第漆話 【1】 しつこい楓ちゃん

 あの後は、昼食の時間まで僕への襲撃は無く、とりあえず一安心しています。


 ただ、何度か楓ちゃんとは鉢合わせたけどね……相変わらず変化が下手です。

 狐の姿に変化した僕みたいに、狸に変化すれば良いのに、自分が化け狸の妖怪だと認めたくない楓ちゃんは、それをしたくないんだろうね。


 そんなわけで今僕は、狐の姿に変化して、小さな公園の草木の中に隠れています。

 洋服は、首からかけた巾着袋の中です。便利な物を貰いましたよ。


「ふぅ……お腹空いたな~旅館からお弁当のおにぎりを渡されているし、そろそろお昼にしようかな」


 上空の烏天狗さん達が、下に降りたりしている所を見ると、他の妖怪さん達は、ちゃんと僕以外も狙っている様ですね。僕ばっかり狙われていたらどうしようかと思ったよ。


 そして僕は、巾着袋から竹の皮で包まれた物を取り出し、結び目を解くと、中に入っているそれの大きさに、手が止まってしまいました。


「えっ? これって……爆弾おにぎり?」


 まん丸の大きなおにぎりが2個。僕の拳以上の大きさがあるよ、これどうやって食べよう……。


「しかも妖怪食だよね。中に何が入っているんだろう? 動いてる動いてる……」


 お米は動かずに、中身がおにぎりから出ようと必死になっています。

 もう1個は動いていないんだけど、嫌な予感しかしません。普通に食べたら、口の中でお米が爆発したり……とかね。 


「この姿でも食べられるかな? う~ん……今戻ると裸だし、恥ずかしいんだよね……しょうがない、このまま頑張って食べよう」


 前足で押さえておけば、中身も逃げられないよね。そうやって僕は、試行錯誤をしながら、そのおにぎりを食べていく。案外この狐の姿の方が、こういうのは食べやすいですね。

 普通は食べ方が変わるから、苦戦するはずなんだけど、簡単に食べられるよ。なんでかな……。


 結局おにぎりは、1つは中に半熟玉子が入っていて、それが出ようと必死だったので、半熟玉子は一口で食べました。

 もう1個は、何となく感覚で、真ん中を避けるようにして食べていくと、何事も無く食べ終えました。つまり、2つとも失敗せずに食べる事が出来たのです。


 初見で失敗せずに食べられたのは、初めてかも知れない。僕もだいぶ慣れてきかな。


「ふ~お茶を飲みながらにした方が良かったかな」


 そして僕は次に、巾着袋から水筒を取り出すと、食後のお茶を飲みながら、再び辺りを見渡す。


 狐の姿でお茶を飲むのも、何だか不思議な感じです。狐の手で水筒を開けるのは、大変だったけどね。


「ん? あの目の前にあるのは……二宮金次郎の像?!」


 冷たい麦茶を飲んでいると、目の前に突然像が現れたからびっくりしたよ。

 でもやっぱり、狸の尻尾と耳があるから、あれも楓ちゃんですよね。麦茶を吹き出すところだったよ。


 だけど楓ちゃんは、何で毎回僕の居場所が分かるんだろう? 僕は今狐ですし、この姿は楓ちゃんに見せた事はないからね。


「とりあえず、移動しよ」


 すると今度は、小学生位の男女の子供達が、楓ちゃんが変化した像をじっと見始めました。

 夏休み前で遊んでるのかな。タイミングが悪かったね、楓ちゃん。


 今の子供達は、立っている金次郎さんの像を知らないみたいです。金次郎さんの像が無い所もあるし、あっても座っているのが多いみたいだよ。


「…………」


「すげぇ! 学校の金次郎が、ここまで歩いて来たんだ!」


「ちゃんと勉強しながらなんてえら~い!」


 ちょっと、楓ちゃん。それは何とかしないと、有らぬ誤解を受けちゃうよ。

 ライセンスを持つ妖怪は、人に怪しまれず行動しないといけないし、怪しまれた場合、1人で処理しないといけないんだよ。

 僕も人のことは言えないけれど、楓ちゃんはその辺りを、しっかりと特訓しないといけないよね。だから、僕は助けないよ。


「ねぇ、ねぇ、何で尻尾生えてるのかな~?」


「知らねぇのかよ。それはこいつが、普通の金次郎像じゃないって証拠だ! 見てろよ、今にその尻尾から、火を出して飛んでいくからな!」


「え~? ほんと~?」


 小学生位の男子って、こうやって自慢気になりながら、ありもしない事を言うよね。友達に良い所を見せようとしているのかな……。


 とりあえず、楓ちゃんがそのまま動かなければ、飽きてどこかに行くはず。だから、じっとしているんだよ楓ちゃ――


「ハイパー金次郎~!! とう!!」


「うわぁ!! マジで火を噴いて飛んだ!」


「きゃぁぁあ!!」


「楓ちゃんのバカ!!」


「……え? 狐が喋った!!」


「わぁ!! しまったぁ!!」


 もうめちゃくちゃだよぉ!! まさか本当に、火を噴いて飛んでいくとは思わないじゃん! 楓ちゃんったら、意外と色々出来るじゃないですか。


 そして僕は、急いでその場から走り去る。そうしないと、子供達の次のターゲットが、僕に移っちゃうからね。


 ―― ―― ――


「はぁ……はぁ。か、楓ちゃん、あとで説教だからね……」


 公園から離れ、細い路地へと入り、子供達が追いかけて来ていないのを確認する。やっと一息つけて、自然と楓ちゃんへの文句が口から出ちゃいました。それだけ、あり得ない対応をしてくれたからなんですけどね。


「お、お手柔らかに頼むっす」


「そもそも、何で尻尾から火を出せるの?」


「火遁の術っす……多少の妖術は、使えるようになってるっす」


 あれ? 普通に僕の横から、楓ちゃんが答えてくるんだけど。


 嫌な予感がして、ゆっくりと顔を横に向けると、そこにはニコニコと笑顔を向けて、片手に手錠を持った楓ちゃんの姿がありました。


「でもお説教は、姉さんを捕まえて、その素晴らしい毛並みを堪能してから、です!」


「うわぁっ?! っと……あ、危なかった~!」


「くそ! あと一歩だったっす!」


 完全に油断していたから危なかったです。尻尾が手錠に当たりそうになっていました。


「あ~もう! 何で楓ちゃんは僕の居場所が分かるの!?」


「勘っす!」


「嘘でしょう?!」


 勘で僕の居場所が分かるわけないでしょう。それで分かっていたら恐ろしいですよ。


 そして僕は、白狐さんの力を解放し、全速力で楓ちゃんから逃げ、山に近い林の中に身を潜めます。


「はぁ、はぁ……食後に走らせないで欲しいよ。お腹が、いたた……」


 食べた直後に、激しい運動をするのは駄目なんですよね。


「お~白い毛の姉さんも魅力的です」


「それはどうも、ありが……とぉっ!?」


「あっ、くそ!」


「だから、何でまた横に居るんですか!」


 楓ちゃん、本当に勘なの? 何か妖術でも使ってませんか? 逃げた先々に毎回居るもんだから、怪しいんですよ。


 必死にその場から逃げ出し、楓ちゃんが何か妖術を使っていないかと考えるけれど、何も思いつかないよ。

 僕の体に何か付いているわけでもないし、いったいどうなっているんだろう……本当に勘なのかも。


 そのまま人目を気にしながら走り続けていると、今度は前方から、黒猫の姿が見えてくる。この妖気は……美亜ちゃんですか。


「ふふふ、観念しなさい椿! 特訓の成果を見せて上げるわ! 私の、強化された呪術をね!」


 自信満々に言ってくるところを見ると、相当な特訓をしたんでしょうね。だけど――


「美亜ちゃん、上に気を付けてね」


「へっ? ミギャァァア!」


 あ~あ、上から落ちて来た手錠に当たっちゃいましたよ。

 そのまま手錠は、美亜ちゃんの首に一瞬でかけられ、彼女は身動きが取れなくなっちゃいました。


「よし、俺のターゲット確保! あとは逃げるだけだ!」


 すると上空から、トンビの特徴をした鳥人間みたいな、あんまり見たことがない妖怪さんが叫んでくる。


 仇を取って上げたかったけれど、相手は上空だし、もうどこかに飛んで行っちゃったよ。ごめん、美亜ちゃん。


「う、うぅ……何で私は、いつも詰めが甘いの?」


 なんだ、気づいていたんですね。その性格のせいじゃないでしょうか……。


 その時、またポツポツと雨が降り出してきました。

 しかも妖気を含んだ雨だから、雨降り小僧のあの子が、僕の居場所を教えようとしているんだ。


 早く逃げないと、また囲まれる。


 烏天狗に連れて行かれる美亜ちゃんを見上げ、雨雲の方向を確認した僕は、それとは逆方向へと走って行く。でもその先からは、沢山の妖気を感じます。

 まさかだけど……このまま僕を挟み撃ちにする気なんでしょうか。それなら、挟まれないようにして逃げないと。


 挟み撃ちに気がついた僕は、直ぐに右へと曲がり、ひたすら全速力で走って行く。流石に何回も囲まれていると、訓練終了までは持たないですよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る