第捌話 【1】 旅館襲撃
あれから、お互いにしばらくは動けなかったけれど、僕の方が先に動けるようになったので、体を起こして手錠を手にし、四つん這いで磯撫でさんに近づきます。
「ふっ……完全に俺の負けか。おっと、すまん。服を破いてしまったな」
「へっ? あっ……きゃぁぁあ!!」
そういえば、なんだか前がスースーするなと思ったら、服の前が破けてしまっていて、ブラが見えてました。
慌てて隠したんだけれど、もっと早くに気付くべきでしたね。ブラまで破れてなくて良かったけれど、それでも何だか恥ずかしいので、悲鳴が出ちゃいました。
こういう所は、女の子っぽくなってきたなって、自分でも思うよ。
「すまん、後で弁償する」
手で胸を隠しながら近づき、磯撫でさんに手錠を掛けると、磯撫でさんはそう言ってくる。
それは当然だけれど、僕はこの後どうすれば良いんでしょうね? ずっと狐の姿で逃げていようかな。あっ……そうだ。
「磯撫でさん。退場する前に、布か何かないですか?」
こうなったらブラも取ってしまって、胸に布でも巻いて、それで隠せば良いかなと考えたのだけれど、磯撫でさんは首を横に振る。
見た感じでは、確かに何も持っていなさそうだけど、もしかしたらと思ったんです。でも、淡い期待だったよ。
やっぱり狐の姿か……と僕が嘆いている間に、烏天狗さんが降りて来て、磯撫でさんを連れて行こうとする。
だけど次の瞬間――
どこからともなく、大きな爆発音が聞こえてきた。
「な、何だ?!」
「旅館が爆発した!?」
磯撫でさんは、その音にびっくりしているし、烏天狗さんは意外な場所を言ってくる。
「……りょ、旅館が?」
僕は、慌てて旅館の方を見た。だけどここからだと、林や山があって良く見えない。
それでも、上空の烏天狗さん達が慌てているから、旅館で何かあったのは間違いないですね。
「おい、急げ!」
すると磯撫でさんが、自分を連れて行こうとする烏天狗さんに向かい、声を張り上げた。それに烏天狗さんは了承し、そのまま磯撫でさんを連れて飛び立って行く。
その場に、僕を残して……。
「あの……ついでに、僕も連れて行って欲しかったんですけど……」
そう言ってみたけれど、もう見えなくなっちゃったよ。速いなぁ……。
とにかく、この
まだダメージが残っているので、この姿でも走れません。ゆっくりとでも良いから、旅館に戻る事にします。
―― ―― ――
数十分かけて、何とか旅館の前にたどり着いたんだけれど、そこは既に大変な事態になっていました。
一般の旅館の方で働く人達が、一般客の避難をしていた。
そしてその旅館と、奥の妖怪用の旅館からも、火の手が上がっていました。だから爆発は、両方の旅館で起きたんだって分かったよ。
だけどその時、一般の旅館の方から再度爆発が起こる。
「きゃぁぁぁあ!」
「うわぁぁ!! に、逃げろ!」
「ひぃ、ひぃぃいい! 警察は、自衛隊はまだか?!」
一般人の人達は、無我夢中で逃げていて、旅館の人達の先導なんて、完全に無視しています。
「皆さん! 慌てず落ち着いて、ゆっくりと避難を――きゃあ?!」
「うるせぇ!! それどころじゃねぇ! 死ぬかも知れね~んだぞ!」
「どけ、こら!!」
そりゃ、こうなるよね。
一度パニックになると、誰も手が付けられない。でもこれは、しょうが無いかも知れません。
「……白狐さんに黒狐さん、あとカナちゃんに雪ちゃんと、美亜ちゃんに里子ちゃん、夏美お姉ちゃんも探さないと! 皆、無事だよね?」
僕は探す人がいっぱいです。そして妖怪用の旅館の方に、ふらつきながらも必死に走る。
すると前方から、お札を持った何人かの人が、僕の姿に気付き、声を上げて向かってきた。
「妖気を放っているぞ! 妖怪だ、捕らえろ!」
倒せじゃなくて、捕らえろ?
お札を持っているから、滅幻宗かと思ったんだけれど、この人達は違うのかな?
服装は全員スーツだし、お坊さんの様な格好をしている人はいないけど、お札を使うなんて、滅幻宗以外には――
「居たね、亰嗟が……」
という事はこいつらは、亰嗟の下っ端の半妖? だけど、相手からは一切妖気を感じられ無い。またですか……。
それでも、向かってくるなら倒さないと。僕が捕まってしまうと、面倒な事にしかならない気がする。
「くらえ、爆砕符!!」
「うわっ!」
影の妖術を発動しようとした瞬間、相手の1人が僕に向かって、何か叫びながら札を投げてきた。
妖気が膨れ上がっていたし、あからさまに危ないのが分かったので、咄嗟に横に飛び退いた瞬間、お札が破裂しましたよ。
「おら! 爆炎符!」
すると今度は、別の人がまた何か叫んだ後、僕の前にお札を投げてくる。すかさず後ろに飛び退くと、今度は炎を上げながら爆発する。
「あっつ……!」
この様子からして、旅館を襲ったのはこの人達で間違い無い。
今僕の目の前は、激しい炎で塞がれているし、気が付いたら後ろや横にまでお札が投げられ、そして爆発して炎を上げている。
「よし! 捕獲縄を投げ入れて、そのまま捕獲しろ! こいつの妖気、すげぇ高ぇぞ! 報酬もガッポリだぜ!」
この人達……もしかしたら、色々と喋りそうかもしれないですね。
「妖異顕現、黒焔狐火」
僕がそう言った後、尻尾が黒い炎に変化する。
そのままクルッとその場で回転し、尻尾の炎を周りの炎に当てていく。
すると周りの炎が、僕の黒い炎によって掻き消され、代わりに黒い炎が、僕の周りに火の玉の様になって浮いていく。
僕って、いつの間にこんな事が出来る様になったんだろう?
体が勝手に動いたと言うか、頭に動き方が湧いてきたというか……。
とにかく、今の僕の行動を見て、攻撃をしかけて来た2人が、その場で腰を抜かして驚いています。
「ひ、ひぃ?! 体毛が変化しやがった!! 何だこいつは!」
「ちっ、油断すんなよ! 他の妖怪とは違う! と言うか、俺達一匹も捕まえられてねぇ! せめてこいつだけでも!」
本当にこの人達は、良く喋ってくれそう。何とかして捕まえられないかな。
さっき本気の戦闘をしたけれど、だいぶ動ける様になってきたからね。
さっきから妖術で威嚇したり、牽制したりはしているけれど、相手が見た事のないお札を使って来るかも知れないんだよね。こっちも迂闊には動けない。まぁその時は、神妖の力を使うしかないね。
でも、この人達を捕まえる前に……。
「ねぇ、君達の目的はなに?」
やっぱり出来るなら、情報収集はしたい。そうしないと、今度はおじいちゃんの家が狙われるかも知れない。
「う、うるさい! お前等は、大人しく人間様の道具になってりゃ良いんだよ!」
「妖気か妖具。そのどちらかを、俺達に渡せば良いだけだ!」
「そう。それだけで俺達は、凄い力を使える様になるのさ! 妖気を感知したりも出来るんだぜ!」
やっぱりこの人達、下っ端ですね。
本当にそれだけだとしても、説明出来ない所が多々あるよ。どうやら君達から情報収集しても、意味がなさそうですね。
そして僕は、宙に浮いている黒い火の玉を、相手の縄に向けて飛ばし、それを燃やし尽くしていく。
「あっつ! あちぃ! くっそ、こいつ!」
その後に僕は、足に力を入れ、出来るだけ早く走り、相手との距離を一気に詰めると、再び妖術を発動した。
「妖異顕現、
そう叫んだ後、僕は相手のお腹に向けて、なぎ払う様にしながら、ハンマーになった尻尾で思い切り叩く。
「かはっ……」
相手が一瞬苦しそうな表情を浮かべたけれど、直ぐにその姿が消えました。
理由は簡単。物凄い勢いで山の方に吹き飛んで行って、その山の斜面に激突したんです。激しい音と一緒に、大量の土埃を撒き散らしていますよ。
「しまった……やり過ぎた」
おかしいな……磯撫でさんと本気で戦ってしまって、力の加減が出来無くなっちゃったのかな。
「く、くっそ! マジで何だこいつ!」
「わ、割りに合わねぇ! んだよ、あの人! “内通者”が居るから簡単だって、そう言ってたじゃねぇかよ!」
ちょっと待って。今何か、不吉な言葉を言いましたよね。逃げるのは、それをしっかりと全部話してからですよ。
「待って下さい、知っている事を全部話して!」
「ひっ!」
「うぎゃぁぁあ!!」
そして僕は、ハンマーみたいになった尻尾で、次々とそいつらの頭を殴っていく。
だって、相手は既に逃げ出していて、影の妖術では追いつけそうになかったのです。
だけどやっぱり、力の加減が出来ないのか、殴ると相手の下半身が地面に埋まっちゃって、上半身だけが突き出る様な状態になってしまう。
「あ、あれ? おっかしいな?」
とりあえず、全員死んではいなさそうだから良いけれど、力の抑え方を練習した方が良いかな……もぐら叩きにみたいになっちゃった。
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