第陸話 【1】 椿VS白狐&黒狐

 僕は息を切らしながら、民家が立ち並ぶ道路を走る。


 神妖の力を、多少でも扱えるようになったのは良いけれど、使い過ぎると暴走する。だから、そんなにしょっちゅうは使えない。


 そ・れ・な・の・に。


「しつこいですよ! 白狐さん黒狐さん~!!」


『当たり前だろう~! 我の目的は、最初からお主じゃ~!』


 目の色を変えた2人が、屋根伝いに僕を追いかける。

 それだと訓練にならないじゃないですか。だって、いつも通りだもん……。


『大人しく俺に捕まって、溢れんばかりの俺の愛を受けろ~!』


「黒狐さんは別のものが溢れてませんか~!?」


 黒狐さんってまさか、穢れだらけなんですか? それだったら、さっきの神術で吹き飛ばしているはずなのに。


『椿~さっきの神術は効いたが、俺達は神妖。禊は終わっている! これは、愛のある純粋なものなのさ』


 澄んだ目で真剣に言われると、顔が熱くなる。

 そんな事を、僕は今まで誰にも言われた事が無いから、耐性が無いんだよ。


「黒狐さん、好感度マイナス1」


『何故だ~!!』


「恥ずかしい事を言いまくらないで~!!」


 そして僕は、白狐さんの力を解放し、更に速度を上げて走る。

 だけど、今一般人に見つかったら、この速度で走る僕を怪しむかも知れない。だって今の僕は、車と同じ位のスピードで走っていますからね。


 何回も白狐さんの力を使ってきたから、今はこんな速度で走っても平気なんです。


 それでも、白狐さん黒狐さんを引き離せない。どうしよう……。


「はぁ、はぁ……わっ! 一般の人が居る。おっとと……」


 すると目の前から、手押し車を押したおばあさんがやって来た。それを見つけた僕は、一旦立ち止まる。

 でも良く見たら、何かが生えてましたね。あの丸い、狸の尻尾と耳は……。


 僕はそのままUターンをし、反対側に向かって走ります。


 その時、こっちに向かっていたおばあさんの体が煙に覆われ、次の瞬間には、その場に楓ちゃんが立っていました。

 つまりあのおばあちゃんは、楓ちゃんが変化し、化けていたんですね。


「クソ! 何故バレたっすか?!」


「だから、尻尾と耳が出ちゃってるんだよ!」


 そして今気が付いたけれど、僕の周りに、沢山の妖気が集まってませんか?

 どうやら、白狐さん黒狐さんから派手に逃げ回っていたせいで、他の皆にまで、僕の居場所がバレちゃったようです。


「うわっと!!」


『くっ、惜しかった。反射神経も上がっとるな、椿よ』


 周りに気を付けていたから、白狐さんから飛んできた手錠に気付けなかったよ。なんとかギリギリで避けられたけれど、危なかった……。


 とにかく、このまま真っ直ぐ逃げても捕まるので、細い路地に入って巻こうと思い、直ぐそこの曲がり角を左に曲がったんだけど……あれ? 行き止まりですか? 目の前に壁が――


「……たわぁっ?!」


「あ~惜しかった~!」


 目の前の壁が、いきなり僕に向かって倒れ込んで来ました。これ、ぬりかべさんじゃん。

 咄嗟に後ろに飛び退いて、これもなんとか事無きを得たけれど、全員僕を狙っているのは間違いない。


 すると今度は、辺りが急に寒くなってきて、夏とは思えない程の寒さにまでなっていく。そのいきなりの気温の低下に、僕は震えてしまう。


「こ、これ……まさか」


「椿ちゃん、ごめんね。娘に良い所見せたくって、捕まってくれる?」


 僕が寒さに耐えていると、目の前に薄いブルーの着物を着た、雪女の氷雨さんが歩み寄ってくる。

 娘に良い所って、雪ちゃんの事なんでしょうけど、カッコいいお母さんの姿を見せたいんだろうね。


 でも、ちょっと待ってよ……雪ちゃんは確か、僕の応援をしてくれているんだし、ここで僕が捕まると、雪ちゃんはお母さんの事を……。


「氷雨さん。雪ちゃんは僕の応援をしてくれているから、僕を捕まえたら、余計に好感度下がるよ?」


「はっ!! そ、そうだったわ! あ、あぁぁ……」


 僕の言葉を聞いた氷雨さんはショックを受けた様で、その場にへたり込むと動かなくなりました。


 これで氷雨さんは、僕を捕まられなくなりましね。


 おじいちゃんの家に居る妖怪さん達の事は、だいたいは分かってきたから、こんな風に皆の弱点を突けば、もしかしたら……。


 そう思っていたら、僕の後ろに再び、白狐さん黒狐さんが着地し、ゆっくりとこちらに近付いてきます。


『さぁ、今度こそ油断はせんぞ。椿よ、お主が神妖の力を多少でも使えるようになったのは、我としては嬉しい限りだ』


『そこで、俺達の神術も見せてやろう。だが安心しろ、お前と同じように、何回でも使えるわけでは無いからな』


 そう言うと、白狐さん黒狐さんが意識を集中させていき、その妖気が高まっていく。


 神妖の力を完全に扱えている2人だから、その量も僕以上でした。


 そうなると、この2人を捕まえるには“アレ”しか無い。

 正直言うと、やりたくないです……でも、やらないと捕まっちゃう。


『椿、お主のは“浄化”の力じゃったな。神妖の力は強力過ぎるから、その特性は1つのみ! 我のは、どんな攻撃でも無傷で受け止められる、“守護”の力よ!』


 そう言われると、確かに白狐さんの周りが、薄らと光っていますね。あれは……結界かな。


「それって、僕から攻撃しないと意味が無いような……あっ! まさか、神術まで?」


 すると白狐さんは、その通りだと言わんばかりの表情をしてくる。つまり、その結界のような守護がある限り、さっきの風では吹き飛ばせない。


『しかし、時間制限がある。そこは不本意だが、黒狐の能力で補うわけよ』


『行くぞ、椿。妖異顕現、黒雷槍こくらいそう!』


 黒狐さんが言うと、狐の形をした手から、黒い雷の槍が飛んでくる。

 本気で攻撃してくるなんて……っと思ったけれど、何だかゆっくりなので、跳び上がって避けます。


 そこを白狐さんが狙って来るかな、と思ったのだけれど……あれ? 白狐さん来ないですね。


 しまった……黒狐さんって確か、雷の力を使うのが得意で、自在に動かしたりする程でした。

 つまり、今僕の後ろからバリバリと音を立てて近付いてくるのは、間違いなく黒狐さんの黒い雷槍だ。


「妖異顕現、影の操!」


 僕はそう叫び、地面にある自分の影の腕を伸ばすと、それで自分の体を引っ張ってもらい、雷槍を回避する作戦に出た……けれど、その影の腕が途中で止まっちゃいました。


『ふっ、残念だな椿。俺は、お前が妖術を発動させるのを待っていたのさ。俺の神術は“変異”。妖術を神術に変異させたのさ。他にも色々と、生きているもの意外を変異させられるのさ』


『そして我はもうひとつ、ある能力を持っていてな。神術なら、誰の者でも扱う事が出来る、特殊な妖狐よ。つまり、神術と化したお主の妖術を、我が操っている訳じゃ』


「ちょっ……! そんな後出しじゃんけんズルい!」


 詰みました……これは無理です。

 なんですか、そのチート紛いの強力な神術と、白狐さんの驚きの能力は。聞いていませんよ、そんな事。


 後ろは雷槍、下は白狐さんが操る影の腕、しかも何故かわきわきと動かしちゃっています。

 別に、2人になら捕まっても良い……わけじゃ無い。そうじゃ無くて、おじいちゃんの説法だけは嫌なんです。


 やっぱり、“アレ”しか無いですね。


 先ずは、この2つの攻撃を回避する為に、僕は再度神妖の力を解放し、風の神術を使い、横に飛び抜けて回避する。


『ぬぉ?!』


『ふん、まぁそう来るな。同じ神術だから、変異させられ無い。良く考えてるな』


 いえ、ごめんなさい、そこまでは考えていませんでした。

 だって僕は、この先の事をする為に、自分の中の羞恥心を、必死に抑え込んでいるんですから。


 そして僕は、そのまま電柱の上まで駆け上がって行く。


 影の操を解こうともしたけれど、今は白狐さんが主導権を握っているから、どうやっても消せなかったよ。


 つまり、僕が駆け上がると同時に、自分の影の腕が僕を捕まえようと、手を広げて追いかけてくるんです。何だか変な状況なんだけど、それだけ厄介な事をされたのです。


 でも、白狐さんと黒狐さんにも弱点はある。


 電柱の上まで来た僕は、そのまま振り返ると、下に居る白狐さん黒狐さんを見つめます。

 最近何故かは知らないけれど、2人にこれを見せるのが、恥ずかしくなっているんだ。


 それは、僕が男の子だからなのか、女の子だからなのかは分からない。


 だけど僕は、意を決して背中に手を回すと、今着けている“ソレ”を外し、胸元に手を入れてから、ゆっくりとゆっくりと、2人に見せつける様にしながら、胸元から出していきます。

 もちろん全部は出さないよ。それでも、白狐さんと黒狐さんなら、これが何かは分かるよね。


「白狐さん黒狐さん。僕のコレ、い・る?」


 舌をちょっと出して、カナちゃんや美亜ちゃんがいつも僕にするような、あのいじわる顔を意識してみる。

 そしたら意外と効果てきめんで、下に居た白狐さん黒狐さんが一瞬で消えました。


『くれるのか?! しかし、黒狐には渡さ~ん!!』


『何を~!! 俺が貰うんだ~!!』


「椿ちゃんのブラジャー!!」


 その後に一瞬で、僕の左右に白狐さん黒狐さんが現れ、胸元に手を伸ばしてきました。セクハラですよ。というか――


「なんで里子ちゃんまで?! 余計なものまで釣れちゃった! でも、今だ!!」


 真正面から、目の色を変えた里子ちゃんまで迫ってました。

 それでも、やることは変わらない。伸びて来る3本の手に、手錠をかけるだけです。


『なっ?!』


『あっ!!』


「わっ?!」


 僕は、迫ってくる3本の手を避けるようにして跳び上がると、3人に向けて手錠を当て、一気に捕獲しました。そのまま御用ですね。

 手錠の方は、物が沢山入るという、不思議な巾着袋の妖具から出しました。


 そして3人とも、手錠の重みでそのまま落下していき、僕はバク宙してからクルリと一回転して、綺麗に地面に着地です。


『椿~!! 色仕掛けとは卑怯な! そんなに、我等の寵愛が嫌なのか!』


「おじいちゃんの説法が嫌なんです!」


 地面にへばり付いた白狐さんが文句を言ってくるけれど、それとこれとは話が別なの。


 本当はありがたい話だから、嫌がるのは失礼なんだけど……でもね、加減ってものがあるでしょう? おじいちゃんは加減を知らないの。だから嫌なんです。

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