第玖話 【1】 バイト感覚の襲撃者達
楓ちゃんに作戦を伝えると、早速準備をさせる。
それは、タイミングを間違えたら大変なのと、登場の仕方が重要だから。
だけど、彼女には悪いんだけれど、僕が考えている効果は、楓ちゃんの登場で度肝を抜くというよりも、呆気に取られるといった状態を予想しています。
そして僕の方は、大ホールの出入り口の陰に隠れ、様子を伺いつつ、反対側にいる楓ちゃんに、今が1番効果的だと思う所で、合図を送って作戦を実行して貰う。その後に動きます。
「姉さん、意外と人数多いっすよ。ここに敵が全員、集まっているんじゃないっすか?」
「うん、それならラッキーだよ。上手くいけば、一網打尽に出来る」
「おぉ、なるほど! 姉さん、自分頑張るっす!」
楓ちゃんの目は、やる気に満ちあふれている。
彼女のお父さんは体が大きいから、ここらでも無事なのが分かったし、お母さんの方も、その肩に乗っているのが見えて、無事なのが分かりました。
だから、楓ちゃんは直ぐに冷静になれて、そして僕の作戦を実行する為に、やる気満々なんですよね。
だけどごめんね、楓ちゃん。君は今から、恥ずかしい目に合います。
「おじいちゃんも無事そうだし、白狐さん黒狐さんも無事だね。でも、誰1人として倒せていないのは何で?」
僕より強い人がいっぱい居るし、いくら敵の数が多いからって、敵は全員人間のはずです。何で苦戦しているんだろう。
だけど、その答えは直ぐに分かった。
おじいちゃんと白狐さん黒狐さんの前に、誰かが立っていて、そいつが刀に手をかける度に、白狐さんが真剣な顔で腕を振るい、何かの攻撃を防いでいる。
「あの人か……ここの襲撃を指示した人は」
「姉さん。自分、いつでもいけるっすよ」
だけど僕は、まだ楓ちゃんに行けとは指示しない。それは、相手の強さが分からないから。
あの白狐さん黒狐さん、更にはおじいちゃんを相手にして、真正面から戦っているんだ。
それはよっぽどの自信があるからなのか、それともただのおバカさんなのか。その判断が出来ないと、あいつに捕まってしまったら意味が無いよ。
「姉さん……あいつら何か、真っ白いお札を出してるっすよ!」
「えっ?」
楓ちゃんに言われ、相手の手を良く見てみると、確かに襲撃して来ている人達が、何も書かれていない真っ白のお札を持っているのが見えた。
しかもそこから、嫌な感じの妖気が溢れている。
「まさか、あれで捕まえようとしているんじゃ……」
だって、そのお札を手にしてから、そいつらの顔付きが変わっている。その顔は「いい気になるのも今の内だ」って感じです。
「楓ちゃん、今しかない。作戦開始」
「了解っす!」
それとね、静かにお願いしますよ、楓ちゃん。
僕の真剣な顔を見て、楓ちゃんも分かってくれたのか、慎重に行動に移――
「妖異顕現、狸変化!」
――さないよね……しかも、ここで変化してどうすんの。中に入ってからでお願いしますよ。
僕の作戦では、楓ちゃんに大きな牛の化け物に、妖怪で言ったら
多分だけど、角の代わりに大きな狸の耳になってるだろうけど、そのお間抜けっぷりで、相手を拍子抜けさせたかった。させたかったんだよ……。
「グハハハ! 貴様等! 俺様の縄張りで何し……あ、あれ? 姉さん、入れないっす……」
「楓ちゃん、中で変化して欲しかったんだよ。というか、言ったよね?」
「あっ……」
しかもさ、僕の居場所までバラさないで、こっち見ないで下さい。この作戦、楓ちゃんには荷が重すぎたのでしょうか。
だけど、このあまりの失敗ぷりに、敵さんがポカーンとしちゃってますね。これはこれで、逆に成功しているかも。
それならと僕は、急いで行動に移します。2本足の牛の化け物に変化している、楓ちゃんの足をすり抜け、敵の中に突っ込んで行く。
やっぱり角の代わりに狸の耳だし、牛の尻尾の代わりに狸の尻尾だったよ。楓ちゃんはもう少し、変化の練習が必要ですね。
「妖異顕現、黒槌土塊!」
そして、札を持っている人に狙いをつけ、妖術を発動すると、ハンマーみたいになった尻尾で、次々とその人達の頭を叩いていく。
だけど、どういうわけかまた、相手が地面に突き刺さっちゃいます。加減しているつもりなのに、何でなの。
そんな僕の姿を見た白狐さんと黒狐さんも、これが僕の作戦だと気付いてくれて、直ぐに行動に移してくれた。次々と、目の前の相手を倒していってくれている。
『椿! 刀を持っている奴には気を付けろ!』
「えっ? うわっ!」
黒狐さんが大声で注意してきた瞬間、僕の目の前を、真空の刃が通り過ぎた。
「お~お~全く、完全に場を乱してくれやがったな」
刃が飛んできた方向、さっきまで白狐さん達がいた、大ホールの正面の方を見ると、刀を抜いたそいつが僕を睨んでいた。
黒い額縁眼鏡から除く目は座っていて、セミロング程の長さの髪を後ろに流し、下はジーンズのズボンに、白い柄付きTシャツ、そして黒いカッターシャツを上から羽織っている。
どこから見ても完全に、ごく普通の人です。そんな人が刀を手に持ち、殺意剥き出しで僕に近付いて来る。
「ほんま、勘弁してくれや。俺達のバイト、邪魔すんなや」
「えっ……バイト?」
その人の言葉に、僕は驚いて聞き直してしまう。
だって、本当にあり得ないもん。この状況は普通に犯罪なのに、この人達はバイト感覚なんて……。
「そや、バイトや。捕まえた化け物の強さで、バイト代が高なるねん。まさに夢の一攫千金。モンスターハントってとこや!」
その人は、両手を広げて叫ぶと、欲望に飢えた目を向けて来る。嫌な視線ですね。
「お前……中々高い妖気持っとるな。こりゃボーナスもたんまり付くやろうな」
「へぇ、何で僕の妖気が分かるの?」
僕は、内から湧き上がる怒りを抑え、こいつから情報を聞けるだけ聞く。ペラペラと、よく喋ってくれるからね。
「そりゃ、この素晴らしい道具のお陰よ」
そう言うとその人は、右手を前に突き出して、その人差し指を立ててくる。
するとそこには、変な指輪がはまっていて、その指輪から妖気が出ているのが分かった。あれは多分、妖具だろうね。
「こいつはな、化け物の放つ妖気ってのを感知出来る、優れ物なんや。その量だけやなく、気の濃さで強さまで分かるねん。そんでこいつが――」
するとその人は、今度は刀の方に手をやり、そして僕に向かって振り抜いてくる。その瞬間、またあの真空の刃が飛び出し、僕の方に襲って来た。
「くっ!!」
「ほぉ、何度も避けてくるとは、厄介やなお前。この
またとんでもない言葉が出て来て、僕は思わず、凄い形相でその人を睨んでしまう。
だって、嫌な予感がするんだよ。その刀は、柄の部分から刃に向かって、伸びる様にしながら妖気を発していて、刀を包み込んでいる感じなんです。
「お~こわ。何怒っとんねん、化け物が。お前もこうなるんやで」
そう言って、その刀の柄の部分を指差してくる。
そこには、お札が捲かれている様に見えるけれど、ま、まさか……。
「ほら、見てみ。ああやって、お札にお前等化け物を封じ込めんねん」
今度は、辺りを見渡す様にして言ってきたので、僕は急いで周りを確認する。
すると他の妖怪さん達が、次々と人間達に捕まり、白いお札に吸い込まれていた。
「や、やっぱり……あのお札は」
嫌な予感が的中した僕は、急いで皆を探す。
出入り口にいる楓ちゃんは、従業員さん達が傍に居てくれていて、何とか無事ですね。
でもそれ以外の、殆どの旅館の妖怪さん達は、次々と捕まってしまっている。
ここにいるおじいちゃんの家の妖怪さん達は、美亜ちゃんに白狐さん黒狐さん、そして里子ちゃんとおじいちゃんだけ。
他は全員外……ということは、皆旅館の妖怪さんに勝っているんですね。
美亜ちゃんと里子ちゃんは、白狐さんと黒狐さんが近くに居てくれているから、多分大丈夫。おじいちゃんも強いから、大丈夫だよね。
それだったら、僕がやる事は、たった1つ。そう――
「ほら、良く見ろや。札で捕まえた妖怪は、武器に巻きつける事で、そいつの力を武器に乗せて使えんねん。そしてこの札には、当然鎌鼬が封じられている。良いか、てめぇらは都合の良い消耗品でしかないんや! 分かったら――」
――この、負なる者を滅するだけ。
「そうだと思いましたよ。負なる者」
「――あっ?!」
『いかん! 椿!』
ごめんなさい、白狐さん黒狐さん。でも、もう抑えられそうに無いよ。
胸の奥から溢れる怒りで、僕の中の何かが弾け、一気に溢れ出しているの。
【椿、落ち着きなさい!】
「妲己さん……消滅したくなければ、隠れていて」
もう、僕は――そう、私は。
負なる者を滅する存在だから。
「な、何や! 体毛が金色に変化しやがった!? しかもお前、人型やったんか!」
あぁ、神妖の力を解放する時に、変化が解けてしまいましたね。裸になっちゃいましたけど、私は別に気にしません。
さぁ、覚悟しなさい負なる者。
私は妖怪だろうと人間だろうと、一切容赦はしませんよ。
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