――って、えぇぇぇえ?!」


 あまりの事に、一瞬理解が出来ませんでしたよ。この酒呑童子さんが、亰嗟を作った張本人なんて。


「何じゃ白狐黒狐、話してなかったのか?」


『いや、任務の事はな……椿に危険があるかも知れんかったのでな』


 白狐さん、お気遣いありがとうだけど、何だか僕だけが仲間外れにされた気分です。


『椿、そうねるな』


「拗ねてません」


 すると、いきなり僕の後ろから、誰かに頬を突かれた。


「そうやってね、頬を膨らまして不機嫌になってたら、誰だって拗ねてると思うよ~椿ちゃん」


「カナちゃん! それに雪ちゃん、夏美お姉ちゃんまで! 良かった……無事だったんだね」


 そこに居たのは、どこかに避難していて、ずっと姿が見えなかったカナちゃん達が居ました。

 旅館の人達から、騒ぎが収まったのを聞いたみたいで、居ても立ってもいられずに走って来たみたい。


「まぁ、私達は従業員の控え室の方に、避難をしていたんだけどね……一刻も早く出たかったわ」


 あれ? 夏美お姉ちゃんが震えてる。


「まるで、霊安室……」


「ちょっと雪……駄目だって」


 そう言えば、ここの旅館で働く人達って、全員が幽霊でしたっけ? という事は、その控室って……。


「あ、遺体は無かったよ。ただ、位牌がね、沢山ね……あと、ちょっと背筋がゾクゾクしたかな」


 カナちゃん達はこの夏、お化け屋敷に入る必要は無くなったようですね。十分に納涼をしたみたいです。


「ほぉ~これはこれは何とも、逸材だらけじゃね~か」


 すると、そのカナちゃん達の後ろから、酒呑童子さんの声が聞こえてくる。あっ、まさか――って、もう遅かったです……。


「きゃっ!」


「っ?!」


「ちょっ! 何このおっさん!」


 酒呑童子さんは、3人のお尻をしっかりと触っていました。しかも、ちょっと手を動かしたような……どっちにしても最悪ですね。


 そして触られた後に、夏美お姉ちゃんが酒呑童子さんにビンタをしようとしたけれど、酔っぱらった足取りのまま、ギリギリで交わしていました。

 それを見たカナちゃんと雪ちゃんも、酒呑童子さんを殴ろうとしたけれど、全て避けられています。ヒラヒラと動いていて、まるで紙の様に避けていますよ。


 何あの動きは……ただ者じゃないですよ。


「あ~酒呑童子さんに捕まっちゃったか~」


 僕の横で里子ちゃんが、嫌そうな顔をしていました。ついでにその隣では、呆れた顔をする美亜ちゃんも居ます。


「あぁ見えて、酒呑童子さんは強いよ。酔拳の使い手だしね」


「それは見て分かりました」


 だって、明らかに普通の酔っぱらいじゃないもん。しかも、あの性格……誰かを思い出す。


「はっはっは、ほらほらお嬢さん達~もっと触っちゃ――ぐぇっ?!」


 僕の友達を、これ以上陵辱させてはいけないと思った矢先に、また黒狐さんが重力の妖術で、酒呑童子さんを地面に押さえつけていました。


『酒呑童子、遊びが過ぎるぞ。いい加減、ここに来た理由を言え!』


「そう怒んなよ、黒狐~ある情報が手に入ってよ、それを調べる為に、鞍馬の翁に聞こうとしたんだよ。そしたら、こっちに旅行中って言うからな、わざわざ来てやったんだよ」


 それよりも、僕思った事があるんだ。あなたが亰嗟を作ったのなら、あなたを捕まえてしまって、そして色々と聞いた方が――


「ちょっと待て、お嬢ちゃん。俺はもう、亰嗟を抜けてる! というより、追い出されたんだがな」


「へぇ、何で僕が考えている事が分かったの? それと追い出されたっていうのも、なんだか信じられないな~」


「そんな怖い目で見られたら、そうだと思うだろう」


 それでも信じられないと思っていたら、白狐さんが僕を制してくる。


『椿よ、裏は取れとる。それにじゃ、こいつが亰嗟を抜けたのは、丁度奴に退治をされた年、千年以上前の事よ』


 えっ? そんなに昔に、とっくに抜け――


「って、千年!! 亰嗟って、そんな昔からあるの?!」


 あっ、でも皆のこの感じ……また僕だけ仲間外れにされてたかな。


 そんな情報を手に入れても、僕にだけ話さないのは、僕を危険な目に合わせたくないからなんだろうね。それは分かるんだけれど、何だろう……このモヤモヤする気持ちは……。


「椿ちゃん可愛い」


「むぅ~」


 カナちゃんが面白がっている。僕は君の妹じゃないですよ。


 そして、酒呑童子さんがゆっくりと立ち上がり、頭を掻きながら話を進める。

 その顔がちょっとだけ真剣なので、これ以上ふざけるつもりはないように思えるけど……。


「まぁ、そんな昔だからよ。奴等のアジトも、今となっちゃ分からん。ったく、あのバカ弟子が」


 バカ弟子……この飲んだくれの酒呑童子さんに、弟子なんて居たのですね。


「でよ、新たな情報でな。亰嗟の内通者が、鞍馬天狗の翁の所に居ると、そう聞いたのよ」


「何だと!?」


 あのぉ……僕を置いて話を進めないで欲しいです。

 だけど、内通者がおじいちゃんの部下に居る? それって、烏天狗さんの事かな。


 その瞬間に僕は、小さな違和感を感じました。


「ねぇねぇ、皆。磯撫でさんを知らない?」


 頭を押さえながら、違和感の正体を探る。

 そんな時、雨降り小僧さんがテクテクと歩いて来て、そんな事を言ってきました。


 何だろう……違和感が、より濃くなっていく。


 どうやら磯撫でさんを探しているようで、まだざわついているホールの中を、必死に見渡していました。

 そういえば、僕を磯撫でさんと合わせて直ぐに、この子はどこかに行っちゃったから、あの後の事は分からないんだね。


 あの後は――あっ、そうだ。


「なに? おらんのか? おい茶釜。磯撫ではどうした?」


「んっ? そういや、ここでは見ていないな。だがどうせ、海で誰か来ないかと、まだ仁王立ちでもしているんじゃないのか?」


 違う。磯撫でさんは、僕と戦って……爆発を聞いて、それで急いで旅館に……烏天狗さん、と――


「あ、あぁぁ……あぁぁあ!!」


 違和感の正体に気付いた僕は、いつの間にか声を上げていた。


『何じゃ、どうした椿!』


「酒呑童子さん……遅い、よ。磯撫でさんはきっと、亰嗟に連れて行かれたよ。ぼ、僕のせいだ!」


 そう、あの烏天狗さんが内通者で間違いない。だってあの時、その烏天狗さんは空を飛んでいなかった。

 そして、僕の居たあの浜辺からは、せり出した山に隠れていて、旅館は見えなかったんだ。


 それなのに、その烏天狗さんは叫んだ。


『旅館が爆発した?!』


 火の手なんて見えるはずが無いのに、直ぐにそんな事が言えるのは、事前に爆発すると分かっていたから。咄嗟に口に出ちゃったんだろうけど、気付けなかった……。


 更に磯撫でさんは、僕と戦った後で、渾身の攻撃を受けて満身創痍だった。

 普段なら連れ去られそうになっても、撃退出来ると思うんだけれど、それが出来無かったんだと思う。


 僕のせいで……僕が全力なんて出さずに、あんな怪我を負わせなければ、磯撫でさんは、連れ去られなかったかも知れない。


 僕のせいだ……。

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