第捌話 【2】 混乱する旅館内
僕を襲って来た人達は4人。それを撃退したのを見て、遠くから誰かがやって来た。
その格好が従業員の格好だったので、この旅館の男性従業員の人ですね。するとその人が、僕を襲った人達を、適当な紐や布で縛り付けた。
でも、僕は喋れない……狐が喋ったらびっくりするから。狐が犯人撃退している時点で、もうおかしいけどね。
「君、助かったよ。旅行に来てる妖怪の方? もしくは、鞍馬天狗の家の方?」
すると、その男性従業員の人は、周りに聞こえない様にしながら、僕に話しかけてきた。
そうでした……ここで働いているという事は、妖怪の人か、もしくは半妖の人って事だよ。
そうじゃなくても、ここの事は教えられているはず。ちょっと考えたら分かる事じゃん。
「えっと、おじいちゃ……あっ、鞍馬天狗の家の者です」
僕も小声でそう答えると、その男性従業員は、納得した様な顔をしながら見てくる。
「そうか、どうりで……」
何か引っ掛かるような反応の仕方ですね。
「あぁ、すまない。ここにいる妖怪達と、もう戦ったかい?」
そう言われたので、僕はゆっくりと頷く。
「それだったら、もう分かったかも知れない。ここの妖怪達の嫉妬がね」
嫉妬……誰にだろう。
僕にそんな事をしても、まだ会って間もないから、嫉妬なんてするはずは……あっ、もしかしたら、おじいちゃんの家の妖怪だからかな。なんで嫉妬なんて……。
「悪気は無いんだ、許してやってくれ。そして、助けて上げて欲しい。ここの妖怪達は、周りが見えなくなる時があるんだ」
確かに、磯撫でさんと戦った時、若干それを感じていましたよ。勝利に固執するあまり、攻撃に集中し、自分の弱点を守る事を忘れていたからね。
「でも、僕は
だけど、僕が言い切る前に、その男性は困惑した表情をし、そして呟いた。
「それは……出来ないんだ。私達は、とっくの昔に“死んでいる”からね」
えっ? 何か嫌な言葉を聞いたような……。
その人の言葉を理解出来ずに、僕が呆然としていると、その人がゆっくりとこちらに近づいて来る。しかも、ぶつかりそうになっても止まろうとしない。
「えっ? ちょっと、危な――」
「ほらね?」
す・り・抜・け・た。
「っ~~!!」
僕が声無き声で驚いていると、人間用の旅館の方から、レイちゃんが飛んで来ました。
「そうそう、君は良い子をペットにしているね。ご主人様に言われなくても、自分の使命が分かっているみたいだ」
「ムキュッ、ムキュゥゥ! ムッ?」
レイちゃん、ペロペロと顔を舐めないで下さい。大丈夫、大丈夫だから。反応が無かったからって、心配しなくても大丈夫だよ。
「あ、はは……ぼ、僕も色んな経験をしたから、い、いい、今更幽霊くらい」
駄目だ、声が震えている。従業員さんも苦笑いしているし、いつの間にか僕の周りには、他の従業員さんも居る。
今の、全部見られていましたね。
「と、ところで、レイちゃんどこ行ってたの? 昨日の夜から見なかったけど」
何だか恥ずかしかったので、話を変えて誤魔化します。
レイちゃんの事は、多少の心配はするけれど、それでも探さなかったのには、理由があるんです。
霊狐は時々、霊魂を探しに彷徨うそうで、霊狐特有の行動らしいのです。
だから、そんなに心配をしなくても、僕の近くに居たのは妖気で分かっている。だから、出来るだけ好きにはさせています。
「ご主人が優しいから、ペットのこの子も優しいのかな? この子はずっと、成仏しない私達の傍に居て、ジッと見守っていたからね」
なるほど、そう言う事でしたか。この子が迷惑をかけていなければ良いけれど……。
「私達は訳あって、成仏せずにここで働いているのさ。おっと、無駄話はここまでにして。すまないけれど、妖怪側の旅館の様子を見てきてくれないか? 戻ってきた妖怪達が頑張っているみたいだけど、ざっと2~30人位で襲って来たからね」
「えっ? まだ敵がいるんですか!?」
のんびりと話し込んでいる場合じゃなかったね。しかも、結構な数で攻められているじゃないですか。
だから僕は、急いで旅館の方に向かおうとしたんだけれど、足に力が入らずに、その場に倒れてしまいました。
「あ、あれ?」
しかもこんな時に限って、お腹空いた……って、これはまさか。
「君もしかして、妖気を使い果たしたのかい?」
いきなり倒れたもんだから、従業員達が心配して近寄って来ました。
神妖の力も使ったし、全力で戦ったりもした。だからですね……こんな時に僕は、何をやっているんだ。
「ムキュゥ!」
するとレイちゃんが、僕の方に近づいて来て、その体を引っ付けて来ました。その瞬間、僕の体に妖気が流れ込んでくる。
「ちょっとレイちゃん、何してるの?!」
もしかして、自分の妖気を渡してる? そうだとしたら、レイちゃんが死んじゃうかも知れないじゃん。
慌てた僕は、レイちゃんを引き離そうとするけれど、レイちゃんは離れてくれない。
「これは……君、大丈夫だ。その子、霊気を妖気に変換し、それを君に渡している様だよ。ついさっき、ここら辺を漂っていた妖怪の魂を食べていたから、霊気は沢山あるんだろうね」
レイちゃんの心配をしている所を見た従業員の人は、レイちゃんを見た後に、僕にそう言ってくる。
幽霊だからなのか、霊気や妖気が分かるのかな? それと、レイちゃんの驚きの能力にもビックリです。
「レイちゃん、ありがとう。もう立てるようになったし、大丈夫だよ」
空腹もマシになり、体もだいぶ動く様になってきたので、レイちゃんにそう言います。お礼に頭を撫でようとも思ったけれど、僕も今は狐の姿だった。
だけどレイちゃんは、キラキラした目でご褒美を待っている。
「うっ、ぐ……大丈夫。今は僕も狐だし、変じゃない」
そう言い聞かせ、僕はレイちゃんのほっぺをペロッと舐めてあげる。意外と匂いは無かったし、変な味が舌に広がる事もなかったです。不思議だね。
そしてレイちゃんは、今まで以上に喜び、僕にすり寄って来ると、そのまま引っ付いて離れなくなりました。
「レ、レイちゃん。これから危険な所に行くから、ここで待っててくれる?」
「ムキュゥゥ!」
駄目ですね、離れないよ。
そんな事をしていると、僕の横を、小さな影が物凄いスピードで走り抜けて行く。今のはまさか、楓ちゃんかな。
そういえば楓ちゃんは、ずっと僕を追いかけていたはず。何でこんなに遅かったんだろう。
それよりもあの方向は……妖怪専用旅館の方の、宴会用大ホールに向かってますね。
そこが訓練の本部というか、指示を出していたりしているし、退場になった妖怪達も、そこに集まっているんです。
とにかくこのままじゃ、楓ちゃんが危ないです。
相手は妖怪を捕まえようとしているから、戦闘力の無い楓ちゃんなんか、直ぐに捕まっちゃうよ。
「レイちゃん、危なそうだったら直ぐに逃げてね」
僕はレイちゃんにそう言うと、急いで楓ちゃんの後を追う。
大ホールがどんな事になっているかは分からないから、気を付けないといけない。
だけどそこには、白狐さんと黒狐さんも居るし、おじいちゃんも居る。だから、これくらいの相手なら大丈夫だとは思うんだ。
だけど何だろう……この胸騒ぎは。嫌な予感がするよ。
そして僕は、楓ちゃんに追いつき、急いで声をかけた。
「待って楓ちゃん! 君1人じゃ危ないよ!」
「あっ、姉さん。良かった、無事だったんすね!」
「着いた時はちょっとふらついていたけれどね、今はレイちゃんのお陰で、戦えるまでに回復してるよ」
「そっすか、良かったっす」
そして楓ちゃんは、真剣な表情をして、妖怪用の旅館に入って行く。その様子を見ていると、両親を心配していそうな感じです。
何だかんだ言って、やっぱり心配なのは心配なんだね。ちょっと安心したかな。
すると、入り口から真っ直ぐ行った所にある大ホールから、大きな爆発音が聞こえると、爆発と一緒に扉が壊れ、僕達の方に向けて吹き飛んできた。
「あっぶない!」
急いでハンマーの妖術を発動して、吹き飛んでくる扉をそれで吹き飛ばす。
爆発が起こったという事は、中はまだ戦闘中だよね。このまま楓ちゃんを向かわせるわけにはいかない。
「楓ちゃん、ストップ!!」
「ぐえっ! な、何するっすか?!」
咄嗟だったから、楓ちゃんに飛びついてしまいました。でもお陰で、彼女を止める事が出来た。
「今の様子からして、まだ中は戦闘中だよ。それに相手は、妖怪ならお構いなしに捕まえてくる。ちょっと落ち着いてよ」
楓ちゃんの背中の上から説得してみるけど、楓ちゃんは必死な形相で、こっちを睨んでいた。
それだけ両親が心配なのは分かるけれど、無策で突っ込んだら、中で戦っているおじいちゃんや白狐さん達、それに君の両親の邪魔になるかも知れない。
「楓ちゃん、あのね。ただ考え無しに突っ込むより、僕達で作戦を考えて、敵を驚かして怯ませない?」
今の楓ちゃんに、普通の説得なんて無理だろうし、ここに置いていても、他の人達に攫われるかも知れない。
それなら、僕と一緒にいてもらう方が、守って上げられるから良いと思う。
大ホールの中は今、凄い騒ぎになっているし、旅行に来ていた妖怪さん達が、慌てて客室から逃げて来たりしていて、旅館の中は騒然としている。
だから僕達は、直ぐには気付かれない。というか、気付かれていない。それを利用して、相手を驚かせば良い。
「な、なるほど……姉さん、流石です!」
楓ちゃんの背中から降りると、僕は楓ちゃんに耳打ちをして、ある作戦を伝える。
土壇場で思い付いた作戦だから、上手くいくかは分からない。でも、中の状況が今ひとつ掴めない状態では、これが最善だと思うんだ。
だって大ホールの中は、正に戦場と化していたんだ。
中では色んな妖怪さん達が動き回り、戦っていて、状況がよく掴めなくなっている。
こんな所に普通に突撃なんて、あり得ないからね。ちょっと場を乱すかも知れないけれど、敵の意表は突けそうです。
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