第玖話 【2】 謎の妖怪登場

 この負なる者。人間のくせに、私達妖怪を使役しようとするとは。それならば、それ相応の覚悟は出来ていますよね。


 それに、この肩に乗っている霊狐は、中々良い子ね。健気に私に妖気を送ってくれている。私の力が安定する様にね。


「ちっくしょ! この野郎が!」


 さっきから刀を振り回しては、鎌鼬かまいたちを封じたお札から、真空の刃を作り出し、それを飛ばして来てますが、本人の型がなってないので、こんなのは簡単に避けられますよ。


「どうしました? 負なる者。さっきからかすりもしていませんよ」


「ふざけんな、なんなんやお前は! いきなり口調が変わったと思ったら、性格まで変貌しとるやんけ。単なる痴女か? てめぇは!」


 おやおや、私が裸なのを気にしているとは、案外ウブなんですね。ですが、今は戦闘中です。そんな感情があっては、負けますよ。


「妖異顕現、金華浄焔きんかじょうえん


「くぉ! っぶなぁ! やるやない……かぁっ?!」


 負なる者が私の炎を避けた後、何故か隙だらけだったので、そのまま懐に入り、勢いよく蹴り飛ばしました。


「何ですか……この弱さ」


 それなのに、他の妖怪達は捕まったりしていますね。信じられません。

 この負なる者達を、これ以上調子に乗らすわけにはいかないので、全員助けないといけませんね。


「天神招来、天矢あまや怒弓どきゅう


 そして私は、ホールにいる負の欲望にまみれた者を、全てロックオンし、右手から金色に輝く矢を発射する。これは負なる者にのみ反応し、そいつらを滅するまで止まりません。


「ぐはっ!」


「ぎゃあ!」


「うわぁぁあ!」


 負なる者達は、私の弓に貫かれて次々と倒れていく。殺しはしてませんよ。そんな事をしては、私も負なる者と同じです。

 ただ、この矢に貫かれたら、この先1週間は意識が戻りませんからね。そして意識が戻った時は、心が浄化され、清い心の持ち主になるはずです。


「この、野郎が!!」


 しかし最後に、目の前の刀を持った者を貫こうとすると、それを避けられてしまいました。意外とやりますね。

 そしてそいつは、刀を頭の上に掲げ、思い切り振り下ろしてきました。その時に発生した真空の刃は、思った以上に大きく、私の体を吹き飛ばす。


「くっ、あくまで抵抗しますか、負なるも――っ?!」


 後ろを確認していませんでした。開け放れていた扉に、思い切り頭をぶつけてしまい……い、意識が……。


『椿! 大丈夫か?!』


『む、これは……黒狐よ、頭を打ったからなのか、椿の神妖の妖気が乱れている』

 

 い、いけない……こ、このまま……では――


「ムキュ! ムキュゥ!」


「う~ん、レイちゃん……耳元でうるさいよ。あっ、よかっ……た。戻れた、のかな? って、うわぁ! 裸でしたぁ!」


 恥ずかしさのあまり、その場でへたり込み、急いで胸を隠します。戻れたのは良いけれど、あの時の僕には羞恥心がなかったです。


 さっき頭を打った瞬間、僕の意識が混濁したので、その隙に妲己さんが、神妖の力を抑えてくれていました。お陰で、一つ分かったことがあります。


【危なかったわ~全く、神妖の力を少しは使える様になったからって、多様はしない事!】


「はい、すみません。でも、おかげで分かったよ。神妖の力を封印しているのが、実は妲己さんだって事。センターの人達がやったのは、封印というよりは、壷の中にただ戻しただけなんですね」


【あ~らら、バレちゃったか。でもまぁ、やっぱり椿にはこの力はまだ早いわね。もっと修行して、今より強くなってからね。それじゃあ、おやすみ~】


 そう言うと、妲己さんはまた静かになった。

 とにかく妲己さんは、僕の力を奪おうとしているわけではないようです。そうなると、余計に分からなくなっちゃったよ。妲己さんが僕を助けてくれる理由。


『椿、大丈夫か。服は?』


「ありがとう、白狐さん。ちょっと、訓練中に破れちゃって」


 その時白狐さんが、僕の後ろにやって来て、ソッと上着をかけてくれた。

 でもこれ、ちょっと大きめのカッターシャツですね。僕に何て格好をさせるんですか。余計に恥ずかしい格好になっちゃったよ……。


『全く、頑張るのは良いが、あんまり心配をさせるな』


 白狐さんが、期待した目で僕を見てくる。

 裸よりマシだから着るけれど、これはこれで恥ずかしいんですよね。だから、あんまりジロジロ見ないでね、白狐さん黒狐さん。


「はっ、戻りよったか。しっかし……あんなん聞いてへんで。お前みたいな奴がいるなんてなぁ、こりゃ割に合わへん」


 そして、丁度僕が着替え終わると、鎌鼬の刀を持った男が、ブツブツと文句を言いながら近付いて来た。


 その後に、その人は辺りを見渡すけれど、面倒くさそうな顔がより険しくなっちゃっています。

 だって他の襲撃者達は、とっくに妖怪さん達に取り押さえられているから。僕が暴走している内に、白狐さん達が急いで捕まえてくれたらしいです。


「あ~どうすっかなぁ……こりゃ面倒やなぁ」


「だったら、大人しく捕まって」


 そう言うと、僕はフラフラになりながらも立ち上がる。

 レイちゃんの方も、妖気を送るのがそろそろ限界そうだし、大人しく捕まってくれた方がありがたいけれど、そう上手くはいかないですよね。


「アホ抜かせ、お前等化け物なんかに捕まってたまるか。人ではないお前等を、家畜の様に扱っても、誰も何も文句言わんし、その上こんなすげぇ力が扱える様になるねんで。むしろ逆や! お前等の方こそ、大人しく捕まれや!」


 この人への怒りからか、また神妖の力が暴走しそうになる。でも、流石に押さえないと。そんなに何回も暴走していたら、僕の身が持たない。

 白狐さん達に倒して貰っても良いんだけど、何か他に隠し球や、増援なんかが来られた時の為に、その力を残しておいて欲しい。だからここは、何とか言葉で退かせるか、大人しく捕まって貰いたいんだ。


 そして僕は、目の前に居るその人に、今の言葉の中にあったおかしな部分を追求する事にした。


「そう言うけどさ、君を雇っている所、亰嗟だっけ?」


 するとそいつは、何も言わずにただ僕を睨む。それを肯定と受け取った僕は、話を続ける。


「そこにも半妖が居るじゃん、妖怪と人間の合い子のさ。君の方がそいつらに使われているから、その言葉に説得力が無いんだよね」


「あ~? マジで? 亰嗟の上の奴等って、化け物なん?」


 あっ、しまった。あの目は、本当に知らなかったって目だ。


 この人は、自分達が雇われている亰嗟が、いったいどういう組織なのか知らずに動いている。というよりも、教えられなかったのか、もしくは掲示板やメールで、最低限のやり取りしかしていないんだ。


「あ~そっか~ええ事教えてもろたわ~」


 ちょっと待ってください、何ですかあの目は……何を考えているか分からない目。でも、狂気に満ちた表情をしている。この人、危ない人だ。


「せやけど、お前等の方が強そうやな~あ~でもなぁ……そんな、人と化け物の間の、中途半端な奴等に良いように使われるのもな~」


 何だか、迷っている様ですね。


 するとその時、おじいちゃんがその人の上から、天狗の羽団扇で使って押さえつけようとした。


「おっと! さっすがやな天狗のじじい。しっかし、他の奴等はもう使えんし、あ~面倒いわ!」


 その前に、おじいちゃんのあの攻撃を避けるなんて、いったいどんな反射神経をしているんですか。


「人間のくせに、やりおるわ。だが、今大人しく縛に就けば、痛い目を見ずに済むぞ」


 おじいちゃんは、怒り心頭した顔でそう言った。あれは……かなり頭にきてると思うよ。


「はっ、やなこった。しゃ~ないから、ここはとんずらさせて貰うとするわ。楽に稼ぐ。それが俺のモットーやのに、こらもう楽やないわ。ほなな!」


 するとそいつは、懐からお札を取り出して、自分の頭上に掲げた。その瞬間、そいつが手にしたお札から、閃光弾の様な激しい光が放たれる。


 しまった! あのお札は、滅幻宗も使っていた物だ。

 それが本当に一瞬の事だったので、次の反応が遅れてしまい、僕達は全員目が眩んでしまいました。


「ぬぅ! くそ、逃がすな! 白狐、黒狐!」


『す、すまん翁……我等も油断しておった』


 確かに、僕の後ろで「しまった!」って叫んだもんね。


 そして足音から、刀を持ったそいつが、ホールの出口に向かっているのが分かった。

 それは分かるんだけど、神妖の力を大量に使ってしまい、僕は走れません。走ったら多分、力無く倒れちゃうかも知れない。


「へっへ~こいつらはほんま、おつむ足りんのか! あっさりひっかかりおってからに――ぬぉ?!」


 捨て台詞がムカつく言葉だなって思っていたら、そいつが急に、出入り口の所で立ち止まった。あれ、何かにぶつかったのかな。そんな音もしたよ。


 僕は目をしばたかせ、何とか状況を確認しようとするけれど、まだ目の前がチカチカします。


「なんやお前は! 退けや! フラフラしてんな!」


 誰かがその人の前に立っているのかな? 逃げようとしているその人が、誰かに向かって怒鳴り散らしている。


「あ~こりゃ、すまんな~ちょいと飲み過ぎてよ。あ~確かここに、旅館があると思ったが、何か襲撃されてるよな~えっ、もしかしてこれ、泊まれないのか?」


 何でしょうか、お客さんなのかな? それにしても、酔っ払っているの? 呂律があんまり回ってないような喋り方だよ。まだこんな早い時間帯にというか、真っ昼間から飲んでいたのでしょうね。


「あい、おっさん! 退けっつっとるやろう!」


「えっ? あっ、危ない!」


 ようやく目が見えてきたから、出入り口の方を確認すると、逃げようとしていたその人が、出入り口で立ち塞がっていた、大柄な男性に向かい、その刀で斬りつけようとしていた。


「おぉっと! と、ととと……あ~ぶね~ぞ、てめぇ……こらぁ!!」


「……あがっ?!」


「えっ?!」


 いったい……何が起こったの。


 今、出入り口に居た千鳥足の男性が、フラフラしながらも、相手の真空の刃を避けたと思ったら、そのまま前のめりになると、思い切り拳を振り下ろして、斬りつけてきた相手をぶん殴り、そのまま地面に叩きつけました。


「ふん……俺に喧嘩売ろうなんざ、100年早――ぐがぁ~」


「寝た~!!」


 あまりの出来事に、つい叫んじゃいました。


 だってぶん殴った後に、そのまま後ろに倒れて寝ちゃったんだよ。いったい何ですか、この人は?!

 いや、人じゃないですね。その人から妖気を感じるから、あの人は妖怪です。

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