第漆話 【3】 VS磯撫で

 相手は完全に、僕を強敵と見ている。

 だから、打ってくるパンチが全て本気で、その風圧で砂浜に溝が出来るくらいです。


 そしてもう一つ――


「な、んで――空手と柔道が混じってるんですか!」


 僕は相手の攻撃を避けながら、そう叫ぶ。


「最強と最強を組み合わせれば、そら最強よ!」


 意味が分かりません! 型がめちゃくちゃになって、隙が出来易いんじゃ無いかな……。


 そう思っていたけれど、懐に飛び込んだら、重心を奪って投げようとしてくるし、投げられないようにと離れたら、オリジナルの空手技で攻撃してくる。

 距離をとっても、それを一瞬で詰めてくるし、拳圧で作りだした、圧縮されたような空気みたいなのものも打ってくる。この妖怪さん、強すぎませんか。


空鮫拳くうこうけん!」


「うわっ?! っと……危なかった~」


 相手はまた、例の空気の塊を飛ばし、こっちの懐に入るチャンスを作ろうとしている。

 それにしてもこの妖怪さん、相手を仕留めるのは、いつも投げなんでしょうか。


 白狐さんの力が無ければ、最初の攻撃で終わっていたと思う。でも僕は、白狐さんの力で妖術を使った事が無い。

 頭に中々湧いてこないから、僕の妖気がまだそこまでに至っていないのか、それとも単純に、この力は体術しか使えないのかも知れない。


 それでも今は、白狐さんの力でしか勝てないと思う。


「たぁ!!」


「甘い!」


 やっぱり……僕から攻撃しても、全部受け止められてしまって、そして回避出来ないように掴まれて、思い切り投げ飛ばされてしまいます。


「いっ!! ぐぅっ……」


 今のは背中から落ちたので、一瞬息が出来なくなりましたよ。

 殴る蹴るの戦闘が、ここまで大変だとは思わなかったよ。しかも僕は、誰かに体術を教えて貰っているわけではないんだよ。


 白狐さんの力を使うと、妖術が湧いてくるようにして、動きが頭の中に湧いてくるのです。

 そして妖気を使って、筋力の方もアップしているので、こうやってある程度の戦闘は出来るんだけれど、そこはある程度までなので、こんな風に強敵と出会うと、手も足も出なくなる。


「ふん。そこそこではあるが、経験が足らん。一瞬の判断の鈍さが命とりだ」


 そう言いながら磯撫でさんは、またヒレで拳を打ち、空気の塊を飛ばして来る。


「っ……!?」


 それは何とか回避したけれど、舞い散った砂で視界が……しまった。


「遅い!」


 完全に視界を奪われた僕は、懐に潜り込まれ、みぞおちに強力な一撃を受け、後ろに倒れる瞬間に腕を掴まれると、また1本背負いをされてしまいました。


「あっ……かはっ……」


 しかも、今度は反撃が出来ませんでした。その前に一発受けたのが痛かったです。


「ふん。やはり、鞍馬天狗の家の妖怪どもは、その程度だな。のらりくらりと生活し、危機感が足りん! 自然界の近くで生活する俺達は、常に気を張り、そして鍛錬し鍛えているのだ!」


 しかもこの妖怪さんは、こうやっておじいちゃんの家の妖怪さん達を、けなしてくる。

 それが毎回、僕を苛立たせるんだけど、それは完全に相手の思う壺だし、冷静にならないと勝てないよ。


「はぁ、はぁ……それ以上、皆を馬鹿にするのは……僕が許さない!」


 でも……今僕は、完全に冷静さを失っている。


 ゆっくりと立ち上がると、怒りのまま相手に向かって突撃してしまった。

 当然、それは軽々と避けられてしまい、その後足払いを受け、そのまま肘打ちで地面に叩きつけられてしまいました。


「ぐぅ……くそっ!」


 それでも、僕は再度立ち上がり、今度は爪を伸ばして攻撃する。でも、また相手に避けられる。

 そして今度は、腕を掴まれると同時に、足を大きく前に伸ばし、僕の足をかかとで強く蹴り払い、重心を崩され、そのままの勢いで地面に叩きつけられてしまった。


「いっ……つ!!」


 下が砂で助かってるけれど、それでも何回も投げられていると、フラフラになってくる。


 なんで……なんで、手も足も出ないの?

 これまで、ある程度の妖怪を退治してきたから、この磯撫でさんも何とかなると思っていた。


 でも実際は、こんな状態。このままでは、負けてしまうのも時間の問題です。


 相手は、僕を気絶させてから手錠をするのがポリシーらしく、僕もそれに合わせている。

 だって実力で勝たないと、おじいちゃんの家の妖怪さんは、皆卑怯だって言われそう。


「これだから、ガキは困ったものだ。少し勝ち続けているだけで、直ぐに有頂天になる。今のお前の様にな」


 えっ……僕ってば、有頂天になっていたのですか?

 でも確かに、ここ最近はずっと勝っているから、この妖怪さんにも勝てると確信してしまっていた。


 それでも僕は、フラフラと立ち上がり、相手をしっかりと睨むと、強く足を踏みしめ、出来るだけ速いスピードで相手に向かって行く。


 考える前に、もう体が動いちゃう。

 磯撫でさんの『鞍馬天狗の家の妖怪は弱い』その言葉が、ずっと僕の頭に響いていて、怒りが湧いて来ちゃうのです。


 とにかく、目の前の相手を倒さないと、おじいちゃんの家の妖怪さん達が、ずっと馬鹿にされ続けるよ。それだけは、絶対に許せない。


 あんなに優しくて、良い妖怪なのに……弱い? 力だけが全てじゃないんだよ。


 それでも、今の僕にはこれしかない。


「くら、え!」


 僕は、自分が出せる最高速度で、そして最高の素早さで、伸ばした爪を相手に向けて、思い切り突き出した。


「だから、遅いと言っている」


 だけど、僕の渾身の攻撃すら、体をちょっと横に捻るだけで簡単に避けられてしまい、尻尾を僕の体に当ててくる。


「死にはしないだろうが、これで気絶しなかった者は居ない」


「へっ? えっ、な、なにこれ? 服に引っ付いて、尻尾が取れない!」


 服に引っ付いた相手の尻尾を見てみると、磯撫でさんの尻尾の先は、無数の針がおろし金の様に付いていて、それで僕の服を引っかけていました。


「いくぞ」


 そして磯撫でさんは、そのまま跳び上がると、身を捻る様にして反転し、その勢いで僕を地面に叩きつけた。


「鮫肌おろし!!」


「……あぐっ!?」


 ヤバい、これ……意識が飛びそう。

 下が砂でも、これだけのダメージなんて……もしこれが、コンクリートの地面だったらと思うと、ゾッとする。


「ふぅ、流石にこれで――なに?!」


「いっ、つ……くぅ……」


 それでも、何とか意識を保てました。

 ちょっと危なかったけれど、一応まだ立てるね。だけど、良いのをもらっちゃったから、膝にきています。


「この技を受けて立つか……見事と言いたいが、最早攻撃すらできんだろう」


 確かに、磯撫でさんの言うとおりです。だけど今の衝撃で、ある事を思い出したよ。


 鮫の弱点。


「まだまだ……たぁっ!」


 僕は砂を掴むと、磯撫でさんに向けてそれを撒き散らす。

 つまり目眩ましなんだけど、その後に僕は、もう1つある事をしています。


「ふん。こんな物で、俺を油断させようとしても――っ?!」


 砂を捲いた後に投げた石が、見事に磯撫でさんの鼻柱に命中し、磯撫でさんは一瞬驚いた。

 あの砂は、僕が石を投げる仕草を、ちょっとでも紛らわす為だよ。


 だけど、これ位では磯撫でさんはビクともしない。だから、一瞬驚いたその内に、目の前の磯撫でさんに飛びかかる。


「たぁっ!!」


「ぐ、ぉ……?!」


 そして、相手の鼻柱をもう1回、思い切り力を込めて殴りつける。


 鮫の弱点というか、取りあえずここを殴れば、方向感覚が狂ってしまい、驚いちゃうそうです。


「ぬ、う……く、そ!」


 野生の鮫なら、こんなの簡単に回避されたり、水の中で殴れたとしても、反応しなかったりします。

 だから、鮫に出会ったら逃げるか、水中銃で倒すしかないみたいです。


 だけど、磯撫でさんは妖怪だし、今は地上にいる。鮫の性質も持っていそうだったから、鼻柱は弱いと思ったのです。


 そして、僕の予想は見事に当たり、磯撫でさんはフラフラとよろけ、立つのが難しくなっています。

 鮫の性質を持っているのなら、恐らく直ぐに復活するはず。でも、今の僕達は、その一瞬の隙ですら絶好のチャンスになるよ。


「やぁぁああ!!」


 そのまま磯撫でさんの懐をキープし、僕は爪を伸ばし、腕を広げて後ろに引く。


「ぬ……しまっ――!」


 磯撫でさんは、僕が何をしようとしているか分かっているようだけど、気が付いたら体が横を向いていて、戻るまでワンテンポ遅れている。

 それはつまり、僕の方が早く、磯撫でさんに攻撃が出来るという事だ。


「いくよ! 白狐爪撃びゃっこそうげき!」


「ぐぉおおっ!!」


 渾身の力を込め、爪でクロスさせる様にして、磯撫でさんを切り裂いた。

 鮫の肌って硬いので、切りつける事が困難だけど、僕はお腹を狙ったので、何とかなりました。


「っ……」


 お腹に僕の爪痕が付き、血を吹き出しながら、磯撫でさんはその場に倒れ込んだ。


 や、やりすぎたかな……。


「はぁ、はぁ……や、やった?」


 だけど僕の方も、磯撫でさんを切り裂いた後に、前のめりに倒れてしまい、起き上がれなくなりました。


「ぐっ……ふぅ、これは参った。痛みで体が動かん」


 磯撫でさんは大丈夫そうです。というか、それでも平気で喋っているなんて……しかも、今体を起こそうとしていましたよね。


 相手のとんでもない力を目の当たりにし、こんな妖怪さんに良く勝てたよって、自分で自分を褒めてあげたくなっちゃったよ。

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