第伍話 【2】 解放! 神妖の力
皆が準備を終えたあと、遂に訓練が開始されたんですけど、僕は特別なので、開始10分前におじいちゃんから、今から好きな様に逃げて良いと言われ、決められた範囲内を逃げ回っています。
範囲は、旅館から半径5キロ以内で、目印もあります。つまり、そこから出るとアウトになるのです。
5キロはそこそこ広いし、民家もある。一般人だっているわけです。
要するにその状況下で、悪い妖怪退治や、任務等をこなすのだから、一般人に見つからない様にするのは、当たり前の話なんです。
だけど僕は、完全に姿が見えないわけではないので、より難易度が増しています。
尻尾と耳は見えないけれど、僕の姿はちゃんと見えるし、一般人の前で妖術なんか発動出来ません。
僕のこの状況って、もの凄く不利じゃないですか。
「おじいちゃんの鬼……いったいどうしろって言うんですか」
僕は今、民家の方に向かっているんだけれど、途中でその事に気付き、文句を言っています。
確かに僕は、今までも一般人に見られてしまっていて、大変な事をしちゃっているわけだし、おじいちゃんはその事を不安に思い、この訓練に参加させたんだろうね。
そうだとしたら、これからも任務をやっていく為に、これくらい何とかして見せろって事なんでしょう……。
【へぇ、中々厳しい訓練ね~】
「起きていたのですか、妲己さん」
いきなり心の中で話しかけてくるから、ビックリしちゃいますよ。
【そ・れ・よ・り・も! 椿~あんた、なに不安になってるのよ~あんたには、誰にもない凄い力を持っているでしょ?】
それってもしかして、亜里砂ちゃんと対峙した時に解放しちゃった、神妖の力の事でしょうか。あれは危ないのに……。
「妲己さん、消滅しても良いの? あの力って、妲己さんにとってはヤバいんでしょ?」
民家の少ない一般道を歩きながら、夏の暑い日差しを避けつつ、妲己さんと会話をする。
そもそもあの時、妲己さんは非常に危険だったみたいだし、こんな提案をしてくるのはおかしいんですよね。
何か裏がありそうって、そう考えてしまうのは当然ですよね。
【あら、心配してくれるの? でも大丈夫よ。ヤバいのは暴走した時くらいで、あんたがしっかりと扱えるようになれば、私は浄化されずに済むのよね】
「でも今は、暴走する危険性があるんですよ?」
すると妲己さんが、とんでもない事言ってくる。
【たとえ封をされていても、多少は使えるはずよ。あれは元々あったあんたの妖気に、神妖の力が混ざったモノなのよ】
「なっ?! 僕、使えるん……ですか?!」
【あの時既に、きっかけは出来てる。だから後は、あんたの力量次第なのよ。どう? やってみる?】
正直言うと、妲己さんを信用は出来ない。
でも、僕の元に向かって来る、この2つの妖気。これは多分だけど、白狐さんと黒狐さんなんですよ。遂に時間が来てしまったのですね。
ハッキリ言って、逃げられない。そして、おじいちゃんの説法は嫌だ。
それならちょっとだけでも、その神妖の力を扱えると言う妲己さんの言葉に、頼ってみるしかない。暴走した自分は恐いけれど、今の状況を脱するにはこれしかないんだよ。
「……妲己さん、どうすれば良いんですか?」
【良いわね~最近の椿はチャレンジャーで……おっと、そろそろ私が限界かな。やり方は簡単よ。妖気を込めて、壺の蓋を開ける様なイメージをすれば良いのよ。もちろん、ソッとよ】
「えっ? イメージだけで良いのですか?」
【イメージは大事よ。暴走しそうになったら、蓋を閉じるイメージをして、ゆっくりと深呼吸。そして、自分は自分なんだと強く意識しなさい。そんじゃ、頑張ってね~お休み~】
そう言うと、妲己さんはまた静かになった。僕と喋るだけで、相当疲れるんしょうね。
さてと……妲己さんが僕を騙していなければ、この状況は何とかなるけれど、それなら僕を助ける理由は何でしょう?
いえ、考えている暇は無いですね。2人が僕に追いついちゃいましたよ。
『ほぉ、椿よ。逃げなかったのか?』
「急いで逃げても、今の僕じゃ直ぐに追いつかれます」
屋根伝いにやって来た2人は、僕の後ろに着地すると、物凄い笑顔で話しかけてきます。
どうやら白狐さん達の頭の中は、既に捕まえた後の事でいっぱいのようです。どうせ弄くる事しか考えていないんだろうね。
それなら丁度良いのかな。
『なるほどな、覚悟有りと言う事か。それならば、遠慮無く捕まえて、俺達の寵愛を受けて貰うぞ!』
黒狐さんがそう言うと、2人は嬉しそうにしながら、僕に向かって飛びかかって来た。
これって……いつも通りな気がするんだけど。でも今回ばかりは、妖術も使ってきそうなので、やっぱりこれしかないですね。
そして僕は、妲己さんに言われた通り、ゆっくりと目を閉じ、妖術を使う時の感覚になると、そのまま頭の中で、壺をゆっくりと開けるイメージをしてみる。
すると、何だか僕の内側から、何かがジワジワと湧き出てくる様な、そんな強い妖気を感じ始めました。
これは……あの時の神妖の妖気だ。
『ん? おい、椿。何をしておる?!』
「ん~? ちょっと実験を……ね。あっ、これ以上は駄目かな? ちょっと意識が……ストップストップ……! ふぅ~」
これは少しやり過ぎたかも知れない。僕の中の何かが、一気に溢れて弾ける寸前でしたよ。
ギリギリの所で気付いた僕は、イメージを止めて深呼吸をし、自分は自分なんだと、そう強く言い聞かせます。すると、妖気が溢れるのが止まりました。
良かった……こんな所で暴走でもしたら、2人に迷惑をかけてしまうよ。それじゃあ意味がないからね。
『椿……お主それは、まさかあの時の? 使える様になったのか?!』
「そうだよ、白狐さん。あっ、尻尾が輝いて金色になってる。髪の長さはそのままか~」
自分の姿を確認し、無事成功した事に一安心する。
妲己さんが、僕を騙そうとしていたんじゃなくて良かったよ。でもそれなら、何で僕に協力するような事を……。
『椿。それがあの時の、神妖の力と言う事か?』
白狐さん黒狐さんは、僕の妖気が変化した事で、その場で立ち止まって心配をしてくれていました。
黒狐さんの方は、僕の神妖の力を初めて見るから、もの凄く驚いていますね。
でもこの力、そんなに長く使えないかも……なんかちょっとずつ、おかしな気分になってくるんだよ。
自分は、負なる者を滅する為に、その為に動かないといけないって、そんな考えが頭に……いけないいけない、深呼吸深呼吸。
「ふぅ……良し! それじゃあ、本気で逃げますね!」
僕は再度深呼吸をして、自分は自分だって強く言い聞かせる。
そして2人にそう言うと、周りに人が居ないことを確認し、地面を思い切り蹴り、そのまま電柱の1番上に行くと、民家の屋根に飛び移りながら、猛ダッシュでその場から逃げます。
ここまで、全く力をいれずに行けました。
何だか体が軽いんです。今なら、何でも出来ちゃいそうな感じですよ、これ。
『妖異顕現、過重力!』
「うわっ?!」
屋根と屋根の間を飛び移ろうとしたら、いきなり体が重くなりました。
黒狐さんの妖術ですか……。
えっと……確か、今湧き出ているこの力を使えば、神術が使えるんだっけ?
確か手の形は、妖術と一緒だけど、言葉が違うはず。何だったっけ? 急がないと、このままだと地面に激突するよ。
「えぇと、あっそうだ! 確か……天神招来、
すると僕の手から、突然風が発生し、その勢いで黒狐さんの重力から脱出できました。
「わっ……! と、と……よっと」
その勢いのままで、風が僕を押し上げる様にしていくから、このまま屋根に上れると思った僕は、バランスを取りながら、その風の力で一気に屋根の上に上がりました。
「あれ? 白狐さんと黒狐さんは?」
その後に顔を上げたけれど、下に2人の姿がありません。どこに行ったんだろう。
【椿~あんたついでに、白狐と黒狐をその風で吹き飛ばしたわよ】
「えっ? 嘘!!」
再び妲己さんが、僕の頭の中に話しかけてくる。
えっと……頭に浮かんだから使ってみたけれど、禊ぎってよく考えたら、身を清めて穢れを落とす事だよね。
そんな能力のある風だから、当然清らかで、穢れを持つ者を吹き飛ば……吹き飛んで当然でしたね。民家は大丈夫そうなので、これは案外使えるね。
【まぁ、程々にしときなさいよ~暴走しないか心配になったから、ちょっとだけ見てみたんだけれど……とりあえず心配は無さそうね】
「そんな事よりも妲己さん。何で僕の味方をするの? なんか怪しいんですけど?」
そして、僕は一旦その神妖の力を、壺に戻すイメージをしながら抑えると、妲己さんに問いただす。
妲己さんの性格からして、見返りもなくこんな事をするなんて、とても考えられないんですよ。何かあるのは間違いないんです。
【あ~ら、なによ? 私だって、神妖の力が暴走されたら困るのよ。だからちゃんと、それを扱えるようになってもらう為に、協力をするのは当然でしょう?】
「……僕の神妖の力、封印されていたはずなのに、今イメージしてみたら、割りと簡単に取り出せたんだけど? ねぇ、封印されていたらさ、こんな簡単にはいかないよね?」
【…………は~い、お休み~】
「ちょっと! 妲己さん待って! 何ですか、今の間は?! あ、駄目だ。寝ちゃった……」
今の様子からして、妲己さんは絶対に何か隠しているよ。
もしかして……僕の神妖の力を奪う気なんじゃないのかな? そうだとしたら、このまま言う事を聞いていたら駄目かも知れない。
『椿~!!』
だけどその時、遠くの方から白狐さんの声が聞こえてきました。どこまで飛んだかは知らないけれど、今はとにかく逃げなきゃ。
でも……2人は確か、あんまり妖気を捉えられないはず。だけどさっきは、直ぐに僕の下にやってきていました。
僕の居る場所が分かったのかな? 僕の気配が分かるのかな……いや、深く考えないでおこう。なんだか嫌な予感がするからね。
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